第4話

 ロフトや中二階を有するモダンな作りの広い事務所内、ズラリと同じ紋章の垂幕が並ぶ。赤と黒のツートン地に、白で歯車と棒人間が描かれているものだ。その同じ紋章が、広いデスクの後ろに掲げられた旗にも染め抜かれている。

 デスクの両脇には、整列する十二人の少年少女。全員が同じ緑のミリタリージャケットを着ている。背中には旗と同じ棒人間の紋章。袖にワッペン。襟にピンバッジがある。


「これより秘密結社ギアー会議を始める。ギアー!」

「ギアー!!」

 号令と同時に、その場の全員がザッとローマ式敬礼をする。特撮ヒーロー番組に出てくる、悪の秘密結社のパロディだ。中央のデスクに座る麻倉カレンが右腕を上げると、全員が敬礼を止め手を後ろに回す。


「さて親愛なる我がギアーの諸君。今回、かの仇敵、猿ジジイ、あのマグ・ショップの足取りの一部とみられるものが発見された」

 眉間に深いシワを寄せ、胸の前で両手を重ねるカレンに、普段のふざけた空気は無い。服装も黒のスーツに黒のケープ。血のように赤いタイにはギアーの紋章。

「マグ博士を見つけ出すことはパーセプターの最重要項目になっている。これは諸君らにも関連のある事象だ。今回は心して掛かって貰いたい」

 語り口調も重い。


「まず、これを見て貰おう」

 バン! とデスクを両手で叩く。するとデスクの上空に立体映像が現れる。

 映し出された場面はどこかの会議室。先の男子高校生グループと重役らしき中年男性。白衣の女性。そして老人。

「ここだ。この老人に注目しろ」

 映像から件の老人だけが切り抜かれる。禿げ頭の、しわくちゃの顔をした、かなりの高齢男性だ。クレリックシャツに安物のスーツを着た、経済性も威厳も感じない、下流階層の、ごく普通の老人のように見える。


「こいつが、こいつこそが、我等パーセプターに反旗を翻した裏切り者、地球政府の犬、我が宿敵マグナス・テレンス・ショップ博士だ!」

 麻倉カレンが語気を荒げ、拳を固く握る。

「……先の戦いでフワフワ乗り込んできた蚊トンボ共から吸い出した情報だ。このジジイのヤサを探り出して強襲を掛ける。これが今回の諸君の任務だ」


「ということは、今回は暗殺作戦ですか?」

 少年の一人が手をあげて発言する。小太りで、髪を横分けにした、目つきの悪い少年だ。

「否。このジジイの脳味噌からは、吸わなきゃならん情報が山のようにある。忌々しいが、万策を凝らし、あらゆる手段を用いて生かしたまま捕獲せねばならん」

「敵チームとの衝突は予定内、と」

「ジジイ以外は撃滅を前提とする。漏れなく鏖殺せよ」

「派手な荒事になりそうだけど、良いのですか?」

「それは政府側の懸念だ。連中のほうで如何様にも処理するだろう」

「あの連中にダミーの記憶植え付けて放逐した罠、という可能性は?」

「無いとは言い切れん。だが、たとえ地雷でも踏んでみるより他ない」


 麻倉カレンが再びデスクを叩く。立体映像が切り替わる。

 まず駅が現れ、そこから逆回転に映像が進み、街を経由してどこかのビルへと背中から入る。そのあと、再度画面が切り替わり、ポイントがインターネットのマップで表示される。

「ここがあの蚊トンボ共のアジトだ。即ち、もし居るのであれば、ジジイはこの周囲に匿われているということだ。慎重を重ね、確実性を上げるために事前調査を必要とする。ノコ」

