アイドル奪取計画

@mmgroup

第1話

 ニューオオサカが第二コロニーに建設されだいぶたっていた。

 奥田恭平はここに引越しし住んできたわけなのだが、どうもおもしろくないと毎日を過ごしている。

オートショッピングセンターは完全無人化で地球とはえらい違いであり、このことが特に気に入らないのである。

恭平はとりあえずワークカードの度数も適当に残っているので、今日は仕事はせずにちょっとぶらぶらメインスクエアーに行くことにした。

 出発間際に恭平はつぶやいた。

「あっ!先日携帯義務の法案化がされたとこのリストIDをわすれとこだ」

恭平は嫌っていた、これは二十四時間管制監視されているようで。でも治安のためには仕方ないとも感じているところである。

メインスクエアーに行くには事故がよく起こっている「高速ムービングロード(動く歩道)」を利用する恭平である。

恭平はあっと言う間にメインスクエアーに着き、なにげなく歩いていると、チケット販売機を見つけた。そしてその案内ディスプレーを見入った。いろいろなアイドル、クラシック、ニューロックなどのデモが流れている。

そこにいまひとつ人気がない新人アイドル「ナナ萩原」のコンサートの紹介に目が止まった。

恭平はなぜか一瞬に興味が出てしまう自分が不思議と思いつつカード挿入口にワークカードを入れ、さっそくチケットを買うことにした。

ピッピッと電子音でID確認の催促があったので恭平はあわてて指紋眼球審査に応じると、OKがでた。

でもセンター確認作業が速くなったとはいえセキュリティの問題でややまだ時間がかかるのである。

電波カードチケットを手にドキドキ胸騒ぎを感じつつ恭平は帰ることにした。

恭平はすごく楽しみだった。 チケットはというと、座席はなんと前から3列目なのである。

「ナナ萩原」って意外に人気が無いのかと感じた恭平だった。

恭平はなんとなく同情めいた気分になった。前からナナ萩原はCSテレビでよく見かけていて知ってはいるが、もっと人気があるものとばかり思っていたのである。

あしたからまた学校でなんだかいやな気分だがしかた無いと思った恭平である。

卒業しないと就職に影響するのである。

恭平はPCMラジオのスリープをかけながら寝た。

「ジリジリジリ!」

リストウォッチの電子アラームが振動とともに激しく鳴った。

今日は大学で、恭平は自分で朝食を電子レンジで作りひとりで食べ家を出た。

そして大学に着きくだらない講義に出席しなければならないのである。

まずは、電子掲示板をのぞく。これが恭平にとってなによりもの楽しみである。

なぜかというと休講の知らせを見つけることだけが生きがいとも言える恭平なのである。

今日は休講があるのかとわくわくしながら恭平はパソコン端末を起動し、お知らせのメニューに一番に行った。

あこがれの「休講」があった。宇宙歴史学である。

さっそく今日の予定をたてなければと思う、というなんともだらだらした日々をすごしていた恭平であった。

とうとう明日がコンサートという日。恭平は準備をした。盗み録り用にマイクロPCMを持っていくのでそれのチェックである。

とうとう今日がコンサート、会場は住吉大社ドームである。

恭平は会場に着いた。回りにはファンらしき人たちがあちこちでたむろしている。

みんながなんか敵というかミョーにライバル心がはたらいてしまう恭平である。

そして開場になった。電波カード型チケットなので入り口の「もぎり」の人はいない。

恭平はカメラ、テープレコーダーチェックのCTスキャンゲートを無事くぐった。

恭平は実は新発売のCTガードパックにマイクロPCMを入れていてパスできたのである。

恭平は客席に着いた、前から3列目で迫力である。電動リクライニングを倒し開演待ちである。恭平がどきどきしているうちに開演の電子音が会場内に響きわたった。

幕が上った、激しいイントロとともに。

恭平にとってすごく長く感じるイントロであったがついに「ナナ萩原」が登場だ。

恭平はもう頭に血がのぼりっぱなし状態である。歌なんかぜんぜん耳に入らない。

恭平は思った、歌唱力は無いとのもっぱらの評判だが、なんとカワイイのか、なんと理想の子なのか、こんな女の子がこんな女性がこの世に存在するなんて。もう舞い上がっている自分がわかるもう一人の自分がいるようだった。

