捜し屋マーク
@choro
第1話「一難去ったらまた一難?」
「人捜し」と聞いて「ああ、探偵さんですね」と言われるのは、ごくありがちなこと。
しかし真亜玖=マークの職業は「捜し屋」であり、探偵のように素行調査や浮気調査などはせず、人を捜すことを専門としている。さらに言えば、マークが依頼される案件は探偵がお手上げした難問ばかりで、依頼者にとっては"最後の砦"。当然仕事は困難となるが、その分報酬額は大きくなる。
毎度のことながら捜索は難航で全国規模。わずか一週間で対象を見つけ出したこともあるが、それはただの幸運がもたらしたものであり、数回しかない。数か月かかることはザラで、最悪なのは対象者が死亡していること。
今回の案件はまさにそれで、もちろん対象者の死亡にこちらの責任は一切ないのだが、死亡した時期が発見の数日前であり、死因が交通事故だったことが事態をややこしくした。
依頼者の家族が、もう少し早く発見してくれていれば死なずに済んだとインネンをつけ、報酬の支払いを渋ってきたのである。
マークの仕事は依頼された対象者を捜し出すのが仕事であるが、その生死はいとわない。生きたまま連れてくるという賞金稼ぎとは違う。
家族の感情はわからないではないが、こちらとしては多くの時間と費用を費やしているのだ。無報酬というわけにはいかない。散々もめたが、なんとか支払いに応じさせることができた。契約から報酬額の交渉、そしてこのようなトラブルにもすべて一人で対応しなければならない。個人事業主のつらいところだ。
対象者の二十歳の娘が可愛かったので多少オマケしたが、それも個人事業主の融通の利かせどころである。
初夏の通り雨が過ぎ、風がほどよい湿り気を運ぶ午後。ひと仕事終えてしばしの休暇を決めこんだマークは、自宅のプールサイドで寛いでいた。
30歳独身。高級住宅街の一角を占める、5LDK庭付き平屋建ての独り者にはいささか広すぎる住居は、彼の実績とプライドの象徴だ。
スカイブルーのサマーベッドに真っ赤な水着で横たわり、かたわらの白いローテーブルには、鮮やかなオレンジのカクテル。
じりじりと身を射す太陽の光が、やがて眠りを誘う心地よさに変わり、マークはサングラスの中で静かに目を閉じた。
・・・と、そこへ。
「こんにちは!」
背後からいきなり声をかけられ、マークは飛び上がった。
サマーベッドからずり落ちかけるのを何とか踏ん張り、ずり落ちてしまったサングラス越しに振り返ってみると、そこにはツインテールに髪をまとめた10歳くらいの女の子が立っていた。
「なんだよ、ガキ。どっから入ってきた」
マークは露骨に不快な表情をした。
「玄関開いてたもん。呼んだって誰も出てこないし」
女の子は平然と言い返してくる。
「あのネ」
”ええい、めんどくさい”とばかりにマークはサマーベッドから起き上がり、膝に両手をついて女の子に目線を合わせると、教え諭すように言った。
「玄関が開いてようが、呼んで誰も出てこまいが、人ん家に勝手に入りこんじゃイケないんだよ」
「そんなこと、どうでもいいじゃない」
女の子は引かない。そして、さらに畳みかけてきた。
「おじさん、捜し屋でしょ?」
「捜し屋だけど、おじさんじゃない」
マークは少し大人げなかった。
「おばさん?」
「お兄さんだいっ!」
かなり大人げない。
「ねえっ!ポチを捜して!」
「ポチだぁぁ??なんだ、それ。ゾウ?キリン?それともゴリラかなぁ?」
本当に大人げない。
「犬よっ!」
「とにかくね。お兄さんは忙しいんだから。帰りなさい」
マークはサマーベッドに引っ掛けていたアロハを着ると、女の子を回れ右させ、掃くように玄関へ押しやった。
「お金なら、ちゃんと払うわよ!」
女の子は必死にその場に止まろうとするが、大人の男の力に到底かなうわけもない。
「お金ってね・・・。オマエがウサギさんの貯金箱潰したぐらいじゃ払えないんだよ」
「ペンギンさんよ!」
「どーだっていーわ!」
どーだっていー会話をしているうちに、もう玄関は目の前に迫っていた。女の子は最後の力を振り絞る。
「おじさんってば!」
「お兄さんだっつーの!」
じたばたする女の子を軽々と脇に抱え、マークは玄関から押し出した。
