第2話
星輝く空。
どこまでも続く、荒涼とした砂の大地。
風も吹かない、水辺もない、植物もない、生命が存在しない静寂の砂漠。
そのど真ん中に、場に似つかわしくない人工物が存在していた。
切り取ったような白い床の一角。リング状の白い円卓と、白い椅子。なんの飾り気もない、機能性だけを追求したシンプルなデザイン。すべてが磨かれた石造りものだ。
そこに、等間隔に6人が着席している。
「結局、その連中のキューブはスカか」
そのなかの一人、南米系の男が尋ねる。やくざ者の雰囲気を漂わせた、眼光の鋭い、派手な柄のスーツを着た大男だ。
円卓の席には”ジョナサン・マッケンジー”と刻印されている。
「そだねー。コードは回収したけど、娯楽情報が中心で大半ジャンクかなー」
それに、ピンク色の長髪の女が答える。フンフンと鼻歌交じりの口元のにやけた、ふざけた態度の東洋人だ。
円卓には”麻倉カレン”と刻印されている。
「所詮は享楽的に生きるその日暮らしの者の魂だ。引き寄せるものも相応だろう」
それを受けて、顔の上半分を仮面で覆った男が発言する。白スーツを着た、年嵩の白髪交じりの白人男だ。
円卓には”ロバート・ロックエル”と刻印されている。
「是」
それは、異様な姿をした人影だった。
粉のようなガスのようなものが形作る、すべての光を吸収して反射しない黒の塊。それが女の姿を模している。頭部には目があり、白の薄いワンピースを着ているところから、知性あるものと分かるが、どう見てもこれは人間ではない。
円卓には”波旬”と刻印されている。
「僕はその娯楽情報欲しいねぇ。カレン、あとで照会させてもらっていいかい? 」
スリーピースのスーツ姿の、異様に背の高い黒人男性だ。ストレートヘアを七三に分けた髪型、繊細なデザイン優先の眼鏡がインテリジェンスを感じさせる。
円卓には”ハーバート・ハウスマン”と刻印。
「およしよ、カレンの紐付きの情報なんて。どうせおぞましい極彩色さね」
金髪をふわふわさせた白人の少女が、似つかわしくないシワガレた声でそれに答える。見た目は十歳前後だが、子供らしくない苦々しい表情で忠言を吐く。
円卓には”アンジェリク”の刻印。
そこでは、人種も国籍も年代もバラバラな六人の、不自然な会合が開かれていた。
「どのみち、あの糞サルジジイのシッポは、まだ当分掴めねえって事だな」
「ウシシッ。ウチの子たちが新しいグループの目星つけてるよん。今はそっちの結果待ちだね。それとも不可侵やぶってSSIに追い込み掛けちゃう? 」
「やめとくれ、あそこはアタシが出資してるんだからね。それに収穫するにはまだ実が青いよ」
「僕もSSIとはなるべく長期の共存をお願いしたいね。人類社会各政府とのチャンネルは維持しておきたいよ」
「否」
発言の順番も秩序もバラバラだ。そこには彼らの間の上下関係の無さが見て取れる。
「で、宇宙の果てからのアクセスはどうかね」
「うん、今のところは音沙汰なしだね。座標消失が伝わるまでの猶予か、もしくはー」
「猿ジジイが握ってるボルテックスが生きてるか、だーよねぇ」
「忌々しいこったよ全く」
「結局、今んところは、あっちもこっちも猿ジジイに道を塞がれてるって事かよ」
「暇なら、自分らでキューブ育成するって方法もあるよん。ウチの極悪秘密結社ギアーみたいにねぇー」
「この女くそウッゼ」
「ヒヒヒヒヒ」
「さて、諸君、待ち人が来たようだ」
ロバート・ロックエルが右腕を上げて、会談を制止する。
その場にいた全員が、スッと上を見上げる。
その、円卓の空間の上空に、全長30m程の、横たわる、中太の柱状の鉄塊が現れた。
