第2話「二兎を追う者は一兎をも得ないのか?」
緑濃い街並みを、黄色いハマーH2が走り抜けていく。
左ハンドルの運転席には、捜し屋の制服としているアルマーニの黒いスーツを着たマーク、助手席にはカコがいる。V型8気筒エンジンの振動と高めの目線が心地いい。
「まずは、ポチがいなくなった場所からだ。なにか手がかりが残ってるかもしれない」
「ウン・・・」
カコは助手席で何度も座りなおしたり、首を伸ばして辺りをキョロキョロしたりしている。どうにも落ち着かない様子だ。
「どうした?」
「外が見えないの」
マークはハッとして、笑顔になった。
なるほど。
カコのサイズでは、箱に入れて運ばれているようなものなのだろう。
天気はいいし、穏やかな時間が流れている。いつもは仕事で殺気立った時間を過ごしているマークにとっては、初めて味わうような、懐かしいような感覚だった。成り行きとはいえ、この『依頼』を受けてよかったかもしれないとも思えた。
このクソ生意気なガキと、ヒマ潰しの散歩がてらの軽いドライブでもするか。もちろん犬捜しも。
「うわっ!」
マークは思い切りブレーキペダルを踏みこんだ。体をつんのめらせながらも、助手席のカコが前に飛ばされないように腕を伸ばす。
ハマーの鼻先数十センチには、通せんぼをして立つ髪の長い黒いパンツスーツの女。
「あづさ!」
マークに『あづさ』と呼ばれたその女は、口の端で少し笑うと急ぎ足で助手席に乗り込んできた。
「ちょうどいいところで会ったわね。早く車出して」
「おまえ・・・」
「なによ」
「なによっ!!」
あづさの下からカコが叫んだ。
「あら」
あづさはカコの存在に気づきながらも、平然と彼女を見下ろした。
「クッションかと思った。なによ、このガキ」
「なによ、このペチャパイ」
ファーストコンタクトで、いきなりの険悪ムード。
やっぱり穏やかな時間を過ごすというのは、おれには無理なのか・・・。マークはガックリと肩を落とした。
「ムカつくガキねー。ちょっと山田ぁ!説明しなさいよ」
「苗字で呼ぶんじゃねー」
あづさとマークは同級生であり、現在は刑事として任務に就いている。職業柄マークは彼女から情報提供を得たりもしている間柄だった。
『山田』は確かにマークの苗字であり、あづさの呼び方は間違っていないのだが、マークはこのありふれた苗字がイヤで”捜し屋”としては、ひた隠しにしているのである。
それにしても・・・。
どうやら、めんどくさい状況に陥ってしまったことには違いないらしい。マークはお互いを紹介することにした。
しかし、そのときどこからともなく銃声が響き渡った。
「来た!!」
あづさが叫んだと同時に、50メートルほど先の十字路の右側から、赤信号を無視したセダンが停車している車に接触しながら、猛スピードで右折していった。
「山田!後を追って!」
「苗字で呼ぶな!」
マークはハマーを発進させた。
「山田ぁ、ポチは?」
カコは面白がっている。
「るっせい」
激しくタイヤが軋む音と焦げ臭いゴムの臭いをまき散らし、暴走車がさらに銃を乱射しながら市街地を走り抜けていく。
「いったい、何事だ!」
暴走車に接触されて次々にスクラップになっていく車を避けながら、マークのハマーが追尾していた。
助手席ではあづさが車の振動に揺さぶられながら、且つ、カコと押し合いへし合いしながら、ハンドバッグから銃を取り出した。そして、オートマチックの弾倉を引き出し、弾の充填を確認する。
「何事かはまだわからないけど、ワケわかんない奴が銃を乱射しながら暴走してるって本部から連絡があったの。わかってるのはそれだけよ」
「後を追いかけるには十分な理由だな」
「そーゆーこと。・・・ところで、山田」
「なんだよ」
マークはもう、『山田』を訂正させる気が失せていた。
「『ポチ』ってなによ」
「わたしの犬よ。いなくなっちゃったから、マークに捜してもらってるの」
カコが一気にまくしたてた。
