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 白衣を着た外人が握った手をにぎにぎと動かしながら、控えめに言っても好意的ではない微笑を浮かべるのを見て慌てて手を振り払う。だが自分が走ってぶつかったという引け目もありそこからすぐに逃げ出すということはしなかった。引き気味で見ていると白衣の男は喋りだす。


「君、さっきの試合でブルーライン社の灰色の機体に乗ってた選手でしょ?」

「え、あ、はい。ってなんで……」

「あの試合の十二機の中で五指ハンドルを使ってるのが君の機体だけだったからね」


 五指ハンドルとは円形の握るように操作するハンドルであり、各指に応じたトリガーを操作することで通常のレバー型のハンドルより細かい操作を可能とするもの。まさに自身のウィングスに搭載されている機構だった。なんでわかるんだよ、と思いつつ、もしやあったことがある人間かと少し考える。確かに、どこかで見た覚えもあるかもしれないが…… しかしやはり思い出せない。もしかして手を取っただけでわかったのかと戦慄していると、こちらをジロジロ見ながら満足げに頷きこう言った。


「君、名前はなんていうの?」

「は?」

「ん? 言葉が変だったかな?」

「え、あ、いや。灰埼」

「ハイザキ! うんうん、いい名前だね! 意味はよく分からないけど! いやぁ、さっきの試合を見学させてもらっていてね! ええと、学校の名前は何だったかな」

「上木統合学園です」


 外人特有のノリというのか、ずいぶんとフレンドリーに話しかけてくる男だと思った。


「そうそう、カミキハイスクール。ん? 学園だとハイスクールでいいのか? そもそも統合学園っていうと…… まあいいや。そこは監督が編成を決めているのかな?」

「うちの学校は鋼鱗と違ってそんなにしっかりとしてませんよ」

「コウリン? ……あぁ、そうだね。あそこはかなりウィングスに力を入れてる。元プロの監督がいるとか言っていたかな。まあどうでもいいさ。で、君たちのチームの編成は誰が決めているんだい?」

「……生徒が勝手に決めてるだけですよ。基本年功序列ですけどね」

「年齢で決めてる? 実力じゃなく? なる程。だから君はあんなポジションに付いていた訳だね?」

「へ?」


 呆けた声で聴き返すと、俺の顔をびしっと指をさしこう言い放った。


「後衛ド下手クソ」

「……」


 あんまりにも失礼なことを堂々と言うもんだから言葉を失った。いや、本当は言われても仕方ないと思っていたから黙らざるをえなかったのか…… それでもあまりいい気分ではない。


「随分な言い草だな。お前の方がうまいって?」


 とってつけたような敬語を止め、相手をにらみつける。


「そりゃ俺の方が千倍万倍億倍うまいよ。けど問題はそこじゃない」


 だがそんな視線をへらへらと受け流し、何を当然のことを言っているんだという態度で言い放つ。そんな自信を持った様子にまたしても言葉を失うと同時に、続く言葉にまた驚愕した。


「君はコテコテの前衛タイプ、小細工なしの近接重視。多分中~大型のソード系武装でスラスターのダッシュ力を活かして押し切るのが本来のスタイルだろ。ポジショニングで言えば最前列フロントにいるべき奴だ。なのに大してうまくもない後衛バックスをやっていた。それが気になって気になってしょうがなかったんだよね」


 その言葉を聞いて、やはり、俺には言葉を続けることができなくなるほどに驚いていた。確実に目の前にいるのは初対面のはずだ。それなのに自分のスタイルを言い当てられるというのは、いっそ恐怖を感じるほどに、その指摘は的を得ていた。


「……なん、で」

「なんで? なんでというのかい君は。特に隠す気もないくせに? 機体前面の装甲の厚さ、重心の位置、スラスターの型、動きの癖。上げ始めればキリがない。近接の人間に無理やり銃を持たせた典型的なじれったい動きだった! それが最っ高に気持ち悪かった」


 大仰な仕草でそういう、しかしあんまりな物言いに思わず口を挟んだ。


「気持ち悪い? おい、言葉が過ぎるぞ。そもそもさっきからなんなんだ。初対面の人間に言われる筋合いなんてない」

「いいや言うね。未練たらたらな動きしておいて、何にも納得してない感情むき出しの動きをしておいて、ウィングスに申し訳ないと思わないのかい? そういうの本当に気になっちゃうタイプなんだよ僕は」


 その言葉を聞き、カッとなって叫ぼうとした俺に、指を立てて顔を指すことで制しこう言った。


「だから君の本当の動きが見てみたくなった」

「は?」

「いやー、満足満足。言いたいことは言ったからこれで行くよ。これでも忙しい身でね! 準備もあることだし。じゃあね。また会おう」

「え、あ、ちょっと待て! おい!」


 突然現れたその男は突然言いたいことを言い放ち、そして突然消えていった。嵐よりも質の悪い男だった……


「またって。名前すら知らねーよこっちは……」


 呆然と白衣の男が去っていった方向を少し眺めたのち、頭を一つ振り帰路へと着いた。



◆◇◆



「それで、帰っていったと?」

「ああ、引き留める間もなくな」


 先ほどまで白衣の少年と話していた男がため息交じりにそういった。


「あの男は何としてもうちに留めておきたい人材だった。それは幾度も説明したはずですが?」

「しかしだね。あの男が居ようが居まいが君の強さは変わらない! 確かに少し惜しいかもしれんが、私から見ればあの男は団体行動に向いていない男だ。こと団体戦に於いてチームワークを乱すような輩は必ずしも必要では……」

「そのリスクを捨て置いてでも手元に置いておきたかった、と言っているのです」


 語気を強め、スーツ姿の男を睨み付ける。学生に似合わぬ圧力に息を詰まらせるように一歩引く。そして続けるように口を開いた。


「あの男が外に出て、尚且つこの国に来るという奇跡にも似たチャンスを逃す訳にはいかなかった」

「あ、あんな男一人になにをそんなに……」

「そうですよ」


 唾を飛ばすような勢いで声を上げる男の後ろから賛同の声が聞こえてくる。


「今日の試合の前に見ましたけどあいつ嫌な感じでしたよ。僕たちの事興味ないみたいでしたし」

「あ、あの、先生が言うようにチームワークを乱す人が入るのは…… えっと、あんまりよくないかなって……」


 よく似た二人の男女。双子であろうことがすぐにわかる程、その二人は瓜二つだった。

 そして少年が元気よく声をあげる。


「六条部長と僕たちが居ればどこにだって負けませんよ!」

「お前たちまだまだひよっ子だろうに」

「日坂副部長にだって負けません!」

「言うじゃねえか……」

「あ、あっ! ごめんなさいごめんなさい! 関節技はかけないでください!」


 俄かに騒がしくなるチームメイトを横目に、六条と呼ばれた男は、スーツの男に低い声で言う。


「立ち去ってしまったものは仕方がありませんが、あの男がどこに所属するのかは確実に調べておいてください。できればそのチームの所属しているメンバーとマシンの情報も可能な限り添付されていると助かります。」

「……わかったよ。できる限り調べよう」


 納得のいっていない様子のスーツの男が更衣室から出ていき、未だに騒ぐ部員たちを横目に小さなため息を吐く。


「窮屈なものだな」


 その呟きは、誰の耳にも届かない。

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