声援、コール拍手、手拍子の中あっという間に時が過ぎた。最後の歌になりアンコールも終えて幕は閉じた。

恭平は帰路の前にホール出口へ行った、「出待ち」である。ステージ外のナナを見たく必死で走った。

でも恭平はナナに結局会うことは出来なかった。

残念な心を持ちながら恭平は帰ることにした。

夜空に見る月はさびしいものだった。恭平は叫んだ。

「歌が下手でもいい頑張れナナ ぼくは決心したぞ!」

出待ち失敗で・・家に帰った恭平は、なんとかナナ本人の情報をたくさん出来るかぎり手に入れたい衝動にかられた。

することはまずはパソコン通信にアクセスなのだ。

ポケットから手帳ぐらいの大きさであるパームパソコンを取り出し電源を入れた。

本体は手のひらに乗るぐらいで、ディスプレーは「カラー気体結晶」で画面は十インチ。

「ボッ」という小さな音と共に、まるでアラジンのランプの煙の様にディスプレイが現われた。

さすがにパソコンの名前が「アラジンコンピュータ」である。

恭平はちょっと画面の濃度が薄く向う側が透けるので濃くした。

「ようこ そアラジンへ」

 と起動画面が出るやいなや、恭平は通信ソフトを起動だ、ソフトセンターが混んでいなければすぐに〇.一秒ぐらいでOKである。

 ソフト個人所有時代は昔の話しである。

恭平はさっそく大手パソコン通信センター「PCNIF」へ接続である。

電子メールが来ていないかは、今日は無視の恭平だ。

さっそく目当てのアイドルフォーラムへ直行した。

データベースでナナ萩原を検索しデータを発見。


--------------------------------------

☆ナナ 萩原(なな はぎわら)

本当の名前 樋口真紀子(ひぐち まきこ)

