第五章 そろそろお茶会にも疲れてきた
眼鏡の女性からの報告を聞き終え、
「……そう、あの子はそう言ったのね」
カップを優雅に傾けながら、ロゼッタは感慨深げに言った。
「はい。如何いたしましょう?」
「そうねぇ、向こうから来てくれるなら話は早いわ。放っておきなさい」
「彼らはどのように?」
「お茶に招待しましょう。あの子が来る時、一緒にお茶できたら素敵じゃない? ね、そうは思いません? クルトさん」
「……早く帰してやって下さい」
机にうつぶせのまま、クルトは答えた。
今現在机で優雅にお茶しているのはロゼッタとクルトの二人だけ。少女と男は檻に入れられていた。
一体あれから何時間過ぎたのか。過ぎてみればあっという間な気もするが、辺りは薄暗い。座りっぱなしのせいか背中と腰も痛くなってきた。
「それは駄目です。今帰したらこの子達は確実に騒ぎを起こすでしょう。これから大事なお話があるのに、それは好ましくありませんわ」
「!!!」
男が何か言っているのが見える。声は聞こえないが、まあ何を言っているのか想像はつく。クルトだって似たような気持ちだ。今後は本気でロゼッタとの付き合いを考えねばならないだろう。少女の方は気落ちした様子で、今の所大人しくしている。賢明な判断だ。騒いだ所でこちらには声は届かないし、自分ではどうしようもない。
それと、もう一人。
「あなたにも是非同席して頂くわ。あの子も喜ぶでしょう、楽しみね」
「……あんたは誰だ」
「先程挨拶は済ませたでしょう。嫌ですわ、もうお忘れになったの?」
男は無言でもって答えた。
言葉通りロゼッタは先程名乗ってはいた。名前だけ。男が尋ねたいのはそれだけじゃないだろうに。
今にも唸って飛びかかりそうな荒々しい容貌の男だが、見た目に反して理性的な男らしい。唸りもせずに大人しく席に着いている。足に鎖が繋がれてはいるが。
「あなたはあの子の名付け親ですってね。素敵だわ。だからあの子の為に来て下さったのね」
男が無理矢理連れて来られたのは明らかだ。ロゼッタの白々しさに、クルトは背筋が寒くなるよりも力が抜けた。なんかもう、どうでもよくなってくる。危機感がどんどん薄れていく。まるでロゼッタの一人芝居を見物している気分だ。これからどうなるのか、非常にスリリングな演劇であるが。できれば芝居の中でくらいはハッピーエンドを要求したい。
「……あいつに、何をさせる気だ?」
「私はただ欲しいだけ。あの子が取り戻すというのなら、私も取り戻してみたいだけですわ」
やはりとてもお美しい微笑みを浮かべながら、ロゼッタは意味深な答えを返した。
そうこうしている内に――
「彼女が来ました。どうしましょう? 私が迎えに参りましょうか?」
地味男がしゃしゃり出る。彼女に会えるなら自分が行きたいが、そんな気力もない。ロゼッタに吸い取られたようだ。突っ伏したまま、横目でクルトは向こうの様子をうかがう。
「そうね、あなたにお願いしようかしら。あなたもあの子には興味あるでしょう?」
「はい、魔法を探求する者としては、当然」
「素直でよろしい」
ロゼッタは若返ったようだ。元から子供じみた所がある人だが、今は拍車がかかっている。言動が幼くなり、なんかこう、上手く言えないが無邪気な若さがにじみ出ている。クルトの気のせいかもしれないが。
ロゼッタは微笑んだまま、右手で空を切った。それだけで、たったそれだけの動作で男の姿は静かにかき消えた。
さっきもそうだった。
あのいけ好かない男と、リサと名乗った少女。二人ともロゼッタが軽く手を振っただけで、次の瞬間にはいつの間にか現れていた檻の中に入れられた。
魔術士ではないから断言はできないが、これは魔術の範疇を超えている。通常、術を行使する場合は『設定』を行う必要がある。力をどこから持ってくるとか発動条件、術の効果等、いわゆる術の設計図だ。設定の方法は様々だ。単純な術ならば力ある言葉や紋章一つでも十分で、つまり呪文を唱える、印を切るだけで術は発動する。しかし複雑で大きな術となると、呪文だけや紋章だけでは術を設定しきれない、らしい。だから呪文と紋章を組み合わせたりと色々な設計図が出来上がる。ようだ。
ロゼッタが先程からなんでもないようにやってみせる空間転移の術。あれはかなり大規模な術の部類に入る筈だ。
大きな街ならば大概設置されているポータブル。この駅は鉄道や馬車、船ではなくて魔術による空間転移の駅である。ポータブル間でしか移動はできないが、距離が何千キロとあろうと一瞬で到着する。お値段は超高いが。、
最近このグレイソンの街にも設置された。他の街に比べると規模は小さく、一度に転移できる最大人数は10人と世界最小のポータブルだが、隣にある鉄道の駅よりも建物は大きい。その建物の壁・床・天井全てに紋章が刻まれている。紋章は常に薄く鈍く点滅し、夜にはそれは幻想的な光景となっている。今や人気のデートスポットの一つである。
「……」
クルトは目を閉じ、身体の力を抜いた。
疲れた。
その一言に尽きる。
次目を開けたら、どうか見慣れた我が家でありますように。
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