第34話 それぞれの事情

ここ、宿場町こと、ダブレカには複数の人種が行き来している。訳は単純ここが国境であるためだ。といっても、7割はソロビエシアート帝国民だ。残り2割弱はクランシュタット国民である。残り1割は多国籍人種で構成されており、街は賑やかである。



「おじさん、この金属買い取ってくれない?」

「坊主、まだ小さいのにそんなもの持ち出して、盗んだ訳じゃ無いだろうな?」

店主が疑うのは無理は無い。ガーディが持っているのは、このソロビエシアートでは採掘されない金属であり、地球上ではコバルトと呼ばれるものである。コバルトは銀白色で鉄に似た光沢をもち、強磁性を持つ。用途に合金の成分として高速度鋼・耐熱鋼、永久磁石などに利用され、そのほかにはコバルトを酸化させることで、陶磁器の青色着色顔料に使用される。地球でもそれほど多く採掘されることはなかったが、この世界…少なくとも金よりは高価な代物である。一キロ当たり50000クラン、日本円で50万円もの値段がつく。ガーディが用意した鉱石は、既に錬金術により、純度99.9%のコバルトを生成したので、コバルトを使用し、応用する範囲が広くなることで価値が上昇した。純度を高めたことで、武器に加工するよりも、装飾品に用いるのではないかと推測する。


「大丈夫だよ、おじさん。これはお兄ちゃんからお遣いを頼まれただけだから。お兄ちゃんは60000クランで売って来いって言ってたけど、これは50000クランにしかならないの?」


お兄ちゃんとはアドフの事だが、正直殆ど出鱈目だ。後でばれるときっと叱られるだろうなぁ、と思いながら、小さな加虐心が目を出す。


「お兄ちゃんがそれ、純度?の良い奴だから、目利きの良い奴は誤魔化さないで買い取ってくれるって言ってたけど、おじさんはこれは50000クランの価値って判断したの?」


ここで、子供の上目遣い攻撃だ。これなら多少は値段の引き上げになるだろう。


「参ったよ坊主。俺の負けだ。これは65000クランの価値はある。確かに純度は最高に高い。用途が多い分価値も上昇する。さっきは悪かったなこれが買い取り分の65000クランだ」


店の主人から、金貨6枚と大銀貨4枚、銀貨10枚を受け取った。しっかりと65000クランあることを確認し、店のおじさんに「ありがとう」とニッコリと微笑み、その場を去った。


コバルトでお財布がホクホクである。予定より少し多く買い取ってもらったことで、懐に余裕が出た。

今後は、旅をしながらギルドの依頼を受けたりして、ランクを上げたりしてのんびり過ごすことも可能である。

それにしても、冒険者って、フリーターだよなぁ。冒険者ギルドもどちらかといえば、日雇い斡旋所みたいだし、職業事情はどこの世界も世知辛いのだろうか。

ガーディはこの後薬屋に行き、魔法薬の材料になりそうなものを買いに、足を進めるのであった。



****************


「ほぉ、兄ちゃん立派な剣を持ってるんだな。腕のいい剣士かどこかの雇われ騎士さんかい?」


「いや、今は冒険者みたいな立ち位置だが、少し前までは、王国の騎士として働いていた。これはその時支給されたものだ。年季が入っているが愛着があってだな、今もこうして使用している」


店主はうんうん頷き、それじゃ兄ちゃんはその辺の冒険者よりは腕が立つと予想したようだ。


「それで、こうして来たのは、装備のセルフメンテナンス用の道具の調達に来たからなんだが、生憎今は手持ちがこれだけなんだ」


そう言ってアドフは懐から3000クランを取り出した。

店主はほぅ、と呟き一度アドフを見た。

「なんだい、十分じゃないか。別に剣のメンテナンスをやりに来たわけではないのだろう?ならばセルフメンテナンス用の道具を揃えるだけじゃないか。そんなに費用は掛からないよ。これからどの方向に行くか決めているのかい?」


「いや、詳しくは決めていない。だが俺はクランシュタット王国から来たから、クランシュタットとは逆の方向に進むかと思う。まだ仲間には伝えていないが、概ねその流れで行くと思う」


「そうかい。そうしたら、次の町は歩いて7日程掛るから、最低七日間持つように買っていけばよい。今見繕うからそこで待っててくれ。そんなに時間は掛からないから」


そう言われたアドフは、少し手持ち無沙汰になってしまったので、武器屋にある武器や防具、その他の銭湯グッズやメンテナンス道具を観察してゆく。その中には少なからず珍しいものも含まれていたので、色々と手に取って眺めていたが、ふと視界の端に、きらりと光るものが目に入った。

視界に入ったものは、刃渡り12~13cmほどの短剣である。なんとなく手に持ってみても、特にこれといって不思議なところはない。形状も湾曲型ではあるが、これといって特殊なものでもない。ただ何となく手にしっくりとくる上、持ち手上部に控えめながらも、青い宝石が埋め込まれているところは、とても綺麗であり、興味が引かれる。