お誕生日 四月十五日

星座 おひつじ座

年齢 十六才高校一年生

サイズ 一五八センチ 四十四キロ

    七十八 五十八 八十

血液型 おっとり屋さんのO型

出身地 地球KOBE

うちの仕事 ひぐちベーカリー

---------------------------------------


 恭平はこれですばやく回線を切断した。

 そしてこのデータをSMG(サテライトメモリギャザリング)に保存した。

 とにかくそしてファンクラブに入会した方がなにかと便利と思った恭平はCD会社ムーンピクトヘビューホーンで電話した。

 ファンクラブはオンラインですぐ入会手続きを完了した。

 でもなんか落ち着かない恭平である。

 ナナに会いたい見たい、ハイビジョン番組の音楽チャンネルもおさえてはいるのであるが、なんか妙にいらつく恭平であった。

 人恋しくなり、それで恭平はテレクラへ行くことにした。

 恭平はうわさでしか知らないテレクラである。

 なんか不安一杯で暗いアダルトゾーンへ行きテレクラ「ホットドッグ」に入店した。

 入り口でIDカードを提示、指紋登録を行った。

 恭平はせまい部屋に案内された。とにかくせまい場所だ、椅子と机でほぼいっぱいの、こんなのが二〇部屋ほど並んである。

 恭平は座って壁を見回し、落書きがいっぱいあるのを見た。

「ナースのミカは要注意」

「ここはさくらが多い」

 なんかこわいような感じになった恭平であるが、電話を待つことにした。

 電話が鳴り、手が条件反射かのように受話器に……。

 しかし他の人に取られたようである。

 壁に貼ってある注意書きには、

「受話器を耳にあて、指でフックをゆっくり上下する」

 となっている。

 それを見た恭平はさっそく受話器を耳にあてそのようにした。

 指をフックにあて上下にすること十分間ぐらい、やっと、

「カチャッ」

 と音がしたあと電話がつながった。

 ビューホンの画面はオフでブルーバックだが、声がした。女性の声である。

「もしもし」

 恭平は震えながら答えた。

「こんにちわぁ」

 相手の女性は答えた。

「こんにちわ」

「どこから 電話してるの?」

「自宅から、年いくつぅ?」

 こう聞かれて恭平は一瞬とまどって何故か嘘の歳を「二十歳!」と言った。

 いったいこの習性というか、なんというか不思議なものである。

 そして恭平は聞き返した。

「あんたの歳は?」

「十六歳です、……」

というのを聞き恭平はあのアイドル「ナナ萩原」といっしょではないかと一瞬に脳裏をめぐらせた。

この発想の速度は何よりも速い。

そして思わず顔とかもイメージをだぶらせたのである。

人間って男って単純なもんだなぁとも自分で思ったのである。

「こういうとこによく電話するの?」

 と聞くと

「あんまし しないけど……」

 女性はなにかさびしそうに答えた。

「何か 悩みでも?」

「……」

 女性は無言だった。

「よかったら会ってゆっくり話でもどう?」

 と思いきって恭平は女性を誘ったのである。恭平からこんな「誘い」が出たのは不思議な感じである。

 すると間があって。

「……ハイいいですよ」

 と女性は言った。

 恭平はあせって震える気持ちを押え聞いた。

「どこにしよう 場所は?」

 相手は黙っていたので恭平から言った。

「イズモーナ駅前広場の電子掲示板って、わかる?」

「うん」

「じゃあ そこで」

「服装 目印は??」

「赤白ストライプの上下です」

「わかった、時間は?三十分後、だいじょうぶ?」

「はい……」

「じゃあ」

 電話を切り規定時間内だが急いで、恭平はそのテレクラ「ホットドッグ」を出た。

 そして早歩きでイズモーナ駅前へ走った。

アダルトゾーンを抜け、「動く歩道ヤング向け」高速ムービングに飛び乗った。

分岐点に近づいたので、恭平はリストIDからイズモーナ駅方面の識別コード「02」を送信した、これをしないといったん高速ムービングを降りて手動となるので注意だ。

 自動分岐誘導で駅方面に変わった。

 そして駅前に到着である。二〇秒ほどでの経過だったが長く感じた恭平である。

 ドキドキしながら恭平は電子掲示板の方へ走りきった。

 そこには数人女性が立っていた。恭平は急いで見分けたのだが「赤白ストライプ」はいなかった。

やっぱりあの電話はウソだったのかと恭平はあきらめかけた、しょせん電話してくる女の子はヒマつぶしの空返事だと思った。

 人というのはたとえヒマでもウソを言って楽しいものなのか、ダマしたということに喜びを感じるのか?

 といろいろ頭で恭平が考察していると、目の前にストライプの子が向こうを見ているのに気がついた。

 まさしく赤白です。

 恭平は勇気を出して背中に向かって声をかけた。

「あのう……電話の……」

 その子はパッと振り返り言った。

「こんにちわ」

 あの電話のテレクラの赤白ストライプが来てくれたのである。

 恭平は顔を見ると、なんとかわいい子かと感激した。ちょっとあのナナ萩原に似ていると感じた。

 恭平は気が動転し舞上がっていた。辺りをキョロキョロした。

 こんなかわいい子なんだから何かあるに違いないと。男が隠れていて……出てくるのかと、恭平は警戒した。

 あいさつをしたあと、第二コロニーニューオオサカでは有名なニューオオサカヒルトンへ行った。そしてメインロビーにあるラウンジでお茶をすることにした。

 いろいろ話、たわいのない話ををしているうちに時間があっと言う間に過ぎて行った。もう時間と言う時にリストID番号を教えてほしいと恭平は言ったのだが、やはりというか「秘密」とのこと。その子は名前はとりあえず「ミカ」と称した。

