第4話

「しかし驚いたぁ・・・・・・まっじで」

大介は思い出したように、くっくっく、とお腹に手を当てて笑う。

「ほんっとごめんなさい。ほんっとに恥ずかしい、です」

笑いで震える大介の肩と向き合いながら、私は自分の肩をくっと、すくめた。

私たちはもう、莉珠のシナリオから完全に逸れていた。私の親友で、大介の元カノである莉珠も、私のブーツのヒールがいつ折れるだろうなんてことは、さすがに予想ができなかった。だけど、シナリオだったら今日は気持ちを伝えて、連絡先を交換して、最初のメールの交換をして・・・・・・とそれだけの予定だったのに、こうして向かい合って、お茶を飲むことになったのだから、アクシデントが功を奏した、と思っていいんだろう。

思わぬトラブルに「どうしよう?」「どうしよう!?」と焦った私と大介は、駅前のマックに入って、事態にどう対処すべきか考えることにしたのだった。

「いや、全然いい、全然いい。でもこんなことってあんだな。初めてだったから焦ったわ」とまた大介は笑った。

「告白の途中でこんなことが起こるとはな?」

「・・・・・・まだ告白ってわけじゃぁ、ないですよ」。

「え、違うの?」

「だって、今付き合ってっていうわけじゃないんでしょ? ってさっき言われて、うんって言ったでしょ」

私は大介のことをなんて呼んでいいかわからないから、感じが悪くならないように丁寧に、顎の先を大介のほうに向けた。

「そうだけど、告白、みてーなもんだろ?」

「・・・・・・うん」

うぅっと唸るみたいな言い方になった。私は照れているのか、照れた人を演じているのか、自分でもよくわからなくなっている。

「てか気づいたけど自己紹介してねー。俺、大介ね。宮地大介っていうから」

「あ、私も名乗りもせずにごめんなさい。小田桐瑠衣子、です」

「高校生でしょ?」

「うん」

「何年?」

「二年」

「じゃあ一個下か。俺高三。でもこっからは敬語ナシね。なんか使われると、逆に申し訳なくなってくるんだよな」

「え、でも」

「いいのっ。俺が話づれーからやめろっつってんの」

「わかった」と私は、ちょっと気持ちが軽くなって笑った。年上だし、完全にリードしてもらったほうが、大介といるのは居心地がいいかもしれない。

「で、今日どうしよう?」大介が私の右の足元を見る。

「いくら告られているとはいえ、担いで帰るのはセクハラだしなー」と彼は笑いながら言った。

「多分、お父さんに車で迎えに来てもらっちゃうことにすると思う」

もちろん、これは嘘だった。片方だけヒールがとれたブーツのままで、電車に乗って、家まで帰るつもりだ。だけど、私にはものすごく厳しい父親がいることにして、家まで送られることを避けようと考えているから、ちょうどよくこんな風に言った。

「もうメールした? 家に」

「ううん、まだだけど」

「時間は平気なの?」

「うん」私は、二十時半を差した腕時計を一度見下ろして、頷いた。

「あと少しだったら」

「じゃあせっかくだし少しだけ、話してくか?」大介はにっと笑った。

だけど、うん、と私が頷くと、困ったような表情に変化して、

「・・・・・・いや、でもどうしよう?何から話せばいいんだ」と腕組をした。

そして、うーん、とほんの短い間、考えるように唸ったと思ったら、突然首を上げ、

「えっとじゃあ・・・・・・、ご趣味は!?」とお見合い風に言って、私を笑わせた。

それから私たちは、ほんの少しの間だけれど、お互いのことを紹介しあって過ごした。私が莉珠と同じ高校名を言うと、大介の顔には一瞬明らかに驚きの色が現れた。だけど、莉珠のことが大介の口から出ることはなかった。莉珠と同じ演劇部に入っていることは、さすがにふせなくてはいけないし、そうなると学校に関することで私に話せることはあまりないことに気づいた。だから、お父さんとお母さんと六つ年下の弟がいる家族構成と、大学に行ったら外国の文学の研究をしたいと思っている、ということを話してしまったら、あとはずっと大介の話しを聞いていた。

大介は、文学か、すげぇな、と言って、そして自分は大工の道を志しているのだと話した。卒業後は小さな工務店に就職することが決まっているらしい。大介は三年生だから、もうあと三ヶ月後の話だ。

大介ってどんな人? と莉珠に聞いたとき、底抜けな感じ! とまず彼女が答えたのを、大介のころころ変わる表情を見ながら、思い出していた。底抜けってどういうこと? と聞くと、いやぁ、とにかく明るいってことよ、と莉珠は言った。その意味は、なるほどわかるなぁと思ったのだ。大介は、からかうようにして、その日何度も何度も私のことを笑わせた。航と一緒にいるときは、航の目尻が優しげに下がるのが見たくて、いつも私のほうがどうやって彼を笑わせようかと、一生懸命考えていたけれど。

大介自身も、グラウンドの野球少年みたいな白い歯を見せて、よく笑った。だから、時折言葉がなくなって、真顔に戻る瞬間、私は少しどきどきしていた。

そして二人を挟む机に置かれた、日に焼けた大きな手を、私は気づかれないよう時折そっと盗み見た。それは、ところどころに小さな皮むけがあって、女の子の綺麗な手とは全く違う生き物みたいに見える。

私は異性に触れられるとき、いつも心の隅の隅の、誰にもわからないところで嫌悪感を覚えている。これは莉珠とも同意するところだけれど、単に偶然手が当たったり、肩が触れたりしたときもそうで、下心を感じるものだったときなんかは、本当に逃げ出したくなる。友達としてどんなに好きだって、どんなに尊敬していたって、それはそういうものなのだと思っている。

けれどほんの時たま、触れられたって平気な人がいる。身体が嫌悪感を覚えない。それだけじゃなくて、そういう人には、もっともっと色々なことをしてほしい。そう願っている自分さえいる。だから私は、航にはどんなことをされたって嬉しかった。

そして大介に背中を受け止められたとき、私はその手のことも嫌じゃない、と思った。

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