8 なんか俺の過去の記憶とかいったやつが戻ったんだけど。どうすんのこれ

★★★

今日も異物をお掃除♪、と住宅街から少し離れたある無人広場で炎のような赤い剣を持った男と、見ていて凍りつくような蒼く水色の剣を持った女が、剣を振り回して周りにいる者達を切り殺している。その者達も剣で抵抗しているが、力の差が圧倒的に違いすぎる。

その男女はナイスコンビネーションで切り殺していく。

1分もかからずに、その広場は赤く染まった。

「ふぅ。今日はここらへんにしとくか」

「そうね。もうすぐあの子達帰ってくるから夕食の準備をしないとっ!」

「今日の夕食はなんだい?」

「あなたの好きなものですよー」

男は嬉しそうに笑った。

その光景を水晶を使ってニルバナ王国の国王は監視していた。


★★★

はっ!と目を開けて起き上がる。そこはヘル用の部屋、つまり今の俺の部屋だ。元々の俺の部屋はヘルが使っている。そうしないとバレる。

なんだ寝ていたのか、と思ったあとにあの光景が脳内を走った。

ゴーストに切り刻まれていくヘルの姿。それを見て笑う龍架。そして、ゴーストに切り殺される俺。あれ?え?俺死んでない?そう思った直後、トントンとノックをして返事をしていないのにヘルが入ってきた。

「あ?起きたか……チッ」

「おいなんだよそのチッは!なんだ?俺が永眠したとでも思ったのか?そしたらお前元の体に戻れんぞ!」

と、ツッコミ。

ヘルは包帯ぐるぐる巻きで、少し血が染み付いているところがある。ということはあれから時間は経っていないようだ。

「貴様、覚えていないか?」

ヘルはベッドの上に座ってこちらを見てきた。真剣な表情で。ていうか表情見えない。包帯まみれ。おい俺の顔がぁぁぁぁ!

「ヘルがゴーストに切り刻まれて、俺がゴーストに襲われて……俺が叫んだところまでしか……」

「やはりそうか……」

「そ、そうだ!あの後どうなったんだ!?それに龍架は!?」

「落ち着け。傷口が開く」

俺が前かがみになってヘルに聞くと、ヘルは俺を押さえてそういった。

傷口が開くって絶対ヘルのことだよな。見てそうだもんな!俺よりも重傷だもんな!

「あの後は貴様がゴーストを全員ぶっ殺し、龍架が出した蜘蛛もぶっ殺した。っで、龍架はすまないが逃がしてし――」

「ちょっと待って今なんて言った?」

「だから、龍架は逃がしてしま――」

「その前」

「ん?ゴーストと龍架が出した蜘蛛を貴様がぶっ殺した」

「は?俺が?」

「あぁ貴様が、だ」

「おい冗談はよせよ」

なわけないだろアハハ。この何も出来ない俺がそんなの、できるわけ、ない、だろ。ありえねーよ。(笑)が語尾につくレベルだぜ。

「冗談ではない。貴様にその記憶はないようだが、私はちゃんとこの目で見たし、覚えている。いや、あんなの覚えずにはいられない……あのゴミクソクズな蓮雄が……」

「……なわけ……ないだろ……俺は……」

そう言ってベッドからおり、ドアのところに立つ。

「もう捨てたんだよ……」

そう言い残して家を出て行った。

残されたヘルには、最後の言葉の意味がわからなかった。何を捨てたのか。なぜそこまで否定するのか。


家を出た(家出ではない)蓮雄は思い出したくもないことを思い出していた。いや、蓮雄は思い出してはならないことを思い出してしまったのだ。親に封印された過去、自分で封印した過去を。

どうやら気絶している間にその封印が解かれてしまったようだ。起きた時には本当の過去の記憶を取り戻していた。

記憶を封印した時に約束したはずなのに。


――絶対にこの過去の記憶は取り戻してはならない。


そうおじさんに言われたはずなのに。取り戻してしまった。


★★★

つい歩いていると夜になっていた。そして雨も降ってきた。

今日は最悪な日だ。朝から学校では馬鹿共に付き合わされ、学校終わったら陰陽師と死の対決。死んでないけど。気絶して起きたら過去の記憶が戻っている、と。なんだよこの急展開。普通もうちょっと異世界救ってからワーってなって思い出すだろ普通。早すぎんだろ。

