第二章 パーティーの主役は遅れてやってくる
『やられたらやり返す』
『やり過ぎだ! 過剰防衛っつーのを知らないのか!?』
『今知った』
『てめぇ!』
似たようなやり取りをその後繰り返した気がする。
準正装の格好で街に降りる度に、エーファは絡まれた。
絡まれる度に、エーファは振り払った。
腕を掴まれれば掴んできた腕を粉砕し、物を投げられば物を倍以上の速度で投げ返し。
逆に通報される事はしょっちゅうで、そこでこの男が良く来た。
「はいはい、無駄話はそこまで」
男の母親がその場を取り仕切る。
「折角なんだから送って行きなさい」
「分かってるよ!」
男が反抗的に了承すれば、たちまち一斉攻撃が始まった。
「素直に肯いておけばいいのよ、アンタは。そんなんだからモテないのよ。ねぇ?」
「やっぱりそうですよね」
「可愛げがないものねぇ」
リサは調子よく相づちを打ち、ばっさりと切り捨てたのは雑貨屋のおばちゃん。
のほほんとした、可愛らしい感じのおばさんだが、なかなかきつい事をにこやかに言う。
「ああもう、これだから……」
女って奴は。
男は賢明にもはっきり最後まで言わなかった。
エーファはすごいと誉めてやりたかったが、一度口を閉ざすとなかなか口を開ける機会を見失ってしまうエーファは結局何も言えなかった。
黙ったまま三人のやり取りと、その周りを見ている。
これから入ろうとした店には入り口の扉がなかった。店をしまう時は垂れ幕を下ろすタイプの店みたいで、今の季節はまだ良いが冬は寒そうだ。
店頭には様々な大きさの縫いぐるみが並び、奥の方には色の鮮やかな生地や色々な形を模したレースが並んでいる。
縫い物は嫌いじゃないから、また来てもいい。
そういえばイルマの寝床に敷く小さなカーペットも、もうしばらく変えていない。そろそろ模様替えしてもいいかも。新しく作る時にはこの店に買いに来ようか、なんて、状況に全く関係ない事を考えていたエーファに声がかかる。
「ほら行くよエーちゃん。ちょうどパーティー始めるには良い時間よ! 流石あたし達だわ」
リサだ。
言っている意味はよく分からなかったが、リサは上機嫌である。言葉一つ一つもリズム良くその可憐な唇から紡がれる。
「パーティー?」
「はい、エーちゃんの入団歓迎パーティーです! ヴィリーさんもどうですか? エーちゃんの知り合いみたいだし、ご飯は大人数で食べた方が楽しいですもんね!」
男が聞き返すとリサは律儀に答えて、あまつさえ男を招待した。
「いや、俺は……」
「いいから行ってきなさいよ。ただでさえアンタの周りには女っ気がないんだから、折角のお誘いを断っちゃダメ。女の子のお誘いを断るなんて生意気よ」
「……分かったよ」
母親の言葉には逆らえないのか、男は諦めたように肯いた。
「はい、お借りします!」
元気いっぱいにリサは答えた。
リサが嬉しそうだから、エーファまで嬉しくなってくる。
「それじゃあ行きましょう!」
「へいへい」
リサが先導し、男がそのすぐ後に続いて、エーファはやや距離を置いて後に続いた。
パーティーの始まりだ。
「おやお久しぶりですね、先輩。お元気そうでなにより」
エルヴィンがキッチンの中から出迎える。
事務所に入ると、もう既に十分良い香りが充満していた。焼けた肉の香ばしい香り、食欲をつくなにかのスパイスの香りなど。
「お前もな」
ヴィリバルトが肯く。
げっそりと疲れた様子なのはここまでの道すがらリサに質問攻めにあっていた為だろう。それはもういきいきと、リサは根掘り葉掘り質問していた。
エーファとの初対面。
それからの関係、だとか。
しもどどろもと答えるヴィリバルトに対し、エーファはほとんど口を挟まなかった。
一度口を挟めばリサにきっ、と睨まれるし、ヴィリバルトは更にどもって何言っているか分からなくなるし、散々だ。エーファの記憶の中でのヴィリバルトはもう少ししっかりした男だったのだが、しばらく見ない間に少し変わったようだ。
「お兄ちゃん、ヴィリーさんも入団式に参加してくれるって! ヴィリーさんの分もちゃんと用意してね」
「はいはい」
「荷物はここで良いか?」
「ああすいません、ヴィリーさんのは二階、エーちゃんのはお兄ちゃんに渡して頂戴。ヴィリーさんはこっちです」
リサはくるくると目まぐるしく、よく働く。ぽんぽんと指示をあちこちに飛ばし、率先として動く。
見ていてとても清々しい。自分には真似できないと、エーファは息を小さく吐いた。
