第5話「五十歩百歩で五里霧中」


 切迫した雰囲気ではあったが、カコが空腹を訴え、マークはマークでなんとかあづさの気分をを変えたいという希望もあり、3人は連れ立ってファミリーレストランに来た。

「わたし、サンドイッチぃ~!」

 通り沿いの一面ガラス張りの明るい席に案内され、着席するなりカコが嬉しそうに叫んだ。

 そして、マークはメニューを見ずに、

「チョコレートパフェ」と注文した。

「チョコレートサンデーでございますか?」

 にこやかにウエイトレスが応対すると、マークはムッとした顔で言い返した。

「”サンデー”じゃない。”パフェ”だ」

「あいにく、当店のメニューに『チョコレートパフェ』はないのでございますが」

 ウエイトレスはにこやかな表情を変えないまま、返答した。

「なんだと・・・?」

 マークはウエイトレスが差し出したメニューをふんだくり、ページを繰った。

「ちょっと、山田・・・」

 隣の席から、あづさがマークを小突いた。

「どっちでもいいじゃない」

「うるさい。”パフェ”と”サンデー”は違うんだ。そもそも”パフェ”とはフランス語の”パルフェ”が語源の和製英語で、細長い容器にコーンフレークがごっそり入ってて、生クリームとチョコレートソースが絶妙な味わいを・・・」

「サンドイッチにドリンクバーをつけて。あと、あたしはコーヒー。それから、ついでにチョコレートサンデーをお願い」

 あづさがにこやかにウエイトレスに注文した。

「はい。かしこまりました」

 ウエイトレスも、さらににこやかに受け答えして去っていった。

 あづさの右ストレートがマークの顔面のど真ん中に深くめりこんでおり、カコは何事もなかったようにドリンクバーへ駆けて行った。


 病院で解剖された乱射事件の犯人は、身元調査の結果、ごく普通の商社に勤める35歳のサラリーマンであることが明らかになった。社内での評判もよく、いつも穏やかで明るい人がどうしてこんなことを・・・。と、彼を知る人々は口を揃えて証言したという。

 事件に使用されて炎上した車は盗難車などではなく、犯人が勤めていた商社が所有しているものであり、事件の真相の究明につながるようなものは何一つ見つからず、そのまま処分されようとしている。

 当然マスコミは車から銃を乱射しながら市街地を走り回るという、このショッキングな事件に飛びつき、収容された病院を取り囲んでいた。そして、警察から犯人の素性が発表されたものの、では、そのごく普通のサラリーマンがどのようにして銃を手に入れたのかに関心を寄せていた。

 犯人がもっていたのはМ16自動小銃。アメリカ製の軍用小銃だ。その入手経路と”ゴールド”が事件のカギとなるのだが、警察は”ゴールド”に関しては当面、マスコミには伏せることに決定した。3年前の事件の記憶を甦らせ、報道が過熱することを危惧してのことだった。

 禁じ手とされている、警察官による麻薬の潜入捜査を決行したことによる世間の批判。そしてその捜査官が”ミイラ取りがミイラ”となって自殺したという衝撃的な結末。それを受けて多数が処分された警察上層部。当時は毎日のようにマスコミの報道合戦が繰り広げられた。

 時間と共に忘れ去られようとしている事件を、今さら掘り起こすようなことは是が非でも避けたかったのである。

 しかしながら、いつまでも隠し通すことはできない。事件の核心を突き、謎の黒幕『ビッグ』を早急に確保すること。それが現在、警察に課せられた最大のテーマとなった。


 チョコレートパフェへの”熱い気持ち”を語ったことがきっかけで、あづさの気持ちをなんとか紛らわせることはできたが、その不本意ないきさつにマークは少々不満であった。鼻に詰めたティッシュペーパーを邪魔そうに避けながら、チョコレートサンデーと格闘している。

