第二章 魔女と使い魔の危ない関係!?の巻 

「どう、これ?」


 くるりと、エーファは床に寝そべるイルマの前でくるりと一回転して見せた。


「どうでもいいわ」


 イルマは冷淡に感想を述べた。


「……ふんだ」


 不満げに鼻を鳴らし、エーファは自ら鏡の中の自分を眺めた。


 エーファだって女の子。自分を可愛く見せるのは嫌いじゃない。おまけに街にはエーファの大好きな人がいる。気合いが入らない筈がない。


 老人のような真っ白な髪はエーファ自身嫌いだから、茶色のつばのある帽子に詰め込んでなるだけ隠す。髪の色を染めるのは魔女の主義に反した。だから染めはしないが、嫌いな物は嫌いだった。


 白いシャツに茶色のスカートを合わせ、足下には黒のパンプス。シンプルな装いだが、それがエーファをお上品に見せていた。黙っていれば良家のお嬢様に見えない事は無い。


「そんなに悪くないよな?」


 鏡を入念にのぞき込みながら、エーファは再びイルマに尋ねた。


「流行には激しく乗り遅れた、田舎のお嬢様スタイルね」


 適当にだがイルマは答えた。


「流行ってなんだ?」


「田舎のお嬢様には縁の無いものよ。いいじゃない、アンタ顔の作りだけはいいんだから、ナニ着たって結局は似合うのよ。気にしなくていいわ」


「そ、そう?」


 滅多にない相棒からの賛辞にエーファは顔をほころばせた。


 流行とは何か分からないままで、おまけにイルマが言った事は一つも分からないが、とりあえず貶されていないのは分かった。


 それだけ十分だ。なにせイルマからは誉められた事など一度もなかったから。


「そうそう。だからさっさと行ってきなさい」


 気怠げにイルマは起き上がり、大きくのびをした。


「アンタが出かけるならアタシものんびり過ごせるわ。早く行きなさいよ。で、暗くなる前にはちゃんと戻ってくるのよ?」


「分かってるって!」


「はいはい、行ってらっしゃい」


「行ってくるよ!」


 何故かけんか腰でエーファは背を向けた。最後に忘れ物はないかと確認して、エーファは外に出る。


「それじゃ行ってくる」


「二度も言わなくていいわよ」


「ぐっ……」


 あくまで冷淡なイルマにちょっとだけ傷つきながら、エーファは大きく一歩踏み出した。


 館から出るのは久しぶりだった。街に行くのはもっと久しぶりだ。それも、自分から、誰に強制された訳でもなく自主的に行くのは。


「……あ、そだ」


 何か思いついたらしい。


 くるりと、エーファは後ろを振り返った。


「折角だからお土産持って行こ。うんうん、何がいいかな~」


 そしてそのまますたすたと、応接間を横切って奥のドアを開け、調理場兼実験室兼居間へと入る。


 魔女の館はやたらと広い。エーファ一人とイルマ一匹で暮らすには十分過ぎる程に。先代魔女がいなくなってからは尚更その広さを痛感する。


「あいつら何が好きだったっけ?」


 イルマに尋ねてはいるが、エーファはあいつらの好物をよく知っている。ごそごそと、食料庫から目的の物を探す。


「クパの砂糖漬けならもう無いわよ」


 イルマが面倒くさげにだが、食料庫の上に飛び乗って言った。


 クパの砂糖漬けとは、クパという花の花片を砂糖漬けにしたお菓子だ。どこにでも生えている花で、家庭によってそのレシピが違う――のは昔の話だ。現在ではあまり見かけなくなった、古くさい菓子の一つだ。


 しかしあいつらはこれが大好物で、エーファの好物でもあった。


「へ?」

「アンタがこの前食べたので最後。だからそろそろ作っとけば?って言ったのに。っていうかぁ、さっさと行きなさいよ鬱陶しいわね!」

「う」

「怖じ気ついてんじゃないの! ほんっと鬱陶しいわねアンタ! いい加減にしなさいよ!? クパぐらいどこにでも売ってるわよ! 良い機会だから他の味も食べてみたら!?」

「うう……そ、そんなに怒鳴らなくても良いじゃないか」


 イルマの剣幕にエーファはたじろいだ。


 エーファ自身分かっている。これはただ単に嫌な事を先延ばしにしている、ただの幼稚な行為だということを。勿論お土産を、折角だから手土産を何か持って行きたいというのはエーファの本心である。本心ではあるが、それなら街で選んでもいい。普段からあいつらの所へ行く時のお土産はクパの砂糖漬けと決まっているのだから、たまには、こういう時なら街で適当に見繕ってもよかった。