「お疲れ様。すごい荷物だね、もしかして先輩が持ってた分より多いんじゃない?」
リサはすぐ無茶するから、と小さく笑いながらエルヴィンがエーファの荷物の一つを取った。
「結構重いね、これ。あの子は何を買ってきたんだが……」
「粉ものを買ってた。買い溜めがきくからって」
「それはそうだけど……仕方ない子だね、本当に」
エルヴィンがもう一つ荷物を持とうとしてくれたので、素直に差し出した。ら、どさっとエルヴィンは袋ごと荷物を落とした。予想以上に重かったようだ。
「……ごめん」
気まずげにエルヴィンは謝ったが、エーファは全く気にならなかった。
「荷物持ちは、いつも私だから気にしないでいい」
エルヴィンが落とした荷物を拾い上げながら応える。
「そうなんだ……力持ちなんだね。それもなにかの魔法?」
「そんな魔法はない」
きっぱりと言い切った後、気落ちした様子のエルヴィンを気遣い、エーファは話題を変えた。
「それよりイルマは? 大人しくしていた?」
一見した所、イルマの姿は事務所内のどこにもなかった。
夕飯はここでいいと言っておきながら勝手なものだ。普段の夕飯の時間はまだまだ先だが、どうせならここで一緒に済ませたい。『誓い』によって彼女の望むご飯を用意せねばエーファは魔女の資格を失ってしまうのだから。
「猫ちゃんならそこに居るよ」
エルヴィンがカウンターの一角を指す。その先には猫一匹楽々入りそうなバスケットが置いてあり、よく見ると黒い尻尾が垂れている。
「荷物をこっちによろしく」
お茶目な様子でエルヴィンはエーファをキッチンの中に招いた。
切り替えは早い男のようだ。さっき荷物を落として落ち込んでいた様子は微塵もない。
「分かった」
素直に肯いて、エルヴィンの指示の元エーファは荷物を運び、キッチンの奥の隅に運ぶ。
「助かったよ。これで当分重い物は買わなくても済むね」
にっこりと笑いながら、エルヴィンは続けて言った。
「ねぇ、次は僕と買い物行かない? 君が気に入るかは分からないけど、素敵なお店があるんだ」
少し距離が近くなった。顔も近い。不快ではないが、気になる近さだ。エルヴィンという存在を強く意識させられる。まるで世界には二人しか存在していないような――
「さあ今から入団式よ!」
「そんな隅で何やってる」
「……煩いのが帰ってきたわね」
二人と一匹の声に、エーファの意識はエルヴィンから離れた。
「……ただいま」
小さく、イルマに向かってエーファは呟く。
「はいはい、おかえりなさい」
実に嫌そうにだが、イルマはエーファに返した。バスケットの中から身体を起こし、優雅に身体を伸ばす。
たとえ嫌そうであっても、「ただいま」と言って「おかえり」と返ってくる事。エーファにはそれが嬉しい。先代魔女がいなくなってからそんな機会はめっきりと減ったし、イルマは常に応えてくれはしなかった。今日は機嫌が良いらしい。
「良いところだったのに。ねぇ?」
からかうようなエルヴィンの声音は本気でリサとヴィリバルトの登場をを煙たがってはいない。それは箱入り娘で天然なエーファにだって分かったから、リサに分からない筈がない。
だから、以後続いたこの会話は無意味だ。
「何々、あたし達お邪魔だった?」
「見れば分かるでしょ?」
「分かんないわよ! ちゃんと壁作らないと! 空気で!」
「そこはあれだよ、こう兄妹テレパシーみたいな」
「妹に頼ってちゃ駄目よ、お兄ちゃん。そこは自分で空気を支配しないと!」
「空気を支配するって、どんな風に?」
「それはね、まずはね、」
「だあもうやめろその意味わかんねぇ会話!! 黙って聞いてると腹が立つ! 相変わらずだな、お前ら!」
リサの講釈には非常に興味がそそられたので遮られたのは残念だが、意味が分からないという点ではヴィリバルトと同意見だ。腹は立たなかったが、なんだかもよもよもした。
二人の良く分からない会話に口を挟んで加わりたいような、終わらせたいような、そんな相反する気持ち。それにそんな二人に挟まれて、なんとも居心地も悪かった。
「あははは、人間そうは変わりませんよ。先輩も相変わらず短気ですね」
「だから可愛い彼女ができても長続きしないのね」
「ほっとけ!」
「はい、じゃ、仕切り直し!」
あっさりとリサは話題を変えた。
「はいはい」
「お前ら……!!」
それに大人しく従うのは兄、ヴィリバルトは大層不満げだ。エーファもどちらかと言えば不満が残る。もよっとした霧が晴れない。
なんだったんだろう、アレ?