好事家が葉巻型UFOと呼んでいるものに酷似している。ギリシャ神殿の柱のようにいくつもの繋ぎ目に分かれ、掘削ドリルのような溝や突起が、その繋ぎ目から互い違いに緩く回転している。また、節々から緑色の光が漏れ、夜の闇の中でまばゆく輝き、その明りが周囲に照射されていた。
「ほーう、これはまた」
「UFO型とは期待が持てるね」
「当たりの多い無機物型だな、いいじゃないか」
円卓の者たちが、口々に好き放題の評論を始めたころ。円卓の中央に、フワリと大きな白い影が舞い降りた。分厚い宇宙服を着こんだ、モコモコとした人影だ。
彼は、なにかを確認するように、ゆったりと周囲を見回した。
「やーあ、コーングラッチュレーショーン。よく来たね到達者くん」
円卓の一人、ハーバート・ハウスマンが大きく手を広げ歓待の声を掛ける。
「貴方たちが、パーセプターですか」
宇宙服のヘルメットの中から、くぐもった声がする。
「いかにも。我らがパーセプターだ。歓迎するぞ到達者」
「そうですか。私は国際宇宙開発公団から派遣されたエージェントです。貴方たちの責任者と直接対話がしたい。この中のどなたですか」
その発言の次の瞬間。
「あ、こいつダメや」
まず、麻倉カレンが最初にあきらめた。
「惜しいな、翼を手に入れても羽根を切られてる。手乗り文鳥だ」
「ドアが開いても逃げない犬だな」
「カニの食べらんないところだねー」
「否」
続けて、他のメンバーも口々に目の前のエージェントを否定する。
「なにを言っているのですか」
宇宙服のエージェントが声を上げる。
「べっつにー。なんつーか、もうキミ帰っていいよ? みたいな」
「今後のご健闘をお祈り申し上げます」
「我々の交渉窓口は現在SSIに限定している。今後も拡張の予定は一切ない。ゆえに国交のない団体との交渉には応じられない。領土侵犯については、今回は不問に処すのでお引き取り願おう」
ロバート・ロックエルが、仮面の眉間を指で揉みながら通告する。口調こそ丁寧だが、強い拒絶のある声色だ。
「交渉を始める前から決裂ですか」
「マジ悪いんだけど、いや別に悪くはないんだけど、いわゆる問答無用ってやつだからー」
麻倉カレンが、両手を左から右に流す”お引き取りを”のハンドサインを送る。
「……そうか。ではこれより交渉決裂時のオペレーションに移行させてもらう。ズグリューター!」
エージェントの号令と共に、頭上の葉巻型UFOが渦を巻き猛回転、そのままゆっくりと降下を始める。
「我ら国際宇宙開発公団は、貴方たちパーセプターに対し、不法占拠した基地施設からの即時退去を要求します。この申し入れが受け入れられない場合は」
「無駄だ」
ジョナサン・マッケンジーが、掲げた右手をグッと握る。すると、UFOの回転が急に押さえられたような不自然な挙動で停止する。
「すべてのキューブはパーセプターの支配下にある。プレイヤーはマスターを攻撃することはできない」
「3年前に通達したじゃん。政府機関の人なら上から聞かされてない?」
「もちろん聞いています。ただし
エージェントが掌で円を描くと、動きを停止したUFOが、再びゆっくりと回転を始めた。円運動の動きとUFOの動きが一致する。
「オオオ、念動力!! E・S・Pじゃん!」
「はしゃぐなハーバート。珍しくもないじゃろ」
「昨日見たアニメ映画でやってたからね。ダーンダーン!」
ハーバートが手で映画のワンシーンらしきジェスチャーをする。その間にもUFOは直下に向けて降下する。そのような危険な状況にも関わらず、パーセプター達は誰もまともな対応をしない。
「いつまで遊んでンだ。今回はもう終わったんだから帰らせろ」
ガシン!という音が響く。
