第4話「四六時中四苦八苦で四面楚歌」

 翌朝、マークは昨日と同様、自宅のプールでスカイブルーのベッドに真っ赤な水着で横たわっており、かたわらの白いローテーブルには鮮やかなオレンジのカクテルがあった。

 昨日は休暇を決めこんだその初日を、いきなりブチ壊されてしまった。

 成り行きで始まった犬捜しに続き、はてはカーチェイスまでするハメに。結果を言えば、ポチは見つからなかった。あれだけのサイズの犬がウロウロしていれば、当然目撃情報があるだろうと付近の聞き込みをしてみたものの、手がかりはまったくなし。たかが犬ごときで手こずっている状況にマークは苛立ちを覚えたが、それはいたしかたなく、なんの進歩もないまま捜索は終了。マークはカコの寂しそうな横顔を見つめながらも、かける言葉を見つけられなかった。

「もしかしたら、入れ違いでポチは家に帰ってきてるかもしれない」

 無駄とは思いつつも、やっとの思いでカコにそう告げると意外にも、

「ウン。そうかもね!」と言って帰っていった。

 なんだかんだ言っても、子供らしくて可愛らしいコだ。このままあっさりと別れてしまうのも、なんだか淋しくもある。マークが家まで送ると声をかけたが、カコは駈けながら「大丈夫!ありがとっ!」と元気に手を振り、笑顔で返してきた。そして、そのあとにも続けてなにやら言っていたが風に消されて聞こえなかった。

(なんて言ってたんだろ・・・)

 ふと気になり、マークは目を閉じてカコの口の動きを思い返してみた。

『大丈夫!ありがとっ!』までは、しっかりと音声として聞き取れた。さらに目をギュッと閉じて神経を集中させ、その続きを解析する。

 まず、上唇と下唇を話して口を丸く開ける。『ま』。そして『た』。『あ』『し』『た』。

 マークの頭の中で、カコがキラリと笑った。

『また明日!』

「なにぃ~!!」

 マークはサマーベッドから跳ね起きた。そして、背後からカコのナマの声で

「おはよ」

 と聞いたのである。

「大丈夫?」

 カコは、振り返るヒマもないままベッドから転げ落ちたマークを冷静に見下ろした。「なにしてんのよ」

 ごく普通に、当たり前のようにそこにいるカコを見上げながら、マークはサマーベッドに這い上がった。しかし、今さら無断で入ってきたことを注意する気力はない。今日もこうして訪ねてきたということは、彼女の愛犬は家に帰ってきていなかったということになるが、そんなことはマークにとっては知ったこっちゃなく、昨日に引き続いて今日も犬捜しをしようという気はさらさらない。

「なんだよ、オマエ」

 マークはカコと目を合わせようともせず、プールサイドからリビングへ向かった。

「ねえねえ!」

 カコの言わんとすることはわかっている。マークは後を追ってくるカコを振り払うようにしてリビングに足を踏み入れたが、2歩も進まないうちに再びズッコケた。「なにしてんのよ」

 プールサイドに面したソファには、ゆったり寛ぎながら紅茶を飲んでいる冴木あづさがいた。

「あ、ペチャパイ!」「あ、クソガキ!」

 目が合ったカコとあづさが同時に叫んだ。そして、

「こんなとこでなにしてんのよ!」

 と再び同時に叫んだ。実際問題、『こんなとこでなにしてんのよ!』と言っている当人たちが『こんなとこでなにしてんだ!』と言われる立場にあるのだが、マークは一触即発なムードを漂わせる二人の間に立って、「まあまあ」という行動をとっていた。


 ラブソファの端と端でにらみ合いながらも、なんとかカコとあづさを落ち着かせたマークは、向かい側にあるパーソナルソファにどっかと腰を下ろした。

 なんだか本命の彼女と浮気相手がハチ合わせたような構図だが、実際はド厚かましいという共通項をもった小学生と女刑事。当然、マークに気まずさはまったくなく、ただただハタ迷惑なだけである。

