第3話
学校のチャイムが、街の雑踏に吸い込まれ消えて行った。
昼休み。
「相変わらずスバルの弁当は凄いな。昔話みてえだ」
友人の坊主頭が、アルミホイルに包まれた握り飯とタクアンを指して言う。
「母ちゃんが、この量だと、これ以外は駄目だって。作れるかー! って言ってた」
一つがボールのように大きい握り飯が三個。分厚く切られたタクアンが三切れ。それを友人の中の誰よりも小柄なスバルがもりもりと片付けていく。
「まあそりゃそうだわな。ショウのみたいなのは量少ないからできる芸だわ」
坊主頭が、向かいの茶髪の弁当を指して言う。海苔やチーズで絵の描かれた、キャラ弁と呼ばれる凝ったものだ。
「これ母さんがブログに乗せるためにやってる、趣味の料理だからねぇ」
「趣味で結構コケッコーじゃん。うちのは商売のついでだからなぁ」
「プロの仕事もコケッコーじゃん。ジッタんちのパン屋美味いじゃん」
「俺はメシにはどっしりコメが食いたいんだよ」
坊主頭が焼きそばパンにかじりつく。それをスバルとショウが笑い飛ばした。
「んで、今日はどうする?うちでゲームやる?」
「今日バイトあるから」
「あー、あの怖いお姉さんのバイト。まだやってるの? 前にチンピラみたいなのがスバル探し回ってるって聞いたよ? 大丈夫なの?」
「あの件は片付いたよ。チンピラもよっぽどのことがなきゃもう出てこない、かな」
「なあ、あのお姉さんマジ何者なの? ヤクザ? 公安? FBI?」
眉間にシワを寄せてジッタが尋ねる。
「なんだよFBIて」
「このまえオリオン通りを外人の黒服マッチョ集団と歩いてるの見た」
「まじか」
「俺もJKギャルはべらせてファミレスの半分占領してパーティーしてんの見た」
「まじか」
「ピンクの姉ちゃんには近づくなーってLINEも回ってたな。マジ何屋さんなのあの人」
「近い、近いっての」
二人が興味津々に迫ってくるのを、スバルが手で捌く。
「詳細は言えないけど、ただのセレブリティだよ。金持ちなだけで、何かの正体があるわけじゃない」
「ただの金持ち、ねぇ?」
二人は顔を見合わせる。納得はしていない様子だ。
「頭がだいぶハジケてるけど、そんだけだよ」
「ハジケ具合もひどいけどね」
「俺ファミレスのとき、あちらからですって花火パフェが来たぜ」
「小学生とカードゲームのルールでモメて大喧嘩してたな」
「ああ、それで近隣小学校に注意喚起のプリント配られたらしいな」
「なにしてんねんあの人なにしてんねん」
スバルがクセ毛の頭をポリポリと掻く。
「まあ、そんな悪い人じゃないんで、やんわりと距離を置いて程々に仲良くしてあげて」
「「それアカンやつや」」
その合いの手の声は、見事に二人一致した。
******
放課後、スバルは下足箱の靴の下に、一通の手紙を見つけた。恋文めいたものではない。封の空いた事務用茶封筒だ。中にはコピー用紙に古いリボン式ワープロで
「本日、アジトにて待つ。ギアー」
と書かれていた。
「今日はアジトのほうかー」
スバルは手紙を封筒ごと丸めてゴミ箱へ捨てると、ゴテゴテしたスニーカーを履いて街へと繰り出した。
一方、それを背後から追うものがあった。詰襟を着て、髪を茶髪に染めた、二人組の男子高校生だ。彼らは物陰から、スバルに付かず離れずの尾行を行っていた。
スバルが、書店で新刊のチェックをし、コンビニでパンを買い、それを駐車場で野良ネコと分け合い、路地裏の自販機に貼られまくったステッカーグラフィティをスマホで撮影しているあいだも、彼らは接触することなくスバルを観察し続けていた。
やがて、スバルが町はずれの人気のない区画の、古く奇怪な増築がなされた雑居ビルに入っていくと、お互い顔を見合わせ、意を決し彼らもまた雑居ビルへと入っていった。
「イラシャーイ」
ビルのエントンス、受付兼管理人室の窓から、南米人らしき中年男が声を掛ける。