 それで恭平は自分のID番号を言い、また会いたいのでぜひ今度の約束をと言ったがダメだったので、電話をお願いし別れた。

 恭平はかかってくるのを半分あきらめながら毎日待つことになった。


 そんなある日、ついに恭平のとこに電話をかけてきた、そのミカと称する子が。

 話を少ししているとミカは突然泣き出した。実は自分はアイドルしてるナナ萩原である事を告白し悩みがあるとのことである。

 恭平は前会った時は化粧が全く無く違うと思ったが、確かに似てはいるが「まさか」と思っていた。

 これはたいへんなことだと思った恭平である。

 まさかあのアイドルそれも好きなナナ萩原なんて、思いもよらなかったわけで驚嘆でなにか夢のように感じた恭平である。

「夢ならさめないでくれ!」

 恭平は心でつぶやいた。

 そして聞いた。

「どうしたの」

 恭平は自分がナナ萩原ファンというのは隠した。そうでないと関係が切れるというか知り合いのチャンスが崩れるような気がした。

「うん ちょっと……」

 ためらってナナは言った。

「なにか 重大な?」

「ちょっと……」

「それなら 会って話しを聞いたげよう」

 と悩みを聞くのに会うことにした。場所は例のイズモーナ駅前広場電子掲示板にした。

 そして恭平は約束の日待ち合わせの場所に三〇分前に到着した。

 なんとあの子はナナ萩原なんだと何回もつぶやいた恭平だった。

 約束の時間が来たがまだ現れなかった。

 ナナの電話番号は知らないから連絡のとりようがないので困った恭平であった。


 恭平が落胆して電子掲示板を見ていると

 「ナナ萩原 極秘デート」

 とのスキャンダルニュースである。恭平は相手は自分で、あのテレクラからのデートを撮影されたのかと思ったが。なんと相手は俳優「村上ヒローア」になっていた。

 画像を見ると現場写真が映し出された。恭平は茫然とした。

 その時恭平のビューホンが鳴った。

 出るとそれはナナだった。約束を破ったのを謝った後、言った。

 「あの芸能ニュースは、でっち上げで実は前にあなたに会った時写真を撮られたの、それを報道対策するためのニュース提供だったの」

 恭平はビューホンに向かってナナにどきどきしながら言った。

「また会いたいけど、もう無理かな?」

「だいじょうぶ 報道対策に偽ネタを提供しているからもう張り込み取材は無いと思うよ」

「じやあ、例の場所で、いつがいい?オフは?」

「来週の月曜日夜ならいいよ」

「じゃあ その日に……例の場所イズモーナ駅前広場電子掲示板」

「ハイ じゃあ」

「あっ……」

 恭平はまだ話がしたかったし言いかけだった。

 ビューホン回線が切れたあと、恭平は受話器を耳にあてがったまま茫然としてしまった。自分で頬は赤くなっているのがわかった。

 そして間をおていビューホンを離した。

「ナナちゃん!!」

 恭平はひとりで叫んだ。

 これは単なるファン心理ではなかった「恋」だった。

 しかし、本当に「恋」なのかと自分で疑問を投げかけることもした。

 次の日、恭平は電子ブックセンターに行った。

 そして端末であるところのハンディPCを、自動ダウン機に向け、ワークカードを差し込んだ。残度数がだいぶ減っていた。

 ペンマウスで、「コンサート情報最新号」をタッチした。するとディスプレーには、「ご利用ありがとうございます」という文字とともにデシタル音声が発音された。

