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ウィングス、先の時代にあった大戦の折に開発された人型兵器の総称である。大戦の発端でもある当時注目が集まっていたプテロニウムと呼ばれる新物質を用いた兵器であり、その登場が大戦の被害を広め、しかし終結を大きく早めたと言われる。ウィングスの来歴には多くの不明点が多くあり、戦時下にもかかわらず敵対する国家の国境を超え、全世界に同時多発的に出現したと言われている。現在は国家間でウィングスについての条約が取り決められており戦闘用のウィングス製作については所有数や製造に関して厳しく取り決められている。しかしウィングス技術の発展は人類における大きな進歩であるとされ競技用という形での生産については――
「ほらー、静かにしなさーい。早く並んで! タブレットに出席番号は送られてるはずだからそれに合わせてねー!」
読んでいた記事から目を上げ、その声の先に視線を向ける。見れば担任の先生がタブレットを見せながらそう言ってはいるが、春休み明けの友人たちとの再会に沸き立った学生にそんなものは届かない。そんなざわつきから逃れるようにさっさと列に並び、改めて配られた端末を操作し学校から送付されたデータを確認した。
ウィングスの技術開示は様々な分野の技術革新を起こさせた。その影響は一般の家庭にも無関係ではなく、こういった電子端末が学校でも使用されるのは当たり前になった。俺たちの世代からすれば当たり前の光景だが、親世代の中でも少し上の層、もしくは祖父母世代からすると相当の驚きだったらしい。ただ、こういった技術の進歩はあるのに、始業式で体育館に集まるなんて言う真っ先に削れそうな部分は続いているんだなと少し思ってしまうのはおかしいことだろうか。
そんな益体もないことを考えていると、ようやく全員が並び終わったのか体育館へと進み始める。
「知ってる? 今日留学生が来るらしいよ」
「留学生? へー、珍しいもんだな。特に何の特徴もない高校なのに。人数多いくらいじゃない?」
「一応ウィングス部があるだろ。ほぼお飾りだけど」
「それこそ鋼鱗とか宮内とか色々強豪校があるでしょ」
「そういや何でうちみたいな学校にウィングス部あるの?」
「知らねぇの? それは…… 俺も知らん!」
「なにそれ」
「面白くなーい」
移動中も話声は止まない。先頭で申し訳程度に静かにしなさいと注意している先生のことなどお構いなしだ。ウィングスの話ということもあって、少し耳を傾けてみたがあまり実のある話ではなかった。そのあたりで渡り廊下に出た。桜が舞って振り込むのを鬱陶しく思いながら手で払いつつ花弁が飛んできた方向に視線をやる。
「ウィングス?」
校庭の向こう側、格納庫に納入されていく白いウィングスが遠目に見えた。見たことのない機体だ。新機体の搬入の予定なんて聞いていないが……
「……あの機体、どこのだ?」
企業のロゴが見えない。相当カスタムを重ねているのか外観も見覚えがない。フルスクラッチ? いや、どれだけ金があっても足りないしな。そんなもんがうちに入る訳ない。
「おい」
「え?」
何かしら他に特定できる要素はないかを見ていると後ろから声がかかる。目を向けると背の高い男子生徒が見下ろしてこちらをにらんでいた。
「進めよ。詰まってる」
「あっ、すまん」
見れば少し先に列が行っているし、後ろの歩みも滞っていた。慌てて列に追いつくように歩く。どうせ今日も放課後に格納庫にはいくのだ。そう思いながら体育館へと進んでいった。
体育館へ着くとそのまま順当に式が進んでいく。1,2時間程度ぼーっとしていれば終わる行事だ。そう思いながら今後の予定などを頭に思い浮かべる。今日は式が終わればそのまま教室でプリントなどを配り解散だ。部活もない。市営の練習場には行けるだろうか。
『えー、本来であれば、式はここで終わるところですが今年は一つ報告があります』
帰りの算段まで立てつつ少し居眠りしそうになっていたところにそんな一言が聞こえてきて瞑りかけていた目を開けた。少し気まずげな空気を纏わせながら校長の方を見る。
『今年から新しい仲間が転入してきます。海外からの留学生と言うことで……』
「転入生の紹介?」
「留学生だからってこんな始業式で大々的にするか? ていうか隣のクラスにも去年来た子いたじゃん。そん時こんなの無かったよな」
「早く帰りたいんだけどなぁ」
飽きもあって静まっていた体育館がにわかにざわめきだした。聞こえてくる話通り、別に転入するクラスだけ紹介すれば良いものを何故…… そう思い寝ぼけ眼を少し擦り壇上に目を向けるとそこには目を見張る光景があった。
『あー、それではウィリアム・M・バードくん、あ、ちょっ』
『ハロー皆さん、ご紹介に与りましたウィリアム・M・バードです。ウィルでいいよー。注目注目顔上げてー』
校長の後ろから出てきた男はマイクを奪い取り意気揚々と話し始めた。転入生と言いながら制服を着ずに白衣で軽薄な笑みを浮かべるその顔には見覚えがある。
『んー、あー』
なにかを探すように全校生徒が集まる広い体育館を見渡す。そして、こちらと目が合った気がする。しかしこの学校の生徒人数は1500を数える超マンモス校だ。2年である俺は最前列に居る訳でもない。そんな中から、あんな風に適当に見ただけで分かるはずがない。
『お、いたいた! あの列あの列、あれ何組』
そんな俺の思考をたやすく裏切り、奴はこちらを指さす。間違いなく、先日鋼燐との練習試合で絡んできた男だ。
『なに? ああはいはい。じゃ、そういうことで』
慌て引き留めようとなにかを言っていた校長に用は済んだとばかりにマイクを投げ返した。それを落とさないようにキャッチした校長が汗を拭きながら話を引き継いだ。
『え、えー、そういうことで、バードくんには2年E組に編入していただきます! きょ、今日の始業式はこれまで、先生方はこのまま教室へと戻っていただき……』
しかし校長の話など生徒にはどこ吹く風、センセーショナルな出来事ににわかに騒ぎ出す。教師陣も今の事態に放心気味に見えた。
「なにあれー!」
「あれが外国人節って奴?」
「いや流石におかしいだろ。ていうかこっちの方指さしてなかったか?」
「めっちゃ校長及び腰でウケたわ。録画しちゃった」
「バズり確定じゃない?」
「いや炎上でしょ」
「ていうか2-Eってうちのクラスじゃん!」
ややあってようやく先生たちが事態の沈静化に動き始め、ざわつきは静まらないまでも少しずつ生徒の移動が始まった。
そんな中、俺はいやな汗が頬を伝うのを止められないのであった。
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