「おいオヤジ、ここはなんのビルだよ」
高校生の片方がぶっきらぼうに尋ねる。
「関係者ナイ。ダメよーここヤクザ。アブナイ。サヨナラよ」
中年男がカタコトに大袈裟な手振りで警告する。
「いま小僧も入ってったじゃねえか」
「あれヤクザのオコサマ。コワイ。だからサヨナラ」
「ふざけんなよ。リーマンのオコサマだよヤローは」
高校生のもう片方がおもむろに窓に手を突っ込んで、中年男のネクタイを掴みあげる。
「もっぺん聞くぞ。ここはなんのビルだ」
「ノー。ダメよ。はやくサヨナラ」
ネクタイを引っ張られ苦悶しながらも、中年男は退去を薦める。二人組の目つきが徐々に凶悪で鋭いものに変わっていく。
「これを見な」
二人は懐のポケットからガジェットを取り出して、中年男の顔に突き付けた。
「これが何か分かるか?」
「オウ!」
中年男の顔色が青くなる。
「知ってるみてえだな。そうだよ、俺らもあいつらのご同輩ってやつだ。俺らの機嫌のいいいうちに知ってること喋ったほうがいいぜ」
「オオ……オウカガイ、ワカッタ。だからコレ離しテ」
「チッ」
片割れが中年男から手を放す。
すると、中年男は居住まいを正し、服のあちこちを引っ張って直し、上着のポケットからガジェットを出した。
「ナイトストーカー」
「なにっ?!」
瞬間、辺りはパツンと闇に包まれた。
まだ日の高いうちで、大きなガラス張りの出入り口の真ん前だというのに、そこは、まるで暗室の中で照明が消えたかのような、完全な闇になった。
「シンセツな大人のイウコト聞かない、ヨクナイよ」
「このヤロー、やってくれんじゃねえか!」
闇の中に、丸いライトの光が二つ現れる。
「マーチン! 火を吹け!」
炎の柱が吹きあがり、周囲を照らす。銀色をした、共産圏の彫刻芸術のような不規則にカクカクしたデザインの、人間サイズのロボットが吹き上げたものだ。
「どうやらここまでみてーだな。ひと暴れして帰ろうぜ」
「ああ、そうだな。出ろゴードン!」
新たに出現したのは、仏塔に太い手足の生えたような形状の、金色のロボットだ。
「壁を抜け!」
号令とともに、ロボ・ゴードンが周囲の壁を殴りつけ、穴を開ける。
「脱出だ!」
少年二人は壁の穴からあっけなく外に出る。
拓けた広い裏庭に日光が照らす。壁の内側は闇だが、外は明るいままだ。
「しっかし、なんだこの能力。暗いだけかよ」
「油断すんなよ、伏兵いっかもしれねーぜ」
「ああ、敵地のど真ん中だからな。引き締めんべ」
周囲を警戒する二人と二体のロボ。
――うひゃひゃひゃひゃひゃ。
そのとき、どこからともなく女の高笑いが聞こえてきた。
「笑い女! 例のパーセプターだぞ!」
「どこだ、どこにいる!」
「上だ!!」
雑居ビルの三階ベランダに、ピンク色の長髪を風になびかせた女が立っていた。
「やーやー。ウエルカムトゥお客さーん。いろんなところに心当たり在りまくりなんだけど、どこのどちらさん?なんにせよプレイヤーは大歓迎だよんウヒャヒャヒャ」
「こん畜生が! マーチン!」
カキンというトリガー音と共に、ロボ・マーチンが真っ赤に発熱し、投てき槍のように突撃した。
「フヒッ」
「なにっ?!」
ガキン! という音と共に、マーチンは空中で何かに衝突。そのまま勢いを失い墜落した。
ピンクの女、麻倉カレンの前には、電子レンジにホイルを入れたときのような、電気の火花がパチパチと飛んでいた。
「ノコちゃんサンキュー!」
「……どうせ助けなくても当たんなかったでしょ」
「それでもサンキュー! そういう小さな心づかいがお姉さん嬉しいわー」
ビルの外、カレンの真下の位置に、小さな、赤いセーラー服の少女が立っていた。この地区にある中学校の制服だ。おかっぱ頭の首筋に、大型ヘッドホンを下げているのが目立つ。
その隣には、頭部にフラー球体のレイドームを付けた、ファージウィルスに酷似した人間大のロボットが控えている。