 その音声はすぐ合成音とわかるさびしいものだ。

 発信光口から光送信された。

「ピー」

 ハンディPCは受信完了した。

「ありがとうございました、またのご利用お願いします。」

 とメッセージが流れた。

 恭平は、はやる気持ちを押さえ、その場を去った。

 動く歩道〜それも高齢者用低速ムービングロードを小走りに移動した。

 ファーストフードショップ「マッケニューナンバ店」に行き、ビッグマッケ一つを頼んだ。

 いつものように接客係は言った。

「チキンはいかがですか?」

 これは売り上げ向上のセールストークで昔からある常套句だ。これにつられてはいけない。

「けっこうです。」

 恭平はきっぱり言いワークカードを渡した。

 席に座りさきほどのハンディPCを電源オンした。パッとカラー気晶ディスプレーには「オリコンぴあ」のアイコンが現れ、内容が出て来た。

 恭平は目をさらのようにして、次々にページをめくっていった。目的は、なんといってもコンサート前売だ。

 そのページが出た。

-----------------------------------

 ナナ萩原 

  サマーホリデーインムーン 

  八月三十一日

  ムーンキャッスルホール

-----------------------------------

 前売開始は明日である。それもプレイガイド発売のみだ。

 恭平は困った。今晩は早く寝て、朝一番家を出ないとと思った。

 いい席〜前の方の席を確保しなければならないし、どうしても確保したいのである。

 恭平は家に帰り、ビデオMD(録再ミニレーザーディスク)でタイマー録画してあった番組を、倍速再生音声付きで一気に見て、早々と寝ることにした。

 翌朝4時前最近設置したベッド組込みの「振動目覚まし」より少し早く目覚めた恭平は、コンビニで買った「朝食セット」を電子クッカーに入れ、扉を閉めスイッチオンした。

「チン」

 一秒で出来た。ホカホカの朝食セットだ。

 パッケージを開けると、湯気が出ている中からチーズ付きパン、合成玉子焼き、人工ミルクが見えた。

 恭平はさっそく口に入れこんだ。

 味なんかわからない。

 それに、

「ああ〜たまには天然卵焼きを食べたい」

 といういつもの口癖もない。

 とにかく恭平は急いでSAG(サテライトオーディオギャザリング)をポケットに入れイヤホンを耳に突っ込み出かけた。

 リモコンでピッピッとアイドルチャンネルそしてナナ萩原を選択するとすぐにナナの曲が流れ始めた。

 始発電車組に負けないように、車で出発だ。

 最近エアーカーにした自家用車をモータープールまで取りにいった。

 モータープールに着きコントロールBOXのフタにIDカードを当て開けた。

 IDカードをその中にあてがうと、赤ランプが点滅し始めて、ゴンドラが動き始めまた、縦横に複雑に。

 すると現れた、愛車スバーアルシンWX2。

 恭平は網シャッターをオープンし、乗り込んだ。

 眼球認識が終わったあと、IDカードをスリットに通した。

 OKモニターが点灯し水平対向水素エンジンが静かに始動した。

 すぐシートベルトが自動装着されエアーが吹き出し車体がふあっと浮き上がった。

 今の若者は昔ながらの空気タイヤでないと車の醍醐味が無いとか、タイヤを鳴かして発車したりカーブを曲がるのに快感を得ているようで、未だにエアーカーに改造していない人が多い。

