10:休日デート計画
希月が毎朝、俺の家へやって来るようになってから、一週間が過ぎ去っていた。
そこに遥歌を加えた三人で登校することも、いまや徐々に習慣化しつつある。
揃って教室へ入っていくと、最近はその有様を目に留めて、ひそひそと何事か囁き交わす連中も居るようだった。
どうやら我が一年一組では、俺と希月の関係性が変化しつつあることを、一定数のクラスメイトが勘付きはじめているらしい。
この種の気配に目敏い人間ならば、それもむべなるかなといったところか。
こうなるとある意味において、一番の被害者は遥歌かもしれない。
――通学路が異なるはずの俺と希月が、なぜ連日一緒に登校してくるのか。
好奇心を刺激された連中から、同じバスに乗り合わせるせいで、幾度となく疑問の答えを求められていた。
その都度、遥歌はいつもの穏やかな微笑で受け流していたみたいだ。
無用に話題が拡大するのを、できるだけ避けようとしてくれたのだろう。
あの子らしい気遣いだった。
ただし遥歌はその一方、希月の恋愛(というか婚活)について、常に後押しするような発言を繰り返している。
「希月さん、どうか逢葉くんを幸せにしてあげてくださいね」
今朝も遥歌は、六花橋から学園正門に差し掛かった辺りで、希月にそんな言葉を掛けていた。
○ ○ ○
そういった日常を過ごす中で――
十一月十二日(木)の放課後、希月は再び占星術研究会の部室を訪れていた。
無論、恋愛相談所での経過報告とコンサルティングのためである。
……そしてなぜか、またしても俺がそこに同席させられていた。
「絢奈ちゃんは、あたしから見ても充分頑張ってると思うんだけど」
天峰は、提出された報告書を読み終えて唸った。
「こんなに可愛い子から、こんだけ言い寄られて、どうして逢葉くんは交際の申し出に応じようとしないわけ?」
「そりゃ相手の動機が打算的で、本気で好かれていると思えないからだ」
故意に素っ気無く、希月に述べたのと同じ答えを返す。
天峰は、おもむろに顔を上げて、こちらをまじと眼差してきた。いかにも「贅沢言うな、身の程を知れ」と言いたげな目つきだ。
「世の中の物事なんて、大概は打算的な取り引きの産物じゃん。相手の求めるものに対して、自分が何をどれだけ供給できるか。恋愛の成立だって、
「もっと純粋な愛情だって、存在するかもしれないだろ」
「あー。そういう幻想に酔うのは、絶対止した方がいいと思うね。たまにここの相談所へ来る人でも居るんだけどさ。例えば、『好きな人のためなら、私はどうなってもいいの!』みたいなやつ」
天峰は、会話の途中で、急に一部分だけ声色を変えて芝居を挟んでみせた。
「それ、わりと高確率でクズな異性に弄ばれてるパターンだから。担保もなしにサービスしたところで、散々相手に旨みを吸い上げられた挙句、最後は『元恋人との消し去りたい過去』的な、不良債権しか手元に残らないからね」
たしか天峰って、彼氏持ちなんだよな?
こいつに好かれてるって男の顔が見てみたいぞ、わりとマジで……。
そんなやり取りだけでも、俺はうんざりした気分になった。
しかし希月はというと、天峰の話に深く首肯しながら、愛用の手帳に今の話をメモしていたみたいだ。「我が意を得たり!」といった様子の面持ちである。
おまえ、まだ誰とも付き合ったことがないはずなのに、なんで凄い共感してんの……。
「世の中が打算的な取り引きの産物ばかりだって言うのなら、この組織の活動はどうなんだ」
俺は、わざとらしく咳払いしてから、気を取り直してたずねてみた。
以前から、地味に気に掛かっていた点だ。
「こんなことをしていて、何の意味がある? 恋愛相談所は、あくまで占星術研究会の副次的活動で、生徒会非公認のものなんだろ」
「ふふん。女の子は幸せなカップルの誕生を見ているだけで、ほんのりと自分も幸せな気分になれるものなのですぞ、逢葉くん」
「じゃあ純然たるボランティアだと? まさか今の会話の流れで、そんな主張を鵜呑みにしろって言うんじゃないだろうな」
「信用ないなあ。他の部員に訊いても、あたしと同じ答えを返すと思うよ。……少なくとも、七割ぐらいはそれが本音だと思う。恋愛コンサルティングは、正規の活動実績にもならないし。基本的には、好きだからこそ続けている活動だね」
「それじゃあ、残りの三割に当たる理由は何だ」
天峰は、にやりと小策士らしい笑みを浮かべる。
「逢葉くんは知ってる? 実は、今の占星術研究会って、正式な部員はあたしを含めて全部で四人しかいないんだ。――気付いてなかったとしたら、きっとそれはこの部室のおかげだろうねー」
問い掛けが示唆する事実を、俺は即座に理解した。
生徒会規約によると、部活動の発足や維持に必要な成員は、最低五名から。
人数が満たない場合は、同好会扱いとなる。
部活と同好会の学園内における処遇格差は大きい。
きちんとした部室があてがわれ、まともな活動費が予算から獲得できるのは、本来生徒会公認の部活しかないはずだった。
にもかかわらず、この占星術研究会の有様はどうだ?
