第3話 名槍

 失恋のショックで抜け殻となった映助を引っ張り、宗次は特高の校舎に辿り着く。

 見た目は普通の学校と変わらないが、実際は爆撃にも耐えられる建材を用いた、強固な砦であった。


「新入生の皆さん、まずは上履きに履き替え、教師の指示に従って地下に向かって下さい」


 大声で生徒を誘導している男も、一見すると普通の教師と変わらないが、スーツでは隠し切れないほど胸板や四肢が筋肉で膨らんでいる。


「確かに、普通の学校じゃないな」


 改めて気を引き締めつつ、宗次は昇降口で教師から指定の靴を貰い、それに履き替えて階段を下りる。

 普通の学校と変わらなかった地上部分と違い、地下は無骨なコンクリートの通路に金属の扉が並ぶ、どこか不気味な場所であった。

 教師の案内で通された部屋も、コンクリート打ちっぱなしの壁にパイプ椅子が並べられただけと、殺風景で不安を抱かせる。


「まるで悪の秘密基地だな」

「えぇ、大体そんな感じよ」


 独り言に返事がきて、少し驚きながら宗次は声の主を探す。

 壁に背を預けてタブレットPCを操作していた、白衣を着た科学者風の美女が軽く手を振っていた。


「うほっ、超イケてるお姉様やんっ!」


 美女を見てあっさり復活した映助に呆れつつ、宗次は視線で「貴方は誰ですか?」と問う。

 すると、彼女は妖艶な笑みを浮かべ、集まった生徒達の前に出て名乗った。


「皆さん、特高にようこそ。私はここの研究員と養護教諭をしている保科京子ほしなきょうこよ」

「京子先生か、美人保健医とか最高やな!」


 映助に限らず男子生徒のほとんどは、京子の白衣を押し上げる大きな胸や、タイトスカートから伸びる、黒ストッキングに覆われたおみ足に目が釘付けとなっている。


「さて、ここに居る以上、皆さんは既にご存知だと思うけど、改めて特高がどんな所か説明させてもらうわね」

「「「は~いっ!」」」

「「「……ちっ」」


 男子が一斉にふぬけた声で答え、それを見た女子達は心底嫌そうに舌打ちする。


(都会の女子は怖いな……)


 村にいた同じ年頃の子供など、六歳下の少女が一人だけだった宗次は、これからの学校生活に不安を抱くのだった。


「対クリスタル・エネミー特殊隊員養成高等学校の名前通り、本校はCEから日本を守るための隊員を育てる学校よ。そして――」


 一度言葉を切り、集められた生徒一人一人の顔を見てから、大声で宣言する。


「皆さんは対CE隊員『Anti Crystal Enemy』、略して『ACE《エース》』の隊員となる素質に恵まれた、約五千人に一人の選ばれた逸材なのです!」


 賞賛の言葉に、生徒達の多くは胸を張り、得意げに鼻を高くする。

 ただ、宗次をむしろ困惑していた。


(素質か……俺にそんな物が有るのだろうか?)


 彼がした事といえば、昨年の夏に二時間もバスに揺られて最寄りの町まで行き、変なヘルメットを被って検査を受けただけである。

 三年前より全国で行われるようになった、エース隊員を選抜する試験だという事は知っていたが、その基準が詳しく説明されなかったので、いまだに実感が湧かないのだ。


「CEの登場により、我々人類は深い傷を負ってしまいました。ですが、引き換えに発見された物があります。それが『幻子ファントム・マター』であり、幻子を用いた新たなる武器『幻想兵器ファンタズム・ウェポン』なのよ!」


 その単語を耳にして、生徒達から興奮のどよめきが上がる。

 誰もがネットに上げられた動画で、それを目にしていたからだ。

 選ばれた若者だけが扱える、まさに幻想的な伝説の武器。


「みんな、早く手にしたいって顔をしているわね。ではリクエストに応じましょうか」


 京子の声に合わせて部屋の扉が開き、台車を押した教師達が入ってくる。

 台車に積まれていたのは、メタリックな輝きを放つ黒い大きな腕輪。


「これは『幻想変換器ファンタズム・コンバーター』。幻想兵器を生み出す装置であり、貴方達の身を守る盾にもなってくれる、エース隊員の証よ」


 京子は運んできた教師達と共に、幻想変換器を生徒に配っていく。


「これがあのコンバーターか」

「凄え、超格好いい!」


 はしゃいで受け取る生徒達を見て、京子は優しく微笑む。


「受け取ったら利き腕にはめてね。ただし、ロックがかけてあるから幻想兵器は出せないわよ」

「え~っ!」


 生徒達から不満の声が上がるが、それも予想済みと京子は笑みを崩さない


「慌てないの。直ぐに使わせてあげるけど、一人ずつデータを取りながらね。そういうわけで、一番前の席に座っている子達は私について来て」


 手招きして部屋から出ていく京子の後を、最前列の生徒十数人が追いかける。


「やばい、緊張してきたわ」

「そうだな」


 ガチガチに固まる映助の横で、宗次も背を伸ばして座りなおす。


(幻想兵器か……)