 でもエアーにしたら乗り心地がとても良く車酔いがまったくなく振動とか傾きとか前のめり後ずさり等が無いので一般には普及している車だ。

 恭平はガレージを出ていった。後方モニターを見て網シャッターが閉ったのを確認した。

 カーSAGをオンしてチャンネルをアイドル/ナナ萩原にした。ドルビーウルトラXをオンして音をぐっと広げた。

 しばらく走り、エアーウエイに入り少し走るとプレイガイドに到着した。

 地下駐車場に車を止め階段をかけ登り、ひやひやしながらどれくらい並んでいるのか不安に感じながら恭平は着いた。

 一人だけ先に居た。はたしてナナ萩原のチケット待ちなのか恭平は心配した。時として同時発売の他の歌手とかの場合もあるから。

 その男の後ろに並んだ恭平は、SAGをオンし、ナナ萩原の音楽を聴き始めようとしたところ、前の男が振り返った。恭平はどっかで見たことあるような人だと一瞬思った。

 目が合うと男は恭平に声をかけた。

その男は中嶋という、いわゆる「追っかけ」だった。

それでよくナナ萩原のイベントなどでお互い見たことがあった。

よくありがちな、中嶋はファン度の自慢の羅列をはじめた。

なぜファン度を人は強調するのか疑問に思いながらも恭平も負けずに、ファン度をアピールした。

中嶋は、強力なコネを持っていた。

 ナナの所属CD会社「ムーンビクター」の元社員という寺崎という人と知り合いで、名刺を見せた。

 「SAGセンター営業部」となっていた。

 すごいコネだった。

 中嶋はこんど直にナナに会わしてもらえるし楽屋に入れると言った。

 恭平も一緒に頼みたいことを話した。

 簡単に「ハイハイ」との中嶋の返事に恭平は疑問に思った。

 中嶋はポケットからパームパソコンを出し自分の電話番号を光送信した。

 恭平は自分のパームパソコンで受信し、自分の電話番号を送り返した。

 中嶋の事をなんか調子のやけにいいヤツと恭平は思った。

 恭平はすでに直接プライベートで会っているんだというのを自慢したくてしかたがなかったが、我慢した。

 そうこうしているうちに、電車始発組がぼちぼち並び始めた。

 いよいよ発売開始だ。恭平はドキドキした。

 受け付けの女の人が無表情に端末を叩いた。

「ピッピッ!」

 チケットが出てきた。

 最前列中央である。となりは中嶋だ。

「A列55番」

 二人はその場を離れた。

 今度サイン会があったらここの地区の担当は寺崎なのでなんとか楽屋に入れてもらえる、との言葉を聞いた恭平はとりあえず信じて家に帰った。

 まあそれにしてもとりあえずファン友達ができたみたいでなんとなくうれしく思った恭平だった。

 来週の月曜日ナナは来てくれるのだろうかという心配を胸いっぱいにして床についた。 そして日曜日、ナナから恭平へはなんにも連絡はない。

 いったいナナは、どういうつもりで会ってくれているのか、恭平は疑問にも思ったが「会える」その事実だけでいいと納得した。

 恭平は今日はアルバイトに行くことにした。

 ワークカードの度数は減ってきていた。

 アルバイト先の職場はいわゆる商社で、ここには変なオジンがいた。あとはまあ気楽にできる労働環境だ。

いつものようにそのオジン野元はいた。早く辞めればいいのにと思う人はなかなかやめないものだ。

イヤなら、そこを自分自身が辞めればいいが、結局どんな職場にも変なヤツひとりは居るものだ。

野元は朝の出勤時間は遅いは、口ばっかりの人だ。休みは突然のモシモシ電話でというあきれよう。

なぜかいつも口にアメをふくんでいる不思議人間で、糖尿病のようだ。血糖値が下がると、困るのである。手はむくんでいる。

 経歴ではガードマンもしていたという、たしかに体格はでっかい。

 あのプラザホテル第二コロニーのガードマンだったとかで、そこは芸能人がよく利用するので芸能界はくわしいというのが口癖だ。