「はい」

 ノコと呼ばれた少女が、一歩、前に出る。

「まずノコに任せる。他、情報収集の重要性ゆえ、二名を作戦時の部下として付ける。人選はノコが決めろ」

「では、スバルと梅花を」

「よかろう」

 鷹栖スバルと、梅花と呼ばれた少女が、一歩、前に出る。


「後発作戦は、彼らの回収した情報如何で決まる。当たりならば総力戦に入る。全員、ここまでで質問はあるか」

 一呼吸置いて、全員が「ありません」と声を合わせる。

「よし。行動開始せよ。解散。ギアー!」

「ギアー!!」

 先ほど任命された三人を除いたメンバーは、全員室外へと退去した。


 麻倉カレンと三人は、テーブル席のほうに移動し再度話し合いを持つ。


「んでノコ、この人選の意味は?」

「スバル太は強いから。アネゴは送迎」

「このアタシをアッシーくんにするかい?」

「不測の事態に対応できる足が欲しい。例のアレを試す」

「失敗の許されない場面で実験すんの?」

「身内も知らないことをするから敵にも対処不能。自信はある」

「ほーぅ」

 アネゴと呼ばれた、茶色の短髪の女性が不敵な笑みを作る。

「プラムっちは頼りにされてるねえ。ニッシシシ」

 そこに、麻倉カレンが茶々を入れる。いつのまにかロリータ系のピンクフリルファッションに着替えている。先の真面目さは見る影もない。

「大首領的にはどう見てんのよ。サルジジイ、本命だと思う?」

「ま、4割の賭けだぁね。打率としては狙い目の高さっしょ。罠にしたって、ジジイの顔を実際に知ってる奴が絡んでるんだから、ここは振っていくよん」

「その博士ってのはそんなにアレなのかい」

「この笑い女たる私でもブチ切れるレベルなのよぉー。ンモー殺したーい殺したーい殺し尽したーい! ぐぎゅるるるぉー」

 カレンはテーブルに突っ伏しジタバタと手足を振る。

「スバル太、大首領がぐずっておられる。お慰めなさい」

「なんで僕よ」

「スバル太は大首領のお稚児さんじゃん」

「オマエモナー」

 ノコとスバルが互いを指さして面倒を押し付け合う。その状態から、カレンがその二人の間にテーブル上を滑って入り込む。

「オラー! 私抜きにイチャコラするんじゃなーい混ぜろー!」

「やべえシラフのヨッパライだ」

 スバルは文字通りに絡んでくるカレンを手で引き離す。ノコは逆にされるがままにされている。

「んで、作戦開始はいつよ。明日?」

「ううん、今日の夜。タイミング的にそこ以外ない」

「そりゃまた強襲ってやつだな」

 カレンと突っつき合いの攻防戦に突入しながら、スバルが感想を漏らす。

「罠じゃないほうに賭けると、それを狙うしかない。罠なら即スバル太が潰す。話も早いしシンプルになる」

「僕、なんか最近そんなんばっかりなんだけど」

「大首領の直属なんだから当然。悪の秘密結社は伊達じゃないよ。ギアー」

「ギアー」

 スバルとノコがおざなりに敬礼をし合う。

「決行は10時。あの駅から」

「了解」

「承知」

「じゃあ夜に備えて解散。寝坊すんなよスバル太」

「あいよ」


******


 ――深夜。都心。某駅。

 オフィス街の直中のそこは、会社の引ける時間になると人出が無くなる。それでもそこで生活する人間は少なからず居て、コンビニやファミレスなどが店を構えている。

 その近く、奥まった場所のビルの駐車場に、一台の大型軍用車両が停まっている。赤に塗装されていて、ボンネットには歯車と棒人間の、ギアーの紋章。

 さらにその周囲に、立ち話をする三人の少年少女がいる。


「そんで、実験って言ってたけどノコはなにする気なん?」

「これよ」

 ノコの隣には子供ほどの大きさの、ファージウィルス型のロボットがいる。ノコがミステリアンと呼んでいる機体だ。

