プロローグ3 男、子供を抱えて走るの巻

 しかし放っておく訳にもいかない。


 得体が知れず気味の悪い子供だが、小さな子供に変わりない。町の子供たちと同じよう、あの原因不明の病にいつ倒れるとも限らない。


 男が魔女の元へと向かう理由。


 災いと言われるもの。


 今、子供たちは病に倒れていた。 

 子供だけがかかる、奇妙な病だ。

 徐々に体力が落ち、寝てばかりになる。今の所亡くなった子供はいないが、食事を満足に取る事もできないので、死んでしまうのは時間の問題だ。


 それになにより、こんな場所に一人小さな子供を置いては行けなかった。


 もうすぐ夜になる。


 危険な夜行動物が出没することもある。野犬だって危ない。特にこの子供のひどい臭いは獣が好みそうな臭いだ。


「良く分かった。お前、いいからおれについて来い」


「?」


 きょとんと、子供は小首をかしげた。

 少し考える素振りをしつつ、子供は答えた。


「でもね、これたちここにいろって」


「おれが良いと言っている」


 男は子供の言葉を遮り、更に重ねた。


「いいから黙っておれについて来い」


「……をを」


 子供はひどく驚いたらしい。色違いの瞳が大きく見開かれる。


「ほんとうにいいの、これたちがついていっても」


「来いと言っているのはおれだ」


 辛抱強く、男は言葉を紡ぐ。


「お前をここに置いていく訳にはいかんからな」


 危ないから。と言いかけた口は何故かその機能を途中で放棄した。その理由を考えるのを男はやめた。意味が無いからだ。それに考えるという行為はひどい労力を男に要求する。考える事は面倒だったから、男はそれ以上考えるのをやめた。


 くしゃりと、薄汚い頭をなでる。


 臭い。が、我慢できない程ではない。一体こいつは何日風呂に入っていないんだろうと、男は考えた。


 子供の瞳がますます大きく見開かれる。


「これたちは――」


「いいから来い」


 男は屈んで、子供の手を握った。


 不自然な動きを繰り返す右手を。


 小さな手だ。少し男が力を入れれば簡単に折れてしまいそうな、小さな手。


 子供と目があった。


 にぃと、子供はぎこちなく笑みを浮かべた。


「……」


 口元は辛うじて微笑みじみたものが作れているが、二つの色違いの瞳は全く笑っていない。綺麗にはめ込まれた宝石のようで、気味が悪い。男はひどい寒気を覚えたが、努めて表に出さないようにした。


「さぁ、行くぞ」


 こくりと、男の言葉に子供はうなずいた。


 その仕草は可愛らしいのに。


 そんな事を考えながら、男は子供の手を引く。


 小さな手が男の手を握り返す。男の真ん中の指を、ぎゅっと。その慣れない感覚をこそばゆく感じながら、男はちょいと、子供の手を引いた。


「あ」


 男が手を引き、子供が一歩踏み出すと同時に子供は小さく声を上げた。その瞬間、かくんと子供の身体が前へ倒れる。


「!」


 男は驚いてとっさに抱き留める。


 ひどい臭いが鼻を突き刺し、喉の底を突き上げるが、どうにか耐える。


 子供はぐったりとしている。やけに重い。しかも徐々に、有り得ない事だが重さが増していっている。

 気のせいだ、と男は自分に言い聞かせながら魔女の元へ急ぐ。

 人の身体が重くなっていくなんて、有り得ない。見かけも全く変わらないのに何故体重だけが増えていくのか。


 男には理解不能だった。


 しかし男の腕はだんだんと重くなっていく子供の体重を、確かに感じている。

 ずしずしと重たくなる、子供の小さな身体を抱いて、男は全速力で森を駆け抜けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る