 恭平はその野元だけには、情報は聞きたくはなかった。今のところは。

 恭平は仕事を終え、家に帰ると、ナナ萩原ファンクラブの入会案内が届いていたのですぐ開け見た。

 特製IC会員証

 特製サイン入りLD

 コンサートチケット優先購入カード

 会報発行

 ファンクラブ会員向けイベント開催

 という特典が列挙されていた。

 入会金、会費は前払いだ。

 恭平はとにかく入会することにした。

 申し込みはオンライン申し込みにした。

 ハンディPCを電源オンしてさっそくオンラインサインアップした。

 ワークカードをリーダーに通すと「ピッ」と音がして支払いがすんだ。

 恭平は眠れぬ夜をすごし、月曜日の朝を迎えた。

「今日は デートだ!!」

 恭平は思わずつぶやいた。

「また来なかったらショックだろうな」

 と続けて言った。

 恭平はどきどきし、おちつかず朝食の味もわからない。

 髪をいつもより丹念にセットしオーデコロンをほんのりかけて、家を出た。

 約束は夜ではあるが……。

 恭平はいろいろウロウロしてやっとの思いで夜がふけてきた。

 さっそくイズモーナ駅前広場電子掲示板をめざした。

 まだかまだかとキョロキョロした。

 恭平は遠くに見えてきた女性をあのナナ萩原と確認した。米粒みたいに遠くでも解ってしまうほどの「いれこみ」だった。

 やっと会えた久しぶりに。

 恭平は最高の笑顔で対面した。顔は紅潮〜心臓ドキドキである。

二人が前にも行った、ニューオオサカヒルトンのメインロビーのラウンジへ直行した。

ホテルのラウンジは落ち着いて、静かで話にはもってこいだ。ただし料金は高い。

 久しぶりの再会を喜び、恭平は精一杯の言葉で表した。でも、ちょっと言い過ぎたかとも考えてしまうのである。

 笑顔で応対していた、ナナは急に表情が変わり、ちょっと悲しげになり先日言いかけていた、ナナの重大な悩みについて話し始めた。

 それはなんとショックな恐ろしい話である。

 通常芸能活動以外に政治的裏取引として「付合い」をさせられるという話だった。

 それでナナは、今の事務所をもうやめたいと思っているのだが、簡単には辞めれないという。

 実質契約期間中は辞めれない状況である。契約データには音声宣誓がインプットされていて。途中解約の場合は予定期間の見込み売り上げの五倍を補償しなければならない。

 こんな契約は非合法だ。

 恭平は労働基準局に相談に行った方が良いのではないかとナナに言った。

 でもナナは無駄という。

 役所は相変わらず処理が遅い。早く辞めたいのである。

 雲隠れはどうかとたずねたが、なんとマネージャーリングが指にはめられていてプロダクションは簡単に追跡可能という。居場所が瞬時にバレてしまうシステムだ。

「えっ それなら今も場所が知られているの?」

 恭平はいきなり大声で言ってしまった。

 しかし安心した、リアルタイムには追跡せず、営業中とかハンディビューホン不携帯時の緊急連絡用に作動するという。

「いっしょに逃げよう!」

 恭平は言ってしまった。別に恋人でもないのに。

「えっ!?」

 ナナはきょとんとした目で、大きなかわいい眼で言った。

「好きだから」

「うそでしょ?」

 ナナは怪訝な顔をしてちょっと引いた。そして続けた。

「本当に好きならコンサートの三十日衛星合宿が明日からあるから、そこに三十日間毎晩椿の花を届けて」

 なんとも困難なことを言った。

 ナナは衛星のナンバーを告げてその場を去って行った。

 恭平は困った、さっそく花屋へ直行し椿を確認した。毎日あった。これはなんとかパスした。

 次にレンタシャトルへ行ったが恭平は初めてで良く知らなかった。

 個人で借りれるシャトルは一人乗り簡易型で重力安定装置が良くないもので短時間使用が前提の物になる。

 恭平はとてもシャトルは買えないのでレンタルしかなかった。

 

