モンスター・ロボット・バウト

室井 密

第1話

 ぐひゃはははは。うひゃうひゃ。

 静寂な深夜、都会の片隅の公園に、品のない、若い女の笑いが大きく響く。

 表通りのビルの放つ光の渦から一歩離れた、住宅地の直中にある公園は薄暗く、街灯の袂だけがスポットライトのように明るく照らされていた。その二つの街灯のスポットに浮かび上がる二つの人影。そしてそこから一歩外れた場所、街灯の上に腰掛ける女のシルエット。


「……ここ最近、俺の仲間をやってくれたのはお前らかよ」


 二つの影の一方。若い男が訪ねる。腕や顔に刺青を入れ、まともな社会生活を送っていない事をわざわざ強調した威圧的な装束の、道徳と法の加護を捨てた下位社会の男だ。


「ぶひゃひゃひゃはは! 仲間、仲間だってさー!!」


 女の笑いが大きくなり、その姿が大きく揺れる。呼吸のすべてを注ぎ込んだ腹の底からの大笑いだ。腹筋を押さえながら、今にも街灯から滑り落ちそうになるオーバーアクションで嘲笑を表現する。その嘲りに刺青男が鼻を鳴らすが、女はまるで意に介さず笑い続けた。


「うん、まあ、誰が倒したかって言われたら確かに僕なんだけど、言わせてもらえば僕のほうが狙われてたっていうか、一方的に攻撃されてたわけで。そこに文句言われるのはお門違いというか、筋が違うんじゃないかっていうか」


 影のもう一方。少年が答える。Tシャツにジーパン、厚手のパーカーという、外出するために部屋着のうえにちょっと何か羽織ったという恰好。セルフレームの黒縁メガネ。天然パーマの伸びるに任せた髪型。特になにがあるわけでない、普通の中学生男子の風体だ。


「俺はよ、こんな見テクレだが義に篤い男で通ってンだ。仲間がやられて放っておくなんてのは示しがつかねえだろ。ここでシメさせて貰うぜ坊主」

「そっちの都合なんか知らんってば。示しもシメるも酢メシもないって」

「うひゃひゃひゃ!つまんねー!つまんねーよスバル太!!」


 威圧的な抑揚で喋る男、面倒臭そうに答える少年、大笑いする女。三者の間には意思の疎通も緊張感もなにもなかった。


 最初に動いたのは与太者の男。腰にジャラジャラ付いたチェーンの一本を引っ張り、ポケットからなにかを取り出す。先端にはキーホルダーサイズの黒い箱。トリガーと複数のボタンが付いた、一昔前に流行した小型DAPのようなギア・ガジェットだ。


「――ブルドッグ」


 カキン、とガジェットのトリガーを引くと、男の左隣に、突如ワンボックス・カーほどの大きさの鉄塊が、光と共に現れた。下方四隅に小さなロボット的な足が生え、全体的には脚付碁盤のようなシルエットだ。


「潰れな!」


 カキン、と再びトリガーを引く。

 刹那、ドゴン! と音を立て、黒い鉄塊は少年に向かって打球じみて弾け飛んだ。街灯の柱との間に挟まれ、普通ならば圧死は免れないシチュエーションだ。


「うぇ。なにしてくれんのさ馬鹿なのマジ躊躇なしなの」

「……チッ、素直に死んどけよガキ」


 

 鉄塊と少年の間に、少年より頭一つ分小さい、いかにも玩具のロボットという形状の物体が立っていた。造形は少なく、頭部に二つのツノ、首に黄色のスカーフを巻き、黒銀色のボディの要所に、蛍光ピンク色のラインが輝く。

 脅威。

 大重量の鉄塊は、この小さなロボットが片手で受け止めていた。


「プラズマ、スタンバイ」


 少年の問い掛けに答え、ロボットのノッペラボウの頭部に、ラインと同じく蛍光ピンクの目が浮かび上がる。


「おっし。プラズマ、アクション」


 カキン。いつのまにか少年の手にも握られている小さなガジェットのトリガーが引かれる。すると、造形の少ないロボットの黒銀色の腕がモコモコと隆起し、そこにゴツゴツ角張ったロボットハンドが現れる。アニメーションの兵器ロボットのように詳細な造形で、自身の胴体より大きなアンバランスなものだ。


「うおっ、なんだそりゃ!」

「必殺プラズマハンマー」


 黒銀のロボは周囲の光を反射し輝きながら上空高くジャンプし、腕を振り回す格好でクルクルと回転しながら、鉄塊ロボにその大きな腕を振り下ろそうと突進する。

 首のスカーフが渦を巻く。


「ガードしろ!」


 鉄塊ロボは四本足を瞬間折り畳み収納。ただの四角い塊になる。


 ゴウン!