 テレビや新聞の情報によれば、若い世代にしか使えないが、極めて強力でCEに有効な武器らしい。

 ただし、その詳しい内容は報道されていない。


「映助は、幻想兵器がどんな物か知っているか?」

「自分、そんな事も知らんとここに来たんか?」


 訊ねると、映助はやれやれと肩を竦めつつ、嬉しそうに語り出した。


「なんと、伝説の武器みたいな凄い物らしいで」

「伝説の武器?」

「そや、ゲームとかに出てくる剣とかあるやろ? それがホンマに使えるんやって」


 幻想の世界にしか無かった物が、現実として姿を現す。故に幻想兵器。


「何だか嘘くさい話だな」

「ホンマやって! ほれ、この動画とか見てみ!」


 疑う宗次に、映助はスマホを取り出して動画サイトを見せる。


「エースの訓練を隠し撮りした動画なんやけどな、ほれ、ここを見てみ」


 彼らと同じ制服を着て、幻想変換器を腕にはめた少年少女達が、一斉に手を伸ばし何かを叫ぶ。

 すると、変換器から光が放たれ、それは飴細工のように姿を変えて、一本の武器と化す。

 剣、槍、斧、棍棒、弓矢、様々な形の違う武器を、少年少女達は一斉に振るう。

 すると、信じられない事が起こった。

 剣が炎を吹き出し、斧が雷をまとい、矢が光の鳥となって宙を駆ける。


「……CGじゃないのか?」

「疑い深いな~、ホンマや言うてるやろ。ほれ、他の動画も見てみ」


 映助は次々と動画を見せるが、そのどれにも物語の中でしかあり得なかった、超常現象を起こす武器の映像が映っていた。


「本当みたいだな」

「せや。というか、こんな動画はちょいと調べれば直ぐ見つかるやろ。どうして見た事なかったんや?」

「俺の家は、パソコンとか無かったから」

「けど、スマホとかあるやろ?」

「電波が届かないって、近所の子が嘆いてた」

「……自分、どんな未開の地に住んでたねん」


 今までネットに触れた事がないと言う宗次に、映助は原始人でも見るような目を向ける。

 そんな無駄話をしているうちに、彼らの順番が回ってきた。


「三列目に座っている子達、ついて来て下さい」

「はい」


 皆緊張した面持ちで立ち上がり、呼びに来た教師の後を追う。

 案内された部屋の中は、先ほどと同じくコンクリート壁の殺風景な物。

 ただし、壁の片面がガラス張りになっており、その向こうでは京子をはじめ、白衣の学者達が忙しく機械を操作していた。


『じゃあ一番右の子からいこうか。名前を言って部屋の中央に立って』

「ひゃい、遠藤映助です!」


 スピーカーから響いた京子の指示に、映助は緊張して上ずった返事をし、ロボットのようにギクシャクしながら中央まで歩み出る。


『ではロックを解除したので、変換器をつけた腕を前に出して、『武装化アームド』と唱えて。それで幻想兵器が形成されるわ』

「お、おし、武装化っ!」


 気合を入れ、映助は言われた通りの単語を叫ぶ。

 すると、宗次が見せられた動画と同じように、幻想変換器から光が迸り、それが映助の掌に集まっていく。


「やった、やったで! これでワテもホンマもんのエースや!」


 歓喜する映助の前で、光はついに形を成す。

 幻想の中で歌われるだけだった、伝説の武器――木の棍棒に。


「なんでやねんっ!」


 格好いい剣を期待していた映助は、裏切られた怒りで棍棒を床に叩きつける。すると――


 ガゴンッ!


