第4話 魔剣使い Legend

◆クイーンズランドシティ ベイエリア


 ホテル サンクチュアリを後にしたジョンとピートは、白い敷石を綺麗に並べた遊歩道を黙々と歩いていた。

 ヨットハーバー沿いに伸びる道の先には、大きめの公園があり、住民の憩いの場となっている。大小様々なヨットが影を落とす夕暮れ時の港は、なかなか風情のある風景だったが、生憎とこの二人にはそんなロマンチシズムに浸る余裕は無いようだった。 

 二人の頭は、つい先ほど見た“オラクル”の内容でいっぱいだった。


「……ねぇ」

 沈黙に耐えられなくなったピートが口を開く。

「ねぇったら」


 ピートの声にもジョンは足を止めず、懐からタバコとマッチを取り出す。

 慣れた仕草でタバコを口にもって行くが、マッチを擦ろうとする手が止まった。

 忌々しげにジョンが見つめる視線の先には、歩道沿いの看板にデカデカと書かれた「No Smoking」の文字。


「チッ!」

 舌打ちを一つ。箱にタバコを戻そうとして―――折れた。

「―――!」


 やっと足を止めたジョンは、しばらく折れたタバコを見つめた後、なさけなさそうに呟いた。

「―――何やってんだ、俺は」

 ピートが苦笑し、ジョンの肩を叩く。

「まあまあ、落ち着けよ相棒。

 タバコはダメだけど、コーヒーの自販機くらいあるぜ。

 それになんと、エスプレッソにブレンドにカフェオレまで揃ってございますよ」

 ピートは、片目をつむって見せると公園の入口に設置された自販機を指さした。


 エスプレッソもブレンドもアメリカンもほとんど同じ味のインスタントコーヒーは、それでも二人を落ち着かせる程度の効果はあったようだった。


「腕斬りが今も生きている事は、とりあえず解った」

 ジョンは、空の紙コップを握りつぶすと清掃用のドローンに向けて投げた。

 円柱状のドローンが、餌をもらった犬みたいに空中でゴミを飲み込んだ。電子音が「ゴミはゴミ箱へ」と告げる。


「――――しかも3人も」

 ジョンの言葉に、ピートがうんざりした様子で答える。


 オラクルによって表示された画像のほとんどは、ある人物のものだった。

 黒いロングコートに黒い刀身の片刃剣。

「腕斬り……またアイツの姿を見る事になるとは、思わなかったぜ」

 ジョンが絞り出すように呟いた。


 しかし、それらは全て同一人物のものでは無かった。

 一人は、ジョンの腕を切り落としたスキンヘッドの男性。

 一人は、幾分背が低く、がっしりとした固太りの人物。

 そしてもう一人は、ほっそりとして女性のようにも見える。

 スキンヘッド以外は、頭まですっぽりと覆うフード付きのコートを着ていたので、顔はよく見えなかったが――――

 それでも、見分けが付く限りで三人の腕斬りがいる事になる。


「監視カメラの物かなんの映像かはわかんないけど、画像が荒いからもしかするとまだいるかもしれないね」

「一人の腕斬りが50年以上も現役でいるとは考えられないから、代替わりしているという説の方がしっくりくる。

 それに、俺が会ったヤツはどう見ても30歳前後に見えた。とても60を越えているようには、見えなかったぜ」


「わかった!」ピートは何が嬉しいのか、興奮した様子で手を叩いた。

「腕斬りは、あの“カタナ”を使うニンジャの一族なんだ!