 次の瞬間にスカーフのロボのパンチが命中。釣鐘を叩くに似た音が鳴り、地響きと共に鉄塊は半分ほど地面にめり込み、上部は大きく撓み変形した。

 振動と衝撃で、公園の木々からはパラパラと葉が落ちた。


「なんだそりゃ! 威力ありすぎだろ! そのサイズのどっからそんな威力出んだよ!」

「さぁー。知らねー」


 セルフレームの太縁眼鏡の位置を直しつつ、上唇を尖らせ少年が答える。面倒臭いという露骨な態度だ。


「ブルドッグ! スタン! 立ちやがれ!」


 男がカキンカキンとガジェットのトリガーを引く。だが、鉄塊ロボは先の攻撃で内部構造に異常が出たのか、めり込んだ地面の中でキュイキュイと金属のこすれる音を出しながらユサユサと揺れるだけだ。


「そいつ、もうダメでしょ。諦めて降参しなよ」

「ふざけんなこのガキ! ブルドック、食い破れ!」


 鉄塊が中央からジグザグに上下二つに割れ、トラバサミのように大きな口を開けた。そのままバクバクと口を開閉させ、その勢いではまり込んだ地面から抜け出し起き上った。


「へえ、そういうのもできるんだ」

「ナメやがって……死ね!」


 カキン! 再度鉄塊ロボが弾丸となり一直線に少年を襲う。

 ドゴン! 瞬間、それをスカーフロボの小さな手が止める。

 先と同じ結果だ。


「掛かったな!」


 トラバサミの口の中から多数の銃器を持つマニピュレータが現れ、少年に向かって乱射される。ダパパパと銃器の発射音が高く響く。

 だが、スカーフロボが一瞬で少年の前へ移動し立ちはだかり、その全てを手で弾き返した。周囲の地面にパスパスと穴が開き小さく土煙が上がる。


「なんだと!」


 奥の手を打ち破られた男は大声を上げる。


「あー……ねえ、オッサン、もしかして、こいつ人間襲う機能しか付いてない?」

「うるせえ! アア? コラ! 調子乗んなよガキ!」


 ガジェットのスライドシースを外しそこの隠しボタンを押す。すると鉄塊のジグザグな口が水平に大きく開き、中から太い大型ミサイルが現れる。黄色と黒のストライプに塗装された、いかにもな危険を強調したものだ。


「チョコマカと、どうやらスピードだけはあるみたいだが、こいつは逃げられねえだろ! 爆死しやがれ雑魚が!」


 カキン、とトリガーを引く。

 シュバッ! ミサイルが一瞬で放たれる。ミサイルは爆弾だ。先と同じように手で防げば爆発する。その熱と爆風から身を防ぐ方法はない。男は必勝を確信した。


「はぁ……、なんつーか、本当に人間相手の機能だけなんだね」

「ああ?!」


 少年は、ガジェットを印籠よろしく突き出した格好で、眩しそうな表情をする。

 あろうことか、ミサイルは少年の一歩手前で火を噴きながら停止していた。

 ガジェットの液晶パネルが、軽快な電子音のメロディーと連動しピンク色に発光する。


「おう……てめえ……なにしてやがる!」

「教えるわけないじゃん。馬鹿じゃね」

「うひゃひゃひゃひゃ!」


 少年がガジェットをスッと上に向けると、そのままミサイルはロケット花火のように、ヒュウと天高く飛び立ち、夜の虚空へと吸い込まれて消えた。


「ところで、もしかして、今のファイナルアタック? まじゲームオーバーじゃね?」

「てンめえええ!」


 頭に血が上った男は、自分の身体で少年に飛び掛かった。直接暴力を振るおうとし、まず引き倒すために服を掴み取ろうと腕を伸ばした。


 ドスン!


 男は最初、なにが起きたかわからなかった。次に、上から何かによって地面に叩き付けられたと認識した。そして、立ち上がろうとして、そこで胴体が地面に強く押し付けられて動かせないのを知った。