 ただし、今回はそれが七体。

「全機投入? はじめて見るヤツもあるな」

「今回の主役はこのモニタ機。この区画の電化製品を全部掌握して、その行動をリピックする」

 頭部がCRTモニタの形状をした一体を撫でて言う。

「それハッキングとは違うん?」

「ネット経由のハッキングとは違うレベル。電気電波レベルでの掌握だから、ざっくり言えばリアルタイムでキータッチしてる字が読める」

「うっわ怖」

「ただし大技だから、範囲はこの区画だけで、私の全力使う。アネゴとスバル太に命預けることになる」

「それで僕らか」

「まああたしら二人なら大抵のことは対応できるからな」

 アネゴと呼ばれたライダースーツの少女が、自慢げに顎をしゃくる。

「あと、意識失うから。なにかあったら本気で宜しく」

「またどえらいパス投げてきたよ」

「とりあえずシートベルトで括り付けて乗せとけば。外は僕のプラズマ号でどうとでもなる」

「承知」

 スバルの言葉を受け、ノコを後部座席に乗せる。隣の席にはモニタヘッドのロボ・ミステリアンが。

「それじゃ、いまから一分後意識落ちるから、そこから状況開始ね。ギアー」

「ギアー」

 ミステリアンからワイヤーが無数に伸び、ノコの頭部を覆いつくす。同時に、ミステリアンのモニタにノコの顔が表示される。

「他のミステリアンが配置に向かったわ。あと30秒」

「プラズマ・スタンバイ」

 カキン、とトリガー音が鳴り、黒銀色のロボ・プラズマ号が輝き現れる。

「ピーウィー・スタンバイ」

 もうひとつ、カキン、とトリガー音が鳴り、軍用車両の色が鮮やかな深紅に変わる。

「それじゃ行ってくる。あと任せた」

 プチン、とモニタの表示が消える。

 そして、ミステリアンから衝撃波のような光の輪が幾重にも放たれる。その光は波紋のように、街の隅まで遠くまで広く早く伝播していった。


「……ところで、これ、いつまで掛かるんかな」

「さあ。でも、そう時間は掛からないでしょ。早期決戦のための大技だもの」

「そうだといいんだけど。緊張は長く続かないからさ」

「まあね」

 アネゴは車両のボードから缶コーヒーをふたつ取り出して、ひとつをスバルに投げる。

「ま、そうそう暇にゃならないでしょ。敵の庭先なんだから、さっきの光を観たら先兵ぐらい飛び出してくるわよ」

「サンキュ。じゃあそのひとときを座して待ちますか」

 二人は「カシャコ」とプルタブを開けて缶コーヒーを飲む。

「わ、これ微糖じゃん。ニガ」

「ンーまだお子様だねえスバル太」

「僕の爺ちゃんはミルクと砂糖たっぷりのやつが好きだったけど」

 文句を言いつつもコーヒーは離さない。


「あ、退屈しのぎがもう来た」

「マジ? 早くない?」

「敵の分析レベルを上方修正。こいつら結構やるかも」

 ズシン、と地面に響く音。

 スバルたちのいるビルから大通りを挟んで正面のビルから、ケンタウロスの形をしたロボットが降ってきた。手にはランスと盾。特徴的な攻撃型だ。

「アネゴ、ノコ頼む。速攻いく」

「承知!」

 ジャキン、と車両のガラス部分にシャッターが出現。完全防備の様相に変わる。

「プラズマ・ブリッド!」

 大きな掛け声と共に、プラズマ号の助走プラス猛回転の大パンチが繰り出された。

 しかし。コォン! と金属同士が衝突する大きな音を立てて弾かれる。ケンタウロスの盾に阻まれた格好だ。

「コンニャロ、これ耐えるんか」

「うしろ、もう一体来たよ」

「まじで」

 同じく正面ビルから、大型トラックのタイヤが二つくっついたようなものがボスンと降ってきた。それは、しばらくその場でタムタムと弾み、やがてこちらに向き直した。結合部から機械的な赤い光が漏れる。どうやら、これもロボットのようだ。