「小娘、おまえもギアーか」
「そうよ」
「なら死ね」
今度はロボ・ゴードンが少女に突進する。
「ミステリアン・バリア」
「チッ」
バチン、という音を立て、こちらも目に見えない壁のようなものに阻まれる。
「ノコー! 助太刀いるかー?」
麻倉カレンの下、二階のベランダから声が掛かる。鷹栖スバルと、その他仲間らしき少年少女が数人、階下を観戦していた。
「あんたは黙っててスバル太」
「スバル太って呼ぶなよ。まったく大首領のせいで定着しちゃったじゃん」
「ウヒャヒャヒャ、もう諦めな」
「クソッ、集まってきやがった」
「撤退するぞ。今わざわざ戦ってやる理由は無え」
「よし、乗れ」
二人組は金の仏塔ロボ・ゴードンの背に乗る。胴体各部のマズルから煙が上がる。
「逃がすわけないでしょ」
ガジェットを繰り出し、少女ノコのロボ・ミステリアンが前に出る。
「電磁ネットワイヤー!」
掛け声と同時に、スパークする電磁球が周囲一面に大量に出現する。
「なんだこりゃ!」
「注意しろ。どうやら投網のようだぜ」
「むむむ」
ロボ・ゴードンは、絡みつく電磁線によって動きを封じられている。持ち上げようとした腕が、中空に描かれたグリッドによって阻まれる。
「お前を倒さないと帰れねえってわけか」
「そうよ」
「なら後悔させてやるぜ! マーチン!!」
墜落していたロボ・マーチンが再起動、電磁球のなかをゆっくり力強く歩いてゴードンに近づく。
「電気って分かってりゃ、マーチンにゃ効かねえぜ。こんなもん熱だ」
「へえ」
「あのマーチンてのは熱を操るみたいだな。ありゃ電気を金属から熱に変換して分解してんだ」
「おう、それ結構すげえ能力じゃん。なんで兵隊なんてやってんの」
「発想がそこで止まっちゃってるんでしょうね。エネルギーの考え方がない」
「残念そうな連中だもんな」
二階の観戦者たちが口々に勝手な感想を語り合う。
「パチパチは俺がなんとかしてやる!ゴードンやっちまえ」
「おうよ!」
ロボ・ゴードンの全身からジェットマズルが出現。激しく火を噴き始める。
「どうやら防衛タイプみてえだが、俺のゴードンとどう戦う」
ロボ・ゴードンはドスドスと地響きをあげて、少女とロボ・ミステリアンに近付く。
「ゴードンパンチ!」
マズルのブーストによるスピード強化によるパンチが繰り出される。
「テレホンアタック・スルー」
しかし、パンチ攻撃は当たる直前に全て回避されてしまう。
「くそっチョコマカと」
「むしろパワータイプのほうが、私のミステリアンとどう戦うのよ」
突如ゴードンが上空に高く舞い上がり、再び何かに引き寄せられるように急降下し地面に突き刺さる。
「ゴードン!!」
「ミステリアン・マグネット」
ガジェットを握った手が、親指を下に向けられる。キル・ユーのハンドサインだ。
「まだ俺が残ってるぜ!」
ロボ・マーチンが周囲の電磁球を吸収し、真っ赤に焼けて現れる。
「ヒートブレス!」
マーチンの口が開き、熱線を照射する。
「馬鹿ね」
ロボ・ミステリアンのレイドームから、謎の振動波が周囲に照射される。それによって熱線がドーム状に広がって吸収された。空間が球状にオレンジに輝いたが、それも一瞬のことだ。
「なんだと?!」
「熱って分かってれば、こんなもの電気よ」
マーチンも上空に飛ばされ、やはり急速に引き寄せられゴードンの隣に突き刺さる。
「二丁あがり」
「くっそ!」
男の一人が地団駄を踏む。
「……仕方ない、奥の手だ」
「ここで出すのか!」
「やむをえんだろ。やるぞ」
ロボ・ゴードンのプレイヤーにもう片方が摑まる。
「俺らは逃げきりゃ勝ちだ。あばよ、坊主ども」
直後、大音量のモーター音が鳴り響く。
「ニトロブースト!!」
男はそのまま残像が残るほどの超スピードで周囲を駆け回り、勢いをつけて建物の出入口のほうへと高速移動していく。
