ウィング=ギア

粉犬

灰被りと謎の魔術師

Prologue

 吐く息は白く、気温が低いことを伺わせた。音すらも凍ったように、浸みるような静けさの中カツーンカツーンと自分の足音がいやに響く。肌を刺すような寒さにふと窓を覗けば、昨夜に降り積もった雪が雲一つない空に照らされている。少々そのまぶしさに目を細める。


「冷えるな……」


 そんな呟きすらも、寒さの中に浸みるように消えていった。暫く歩くと金属製の扉。冷え切ったドアノブは氷のように冷たかった。ギッ、と固い音をたてながらドアを開けた先は広めのガレージ、アスファルトの床はうっすらと凍り付き白んでいる。

 その中央には見上げる程の灰色の機械、人型のそれは主を待つ騎士の様に跪き。


「……」


 見上げる少年は、それをどこか悲しげな瞳で見上げいた。



         ◇◇◇



 10m前後の大きさを持つ人型の機械が戦闘機の様な轟音を立て、僅かに残る雪を吹き飛ばす様に飛んでいく。青色と緑色の二機の機体は正面に陣取る灰色の機体に突撃していった。灰色の機体は牽制するように装備された銃を撃つ。しかし、それを遮るように緑色の機体が装備した盾を使い、銃弾を的確に防ぎながら、もう片方の手に持つ銃で灰色の機体へと射撃を行った。それを背後にあるスラスターを一瞬吹かし、器用に避けそのまま前進しようとしたところで一瞬、動きが止まった。その隙をつき、緑色の機体の背後から棍棒のような武器を持った青色の機体が飛び出してくる。体勢を立て直し、銃を構えようとするが棍棒によって跳ね上げられる。慌てるように後ろに飛び去ろうとするところをまた緑色の機体に銃撃され退路を塞がれた。二対一の状況で攻撃を受けてはすべてが後手に回り、少しの間耐えてはいたが、やがて機械からバチンッという大きな音が鳴った後に動きを止めた。

 それを見届けたかのようなタイミングで巨大なサイレンの音が鳴りアナウンスが響く。


『現時点をもって上木統合学園のウィングス全機の停止を確認! これにより第三鋼鱗高校の勝利とします』











 上木統合学園という紙が貼られたロッカールーム。敗北のアナウンスを受けていた彼らに用意された更衣室。しかし、その中からは特に気落ちした様子のない声が漏れていた。


「これで20連敗、記録更新だな」

「仕方ねーよ。第三鋼鱗つったら去年の県大会優勝校じゃねーか。無理無理!」

「ていうかさぁ。なんでそんな学校が、うちなんかに試合申し込んできたんだろうな」

「どうでもいいさ。結局負けた」

「俺、どの機体に落とされたかさえわかんなかったわ」

「ていうか相手の動き見た? 特に青と緑の機体!」

「それよりリーダー機の黒いやつだろ。佐藤とか速攻落とされてたじゃん。あれは正直ウケた」

「バッカ、あれ【黒鉄】だろ? 俺じゃなくても落とされてたっつーの!」

「ウィングスの性能からして違うんだろうな。所詮うちらは貧乏校のお遊び団体だし」


 ダラダラと着替えをしながら雑談を交わす集団、そこから一人離れ、早々に着替えを済ませている人間がいた。


「あの、お先失礼します」

「あ? おう、じゃあな」


 そう一言挨拶をするとそのまま部屋を出ていった。


「なんだあれ」

「灰崎な、俺たちが不真面目でイラだってんじゃねーの?」

「アッハッハ! それだ!」

「中学からウィングスやってたんだっけ?」

「緑丘中のエースだったんだろ? 知らんけど」

「エース様から見たら俺たちはさぞ下手なんでしょうな! あいつもいうほど活躍してねーけどさぁ」

「言ってやるなよ、一応最後まで残ってただろ。まあさくっとやられてたけどな」


 嘲笑が響くロッカーの外で、灰崎は壁に寄りかかりそれを聞いていた。


「聞こえてるっての……」


 怒りはない、呆れるだけだ。付け加えるなら少しの悲しみがあるだけだった。そんな気持ちを押し殺し、灰崎 龍はそれを紛らわす様に走っていった。



 ◇◇◇



「いかがだったでしょうか。うちの生徒たちの試合は」


 スーツを着た男が白衣を来た金髪の少年に話しかける。その言葉遣いは明らかに年下に使うようなものではなかった。そんな男に目もくれず白衣の少年は手元の資料をパラパラとめくりながら口を開いた。


「一つ疑問があるんだけどさー。灰色のブルーライン社のカスタム機、なんで後衛やってたの?」


 敬語を使う機など一切ない様子の少年に少し眉を動かすが、相手はこちらが招いた客と自身に言い聞かせ思考をめぐらす。


「灰色の機体ですか。うちのチームには居なかったような……」

「最後に二機同時に攻められてた機体」

「……あ、あぁ。相手校の選手ですか。さ、さすがに他校の編成をどう決めているかは解りかねると言いますか」

「んー? あぁ、そう。あんまり違いがわからなかった」


 その発言に明らかに男の表情が歪む。しかし、それを気づかれないようにすぐに押し込めた。


「あ、あー。それでいかがでしょうか。うちのウィングス部の方は。去年は県大会を優勝、全国大会でも3位という結果を残していまして、きっとあなたのお眼鏡にもかなうかと……」

「明らかに近接のチューンだよねぇ。なんか意味が…… ていうか銃もそこらの安物っぽいし。腕部同化兵装? それにしては最後の二機に近づかれた時なにもしなかったしな……」

「あ、あの、聞いていますか?」

「よし、決めた!」

「ご決断いただけましたか!」

「うん、あんたのとこの誘い蹴るわ! じゃ!」

「は?」


 白衣の少年は勢いよく立ち上がって扉を出ていった。


「……ふ、ふざけるな! 」


 あまりに突然な、そして無体な振る舞いにほんの少し呆けた顔をし、これまで我慢を重ねてきていた男はついに我慢の限界とばかりにそう叫ぶ。しかしそんな声はもはや誰の耳にも届かなかった。


 ◇◇◇


 ウィングスと呼ばれる人型の巨大なロボットを扱う競技は、現在世界中に広まっており、知らない者などいない規模で浸透している。それは部活動にも採用されているほどである。しかし、ウィングスの開発から生じる技術の情報開示によってウィングスの生産ラッシュが起り、以降それなりに値段は落ちたものの、それでも学生が扱うには高価な代物だった。部活動を有する学校もウィングス競技の知名度の割にはそこまで選択肢が豊富というわけではない。だからこそ、ウィングス競技のある学校であるならば文句は言うまいと、思っていた。しかし、今の自分の置かれている状況を思うと、どうしようもない感情が頭の中をかき乱した。

 そんなことを考えながら走っていたのがいけなかった。ベタな話だ。できるのならばあの日あの時をやり直したいと切に、本当に、願っている。


「うおっ」「いてっ!」


 曲がり角で誰かとぶつかる。なんて運命的な出会いだろうか。反吐が出る。


「すまないね、大丈夫かい?」


 差し出された手を取る。


「ああ、こっちこそ……」

「……へぇ?」


 手を取った瞬間、その白衣の男は、悪魔の様に笑ったんだ。



 それが、俺とアイツの出会いだった。

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