玄関の扉を後ろ手に閉め、さて休暇の再開だとプールへ向かおうとすると・・・。
「あ~~~ん!!」
外で大絶叫の泣き声。子供の常套手段だ。
泣けばなんとかなると思っている。ウソ泣きなのはミエミエだが。
しかし、それでなんとかなってしまうこともあるのだから、この戦法は代々引き継がれているのであろう。
マークはこっそりと細くドアを開けてみた。
さっき女の子を放り出すときにチラッと見えていた、井戸端会議中のお向かいとお隣の奥様はというと。
「くそ・・・」
どうやら話題は児童虐待に切り替わったらしく、チラチラとこちらを見ながら眉をひそめている。
女の子はさらにボリュームをあげて泣き叫ぶ。
「そんなトコでなにしてんの?さ、早く中へお入り」
マークは井戸端会議中の奥様がたに「どーもどーも」と愛想を振りまき、本当は張り倒したい女の子の頭をナデナデしながら家の中に招き入れると、扉が閉まるなり怒鳴りつけた。
「どんな犬なんだ!」
「あのネ、あのネ」
マークの威喝もどこ吹く風。
女の子はそれ来たとばかりに一瞬にして表情を一変させ、嬉しそうに身振り手振りで犬の特徴をまくしたてた。
「あのネ、目はキリッと切れ長で耳はピンと立っててシッポはフワフワ。くるっとね、きれいに巻き上がってるの!」
他人からしてみれば「たかが犬」でも、この子にしてみれば大切な友達であることはその表情とその必死さから推し量ることができた。
マークにもそれはよくわかった。
とはいえ、せっかくの休暇を…という気持ちも払拭できない。
…ま、2・3時間それなりに付き合ってやるか。それで納得して帰るだろう。
マークは女の子をリビングへ誘導してソファに座らせ、その向かい側に腰を下ろした。
「写真ないのか?」
「あるわよ」
用意周到なのか、はたまたいつも持ち歩いているのか、女の子は肩から下げている小さな赤いポシェットのファスナーを開け、L版サイズの写真をマークに差し出した。
「どれどれ・・・」
写真を見た瞬間、マークの頬は筋肉がなくなったようにダランと垂れ下がった。そして、ハナミズがツー…ヨダレがタラー…。
「きたなーい!」
女の子は眉間にシワを寄せ、ソファの背もたれに向けて大きくのけぞった。
「オマエ…もう一回犬の特徴を言ってみろ!」
マークがハナミズとヨダレを吹き飛ばしながら叫ぶ。
その飛沫を避けながら、女の子がボソボソと答える。
「目はキリッと切れ長で、耳はピンと立ってて、シッポは…」
「どこがっ!」
マークは容赦なくツバを飛ばしながら、なおも叫んだ。
「どこがキリッと切れ長な目なんだ!え?」
写真には、お座りしているセントバーナードと、その巨体にもたれかかって楽しそうに笑う目の前の女の子がいる。
だが、マークはその写真を微笑ましく見ることができなかった。
「なんだ、このだらしない目は!”どうだ、参ったか!”ってくらい垂れ下がっとるじゃないか!”耳はピンと立ってて”だと?ヘッドホンみたいな耳しやがって!」
女の子は両膝に手をついて俯いた。肩が震えている。
そのときマークは初めて気づいた。ミニスカートから出た足は、あちこちに切り傷や擦り傷ができている。
「…どうしたんだ?そのキズ」
「…いっしょうけんめい捜したんだから」
始めの勢いはどこへやら、女の子はすすりあげながら言った。
よく見ると、腕にもいくつかキズがある。
「でも…見つかんないんだモン…」
震える手に涙が落ちた。
やれやれ…。
しょーがねーな。まったく。
マークは静かに微笑んだ。
「名前は?」
「…え?」
瞳に涙を溜めたまま、女の子はマークを見つめた。
「名前は?つってんだよ」
「”ポチ”だっつってるじゃない」
女の子は頬をプッと膨らませた。
「オマエのだよ」
「あ…。カコです」
「よろしくな」
カコは満面の笑みでマークに飛びついた。
「ありがとう!」
と、ホッペにキス。
「オマエ、年頃の姉さんいるか?」
「いないよ」
「あ、そ」
強引に帰らせてしまうワケにもいかなくなったが、とりあえず2.3時間ほどそれなりに付き合ってやれば納得して帰るだろう。休暇は少しばかり延期だ。
…という程度に、この時マークは思っていた。
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