上空。ジョナサンが右手一本で回転する巨大なUFOを掴み、軽々と支えていた。UFOはスクリューがギリギリねじれるが、縦にも横にも微動だにしない。
「俺は忙しいんだよ。ファミリー食わせるため会社にカネ産まなきゃならねンだ」
「ん、じゃあジョナは帰っていいよー。今回はおねーさんがやっとっからヒヒヒ」
「ああ、そうさせてもらう。またな」
ジョナサンはUFOを地面に投擲。円卓からやや離れた場所にズシンと突き刺さる。
次の瞬間、ジョナサンの姿がフッ、と掻き消え、同時に円卓の文字も消える。
「アタシも下がらせてもらうよ。そこの波旬と個別に用事があるんだよ」
「是」
「ならば今日はこれで解散だな」
「ンー、もう少し進展有ると思ったんだけどなぁー」
「あい、みなさんお疲れー」
同じようにパーセプター達の姿が次々と掻き消え、円卓の文字も消える。
後に残ったのは麻倉カレンのみ。
「さーて何たら公団のエージェントくん。一丁おねーさんとあっそぼうかー!」
呆然自失となっていたエージェントに、カレンが声を掛ける。
「おねーさんたちの反則的メチャ強さは分かってもらえたと思うんだけどー、どうする? 戦う? 降参するなら今日はオウチまで送って行ってあげるよー。おねーさんメチャ善人だからウヒャヒャ」
「……いや。私は志願兵だ。本作戦に就くにあたり遺書も残してきた。勝てなくとも、戦闘したという事実とデータを残さねばならんのだよ」
「うっへー、ダメだわーダメダメだわー地球の引力に魂を捕われまくっちゃってるわー」
カレンはオーバーアクションで天を仰ぎ目を覆う。
「それに、まだ私が負けるとは限らないだろう」
「んー。それはもう確定的事実。現時点のチミでは絶対に無理」
カレンがパチンと指をはじく。ピンと空気が震える。
「私らに勝てるプレイヤーは確かにいるし、全プレイヤーに可能性はあるし、私らもそういう育成をしてんだけどねー。ニルヴァーナに至らないものはパーセプターにはなれないよん。開こうよ第三の目。せっかく選ばれしものだったのにぃー」
カレンの周囲にキラキラと小さな光が集まる。それは一粒一粒が棒人間の形をした結晶だった。それらはUFOの周囲にもチラチラと舞い、帯状に巻き付いてUFOを引き抜いた。
「まあなんにせよ、君にもいちおう到達者としてのチャンスもあげまっしょい。エヴォリューターにゃ違いはないはずだし」
「……ほう、なにをしてくれるんだね」
「意味も分からず切り捨てられるんじゃ、寝覚め悪いっしょ。チミのなにが悪いんか、比較対象を見せたげるよ。おーいスバル太! 出番ですよー」
「ん」
カリンの後ろから、東洋人の子供が現れた。くせ毛の、黒縁セルフレームメガネを掛けた、テイーンエイジャーの少年だ。
「ようやく出番な。もう暇すぎて超眠かったってーの」
「ウヒャヒャ。ほら、バイト代イロ付けてあげっから仕事しよーねぇー」
「はいはい、いえっさ大首領」
少年は大あくびをしたあと、トレーナーの裾から手を突っ込んで、背中をポリポリと掻く。
「んじゃ、おっちゃん。なんか知らんけど、倒させてもらうから」
「……ほう」
宇宙服のエージェントは居住まいを正す。
「キューブ持ちか」
「そだよ」
「私もそのロボットバトルに勝ち残った。仲間を全員倒して私はここにいるのだ」
「ふーん」
「私は強いぞ」
「すごいね」
「ギャハハハ!合コンさしすせそかよスバル太! 」
大げさなジェスチャーで大笑いするカレン。
少年の隣にはいつのまにか小さなロボット。
両手を前に突き出す宇宙服のエージェント。
「ズグリューター!」
エージェントの号令でUFOが再起動する。縞模様が芯をずらしてゴリゴリと猛回転を始める。