 ……いいなぁ、ニンジャ。クノイチなら会ってみたい」


「何を気楽な事言ってんだよ……“カタナ”ってなんだ?」

「知らないの?」

 まってましたとばかりにピートが振り向く。

「あのサムライソードの事をカタナって呼ぶんだよ。

 それに、セーラーにカタナは最高にクールだって言われているんだ!」


「クールねぇ……」

 セーラーを着たマッチョの水夫が“カタナ”を振り回しているところを想像してみたが、どう考えてもクールとは思えなかった。

「どっちかと言うと暑苦しいけどなぁ」

ジョンはため息まじりに呟いた。

マニアの心理は計り知れない。


「ともあれ―――」

ピートがコホンと咳払いをする。

「時系列で並べてみると、あのゴツイのが一番古くて50年程前、次がクノイチで30年くらい前、10年前くらいから最近があのスキンヘッドになるね。

 ……みんな、あんな冗談みたいに強いのかな?」

 データの中には、動画も一つだけあった。

 ピートはその内容を思い出して身震いした。


 銃をもった二人をあっという間に斬殺し、装甲車並のVIP用リムジンをやすやすと貫いて中の人間を殺した黒衣の男。

 “冗談みたいに”とピートは言ったがそうとしか言いようがない光景だった。

 安物の子ども向けアニメのようだ。


「あの動画の場所って……マルコポーロだよね。

 それに日付も1ヶ月くらい前だし。

 ―――それってまだこの星に腕斬りがいるって事かな」

「間違いない―――ジョセフを殺したのもヤツだ」

 ジョンが硬い表情で頷いた。


“ジョセフ殺しがヤツの仕業だとしたら、あの女も腕斬りの関係者なのか?”

 ジョンは自問する。別人だと頭では解っていてもルシィとそっくりな女、ケイの事を考えると胸が締め付けられるように苦しくなった。


“画像にあった女の腕斬りがケイと同一人物だとは考えられない。あれは30年以上前のものだし、ケイはどう見ても20代だろう。

 なら、腕斬りを捕まえようとしている企業の人間なのか……

 俺と同業だとアイツは言った。…調べてみる必要があるかもしれない―――”