「これで2対1か。巧くないな」

「スバル太、ピンチ?」

「んー、まだ序の口」

「じゃあサクッとやっちゃって。時間とともにどんどん増えるよ」

「応さ」

 再び回転大パンチを、今度はタイヤロボへと繰り出す。衝撃でタイヤはボスンと吹飛び、壁に跳弾し、無防備なケンタウロスの胴体へ直撃する。ガシャコ! と缶を潰すような音が立ち、衝撃でケンタウロスは後脚部分が切離パージ崩壊し人間型になった。

「んーやっぱそうか。馬のほうは複雑な形状のぶん脆いね。盾はそれの補助ってとこで」

「でもあれ本当は第二形態ってヤツじゃないの? 外装を捨ててスピード型になるパターン」

「そんで、タイヤは耐衝撃型だね。殴っても効かないヤツ」

「攻守揃っちゃったじゃん。ダメじゃん」

「うーん。てへぺろっ」

 スバル太は舌を出して誤魔化す。

 次の瞬間、元ケンタウロスが猛スピードでランスの突きを放つ。何十発もの高速ラッシュ攻撃だ。プラズマ号は、コーン! と軽い金属音とともに後ろに弾き飛ぶ。

「あ」

「おいおい、大口叩いて負けてんじゃん」

「まだ負けてねーし! 一発食らっただけだしし」

「はいはい、次来るよ」

 プラズマ号は宙返りし綺麗な着地を決める。その着地点目掛けて、元ケンタウロスのラッシュが再び襲う。

「よいしょお!」

 スバルの気合一発。ケンタウロスが縦に潰れる。アスファルトに円形に跡が刻まれており、超重力の荷重攻撃だと分かる。

 ケンタウロスは潰れたまま、四角い結晶を吐きながらグツグツと溶けた。

「脆いって分かってれば、こんなもんだあね」

「えー外野から効果エフェクトとか反則じゃね」

「んなもん、姿を見せないプレイヤーが悪い。相手を牽制してねんだし」

「んで、そっちはどうすんの。シンプルなぶん強そうだよ」

「そだねー荷重攻撃は効かなそう」

 軽く下唇をつまむ。スバルの思考時の癖だ。

「ほら、向こうが来るよ」

「おっと」

 タイヤが自走し跳ね飛んでくる。正面のビルと背中側のビルをピンボールのように弾けながら多重往復する。見る間にスピードと勢いを増していく。

「おうおう、必殺技の予感」

「撃たせねって」

 スバルがそう言うと、タイヤの往復スピードが急激に落ち、やがて完全に停止し宙に浮く。

 空中で猛回転と停止を交互に繰り返す、が、中空からは動けず仕舞いだ。

「さーて、物理無効型にどう対処すっぺや。プラズマ号だと打つ手ないんだよな」

「例の、あの日々是日常剣でぶった切ればいいんじゃないの」

「ボヨヨーンてなる未来しか見えねえ」

「なるほど」

 そうしてしばらく眺めていると、突如二つのタイヤをつなぐジョイント部分から火花を散らし、タイヤが赤く焼けて溶け落ちてきた。

「うわっ、なにごと」

「ノコか!」

 軍用車両の窓のシャッターが解除され、中のノコが手を振る。

 溶け落ちたタイヤは結晶化して、地面に吸われるように消えた。


「終わったか。そんで、どうだった」

「それが、ちょっとややこしい事になってる。大首領の指示を仰ぎたい」

 汗にまみれ髪が張り付く顔で、ノコはそう言った。

「大首領の?」


「パーセプター、ロバート・ロックエルが絡んでる。私達じゃ判断は無理」



********************

■TIPS

ギアーは12人程度の小組織

パーセプターの敵、マグ・ショップ博士登場

ノコ、梅化登場

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モンスター・ロボット・バウト 室井 密 @muroi

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