 しかし、本当にあづさが求めているのはこんな一時の安らぎではない。彼女の深い傷を癒すには、”奴”の息の根を止めなければ。

 失ったものは戻ってこない。しかし、大切なものを奪った者にはそれ相応の代償を払ってもらう。そのチャンスがやってきたのかもしれないこの機会を、絶対に逃すわけにはいかないのだ。

 しかし、どうすれば・・・。一筋縄ではいかない相手だということは、あづさと友也の身近にいた者としてよくわかっている。しかも、その『ビッグ』に関する情報がほぼ皆無だということが、マークにとってさらに悩ましいことだった。

「あ・・・」

 マークの動きがピタリと止まった。

「ティッシュがチョコサンデーに・・・」

 そろりそろりとマークがティッシュを掴みあげていると、いきなりあづさがガタンと音を立てて立ち上がった。また殴られるのかと身構えたマークをよそに、あづさはツカツカと店を出て行った。

「あ、食い逃げ・・・」と言うカコの頭をコツンとして、マークはあづさを目で追った。通り沿いに姿を現したあづさをガラス越しにみとめ、その表情に慄然とした。さっきまでの和やかさから一変し、獲物を視界に捕らえた猛獣のようだ。


 あづさは、ガードレールにもたれかかってタバコをふかしている男の前で足を止めた。

 チビでデブで見るからにチンピラ風。あづさはいきなりそのチビデブの手から、まだ火をつけて間もないようなタバコを取り上げると、道路に投げ捨てて踏みつけた。

「なにしやがんだ!!」

 チビデブは今にも掴みかかりそうな勢いであづさに詰め寄ったが、彼女は薄笑いを浮かべながら彼を見下ろした。

「久しぶりね」

「お、おまえは・・・」

 あらためて相手の顔を見て、チビデブは一歩退いた。

「元気だった?ジロー」

だけど・・・」

「また”ゴールド”をバラまいてるのね」

 と、あづさはシローに詰め寄った。

「なんのことだか」

 とぼけるシローの胸ぐらをつかみあげると、あづさはグイグイと首元を締め上げていく。しかし、顔は笑っている。

「あんた、相変わらずね。都合の悪いことは記憶喪失になるのかしら?」


「マズい・・・」

 その様子を店内から見ていたマークは、思わず腰を浮かせた。

「カコ、そこで待ってろ」

 そう言い残すなり、マークは足早に店を出て行った。

「あ、食い逃げ・・・」

 カコは慌てるでもなく、グラスに残ったメロンソーダをストローでズズズ・・・と吸い上げた。


「ぐ、ぐるじ・・・」

 あづさに締め上げられているシローの足が、今にも地面から離れそうになっている。何事かと足を止めて、その様子を眺める通行人の数が徐々に増えていく。

「おい!!」

 店から出てきたマークが、あづさとシローを引き離した。

 あづさの手が離れると、シローはその場にへたりこみ、首元を押さえてぜえぜえと肩で息をしている。

「『ビッグ』に伝えとけ!今度は絶対逃がさないってね!」

 シローはフラフラと立ち上がると、

「おぼえとけよ!」

 と、お決まりの捨てゼリフを残して逃げていった。

「一旦、署に帰るわ。新たな動きがあるかも知れないし」

 あづさはマークにニッコリ微笑むと、そのままツカツカと歩き去っていった。

「あづさ、オマエ・・・」

 小さくなっていくあづさの後ろ姿を見送りながら、マークは恐怖を覚えた。

 こんな大胆な行動をして大丈夫なのか。『ビッグ』に真正面からぶつかるなんて。奴ほどの人物なら、一人の刑事を葬るぐらい、いとも簡単なことなのに。まさか、『ビッグ』と心中する気じゃないだろうな・・・。

「ヤバい。ヤバいよ・・・」

「なにがヤバいの?」

 いつの間にか、カコがマークの横にいる。

「お、おい!オマエまで出てきたら、ホントに食い逃げだろが!」

 マークはカコの手を引き、慌ててファミリーレストランへと駆け込んだ。





 

 




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