 翌日になり、レンタシャトルにて出発した。今晩は宇宙嵐の予報がでている。

 恭平は困ったものとは思いながらも元気に行動開始した。

 シャトルはすごく小さくまるで大海をタライ船で進むようなものだった。

 体ひとつ入るのが精一杯はもちろん、全体の外側の大きさはドラム缶よりやや大きいぐらいであった。

 恭平は椿の花を真空カプセルに入れた。右上のホルダーにあるそれを見つめた。

 ゴーっという強烈な爆音とともに機体は離陸した。加速度が増しギュっと全身が震えた。

 今時こんな安定装置が無い乗り物はめずらしい。恭平はこんなのにはまったくと言って良いほど慣れてはいない。

 昔は特別に長期間訓練された「宇宙飛行士」と呼ばれる人達が宇宙空間を飛んでいたという事を恭平が学校で習ったのを今やっと実感した。

 こんなにヒドイ状況なんて考えられなかった。誰もが宇宙船に簡単に乗れる今の時代に。

 恭平は体が震えるのをじっと絶えると、やっと軌道に乗った。ふわっとした感じが気持ち悪くなってきた。

 ヒドイめまい〜「宇宙酔」だ、でも恭平はナナのためだと自分に言い聞かせふんばった。

 しかしめまいが強烈に襲い我慢できず、薬を探した。機体を停止させた。

 恭平は救急箱を開け質問コードに答えると「Y-RZ5」というのが表示された。うつろな目で確認しその薬「Y-RZ5」を取り飲んだ。そして目を閉じじっとした。

 少し経つとやっと気分が良くなり再出発した。

 機体はレーダー誘導で教えてもらっている合宿衛星のコードナンバーに向かってどんどん進んだ。

 そして恭平は直視できた。合宿衛星の機体横面「NBD01555」を。

 間違いなくナナの合宿衛星だというのを確認した。減速し接近した。

 そして恭平は遠隔アームで椿のカプセルをナナの衛星に貼り付けた。

 その時、窓には明りが見えたが、のぞくのはヤメて戻ることにした。

 やっと一日目が終わり、そして二日目三日目と……来る日も来る日も不安定な宇宙酔いのする小型シャトルで往復と頑張ってついに、三十日目最後の日になった。

「やっと とうとう 最後の日だ!」

 おもわず恭平はつぶやいてしまった。

 満願の思いで出発し、そして軌道に乗ったところ。

「あぁ〜!!」

 急に機体が横に大きく激しく揺れ恭平は叫んだ、宇宙嵐だった。

 恭平は警報を思い出した。今日はは宇宙嵐警報が発令されているのであった。

 こんな日は一般人船外活動自制があたりまえなのである。

 でも恭平はナナのためならそんなことはお構いなしだった。これも恋心かと自分でも思った。

「恋は人を変えるものだ」

 嵐がいっそう激しくなり、機体が減速した。

 せっかく合宿衛星が肉眼視できるとこまで来たのにと恭平は残念がった。

 もしこんなとこで挫折ならショックである。

今日が最後の日なのにやっとの三十日目なのに。

恭平はナナの言葉を思い出した。

「本当に好きならコンサートの三十日衛星合宿が明日からあるから、そこに三十日毎晩椿の花を届けて」

恭平はこの発言を頭のかたすみに残しながら朦朧とするのを感じていた。

せっかくの昨日までの二十九日間通いつづけたのはなんだったんだ、今日最後の達成の日に挫折なんて、と恭平は無念に思った。

機体がぐっと右に左に大きく揺さぶられた。視界が急変する中、ナナの合宿衛星の窓が時々見え隠れした。

よく見ると窓にナナが見えた。

ナナ萩原は、窓越しに恭平のシャトルを見ていた。顔には涙を滝のように流していた。

アイドル用涙腺緩和手術を施しているとはいえスゴイ涙である。

ナナは、合宿管理コンピュータが訓練を再開するように警告を発しているのを無視し外の激しく揺れ動くシャトルを凝視していた。

 そしてついにナナは叫んだ。

 「ごめんなさいごめんなさい、わたしが無理を言って、わがままを言って……」

続けた。

「もう、あなたの気持ちはわかった、よくわかったからもういいからとにかく無事に帰還して……」

涙で言葉が続かない。

「……ごめんなさい……」

恭平は確認した。なにかナナが必死でしゃべっているのを、でも機体は直前で全然進まない止まったままである。

その時機体がぐっと前進した、宇宙嵐に押されたのである。

 さらに近づいた。

「ラッキー」

恭平はこれは幸運と思ったが、嵐が止まり機体は停止し燃料切れだ。

嵐に逆らって無理な出力をし燃料を浪費しすぎたのであった。

シャトルは静止である。合宿衛星のほんの目の前でなんともむごいことに。

でもなんとか命綱をつけて船外に出ればなんとか届きそうな約十メートルだった。

 恭平は船外に出てみた。

 ふあっとゆっくり衛星に接近し、もう少しというとこで命綱がピンと張り限界になった。

 椿のカプセルを持つ手を伸ばしたがダメだった。届かない。

 恭平は命綱をはずそうか迷った。

 「あっ、ダメだ」

 と、思った瞬間、合宿衛星の扉が開き、そこからは宇宙服を着たナナが出て来た。

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