「プラズマ、大回転」
一方、少年の傍らの小さいロボットの、両腕が厳つく変形する。両の手を合わせ、こちらも手首から先が猛回転を始める。
「必殺! ジャイアントツイスター!!」
「相殺。ジャイアントツイスター」
号令と同時に、巨大な竜巻と化したUFOがロボットを強襲する。しかし、少年のロボットの手首からも巨大な竜巻が発生。これを瞬時に沈静、消滅させる。
「……やはり通じないか」
「まあ、あそこのお姉さんが吹聴するだけの実力はあるよ。どうするおっちゃん」
「帰ってビール飲んで寝たいところだが、今更そうもいかんだろう」
「まあね」
「ならばすることはひとつだ。ファイナルアタックいくぞ」
「了解」
UFOの分割線に分かれた部品のすべてに目玉の文様が現れる。そしてUFOの軌道が回転からデタラメな運動軸の球状に変化する。
「レーザートルネード!!」
目玉の文様から一斉に光線が発射される。周囲の地面に焼け焦げ溶けた筋が大量に現れる。
「うおっあぶなっ」
少年がやや焦ったアクションをする。
しかし、光線はなぜかすべて少年の周囲で球形に屈折湾曲し、少年自身には掠りもしない。直進するはずの光線が不自然に曲がる、異常な現象だった。
「……これが効かんとは、な」
「いやぁ、ここ最近だと一番のピンチだったよ」
「この状態で、かね」
「この状態でだよー」
「君はいったい何者なんだね。その強さの源にあるものは一体なんだ」
「んー、なんかみんなソレ聞くけど、別になんもないよ? 百%人間だし。普通の家の子だし。変な趣味も、衝撃の過去もない。ど平凡な中学生。むしろアンタらなんで弱いの」
「うーん、スバル太の異常さはむしろそこなんだけどねー。少なくとも性格はだーいぶおかしいよ」
「うっさいよ大首領」
「ウケケケケ」
「じゃあまあ、おっちゃん、また来世ってことで」
ロボットの手に、剣が握られる。刀身に「日々是日常」の五文字が刻まれた、素っ気ない洋剣だ。
「プラズマ唐竹割り」
刀身に謎の光がまとわりつき、大げさなジャンプと共に横薙ぎ直進。UFOがまさしく竹のように二つに割れた。
一瞬後、赤い液体を吹き出しながらUFOが大地に墜落した。巨体はそのまま切り口から立方体状に泡立ちグツグツと解けていく。
同時に、宇宙服が支えを失ったように倒れる。手足や胴体が、中身を失ったかのように潰れている。
「死んだ?」
「いんや、送り返しておいた。紐付けて先方さんを見とこうと思ってさー」
「組織の人だから、どうせ殺されちゃうんじゃね?」
「いーのいーの善意でやってないから」
「悪の大首領だもんね」
「大首領ですからシシシシ」
UFOが沈んだ先の地平に、大きな青い星が、砂漠を明るく照らす。
「……見なよスバル太。地球が綺麗だよ」
「へぇー」
「感動しないねぇーこれ見ると必ず人生観が変わるって言う人もいるんだけど」
「中学生に人生観求められても」
「アカーン。これ修学旅行で興味ない寺院を見せられてる奴の目だ」
「あ、まさにそれ系」
「カー、この私が珍しくわざわざ真面目モードでボーイミーツガールのお姉さん役的メチャいい台詞を言ってやってるのにー」
「知らんがな」
「つめてー!!」
果てしない砂漠、星の瞬かない暗黒の夜空に、二人の会話が延々と続く。
月は、いまだ静寂を取り戻さない。
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■TIPS
謎の組織パーセプターの登場
謎の作戦を遂行中
プレイヤーではパーセプターには勝てない
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