「……」


 俯いてエーファは唇をかみしめた。


 それをしないのは、街が怖いのだ。


 街自身に、街の人間になにかされた訳じゃないけれど、エーファは街が苦手だった。


 その理由は自分でもよく分からない。分からないまま、エーファは一人になった。


「……ねぇ、イルマ」


「ついて来て、って言うなら却下よ」


 か細い声を俯いたまま上げるエーファに対し、イルマはどこまでも冷淡だった。


「……」


 ぐさりとお願いしたい事を当てられ、あまつさえにべもなく断られ、エーファは言葉を失う。


「ただ、そうねぇ、今日の晩ご飯からアタシのご飯に、アタシが言う物を用意できるなら、付き合ってあげてもいいわよ?」


 優しげなイルマの声にはっとエーファは顔を上げた。


 黒猫は魅惑的な笑みを浮かべ、まさしく天使のように慈愛に満ちた笑みで悪魔のような提案をする。


「魔女の名にかけて誓いなさい。そうするなら街に付いて行ってあげる。勿論今日だけじゃなく、可能な限りね」

「……本当に?」

「本当。なによ、自分の使い魔が信用できないの?」


 信用できない。


「……」


 率直には言葉にできず、エーファは視線をイルマから外した。


 なにか裏がありそうで怖い。イルマはいつだってエーファに優しくなかった。


 魔女の名にかけて誓う、それは指切りげんまん、のような軽い約束事ではない。絶対に守らなくてはいけない誓約で、守れぬなら魔女としての資格を失ってしまう。


 果たして魔女の資格を失ったらどうなるのか、エーファは知らなかったが。


「そんなに悩む事じゃないでしょ? アンタが困る事はアタシが困る事なんだから。ねえ、アタシ達は一蓮托生だもの。そうでしょ? 魔女と使い魔ってそんな関係よねぇ?」

「……それは、そうだけど」

「だったら早くしなさいよ」


 イルマの声に若干の苛立ちを感じ取り、エーファは覚悟を決めた。


「分かった、やる」


 魔女と使い魔は一蓮托生。魔女が死ねば使い魔は死ぬし、使い魔が死ねば魔女は死ぬ。


 それは事実だ。


 だから、結局の所イルマはエーファに無茶難題を吹っかけるのは無理だろう。エーファの身に危険が及ぶのは即ちイルマに及ぶ危機だった。


 わざわざ自分が危なくなるような真似はしない……だろう、と、エーファは納得する。


 少しだけ、違和感を感じながら。


「嬉しいわ、これからよろしくね」


 極上の笑顔でイルマは鳴いた。


「それじゃ早速始めましょう。早くしないと日が暮れるわよ?」

「……私、魔女エーファはエーファの名においてイルマとの約束を違えません。誓います」


 胸に手を当て、エーファは魔女の誓いを行った。


 誓いとはこれだけ。


 誓いは己自身に課すもので、他の誰かは騙せても己だけは騙せない。


「よく出来ました」


 満足げにイルマは目を細める。そんなイルマを不安げにエーファは見上げていた。


「なぁ~に、その顔? 信用ならないって顔ね。心外しちゃうわ」

「……いや、そんな事は無い。行こうか。日が暮れる」


 使い魔を信用できないって、自分は駄目な主なんだろうか? 


 エーファは一人、誰にもきけない事を胸の内でうめく。


 他の魔女をエーファは見た事がなく、先代魔女の使い魔は何故か一度も見た事がなかった。だから魔女と使い魔の関係というものがよく分からない。


 現在のこの関係はどこかおかしいんじゃないか。そうは感じるものの、だとすれば適切な関係とはどういうものか、全くエーファには思い描けない。だとすればこの関係は間違ってはいないのかも。十人十色って言うし。


 そんな不毛な考えばかりが胸の内をぐるぐる回る。


 回ったが、


「そうねぇ、早く行きましょうか。日が暮れてしまうわ」


「うん」


 イルマの一言でエーファは思考を切り替える。


 ぱんぱんと自分の頬を両手で叩き、気合いを入れる。


「それじゃ行こう。まずは買い物しなきゃね」


「了解」


 しゅった、っと、軽やかにイルマはエーファの足下に舞い降りた。


 なんだかんだ色々思う事はあるものの、やっぱりその姿は頼りになる。


「……よろしくね」


「任せなさい」


 それは頼もしく、イルマは任された。

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