「ねぇ、ジョン!」

 ジョンの物思いをピートの声が破った。

 慌てて振り向くジョンに、ピートは神妙な顔で言った。


「“アレ”はなんなんだろうね?」

 ジョンもすぐにピートの言う“アレ”に思い当たった。

 モリオンのオラクルには、一つだけ不可解な画像が混じっていたのだ。


「これは旧時代のムービーのポスターだネェ」

 それを見たモリオンも、そう言って首を捻った。

 黄ばんだ紙に古めかしい縁取り、襟の高い服にマントをつけた色白の男が美女の首筋に噛みついている。血の滴る男の口には、大きな牙がはえていた。

 ポスターの上部には、タイトルが大きく印刷されている。


「Horror of Dracula」“吸血鬼ドラキュラ”――――

ジョンとピートは、お互いの顔を見合わせて首をかしげた。


◆◆◆


 眠そうな目をした公園の駐車場係の男は、ジョンの顔を見るなり「かみさんがアンタのファンなんだ」と言い、握手を求めてきた。

 ジョンは、幾分ひきつった笑顔でそれに応じたが、相手は気にしてない様子だった。

 例えジョンがマリージョアランドのヴィッキーの着ぐるみを着ていたって気にもしなかっただろう。それくらい“いい感じ”に出来上がっていた。


 企業は腕の良いBHのスポンサーになる事で社会への貢献、クリーンなイメージをPRする。自然と雇われているBHは、ニュースで取り上げられ、顔も売れる。

 仕方がないとは言え、犯罪者や場合によっては警察からも恨みを買う事が多いジョンたちにとっては、良い事ばかりとは言えなかった。

 スポンサーとしてバックアップしてくれると言っても、常に企業が守ってくれるわけではないのだ。


「人気者はつらいねぇ」

「こういうのは、いつまでたっても慣れねぇ……」

 ピートの冷やかしにうんざりした調子で答える。


 高級車ばかりが並んだ駐車スペースの右奥に、ジョンたちのバンが居心地悪そうに止まっていた。

「―――正直、僕は魔剣使いなんて眉唾物の都市伝説だと思っていたよ。

 もちろん、腕斬りがいる事は本当だと思ったけど……

 まさか、あんな化け物だなんてねぇ」

「宇宙は広いよ」と、ため息をつくピート。


 と―――


「魔剣使いはいるぜ」


「―――は?」


「腕斬り以外にも魔剣使いはいるぜ」

 ジョンが神妙な顔で繰り返した。

「それっていったい……」

 ピートが問いを口に出した、その時だった。

 不意にジョンの足が止まった。

 不穏な空気を感じ取ったのか、ピートが慌てて立ち止まる。


「誰だい?」


 誰何の声に、いらえはない。

 ジョンは両手をダラリと下げ、体の力を抜くとやや前傾姿勢をとった。

 それは、獲物を前にした肉食獣を彷彿とさせた。

 ジョン・スタッカーはBHとしては、超一流である。

 もちろん、銃器の扱いには長けている。

 だが、そのもっとも得意とするところは格闘術にあった。

 子どもの頃から剣呑な裏社会を生き抜き、幾度となく死線をくぐり抜けて来た実力は、我流とは言え相当なものだ。

 だがジョン自身自覚はなかったが、彼の強さの秘密は特殊な“才能”にあった。

 かつて、妻ルシィの仇でもある凄腕の殺し屋“首狩り”を死闘の末倒す事が出来たのも、その“才能”のおかげと言えた。


「美人の出待ちなら、大歓迎だが、生憎と今はちょっと余裕がなくてね。

 たちの悪い冗談は、やめにしてもらえると助かる。

 ブルっちまって、握手に力が入りすぎちまうかもしれない」

 ジョンはゆっくりと歩を進めた。

 そして車まで4メートルを切った時、躍り出るように人影が現れた。

 動きを止めずにジョンに向かって突進してくる。

 人影はかなりの長身でフード付きの丈の長い上着を着ていた。

 一瞬、腕斬りと面影が重り、ジョンに緊張が走る。

 だが違う―――コートのように見えたそれは、アオザイ風の赤い上着だ。

 袖口が広がっていて手元は見えないが、黒刀は持っていないようだ。

 相手は滑るような足捌きで間合いに入ると、両手で突きを放ってきた。

 ボクシングのジャブではない。両手を下げた状態からノーモーションで繰り出されるムチのようにしなる連撃だ。

 変幻自在の突きをかわせないと読んだジョンは、両手をあげてガードした。


パパパーン!


 小気味良い音が響く。


 両腕にしびれるような衝撃を感じながら、ジョンは前へ踏み込んだ。

 てっきり下がるか躱すものと思っていた相手に刹那、迷いが見えた。

 その隙を逃さずジョンは、袖を掴み、相手の体を横へ引く。

 “ナックル”ビル・ランスキーにしたように、腕の関節を極めようとする。

 だが―――手応えが無い。

 相手は意に介さず、それどころかそもそも関節など無いかのように、スルリと戒めを逃れると間合いをとった。

 再び張り詰めた空気が場を支配する―――しかし。

 ジョンが構えを解き、相手を指さした。


「なんでおまえがここにいるんだ? ―――ポチ」


「ピギュ!」

 相手の口から電子音のような声が漏れた。


「おまえがここにいるという事は、あのジジイも来てるんだろう?

 どうなんだポチ!」


「わた……」


『わた?』

 思わず、ジョンとピートの声がハモる。


「わたしをポチと呼ぶな―――アル!」

 ハウリングのような残響を残して人影は絶叫した。

 同時に綺麗な弧を描いて回し蹴りを放つ。

 まず届かない間合いのはずだが、透明な足がムチのように伸びてジョンを捉えた。

「うわっ!」

 慌ててガードするが、勢いを殺せずにそのまま横へ吹き飛ばされた。

「なにしやがる!」

 起き上がったジョンが抗議の声を上げる。


 その時――――すぐ横で、声がした。


「久しぶりじゃな、熊孩子悪ガキ


 いつの間に現れたのか、小柄な老人が立っている。

 眉が濃く、仙人のような長い髭を蓄えた白髪の老人だった。

 金糸で竜の刺繍が入った白いカンフー服を着ている。

 老人はヒョイと手を上げると、ジョンの背に手のひらを当てた。

 それだけで――――ジョンの全身に悪寒が走った。

“これは、ヤバイ!”

