第5話


瑠衣子、と隣のクラスメイトにつつかれて振り向くと、教室の後方の入口に莉珠が立って、こっち! と大きく手を振っていた。

「るーいこ、るーいこっ!」

教室のざわめきの隙間をつたって、声が聞こえてくる。多分私が気づく少し前から、そうして呼んでいたのだろう。莉珠は私のクラスへやって来るとき、いつだってそうやって、教室の入口で私を呼び出して、二人だけで話したがるのだった。

「おーつかれぇー!」

テンションの高い莉珠は、両手で迎え入れるみたいに私の手を取った。

私と莉珠は、今から話すだろうことを、昨日の夜メールでも一度話している。大介と別れた帰り道、莉珠からはこんなメールが届いていた。

——そっちはどう? 私は作戦成功だよ!! 掴みはバッチリ!!!

作戦成功、掴みはバッチリ、その短くて小さな文字が私の胸の奥を強く掴んで、かき乱した。

「私のほうは、いけそうかも!」

莉珠は言葉の跳ねるようなリズムに合わせて、掴んだ私の手を、揺らす。

「アンケート! すごい真面目に記入してんのー、超うけるし! あとで見してあげよっか?」

「うん、うん」

「まあ、これはいけるなとは、声かけた瞬間の向こうの視線? でわかったんだけどぉー」

莉珠は、本当はどういうつもりで、これをやろうとしているのだろう。大介の近況を、私を通して見ていたいから? 私を介して大介を限られた間でもつなぎとめておきたいから? そんな風に思っていたけれど、本当のところはわからない。

「ちゃんと向こうからメールもきたし、ひと安心っ」

「うん! よかった・・・・・・」

私は、どう笑っていいかわからないから、目の前の莉珠の顔を手本にして笑った。

「え、なにどした? 不安になってる? 大丈夫だよ?」と莉珠はまた、握った手を言葉に合わせて揺らす。

心臓が、嫌な音を立てて鳴る。それが脈になって、手の先にまで伝わっていそうで、私ははやく莉珠に手を離してほしかった。

「いや、そんなんじゃないってば」

「瑠衣子は? 作戦通りな感じ?」

「うん。いや、ちょっとアクシデントがあってさ」

「へ!? 昨日なんも言ってなかったじゃん!」

「あ、うんでも結局は功を奏したみたいな感じで。作戦より、仲良くなれた」

「え!?」

莉珠は、目を丸くした。いつもは黒目がちな瞳を、白目のほうが目立って見えるくらいまで、まあるく。大きな声に、近くで円をつくって話していたクラスメイトの何人かが、ちらりとこちらを振り返る。そして驚いた声と同時に、私の両手は解き放たれた。

「へ? なになにどゆことー!?」

「それがさ、声かけた瞬間私のあのブーツがね——」

私は、莉珠の頬が、ぴくん、と震えたのを見逃さなかった。仲良くなれた、そう聞いた瞬間。それは片方の頬だけで、アンバランスに、歪んだ表情だった。

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