フラフラしているとなぜか学校に来ていた。夜の学校っていうのは不気味なもんだ。と思いつつ、門を乗り越え、なぜか鍵が開いていたドアから中に入り、自然と屋上に向かっていた。中の俺は雨の中でも月が見たいのかな。出てないのに。

屋上のドアを壊して外に出る。ところどころに水溜りがあるが、気にせずいつのもの定位置に寝転がる。


――春の風は気持ちいいね。


目をつぶって雨に打たれながら風を感じる。やっぱり気持ちいい。

と、何者かが近づいてくる気配がした。俺は気にせず寝転ぶ。

「ほう?ニューヘル女王さん?雨の中お1人でお眠りですかー?頭でもおかしくなりましたか?」

と、ゴーストの声。こいつ、どうやらニューヘルのことをよく知っているようだ。しかし。

「あぁ頭がおかしくなって中身も変わっちまったようだ……」

起き上がって赤と灰色の剣をゴーストに向ける。

おおかみにな」

「あー恐ろしい恐ろしい。さすがあの、バグ・レオンだ。ニューヘル女王の体を狼にしてしまうとは……」

次々と現れるゴースト。どうやらこいつ、ベール司令官らしいな。ちょうどいい、潰さないとな。

「ベール司令官さんよぉ?俺は今記憶を取り戻したばっかで、前のような力はないからな。そこんとこ、よろしく」

「やはり、あの力までは封印は解かれなかったか」

「おいてめぇ。なぜそこまで知っている。てめぇ何者だ?」

「ふん。リヴェルトン魔王から聞いたまで……」

「あらあらーじゃあそのリヴェルトン様も殺さないと、な!」

蓮雄が1匹ゴーストを殺したとともに、戦いが開始した。

赤色に染まった屋上に、傷だらけの蓮雄は1人座っていた。

どうして、こんなことをしているんだろう。俺は今まで極普通の高校生として生きてきたのに。急になぜ記憶が戻ってしまったのだろうか。こんな時に。

――都合が良すぎる。

本を開けたら異世界に転送されて、転送されたら入れ替わって、異世界助けろと。っで、敵に殺されそうになって覚醒しちまって、気絶して起きたら元の記憶が戻ってるだと。笑わせんなよ。都合がよすぎるんだよ。気がついたらラブホで寝ていたみたいに、ある女とぶつかってそのまま仲良くなってズッコンバッコンやってたら子供ができてそのまま結婚してランテブーみたいに、★★★が★★★で★★★みたいによ!都合がよすぎるんだよ!ありえねーだろ。何かあるんだよこれには。何俺主人公みたいになってんだよ。この感じだと、そこらへんのラノベみたいに主人公最強設定になっちまうだろうが。俺は最強ではない。最悪だ。

「記憶を取り戻したの?おにーちゃん」

妹・萌愛の声がして振り返る。そこには紫色の傘をさした萌愛が立っていた。

「あぁ。どうやら、最悪の妹のことも思い出しちまったよ」

「何その言い方!ヤリ★ンだったくせに!」

「おい!嘘つくな!だったらお前はヤリ★ンだな!」

「何言ってるの!?萌愛は毎日光秀ッチとやってるもん!妄想でね!」

「認めたぞこいつ!なんだ光秀ッチって!というよりお前クソ変態だな!」

「フッフー♪」

誰も褒めてねーよ!ていうかさっきまでの雰囲気返してくれる!?お前が現れてからおかしくなったから!急に18禁みたいになってるから!そこまでエロくなけども!