 ジョンの直感がそう告げた。

 次の瞬間――――

 時間の流れが遅くなり、全身にピリピリと電気が走っているような不思議な感覚があった。

 相手の行動、息づかいまでが手に取るように解る。

 それどころか、次の行動すら読めた。

 老人の手に力が込められていく――――これをそのまま受けては、タダではすむまい。

 そう判断したジョンは、力の流れに逆らわず、体をひねった。

 対抗するのではなく、受け流す。流れる水のように――――


 ジョンの特殊な才能とは、この感覚の事だった。

 勘が鋭いと言ってしまえばそれまでだが、窮地においては極度に集中力が高まり、相手の息づかいや視線の動き、体のわずかな動きから、次の行動を即座に読み取る事が出来る。

 もちろん、実際に時間の流れが遅くなっているわけではない。

 相手の行動を肌で感じて読み取る、その状態をジョンが“時間がゆっくりと流れる”と感じているに過ぎない。

 だが、この状態のジョンは、こと格闘においては無敵に近い。

 それは、天賦の才だ。

 しかし――――

 上には上がいるのも事実。


 しのぎきったと――――ジョンが安堵した瞬間、老人の手のひらで何かが爆発した。

 爆発――――そうとしか表現しようがない衝撃だった。


ヴォン――――


 風を裂くものすごい音を残して、ジョンは文字通り吹っ飛んだ。

 バンの白い車体にめり込むようにぶち当たる。

「く……くそジジイ……」

 タフネスを誇るジョンもそれだけ言うのが精一杯だった。

 起き上がろうとするが、立ち上がる事が出来ない。

 その様子を老人は冷めた目で見つめている。

 だが、それも一瞬の事。

 次の瞬間には、頬を緩め。好々爺の笑みを浮かべた。

「しばらく見ない内になまったんじゃないのか? 熊孩子」

「老師! とどめを刺させて下さいアル!」

 いつの間にか隣に移動した“ポチ”が叫ぶ。


「おまえは……黙ってろ。ポチ」

 ジョンが苦しげに呟く。

 どうやら減らず口をたたくだけの元気はあるようだ。


 ポチはフードを跳ね上げると顔を露わにして再度叫んだ。

「私はポチなどという愛玩動物の名称ではないアル。

 私の名はヴィルヌァィィ◆■■◆■・★☆・・アル!」

『いや、わかんないって』

 ジョンとピートが思わずつっこむ。

「…………」

 ピートは露わになったポチの顔をまじまじと見つめた後、ポツリと呟いた。

「スライム娘で猫耳か……その発想は無かったわー」


 ヴィルヌァイ某こと、ポチの容貌はピートが表現した通りだった。

 半透明のゼリーでツインテールの女性の顔を作ればこんな感じになっただろう。

 髪はエメラルドブルーだったが、それもうっすらと向こうが透けて見えている。

 まさに擬人化した、RPGでおなじみのスライム。

 そしてなぜか、猫耳。

「前はそんなもの生えてなかったよな?」

 猫耳を見ながら、ジョンが不思議そうに言った。

「勉強したアル!」

 ポチが胸をはった。

「どんな勉強だよ……おまえ、言っちゃあなんだが勉強の仕方間違えてるぞ。

 どうせそのスケベジジイが教えたんだろう。

 そのアルアル言葉といい……今度は猫耳かよ、まったく」

「可愛いかろ?」

 老人がニッコリと笑った。



◆◆◆


 スライム娘ポチは、自分はピューレス人だと言った。

 ピューレスは近年になって発見された水の惑星である。

 面積のほぼ全てを海洋が占めており、陸地はほとんど無い。


「わたしたちは、母なるムーヴ……海? に抱かれて生きているアル。

 もちろん、こんな不便な格好はしてないアルヨ」

 故郷を思い出したのか、遠い目をして――眼球は無いが――ポチは言った。

 不便な、とはどうやら人型の事らしい。

「それに故郷では、こんな物をつけて意志の疎通をしなくても良いアル……ハァ」

 ため息をつくと、悲しそうに首輪を見た。

 この首輪は、バックルの部分にスピーカーが内蔵されていて、ポチの生体電気信号を音声に変換する仕組みになっている。もちろん防水仕様だ。

 彼女のように発声器官の無い異星人たちのために開発された優れものなのだが、そのせいでジョンには“ポチ”と揶揄されていた。


「ピューレス人ってすごく数が少ないんだよね?

 僕も会うのは初めてだよ。よろしくね」

 早くもポチを“守備範囲”と認定したのか、ピートが上機嫌で言った。

 彼の愛は宇宙より広いらしい。


「そして、このジジイが通称“白龍”―――魔剣使いだ」


「……………………………」


「はい?」


「魔剣使いだ」

 大切な事らしく、二度繰り返すジョン。


「ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――!」


 たっぷり5分は間をおいて、ピートが絶叫した。

「まままま……魔剣使いって……“アノ”魔剣使いだよね?」

「アノもソレもねぇよ。魔剣使いは、魔剣使いだ」

 ジョンが面白くなさそうに繰り返した。

 時間がたったおかげで、何とか回復して来たようだ。

「オッス、ワシ魔剣使い。よろしこ」

 白龍がヨッと手を挙げた。

「……よ……よろしく……お願いしますです。

 ……でも……アレ? もしかして、会った事あります?