マークは前方を凝視していたが、あづさの目線が冷えていくのがはっきりわかった。
「あんた、犬なんか捜してるの?『捜し屋マーク』もヤキが回ったわね」
「いや、違うんだ・・・」
話題が自分に移って調子づいたカコが、さらにまくしたてる。
「目はキリッと切れ長で、耳はピンと・・・」
カコはマークの冷え切った目線に気づいて、言葉を切った。マークは、自分があづさに喰らった分をさらに増幅させた冷たい目線をカコに向けている。
「まだ言うかっ!」
バレてしまったからには仕方がない。少しでもあづさから手がかりを得られればと思い、マークは懐から写真を取り出した。
「このバカ面した犬なんだ。どこかで見なかった?」
マークは写真を見たあづさがどんな毒を吐くかと、期待してもいた。
「かわいい♡」
「あのな・・・」
暴走車はさらに信号無視を繰り返している。そして、それを避けようとした路線バスが乗用車に追突し、追突された乗用車が電信柱に激突した。乱射された銃弾が命中し、倒れていく歩行者もいる。
「早くなんとかしないと・・・。山田!もっとスピードあげてっ!」
2ブロック先の交差点から、数台のパトカーがけたたましくサイレンを鳴らしながら合流してきた。後方からも、ぐんぐん追い上げてくる。
「いったい銃弾を何発持ってるんだろう・・・」
ハンドルを握るマークの手に汗がにじみだしてきた。とんでもない事が目の前で繰り広げられている。さっきまでの穏やかな気分はどこかに消し飛んでいた。
無差別に銃を乱射し続けるセダン。不用意に接近したパトカーに向けて発射された銃弾はエンジンルームにめりこみ、火柱をあげた。
「山田っ!あのバカを追い抜いて!」
あづさが助手席の窓を開けながら叫んだ。数十台に膨れ上がった周囲のパトカーに、身振り手振りで指示を出す。行く手を遮って挟み撃ちにし、セダンの動きを封じる作戦だ。
マークはアクセルを目一杯踏み込み、エンジンを全開にした。セダンの後方にピッタリと寄せ、スキをついて助手席側から追い越しにかかる。
「いったい、どんな奴が乗ってんだ」
ハマーをセダンに寄せながら並走していると、助手席の窓がスルスルと下り始め、運転席が見えた。スーツにネクタイ姿の30代の男が、じっと前方を見据えながらハンドルを握っている。
「車を止めなさい!!」
あづさが叫ぶ。
その声に反応して、運転席の男がゆっくりとこちらを向いた。
髪を振り乱し、目が異常に充血している。さらに微笑を浮かべ、よだれをたらしている。
「まさか・・・」
あづさは息をのんだ。この顔つきは・・・。しかし、次の瞬間。
「ヤバいっ!!」
マークとあづさとカコの目が、裂ける寸前にまで見開かれた。セダンの男が、いきなり機関銃の銃口を振り上げたのである。マークがブレーキペダルに足をかけた途端、その銃口が火を吹いた。ハンドルを切り、急ブレーキをかけてなんとか銃弾はかわしたものの、弾みでハマーはスピンを始めた。後続のパトカーがそれをかすめて追い越していく。転倒は免れたものの、ハマーは5回転したのちにようやく停車した。
「くそったれ!!」
マークは悔し気にハンドルを殴りつけた。
「ちょっとぉ!!」
あづさの苦し気な声。マークはハッとして助手席に目をやった。
「あれ?」
いない・・・。
「マークぅ・・」
カコの声をたどって後部席に目をやると、そこにはもつれ合うようにしてひっくり返っている二人がいた。
「あれま・・・」
「”あれま”じゃないわよ!」
あづさはパンツスーツのほこりをはらい、髪を直しながら助手席に戻ってきた。
「あんた、あとで絶対ボコボコにしてやる!あの乱射ヤローをボコボコにしたあとに絶対ボコボコにしてやる!ボサッとしてないで、さっさと追いかけなさい!」
「やれやれ・・・」
マークはハマーを急発進させた。
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