疑問の雨がひとひとと降り注ぐ。
「はい、それじゃエーちゃんは何食べたい?」
唐突な質問にエーファは面食らった。
「え?」
全て段取りは決まっていると思っていたからリサの質問の意味が分からない。何食べたいって、それを聞くなら買い出しの前にするべきでは? さっきの買い出しでは何を買ったんだ?買い溜めもあるが、そもそもはパーティーの材料を買いに行ったんじゃ?
呆気に取られるエーファを前に、リサは楽しそうに言った。
「だから、エーちゃんは何食べたいかって聞いたの。さっき一緒に買い出し行ったでしょ? あれで大抵の物は作れるようになったから、エーちゃんのリクエストにお応えするのよ。あたしと、お兄ちゃんとで」
「おいおい、今から作るのか?」
「そうよ、面白いでしょ?」
もっともなヴィリバルトの問いかけに、リサは満面の笑みで肯いた。
「いやね、妹よ。確かに面白いか面白くないかと聞かれればちょっと面白いけどさ、君冷静に考えなよ? もう時刻は夕方で、晩ご飯の時間でしょ? 僕もちょっとお腹空いてるしさ、もう大体準備は出来ちゃってるし、ねぇ?」
「いいの! これが『ヴォルグ』の入団式なの!!」
兄の説得も、なんか火がついたらしいリサには無駄だった。
「現団員が新入団員の好きなご飯を作る! それがうちの入団式なの!!!」
きっぱりと高らかにリサは宣言し、意気揚々とリサはキッチンに入ってくる。
「はい、エーちゃんはこっち! それで何食べたい? なんでも言ってよ!?」
「スープ」
エーファは躊躇わずに即答した。
スープはエーファの主食といってもいいかもしれない。スープのない食事は有り得ない。朝昼夜、全てだ。食欲が無い時でもスープだけは意地でも口にする。それがエーファの食生活だ。
ヴィリバルトの顔が少し歪んだのでまずい選択だったと気づくが、もう遅かった。
「スープね、じゃあちょっと作るから待ってて。煮込んでる間にお兄ちゃんが作った分を食べてたらちょうど良いわね」
「逆でしょ」
「逆だろうが」
情け容赦ないツッコミが同時に入ったが、リサはお構いなし。
「はーい、それじゃあ今からエーちゃんの入団式のお料理を作ります! ヴィリーさんとエーちゃんはこっち!」
カウンター席に案内される。折角なのでイルマの傍の席に座った。バスケットの中をのぞき込むと、イルマは再び横になって寛いでいた。お気に召したようで、気持ちよさそうな寝顔だ。
「エーちゃんお腹空いてるでしょ? これでもつまんでて。先輩もどうぞ」
エルヴィンが苦笑いと共に差し出したのはフライドポテトの山盛り。それを見たヴィリバルトは呆れている。
「お前好きだな、これ」
「ええ、最近お気に入りのメーカーの物です。美味しいですよ」
「なんでもいいよ」
面倒くさそうにヴィリバルトは出された皿に手を伸ばした。一気に何本かを掴み、そのまま口の中へ。豪快な食べ方だ。
「もっと味わって食べて下さいよ」
「ほっとけ」
「お兄ちゃん! ヴィリーさんはほっといて、スペシャル料理よ!」
「はいはい」
リサに呼ばれ、エルヴィンはキッチンの奥へと。
エルヴィンと共に料理を始めたリサはとても楽しそうだ。きゃっきゃっと、はしゃいでいるのがよく分かる。その様子を見ているだけで、エーファの頬はゆるむ。
パーティーは、始まったばかり。
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