 どうやって。背には何も載っていない。なにかをされた形跡がなにもない。


「モンスター効果エフェクトも知らないか。まじ底辺プレイヤーなの」

「てめえ! なんだこれは! なにをどうやった! なにしてやがる!」

「だから、教えるわけないじゃん」


 少年は裾から腕を突っ込んで腹を掻きながら、つまらなさそうに言った。


「さて。オッサン、さんざ死ねだ殺すだ言って、実際致死性の暴力振るってくれたわけだけど、自分が狩られる立場になって、なにか思うことある?」

「ざけんな! ガキが!」

「おふざけじゃなくて。リアルだよ。アンタは、今から、本当に、死ぬ」


 少年は、地面に転がる男の傍へ来てしゃがむ。

 街灯のスポット光が少年の体で遮られ、男の頭部に、陰が掛かる。


「……ねえ。後学のために聞いておきたいんだけど、殺す奴は死ぬ覚悟があってやってるって良く言うよね。あれって本当? どのぐらい残酷な死までの覚悟ある?」


 先までの少年の眠そうな目は、丸く見開かれていた。眼鏡の奥の、なんの表情もないその目は、まるでカラス除けの風船の柄のように見えた。機械的に肉を啄む、猛禽の恐ろしい目だ。


「おい、コラ、待て、おい、オイ!」

「だから、そんなん待つわけないじゃん」


 男は、沸々と身体に重みが掛かっているのを感じる。なんとかガジェットを操作しようとするが、指が圧力で思うように動かせない。


「あ、それ貰うの忘れてたね。はい」


 ガジェットをひょいと奪われる。本当に打つ手が無くなり、男の体から汗が噴き出す。


「じゃあ、まあ最後に、なにがどうなって死ぬのかは教えてあげるよ。これ、重力技。その名も必殺グラビトン。昔の特撮からのパクリ技だけど、まあ強いよ」

「おごごっ、うごう、ごごっ」


 プレッシャーが全身に広がる。体中の関節が荷重で鳴る。あごを抑えられたように、喋ることもままならなくなる。


「ね、こういう世界で、銃器や体当たりしか技がないのに偉そうにしてるとか、マジなくなくないでしょ。弱いんだから隠れてればよかったんだよ」


 重みで潰された肺腑が戻らず、呼吸ができない。苦痛と死の恐ろしさが頭の中で猛回転する。


「それじゃ、オッサンごきげんよう。また来世」


 次の瞬間。

 地面に何かが叩き付けられた轟音が響き渡り、男の周囲に、巨大ロボットの足跡のような窪みが現れた。男は圧で破裂四散し、はみ出た臓腑も全て平たく潰れた。図らずも、それは、男が最初に少年に向かって言い放った死に様と一致した。


 同時に、隣の鉄塊ロボが大きく揺れる。ウオオーム、という低い呻き声のような音。

 ロボは赤い液体を吹き出しながら、小さな黄金色の立方体に分解されてグズグズと崩れて地面に広がっていく。


「はい、ナンマンダブ。六根清浄六根清浄」


 少年はその場でパンパンと柏手を打ち黙祷する。


「うぉっほーう!スバル太ざんこくー!」

「うるっさいよソコ。そのあだ名で呼ぶな」


 笑い女が街灯から無重力かのようにフワリと降りて、その姿が光に晒される。蛍光ピンク色のロングヘアーをなびかせた、白ブラウスにデニムスカートの年若い女だ。


「うひひっ。これであのサル連中の持ってたガジェットは回収完了だわね。スバル太が思った以上に優秀だからこちとら仕事はかどるはかどる。アタシ畑大豊作ひゃひゃ」

「こっちはアポなしで呼び付けられて大迷惑なんだけど。深夜ラジオ聞き逃したし」

「アジトに全局全番組録音してるよ。申請すれば貸したげっから」

「いいよ、あれネットでリアル実況しながらでないとつまんないし」

「ふひゃひゃ! それラジオと実況どっちが本編なの」


 少年は女の軽口に大あくびで答える。

 子供が、今しがた人間を一人屠ったとは思えない動揺の無さ。恐怖も、興奮も、劣情も、悲哀もない。まるで蠅でも叩いた後のような落ち着きだ。


「そんじゃ、僕は帰って寝るよ。タイムカードはペルプ扱いでよろしく」

「あいよ。まったねースバル太」

「おつかれ、大首領様」


 少年は銀色のロボットを背中におんぶし、公園の片隅に転がしておいたミニサイクルを足で蹴り起こし、街灯の光に次々スイッチされながら公園の前の道を走り去っていった。

 あとに残った女。無造作に手をポケットに突っ込み、口笛でブルースを吹きながら公園を横切っていく。すると、足跡にキラキラと蛍光ピンクの光で幾何学模様が描かれていく。その光の文様はほどなく公園中に広がり、一瞬大きくフラッシュすると同時に消滅した。

 女の姿は、光と共にどこかに書き消えていた。


 公園は、いつのまにか、これまでの日常と同じ佇まいに戻っていた。


 晒されていた死体も、凹んだ地面も、銃弾の痕跡も、なにもかもが無くなっている。

 事件の残滓は、なにひとつ残されていなかった。


********************


■TIPS

ロボットで使役バトル

主人公登場

謎の女、大首領登場

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