第3話「三人寄れば文殊の知恵が出るのか?」
「どけどけぃ!」
マークらはようやくセダンの後ろ姿をとらえ、ハマーは片側二車線の道幅いっぱいに広がって後を追うパトカーの一群の隙間をすり抜けて、先頭に出ようとしていた。
セダンは信号無視を繰り返し、一般車両を蹴散らしながら暴走と乱射を続けている。交差点では、飛び出してきた暴走車を避けて衝突した車のスクラップの山が築かれていく。そして、歩道には流れ弾に当たって倒れていく人々が・・・。
「もっと飛ばしてよっ!」
あづさの鼻息がますます荒くなっていく。目の前で繰り広げられる惨状に、もうガマンの限界に近づいている。
「これ以上アクセル踏んだら、床が抜けるよ!」
マークにしても思うことは同じだが、物理的な問題はいかんともしがたい。
そしてもう一人、ガマンの限界に達しようとしている者が一人。
「もう、止めてよっ!」
後部席でもんどりうっているカコが悲鳴を上げた。かなり顔色が悪い。
ただでさえだだっ広い車内で、体の小さなカコは右へ左へ揺さぶられるまま、どこかに捕まることさえできないでいる。
「もうちょいガマンしてくれっ!」
ハマーはパトカーの群れを抜け、先頭に立った。
あづさが助手席の窓を開け、銃口をセダンのタイヤに向けたが、まだ距離があり照準が定まらない。
「ん?」
マークは目を細めて前方を凝視した。セダンのストップランプが2度・3度と点滅したのである。
数秒後、セダンの2ブロック先の交差点にパトカーの集団が姿を現した。挟み撃ちである。
「よし!」
あづさは銃を構え直した。マークもコンソールから銃を取り出し、片手ハンドルでさらにアクセルを踏み込んだ。
行く手を阻まれたセダンは一旦スピードを緩めたが、急加速してスピンターンすると逆走をはじめた。
「来るわよ!」
ハマーと直進してくるセダンとの距離がグングンと縮まっていく。
「いくぞ、あづさ!」
「OK!」
マークはハンドルを右に切りながら、サイドブレーキを引き上げた。ハマーのタイヤがロックされ、白煙をあげながら急停止する。反動で車体後部が滑り、通せんぼするように横向きに停まった。
「カコ!伏せてろ!」
マークは運転席のドアを蹴り開けて銃を構え、素早く降車したあづさはハマーのボンネットで腕を固定すると、セダンに銃口をむけた。
二人の銃口が同時に火を吹く。マークの銃弾はセダンのタイヤを撃ち抜き、あづさはフロントガラスを砕いていった。
セダンのタイヤがバーストし、コントロール不能となって蛇行運転を始めた。中央分離帯に接触して火花を散らしつつも、その勢いは止まず、そのまま走行を続けている。
「もしかして・・・」
全弾を撃ち尽くしたマークとあづさは、それを目で追いながら凍り付いた。暴走するセダンの先に、街灯の太い鉄柱がそびえ立っていたのである。息をのむ二人の10数メートル先で、セダンはその柱に激突した。
セダンが宙に舞い、回転しながら重力に従って落下する。その下にはハマーが・・・。
「カコ!!」
マークはあづさを遠くへ突き飛ばし、ハマーの運転席に飛び込むと素早くバックギヤに入れてアクセルを踏み込んだ。
まさしく間一髪。さっきまでハマーがいた場所にセダンが落下し、爆発・炎上した。マークらと共に追跡してきていたパトカーと、挟み撃ちにやってきたパトカーがサイレンを鳴らし、パトライトを回転させたまま、それを遠巻きに取り囲んだ。
「カコ、大丈夫か?」
「ウン」
後部席からカコがひょっこり顔を出した。顔色が元に戻りつつある。どうやら大丈夫なようだ。
マークはホッとして額の汗を拭った。と同時に、こめかみに銃口があてられた。
それをたどると、厳しい表情のあづさだった。
「協力ありがとう。でも、銃はダメだって何度も言ってるでしょ」
マークは黙って銃をあづさに渡した。
「でもな、あづさ・・・」
「仕事がら危険なこともあるのはわかってる。でもこの国で銃を所持するのは違法よ」
「わかったよ」
「次は逮捕するからね」
あづさはにこやかに言い放った。
遠くから、消防車のサイレンが聞こえ始めていた。
あづさが事件の処理のために署へ戻ったため、マークとカコは再び二人きりになった。犬捜し再開だ。
カコがポチとはぐれたという場所は、ホームセンターやファミリーレストランなどがひしめき合う市街地。カコがコンビニエンスストアで買い物をしている間にいなくなってしまったらしい。
「どこかに繋いでなかったのか?」
「繋いでたわよ」
カコは、コンビニエンスストアの入り口の近くにあるポールを指さした。散歩中の犬を繋いでおくために設置されているものだ。
「で、リードごと?」
「うん」
リードは外れたのか、外されたのか。
マークは屈みこんでポールを見た。キズやヘコミがたくさんあるが、いつどのようについたのかはわからない。
立ち上がって周囲を見回してみる。
トラックも数台停められる規模の駐車場。客の出入りは頻繁というわけでもないが、閑散というわけでもない。
目の前を、小型犬を連れた若い女性が通り過ぎていく。それをじっと目で追っていたのが気になったのか、マークに不審げな視線を送りながら、足早に去っていった。
「可愛いあまりに、つい連れ去ってしまうようなカオでもサイズでもないしな」
マークが独り言のように呟いた。
「ねー、ねー」
彼女なりに手がかりを捜して辺りをうろついていたカコが、マークのスーツの裾を引っ張った。
「わたし、思うんだけど」
「どうした。なんか思い出したか?」
「ポチがあまりに可愛いもんだから、誰かが連れてっちゃったのかな?」
マークはまたもや、カコを冷え切った目線で見下ろすこととなった。
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