 ほら……うちの近所でお散歩しているところをお見かけしたような……」

「……同一人物だ」

 老人のかわりにジョンが答える。

「は……はぁ……そうっすか。

 そんな近所に魔剣使いが住んでいたなんて……ただの元気なじいさんかと思ってました。宇宙は広いようで狭い……」


「でも……どうしてポ…ヴィルヌ…さんは、魔剣使いの白龍さんのところにいるんですか? ……お弟子さん?」

 ピートの問いに、ポチが腕組みをして、うーむと唸った。

「私は師匠の元で宇宙の心理について学んでいるアル。

 一族のために、どうしても必要な事アル」

「宇宙の心理? ……なんです? それ」

「―――カメ●メ波アルヨ!」

 幾分声をひそめてポチが言った。

「は?」

 ピートが思わず聞き返す。

「ピューレスに調査に来た地球人が言っていたアルよ。

 武術の達人はカ●ハ●波を使う事が出来ると。

 それから、いろんな達人を訪ねたけど、なかなか使える人はいなかったアル。

 ―――でも! 宇宙最強のスーパー白龍老師なら出来るはずアル」


「魔剣使いって……そんな事が出来るですか?」

 ピートの問いに白龍は、ただ笑って「ワシ宇宙最強」と答えたのみだった。


「―――で? わざわざマルコポーロまでやって来たのは、どういうわけだ?」

 まだ痛むのか、ジョンが背中をさすりながら言った。

「弟子の成長を確かめに―――」

「―――弟子になった覚えはねぇ!」

 即座に否定するジョン。

「そうなの? ……初耳なんだけど。

 たまに、お裾分けだって、食べ物を持って近所のじいさんのところへ行くなぁと思ったら……」

 ピートが声を潜めてポチに聞いた。

「違うアル。老師はたまに痛めつけてやっているだけアル。

 ジョンが悪さをしないように懲らしめてるアルヨ。

 老師の一番弟子は、この私だけアル」

 ポチが面白くなさそうに答えた。


「―――じゃあ弟子になれ」

 その一言で、場の空気が凍り付いた。

 ピートには、小柄な老人が何倍にも大きくなったように感じた。

 凄まじい威圧感だ。気の弱いものならそれだけで気を失いかねない程の。

 そして、ピートは改めて理解した。目の前にいるこのつかみ所のない老人が紛れもなく伝説に語られる魔剣使いの一人である事を。

「おまえは勘が良い。ちゃんと鍛えれば、ものになるかもしれん。

 ―――今よりも、何倍も強くなれる」

 物理的な力さえ感じられる程の魔剣使いの視線を、ジョンは眉一つ動かさずに受け止めた。

 そして―――

「いやだ」

 短く、きっぱりと答えた。

「……そうか」

 白龍もまた、それ以上何も言わず、まるで猫を追い払うようにシッシッと手を振った。用は済んだという事らしい。

 ジョンたちが車に乗り込み、出て行こうとする。

 別れ際、老人は独り言のように呟いた。

「腕斬りはおぬしが何とかせい―――」

 ジョンはその言葉に一瞬驚くが、得心がいったのかフッと笑った。

「当たり前だ―――ありがとうじいさん。

 また餃子を差し入れてやるよ」


ジョンたちが乗った白いバンが駐車場を出ると同時に、白龍のバディホンが着信を告げた。

 点滅する星形のアイコンは、星間通信のサインだ。

 相手の名前は「G」とだけ表示されている。


你好もしもし


「―――龍大人、首尾はいかがですか?」


「相変わらずおぬしの声はよく響くな、すぐ近くにいるようでゾッとするわい」


「ご冗談を―――で、片付きましたか?」


「わしが本気で打った。―――それでおぬしへの義理は通した」


「………」


「スタッカーは……死にましたか?」


「かなり堪えたようじゃが……生きておる」


「まさか! ―――それでどうします?」


「どうもせん。これでしまいじゃ。

 ―――わしの一手、決して安くはないぞ?」


「―――わかりました。

 あなたの顔をたてましょう、龍大人」


「それから腕斬りは、スタッカーに任せる」


「……我々は我々でコマを動かしますよ?」


「解っておるよ殿」

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