 こいつら、昨日に引き続き、今日もおれの休暇をブチ壊しにきたか。

 無言でにらみ合いを続ける二人を見ているうち、マークは沸々と怒りがこみあげてきた。

「いいか。よく聞け。お前ら」

 マークはいかに自分が怒っているかを伝えようと、一言一句をゆっくり、重みをつけて語りはじめた。

「まず。ここはおれの家であって、町内会の集会所でもなければ、子供の遊び場でもない」

 それを聞いているのかいないのか、あづさはカコから視線を外すと、そのままマークには目もくれず、わざとらしくも見える『優雅』なしぐさで、テーブルの上に置かれたままのティーカップに手を伸ばした。マークはそのティーカップを素早く手前に引き寄せ、それを阻止する。

「喫茶店でもない」

「マーク、おしっこぉ~!」

 空気もなにもおかまいなしに、カコが叫んだ。

「さっさと行けっ」

「はぁい」

 カコは我が家のごとく、スキップを踏むような足取りでトイレに駆けていった。

「山田」

 あづさはテーブルの上で空を切って静止したままの手を、ドン!と振り下ろした。

「苗字で呼ぶなっつうに」

「昨日の事件だけど」

 車を暴走させながら銃を乱射し、15人もの死傷者を出した事件。昨日、マーク自身も巻き込まれ、テレビやラジオでも繰り返し報道されている。犯人は死亡したが、彼がなぜそのような事件を起こしたのかは、まだ判明されていないとのことだった。

「司法解剖の結果、犯人の体内から”ゴールド”が検出されたわ」

 あづさは険しく、そして悲し気にマークをまっすぐに見つめた。

「”ゴールド”が・・・。奴がまた動き出したってことか」

「そう…。奴が…『ビッグ』がね。」

 ”ゴールド”とは麻薬の名称であり、『ビッグ』とは全国にその麻薬を拡散させた組織の黒幕で、本名や素性は謎とされている。

「しかも、新しい”ゴールド”はさらに幻覚症状が強くなってる。こんどこそ、奴のシッポをつかんで組織をブッ潰さないと、さらに同じような事件が起きてしまうわ」

 あづさの体がブルブルと震えだした。それは恐怖でも寒さでもなく、怒りの感情であることをマークは知っていた。

「奴をブッ潰したいのよ!!」

 あづさの感情が爆発した。髪を振り乱し、溢れてくる涙を拭おうともせず、マークの胸ぐらに飛び込み、何度も何度も「ブッ潰す!ブッ潰す!」と繰り返した。

「あづさ・・・」

 マークはあづさが感情を露わにするワケを、痛いほど知っていた。

 ・・・それは、約3年前にさかのぼる。

 きっかけはとある地方都市での交通事故。深夜、単独での居眠りによる衝突事故と思われていたものが、目撃者の情報と司法解剖により、事態は一変。

 目撃者によると、事故を起こした車は直前まで路肩に停車していて、発進して間もなくガードレールに接触し、電信柱に激突したという。そのため居眠りではなく、持病の発作が原因だとされ、司法解剖を行った結果、体内から新種の麻薬の成分が検出された。

 その後、同様な事故が続発。やがてそれは都市部にも広がり、刃物や銃による無差別殺人まで起こってしまった。そして、事件後の家宅捜索で発見された金色の粉・・・。それが”ゴールド”だった。

 管轄内での事件であったため、あづさたちは過去に麻薬取引で検挙されたことのある暴力団事務所や、ドラッグショップを対象に捜査を開始した。

 捜査開始から約一か月。捜査線上に『ビッグ』という名前が浮上した。しかし、その組織のトップが日本人の男性だという以外の、本名や年齢などの情報は得られず、なんの進展もないまま、さらに月日が流れた。

 警察の必死の捜査にもかかわらず、”ゴールド”による事件は続く・・・。

 そしてようやく組織の末端まで辿り着いた警察は、潜入捜査を決行。潜入に成功した捜査官は着々と情報を集めていったが、数週間後、拳銃で自らの命を絶ち、遺体で発見された。

 残された遺書には、潜入捜査がばれて隔離され、痛めつけられて何度も”ゴールド”を射たれたこと。その後なんとか脱出したが、幻覚症状を起こして誰かを傷つけてしまうことがないよう自ら命を絶つと記されていた。

 彼の情報により組織の数名を逮捕することはできたが、『ビッグ』まではたどりつけなかった。そして、徐々に”ゴールド”による事件がなくなっていったため、捜査は終了となってしまったのである。

 その潜入捜査官が、三好友也。あづさのかつての恋人であった・・・。


「マークぅ~!紙がなくなったよぉ~!」

 トイレからカコが戻ってきた。









  

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