「おや、兄ちゃん、そのダガー気に入ったのかい?」

「いや、何故か興味を惹かれたのだが、不思議だな、普段は大剣を使用しているというのに」


アドフ自身も不思議に思った。確かに前々から、もし大剣が使えなくなった時に、丸腰にならないために、短剣の一つでも持っておこうかと考えたときもあったのだが、どうしてこんなに気になったのか、自分でも疑問に思った。


「まぁ、兄ちゃんが折角気になってるんだから、勿体ぶらずに話すが、その短剣実は何故かうちの店に戻って来ちまうんだよ。それに今まで何度も色々な冒険者の手に渡っていったが、どうしても気がついたらうちの店に気がついたら陳列されてやがるんだ。最初は気味が悪かったが、その短剣を持っているからって別に呪い殺されるわけではないんだ。現に今まで所有してきた奴らも皆ピンピンしているしな。なぁ兄ちゃん、試しにその短剣所持してみないか?お代は要らないからさ、試しに持ってってくれないか?」


呪われているようで呪われていない。そんな不思議な短剣があるのかと、アドフは内心不気味に思ったが、店主の勧めも別に悪意が有るわけではないらしい。試しに所有してみるのも有かと思う。もし合わなければ、きっとこの店に勝手に戻ってくるのだろう。アドフは内心不振がりながらも了承をした。


「では、ありがたく使わせて頂くことにする。それにしても、今の話が本当ならば不思議なものだな。死者が出ていないことから魔剣の類でもないようだし。もし俺に合わないようだったら、この店に戻るのなら、それまで使わせてもらおう」


「そうかい。それはよかった。じゃあ、さすがに刃を出しっぱなしは危険だから、鞘を準備しよう。確かそのダガーに合うやつは……これだ。この形は無い事もないが、あまり出回らないから、剣本体も鞘も大事にしてくれ。兄ちゃんがその剣に認められればいいな!」


そういってガハハッ!と笑う店主にアドフもつい失笑してしまった。もちろん良い意味での失笑だ。その後セルフメンテナンス道具を一式揃えてもらい、代金を支払う。代金の提示はは1200クランであった。


「なに、そのダガーはサービスだ。場合によったらまた戻って来ちまうかもしれないしな!」


今度はニヤニヤと笑いを含みながら、まるでアドフが短剣に選定されているのを面白がっているように見えた。アドフは乾いた笑いを溢し、店主の見送りの声を聴きながら、店を後にした。



************************


「おや?珍しいね。こんなところにドラゴンテイマーに会えるなんて珍しいこともあるんだねぇ」


どうやらこの肌や髪の色はドラゴンテイマーという認識らしい。本物のドラゴンが竜化した姿だとばれてパニックになっても困るので、ここは曖昧に頷いておいた。


「最近、この国で何か変わったことは無いだろうか? 私もつい先日この国に来たばかりで、何かと不便な事が多くてな。情報があればと思うんだが」


酒場で働く女性はうーんと思案をする。

ここは酒場であるが、様式は通常の飲食店と変わらず、商品のメインが酒とつまみ類なる違いだ。


「この街は国境沿いで、あまり帝都からの情報は入ってきませんが、噂では、急激に戦力の増強を始めていると聞きます。現にこの宿場町でも、帝国軍が常駐し初めて来たので、時期としてはその時あたりでなのかもしれません」


「ありがとう。引き止めて悪かったな」

ウエイトレスに少ないながらもチップを渡すと。彼女は頭を下げて下がっていった。ガーディから、情報収集はお世話になった情報提供者には、お礼としては金銭提供が一番手っ取り早く、怨恨の類の遭遇が少ないと聞いた。今回はそれを実行してみた。確かに一定の効果はありそうだな。


ガヴィールはあまり人里に降りる事が無いため、人間の文化には疎い。そのため情報収集も必然的に慎重になる。


「よぉ! そこの兄さん。初めて見る顔だな!どうだ?一杯位付き合ってくれ!」


酒場というものはこういう調子なのだろうか。情報収集にはもってこいだが、私情ではあまり関わりたくは無いところだ。

酒は嫌いでは無いので誘いに乗ることにした。


酒を呷れば呷るほど、情報が集まってゆく。不思議だ。人間はこうも簡単に情報を提供してくる。それは一種のネットワークのように、隅々まで張り巡らせているが、逆に多くの情報が他に漏れることで、国の存続自体が危ぶまれる原因にもなる。人間とは不思議なものだ。


ガヴィールは最初は蒸留酒を飲んでいたが、元々酒に酔いにくい竜種は嗜む程度にしか飲まない。だから後半は殆ど飲ませて情報を吐かせる作業に没頭した。おかげで十分な情報が集まった。


情報自体は重要なものと思われるのは少なかったが、今後何かの役に立つかもしれないと思い、適当な代金を支払い、酒場を後にした。


「それにしても勇者か……ガーディが喜びそうなネタが手に入ったな」


くくっと笑うガヴィールは、集合場所である宿へと向かったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る