規定成員数を割り込んでいるというのに、不自然なほど広い部室を占有している。
同好会降格や廃部の危機感は、所属部員の言動から伝わって来ない。
それどころか室内設備を見る限り、明らかな優遇があるように感ぜられた。
「……どうやら生徒会との癒着は、相当に根が深いらしいな」
「この何年間か生徒会三役の椅子に座った人は、仮にそれまで非モテであっても、本人が望みさえすれば必ず学園内における理想の交際相手と結ばれ、リア充生活を満喫してきた。あたしたち恋愛相談所の全面的なサポートによってね」
天峰は、俺の推量を肯定こそしなかったけれど、否定することもしなかった。
どうしようもないな、こりゃあ……
腐敗した組織の典型じゃねーか。
「まあ、それはそうとだね逢葉くん」
裏事情の件はぞんざいに切り上げ、天峰は言葉の矛先を再び俺に向けた。
「毎朝一緒に登校して、手作り弁当を受け取って、たまには二人で放課後に買い物したりして……。当人の意思はともかく、これだけの事実が存在すれば、少なくとも外形上の交際関係が成立していると言うには充分じゃないのー?」
「だったら、どうだって言うんだよ」
「つまりだね、キミと絢奈ちゃんはもう、実質的には『仮交際』と似たような状況にあるってこと。――なのに、あくまで『相手が勝手に自分を追い回してるだけだから』って言い張るのは、あまり関心しないなあ」
そんなこと言われても、俺だって困る。
希月は何度断っても執拗に毎朝自宅まで押し掛けてくるし、弁当の受け取りを拒絶しようとすると、うちの母親が「折角絢奈ちゃんが作ってきてくれたのに失礼よ!」と涙ながらに怒り出すのだ。
何とかしてくれ。
「もし、逢葉くんが仮交際を了承してくれれば、私もこれ以上は合コンに参加しなくてもよくなるんだけどな~」
希月は、ちらちらっと、わざとらしく横目で視線を送ってくる。
「逢葉くんとの関係は、お義母さんや朱乃宮さんからも応援されてるし。――なのに、合コンへこっそり出掛けなきゃいけないのは、自分でも少し後ろめたさがあるというか……」
おまえにも、一応そういう体裁を気遣う感性があったのか。
できれば、俺の立場も察して、交際を迫るのもあきらめてもらいたいところなんだが。
ちなみに聞くところによれば、希月は去る日曜日の合コンでも、のっけの自己紹介から随分飛ばしていたようだ。
「結婚を前提とした、誠実なお付き合いをしてくれる交際相手を募集中です♪」
などと、いきなりヘヴィー級の先制攻撃をかまして、参加男性陣を威圧していたとか。
当然、警戒心から防備を固められ、当日の戦果と呼び得るものは
……余談ではあるが、その前日に開催された土曜日の合コンでは、我が級友たる棚橋悠太も撃沈していたそうな。
もっとも棚橋はその際、同席していた女子から恋愛相談所の存在を知らされ、その場で登録を希望したという。
今後、定期的に合コンへ参加する腹積もりだろう。懲りないやつだ。
「あと、仮交際を公表できれば、恋愛相談所のSNSコミニュティでもフレンドとのやり取りがこれまでより気楽になるだろうねー。何たって、デートの誘いが断りやすくなるから」
天峰は、殊更同調して、何度もうなずいてみせた。
「SNSって……この相談所の利用者が登録してるのか?」
そういえば活動内容について、以前に「ネット経由でも交流をうながしている」なんて言葉も聞かされた気がする。
「うん。あたしたちが管理人として、そこの内部コミュニティを運営してるんだ。もちろん、参加者は完全認可制で、事前に厳正な審査を受けた学園生徒のみ。だから、自分の希望条件に近い相手を気軽に探せて、話が合えばメッセージ機能で遊びに誘えるの」