 凄まじい轟音を立てて、床のコンクリートが簡単にひび割れた。


「ひっ!」

『こら、幻想兵器を無暗に振り回すんじゃありません! それは名前通り兵器なの。今はパワーを制限しているけど、それでも人間なんて簡単に殺せてしまうのよ!』

「す、すんません……」


 隣室の京子から叱責が飛び、映助は慌てて謝り棍棒を拾い上げる。


『以後、注意するように。さて、貴方の武器がどんな伝承に由来する物か調べるわよ』

「えっ、なんやろ!?」


 棍棒というダサい姿には落胆させられたが、コンクリートを割ったその威力から、映助の目には期待が宿る。


『ちょっと待ってね……出たわ、名前は『オリーブの棍棒クラブ・オブ・オリーブ』、ヘラクレスが使っていた棍棒よ』

「ヘラクレス、ギリシャ神話の大英雄か」

「おぉ、それって超凄いやんか!」


 あまり神話に詳しくない者でも知っている、ビッグネームが飛び出して、映助は歓喜のあまり飛び上がる。


『喜ぶのはまだ早いわよ。幻想兵器は必ず特殊な能力を備えているの』

「なんやてっ!? ヘラクレスの使っていた棍棒の特殊能力とか、絶対最強に決まってるやん!」

『今結果が出たわ、オリーブの棍棒の特殊能力は――』

「ごくりっ」

『――ライオン相手だとダメージが増えます』

「なんでやねんっ!」


 見事な二段オチに、映助は堪え切れず棍棒を投げ捨てた。


「ライオンって、そんなんサバンナでもないと役に立たんわ! それとも何か? 群馬はライオンが出るんか?」

『こらこら、そう怒らないの。ライオン型のCEには良く効くって事じゃない』

「えっ、そんな敵おるのっ!?」

『……はい、次の子』

「いないんかいっ!? 待って、頼むからやり直させて!」


 ガラスにすがり付いて懇願する映助だったが、直ぐに飛んで来た教師達に羽交い絞めにされ、部屋の外に引きずられていった。


「嫌や! せっかくエースに選ばれたのに、ダサくて役立たずの棍棒なんて嫌――」


 ピシャッ!


『次の子、前に出て』

「……はい」


 映助の不憫さに涙をぬぐいつつ、宗次は部屋の中央に歩み出る。

 そして、右腕の変換器に向けて告げた。


「武装化」


 光が迸り、長細く形を変えていく。


「これは……」


 驚く宗次の手に収まったのは、彼の良く知る武器。

 身長の二倍を超える長い柄、笹の葉を思わせる広く鋭い穂先。


『ちょっと待ってね、貴方の武器は――』

蜻蛉切とんぼきり

『えっ?』

「天下三名槍、本田忠勝の蜻蛉切」


 京子の分析よりも早く、宗次は己が武器の真名を解き明かす。

 何故なら、それは図鑑の写真で何度も見た姿であったから。


「凄いな」


 宗次は興奮のあまり頬を紅潮させ、子供のように目を輝させて槍を横に振る。

 スッと音もなく空気が切れ、ヒヤリとした冷気が漂う。


『えーと……あぁ、なるほどね』


 宗次の態度に驚いていた京子だが、手元のパソコンに映された彼のプロフィールを再確認して納得した。


『実家が空壱くういち流槍術の道場って、間違いじゃなかったのね』

「はい、爺ちゃんから槍を教わりました」


 そう答えながら放たれた突きは、鍛錬を積み重ねた者でなければ繰り出せない、無駄のない鋭いものであった。


「爺ちゃんは『銃弾が飛び交うこのご時世に、槍なんてまさに無用の長物だ』って言ってたけど、そんな事はなかったんだな」


 無駄と言われながらも続けた修練が、CEという人外との戦いで役立つなど、祖父はもちろん流派の開祖も夢にも思わなかっただろう。


『そうね、嬉しそうなところ悪いけど、後がつかえているから下がって貰えるかしら?』

「はい、すみません」

『変換器の横についているボタンを三回押せば、幻想兵器は消えるから』


 宗次は頭を下げて謝り、言われた通りボタンを押して蜻蛉切を消してから、部屋の入口付近に戻る。


『ちなみに、蜻蛉切の特殊能力は『乗った蜻蛉が切れちゃうくらい鋭い』だって』

「そうですか、やっぱり凄いな」

『あら、残念がらないのね』

「何故ですか?」


 素直に感心していた宗次は、意味が分からず首を傾げる。

 それを見て、京子は驚き苦笑した。


『君くらいの年頃だと、さっきの子みたいに、ビームが飛び出すくらい派手な武器じゃないと嫌だって言うものなんだけどね』

「はぁ……」


 ネット環境もない田舎育ちの宗次とて、ゲームくらいはした事があるので、そういう気持ちも分からなくはない。

 ただ、マメが潰れるほど槍を握ってきた身としては、純粋に鋭く頑丈である物ほど、武器として頼りになると感じるのであったが。


「ところで、一つ質問していいですか」

『何かしら?』


 知的好奇心が刺激されたのか、次の生徒は他の職員に任せ、興味深そうに見つめてくる京子に、宗次は抱いていた疑問を告げる。


「蜻蛉切はまだ現存しているはずです。どうして現れたのですか?」


 そう、蜻蛉切は静岡のある実業家が所有しており、本田忠勝の死後から四百年以上経つ現在でも、なお残っている現実の名槍。

 それが手元に現れるなど、テレポート現象でも起きたというのか。

 困惑する宗次に対して、京子は感心したような笑みを浮かべて説明する。


『それはね、貴方の蜻蛉切はあくまで幻想、人々の想像が生み出した幻だからよ』

「幻?」

『詳しくは授業で教えて貰えるから、それまで我慢してね』


 今は忙しいからと、京子はそこで話を打ち切る。

 それに合わせ、部屋に入ってきた教師が、宗次に移動するよう呼びかけてきた。


(幻の槍……)


 教師に従い部屋を出ながら、宗次は右腕の変換器を見つめる。

 幻子という謎の物質によって生み出される、幻想伝説の武器達。


(そんな怪しい物に頼って戦うのか?)


 それとも、訳も分からぬ物にさえ頼らねばならないほど、人類は追い詰められているのだろうか。

 伝説の武器を手にして喜ぶ生徒達とは裏腹に、宗次は薄ら寒い物を感じて背を震わせるのだった。

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