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 あの始業式の騒ぎの後、生徒たちの噂話は納まっていなかったが早く帰りたいと言う気持ちは共通しているようで以降は得にあれ以上の問題は起らず、いやあれ以上の騒ぎが起っても困るが、とにかく速やかに教室での説明などは終わった。このクラスに編入してくるという話だったが、担任の言によると明日からの授業に合流する形で参加するという。だが明らかに今日の騒ぎのせいで後ろ倒しになったのだろう。


(なにがどうなってあいつがこの学校に来たのかは知らないがほぼ確実に俺を指さしていた。あんなすれ違っただけで俺目当てでこの学校に来たって言うのか?)


 はっきり言ってあり得ない。だが恐らく何かしらに巻き込まれる予感はひしひしと感じていた。あの練習試合の場に居たことや話題のことから考えればあの白衣の男、確かウィリアムと言ったか。始業式の前に見えたウィングスも恐らくあいつの物であると考えて良いだろう。本当であればこのまま帰ろうと思っていたが、もしかすると倉庫へ行けばなにかわかるかも知れない。とりあえずそっちへと顔を出そうと鞄を取り立ち上がろうとした、その時である。


ピーンポーンパーンポーン


『2年E組灰崎龍くん、灰崎龍くん。校長室までお越しください』 


「……」


 放課後の少々ざわざわとした雰囲気が少し静まり集中する視線が刺さるのを感じた。一つため息をつき、その視線を振り切るように俺は教室を足早に去った。



◆◇◆



 あの放送の呼び出しから少し経ち、校長室の前に立っていた。この学園はそれなりに広く色々な設備もある関係から教室がある棟からここは少し離れた場所に存在する。用があるにしても職員室くらいまでで校長室に呼び出されることなんてそうそうない。例に漏れず自分もこの部屋へ入るのは初めてだった。立派な扉にノックをし、名乗る。


「2年E組の灰崎です」

『おお、ようやく! あ、いや、ゴホンッ、入ってくれたまえ』


 扉越しでも隠しきれない喜びを浮かばせる声をごまかすような咳払いと、その後に取り繕ったような言葉が聞こえてくるが、すでにあの始業式の場面を見ているとすでに時遅しと言うものだ。


「失礼します」


 扉を開くと予想通り、校長とウィリアムがいた。奥にある豪華な椅子に校長が座り、手前にある来客用であろうソファに全身を投げ出すようにしてウィリアムが座っている。しかし校長はそれを注意するでもなく少し気まずげな雰囲気を醸し出していた。

 現代の、得にウィングス競技を擁する学校はウィングス開発に携わる企業がバックに着いてる場合が多い。これを背景企業と言ったりするが…… ここ、神木学園もその例に漏れない。確か校長もその関係から据えられた人間だったはずだ。そうそう顔を合わせることなどないが、少なくともただの学生に始業式の時のように引け腰になるような人物ではなかったはずだ。


「やあ、この間ぶり」


 少々の戸惑いを浮かべているとウィリアムが気楽な調子で片手を上げてこちらに声を掛けてくる。


「あー、バードくん。彼ということで?」

「合ってる合ってる。いやー、人の名前覚えるの苦手なんだよね。君の名前聞いたは良いけど忘れちゃってさぁ。顔と学校の名前は辛うじて覚えてたから助かったよ。ブルーラインのカスタムくん」

「……」


 全く話についていけない。置いてきぼりだ。その様子を察してか、校長がこちらに顔を向けた。


「灰崎くんだね。こちらに」

「……はい」


 促されるままに、ウィリアムとは対面の椅子に座った。そして校長が話を切り出す。


「えー、唐突で悪いのだが、灰崎くんにはバードくんの案内役をして貰いたいのだよ」

「案内役、ですか」

「バードくんはウィングス競技部があるということでこの学校を選んでくれたんだ。そこで同じクラスで、しかも競技部所属である君に是非とも不慣れな環境で戸惑っている彼を助けてあげて欲しい」


 あたかもそれが偶然であるかのように、校長はにこやかに言う。先ほどまでの気まずそうな様子はどこへやら、腹芸の出来る大人とはこういう人のことを言うのかもしれない。


「お言葉を返すようですが、どう見ても彼がそんな柔な人間には見えませんが……」


 視線を校長の隣にいるウィリアムに移す。どこから取り出したのかエナドリのような缶の飲料を取り出し飲みながら片手でタブレットを弄っている。唯我独尊極まれり、校長一瞬口が引きつるのを目の端で捕らえた。しかしあくまで笑みを絶やさずこちらを見る。


「緊張から普段慣れている行動を取りたがるのも人間の性というものだ。広い心で受け入れようじゃないか」


 笑みに隠した裏に若干の諦めが入った表情がうかがい知れるが、解せない。何故こうも寛容で居られるのか。只単に心が広いでは済まされるはずもない。何故こうも深く触れるまいとしているのだろう。そんな風に疑問に思っていると、唐突に今まで会話に入ってこなかったウィリアムが口を開いた。


「この学園がどうしてウィングス部があるかは知ってるかい?」

「……ウィングス開発企業が出資した学校だから」

「そうそう、この間のコウリン高校とか言うところは六条重工とかね。あそこは大企業だから一社提携の独占だけど、この神木高校は色んな企業が共同出資してるわけだ」


 そういうと弄っていた端末をこちらに見ながらこういった。


「だから僕が背景企業に割り込んだ。今年度の出資額の4割ちょいくらいだね」


 端末には色々なグラフや会社名などがずらりと並んでいた。パッと見ただけでは全容をわかるほどこのようなデータに精通はしていないが、この学校で生活する上で避けては通れない5社に並び、見覚えのない名前が肩を並べていた。


「マギアテクノロジーズ……?」

「あー、バードくん。その資料を一般生徒に公表するのは…… まだ外部発表前なので……」

「ああ、はいはい」


 校長が気まずげに言う。すると端末をしまい込みながら説明を続けた。


「平等な機会を創出するために出資者の資格は問わず、その門戸はいつでも開かれるものとする。いやー、良いシステムだよねほんと。ウィングスの製造会社は国の認可下りにくいから増えないし海外の企業が他国のウィングス技術増進のために金なんて普通は出さないからほぼ意味ないけど。国民にいい顔は見せとこうって感じの制度。助かっちゃったよねぇ」


 視界の端で形容しがたい、絞り出すような声とも言って良いかわからない音を吐き出しながら、校長が頭を抱えていた。


「だからこんな制度いらんとあれほど議論の的になったんだ。大企業の人員独占がどうのと認可の下りん企業が騒ぎ立ておってからに……」


 あまり聞かない方が良さそうな恨み節がブツブツと聞こえてくるが聞かなかったことにする方が穏便だろうか。


「まあそういうことで、背景企業になった僕はある程度この学校の方針とか諸々に干渉出来るようになった訳」

「それがさっきの騒ぎの原因って訳か」

「そう、まあ僕は卒業生の雇い入れとかそういうのに一切興味ないからそれを放っておく分、別に三つの要求をした。君を探すのが一つ。君のクラスへの編入が一つ……」


 指折り数えながら要求とやらを挙げていく。はっきり言って何故俺にそこまで執着しているのかがわからない。


「そして最後」


 若干の困惑と少しの恐ろしさを感じつつ、ウィリアムが指を一本立て、その要求を言い放った。


「ウィングス競技部の特別技術顧問兼監督のポスト、及び部活動の方針決定権取得」

「……は?」


 驚きの余り気の抜けた反応をする俺をケタケタと指さしながら笑う。


「さあ、始めようか。楽しい楽しいウィングス部改革の時間だ」

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