おまけに合コンと違って、当事者同士が柔軟にデート計画を立てられる。
そういった利便性もあり、多くの利用者が好んでSNS内コミュニティを恋人探しの手段としているらしい。
「ただ、手軽さゆえの問題もあってね。絢奈ちゃんみたいな可愛い子は、女子側の希望条件とまるっきり不一致でも、デートを申し込もうとしてくる男子だって居るわけ。でも、仮交際の相手も居ない状態だと、大概断るのも面倒臭いっていう……」
「『恋人を欲しがって登録してるくせして、なんでデートの申し込みが受けられないんだ?』――なんて、よく言われちゃうんだよね~。まあ、それでも極端にヘンな人はコミュニティ内に居ないから、大したトラブルになったこともないけど」
天峰のあとを引き取ると、希月は嘆息してみせる。
対する俺は、あまり同情的な気分になれなかった。
その種の厄介事は、ある程度はじめから覚悟すべきだったと思う。
だいたい藤凛学園恋愛相談所は、利用者に対価を要求する営利団体じゃないのだ。
あらゆる責任を引き受けさせられるような、明確な担保があるとは考え難い。
もっとも天峰は、そこで逆説的な提案を持ち出してきた。
「裏を返すと、逢葉くんと絢奈ちゃんも、そろそろ二人で休日デートすべきじゃないの」
思い掛けない話題の展開だった。
意表を衝かれて、俺は問い質す。
「裏を返すとって、何の裏だよ」
「つまりSNS経由だと、恋愛相談所の利用者の中には、知り合って早い段階からすぐにでもデートに誘おうとする男の子だって居るわけでしょー。然らば、もう実質的仮交際段階にある二人なら、さっさと休日一緒に出掛けるぐらいした方がいいってこと」
天峰は、肩を
その回答に瞳を輝かせ、希月が立ち上がって手を叩く。
「なるほどね! たしかに、未花ちゃんの言う通りだよ!」
「でしょでしょ? ……実は、こんなこともあろうかと――今日は、あらかじめ二人のデートに最適そうなスポットを、ちょっと下調べしてきてあるのさぁー!」
そんなことを言い放つと、天峰は数枚の書類とタブレットを取り出してみせる。
俺と希月には、そこから各々同じ内容の用紙が配布された。
PCでプリントアウトした自作資料らしい。
ご親切にも、デート当日の暫定スケジュールなどが一覧になっている。
その紙面とタブレットの画面を照らし合わせながら、天峰は話を進めた。
「オススメなのは、特にここだねっ。巷で話題の『星澄セラフタワー』! 各種ファッションブランドやアクセサリーショップなど、幅広い年代の女性の嗜好を押さえたテナントの数々はもちろん、
えらく滑らかな口調で説明をはじめる。
それがあまりに周到な手際だったので、つい口を半開きにして圧倒されてしまった。
制止の言葉を掛け損なったまま、視線を資料から離して、天峰の顔を見る。
すると、そこにはいかにも「してやったり」というふうな表情があった。
……さてはこいつ、最初からこの話を聞かせるために、俺をここへ呼んだんだな……。
「というわけで、今日はこれから二人の休日デートプランについて、詳細な戦術を練ることにしましょ! 都合が付くなら、すぐ次の日曜日にでも実行できるようにっ」
天峰も椅子から腰を浮かせ、希月と互いの手を取り合った。
ガシィッ!と、効果音まで聞こえてきそうな固い握手が交わされる。
あたかも、俺がデートの誘いを受諾することは、決定事項であるかのようだった。
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