「なんだいありゃ。どういう
「人間バイクってトコだな。あの仏塔ロボも、どっかのジェットエンジンかなんかの意匠だったんだろう」
「つまりエンジンの能力者か。単純だねぇ」
ベランダの少年少女が口々に現状の分析をする。敵が逃げたというのに、まったく慌てる様子がない。
「鉄山靠!」
そのとき、出入り口に
「なんだそりゃ!!」
それは猛スピードの二人に衝突し、脱出を食い止める。
「ぐはっ!!」
「逃がしゃしないよ」
車両の後ろから、ライダースーツに身を包んだ女が現れた。男たちの前に立つと、中国拳法の構えをして牽制する。
「アネゴ! カッチョイイー」
「ぶっ殺すよスバル太」
「ええー褒めたのに?」
ベランダのスバルが軽口を叩くと、ライダーの女はギロリと睨んだ。スバルは悪びれた様子もなく、その場で肩をすくめる。
「どきやがれ!」
車両を下から弾き飛ばし、なおも脱出を試みる二人組。
「襲脚外門!」
しかし、弾かれた車両がそのまま自走し上からの浴びせ倒し、さらにスピンによる角打ちで二人を襲う。
「があっ!!」
「必殺! 猛襲乱舞!」
車両は回転側転を交えた不規則な動きで二人を上空に弾き飛ばし、ミキサーのように攻撃を加えた。渦の中の二人はなすすべもなく、嵐の中に舞うビニール袋のように宙を漂い、やがて先のロボットと同じく地面に突き刺さった。
「人・機・一・体!」
ライダースーツの女は、その場でなんらかの拳法の演武を行い、勝ち名乗りを上げた。
「ねー! ソイツら殺してないでしょーねー!」
遠くからノコが聞く。
「まだちょい生きてる感じー。情報吸い出すなら今のうちだよー」
「わかったー」
ノコはゲショゲショと多脚で動くロボ・ミステリアンに乗り、彼らの近くまでやってきた。
「それじゃ、弄らせてもらうね」
ロボ・ミステリアンの脚部の中央から、触手のようなワイヤーが何本も現れ、男たちの頭部に突き刺さる。
「ぐっ!!」
「はいはい、大人しくしてなさいね。いま洗いざらいブッコ抜いてあげるから」
ミステリアンの頭部のレイドームが、複雑な模様を投影しながら激しく点灯する。
「ノコ、どう? この前の連中の残党?」
「そいつらじゃないね。新しいグループ。地元の連中じゃないわ」
「馬鹿っぽかったから確定かと思ってたけど、別口かー」
「ちょっと大きめの組織みたい。ビルでお偉いさんみたいな人と話してるわ」
「へぇ、誰よ」
「それが、こいつらの知能が足りなくて、詳しいことは分からないわ」
「馬鹿っぽい、じゃなく、馬鹿決定ね」
「構成員はこいつら含めて七人、全員プレイヤーね。それからー」
そのとき背後で大きな呻き声が響いた。
同時に、吹き上げる血柱と輝く光の粒が見える。
「――残念。ここまで」
「あれま死んだ? そこそこ手加減したはずなんだけどなぁ」
「なんかのトリガーで自滅するようになってたみたい」
「アチャー、使い捨てか。情報も信頼ならん感じだねそりゃ」
ライダースーツの女は頭を掻く。
「大首領ー! どうするー?」
「ニャハハ、ほっといてイイよー。処理はアタシがチョイチョイとやっとっからー」
雑居ビルのほうから無責任な声が響いた。
麻倉カレンはビルからストンと飛び降りると、トントンと軽やかに少女たちのところへ飛んできた。
「――大首領、笑い事じゃない話がひとつ」
「うにゃ?」
少女ノコが、クールフェイスを崩し眉間にしわを寄せる。
「非情に言いづらいのですが」
「なんでも言ってチョ。ノコちゃんと私の仲じゃんヒヒヒ」
「猿ジジイ。こいつらあのマグ博士と接触してるみたい」
ジャッ!
その瞬間、男二人の死体は蒸発していた。地面に、影絵のように黒い焼け焦げだけが残された。
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