ていうかいつからいたんだこいつ。声かけられるまで全く気づかなかったぜ。さすがだな。

「お兄ちゃん、都合がよすぎると思わないよね?」

「いや、むちゃくちゃ思う」

「だよねーいきなり記憶戻るとかねー。ねーお兄ちゃん。これさ、あいつが絡んでると思わない?」

「あいつ?あいつは俺が殺したはずだけど?」

「なんかさ!ラノベとかでこういう場合は『まさかの復活!』とかあることない?」

「そうか?」

「萌愛はそうだと思う。あいつが蘇ったんだよ」

「そうかい」

「……お兄ちゃん。ヘルお姉ちゃんには言わないの?」

「あいつに?言わねーよ……ていうか、お前入れ替わってんの気づいてるようだな」

「お父さんもお母さんも知ってるよ?」

「だよな。あいつのチート能力が俺ら家族に効くわけないもんな」

「効いてるふりしてた方が、都合がいいしね」

「あぁ。俺はそうでもないがな」

そこから沈黙が続く。ていうか俺に傘ぐらい持ってこいよ。俺びしょびしょだろうが。

「ところでお兄ちゃん。これからどうするの?」

「どうするって?もちろん、俺を救いにさ。だが、その前に命令通り、この世界を救わないとな。それが最優先だ。ベール司令官も逃がしちまったようだし」

「えーあのお兄ちゃんが逃がしちゃったのー?」

「力は完璧には戻ってない」

この力さえ戻っていれば、ベール司令官を殺せて、そのあと俺も救えたのだが。ていうかマジ俺を救って。他の異世界どうでもいいから俺救って。

「まぁ早く帰ってきなよお兄ちゃん?お母さん心配してたよ?」

「了解。すぐ戻るって伝えといてくれ」

「おっけい!」

そう言って萌愛は屋上から飛び降りた。おいぃぃぃぃぃ!自殺するなぁぁぁ!ではないからね。自殺しないからね。してないからね。あれがあいつなりの立ち去り方だから。この世の立ち去り方ではないから。


★★★

なんか俺の過去の記憶とかいったやつが戻ったんだけど。どうすんのこれ。ていうか夢じゃなかったの!?おい!今までのやつ夢だよな!?な!?おいまて!夢と言ってくれ!なわけないだろ!俺がこんな過去持ってたとかあるわけないだろ!ふざけんなよ!いい加減にしろよ!こんな過去俺にはないし、あんな萌愛俺の妹じゃねーよ!というよりもうこのストーリー自体夢だよな!俺は本当は入れ替わってないし、愛しの魔李ちゃんのあんな性格はないんだよね!?ね!?

俺は一般的な高校生だぁぁぁぁぁぁぁぁ!

俺は次の日起きて早々心の中でそう愚痴った。え?これ愚痴なの?

すぐに妹の部屋に駆け込む。俺が入っていって、今までのが夢だったら俺のことをヘルお姉ちゃんと呼ぶ!夢じゃなかったらお兄ちゃんと呼ぶ!さぁどっちだ萌愛!

「何お兄ちゃん?」

夢じゃなかったぁぁぁぁぁぁぁぁ!いや、夢だ!夢だ夢だ夢だ!

「ねぇ萌愛ちゃん?冗談はやめようよ。この私がなんであんなクズなのよ」

「何言ってるのお兄ちゃん。気持ち悪いんだけど。やめてくれる?」

待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!

「嘘だよな!嘘だと言ってくれぇぇぇぇ!」

「あ、お兄ちゃんまさか信じてないの?ハァ……もう信じて」

強制理解魔法発動。

こいつもチートかよぉぉぉぉぉぉぉ!?

「……信じるしかないのかよ……」

「そう。これはお兄ちゃんに与えられた宿命なんだよ!」

「ちっとも嬉しくねーよ……」

「萌愛も嬉しくねーよ……」

「何てめぇーまで落ち込んでんだよおい。落ち込む要素ねーだろ!」

「だってお兄ちゃん……童貞卒業したこと思い出したんだから……」

「おい待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!思い出してねーよ!てか卒業してね――ゴッホん。誰と卒業したのかな?」

「近所の猫」

「せめて人にしろよぉぉぉぉぉ!なんだそのプレイは!」

「うるせーな。さっさと飯食ってこい。遅刻すんぞ」

「何口調変わってんだよ!かっこよくねーからな!」

と言いつつ時計を見る。時間は8時過ぎ。え?

「遅刻するぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

――俺は過去の記憶を取り戻し、力も少し取り戻した。これならヘルの力に少しはなれるだろう。

俺はそう理解するしかなかった。

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