第20話 静かな予兆~青年の死

その出来事は、大きな前触れもなくやって来た。私たち日本人が、クリスマス会や大晦日パーティーで楽しんでいる頃。

そのアラブの国の小さな都市で事件が起きていた。26歳の若者が焼身自殺したのだ。

ここ最近の自爆テロなどの事件を見ていると、全く説得力もないのだが、イスラムの国では、焼身自殺というのはハラーム(絶対にやってはいけないこと、神への冒涜)のはずだった。その絶対にやってはいけない行為をやった人がいるということで、国中が大騒ぎになった。


彼がそんな行為を行った理由について、様々言われている。

まずは彼は大卒か専門学校卒のコンピューターエンジニアだった。その国の中では学歴の高い方だ。

しかし、首都ならともかく、彼の住む小さな地方都市には、彼の能力に値するレベルの仕事がなかったのだ。

日本ならまだ「無いなら作ればいいじゃん」という発想に寛容であるだろう。


しかし、彼の住むそのアラブの国は独裁国家だった。国家資格や起業なんて制度も整っていない。たいていの権益は大統領一家が握っていて、逆らうと秘密警察に連れていかれて拷問されたり、店や親戚ごとつぶしを受けてしまう。だからみんな街中に張られた大統領の肖像画を見ながら、大統領の功績をほめそやす。日本のお近くのどこかの国にも似ている。


その青年は、生きるために仕方なく果物を売り始める。しかしそれも行政の許可が無いので認可されない。ひどい話で、そこの婦警の人が、果物を売るのをやめない青年につばをはきかけたという噂まで立っていた。

婦警はそれをしないと仕事がない若者の苦しみをわかっていたのだろうか。


やけどして、包帯でぐるぐる巻きのその青年を、大統領が見舞っている新聞の情報が入ってくる。自らのイメージアップのためなのか、本当に若者への心配を感じてなのか。


しかし菜穂はその時「地方で怖い事件が起こったんだな」としか思わなかった。まさか歴史を何年も揺るがすような、大きな事件の予兆だったなんて気づいてもいなかった。

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