第11話 友情
1
JAL便ニューヨーク行きは定刻の12時に成田から離陸した。ボーイングの最新鋭機のビジネスフライトで座席もエグゼクティブクラスの座席が多いタイプである。航路の大気は安定して、タービュウランスもない静かな、すべるようなフライトだ。ゆったりとした飛行が楽しめる。右のふくらはぎはまだ痛むが、かなりよくなってきた。歩行には問題ない。雅人は、メインディッシュでは国産牛フィレステーキローズマリーソースを頼む。上品でコクのある味付けだ。シャトー・ボーシット サンテステーフ1997年物のボルドーワインを堪能しながら、雅人は、事件の総括をしていた。公務員の割には贅沢であるが、一旦崩壊した日本航空が「北」 を新たなマーケットとして考えており、通常予約したため日本航空が影でサービスしてアップグレードしたシートに移してくれたようだ。
北朝鮮という、痩せてひねくれた国は、大国にかき回され、打ちのめされた可哀想な国だ、と思う。政府関係者やテロにかかわっている連中はどうでもいい。一般の民衆が可哀想なのだ。暗く抑圧された生活を強いられ、食料も医療も衣服も住宅も与えられず、搾取され続けた人々が犠牲者だ。特に、共産国では政府関係者や役員の汚職が蔓延化し、大衆に回ってくる生活物資は微々たる量となることが多い。管理すべき司法や警察が犯されている。汚職まみれである。KMが言うように、そうさせたのは、関与してきた大国なのかもしれない。そして、民衆が被害者なのである。
だからといって、恭子や英子の死を許すつもりはない。手違いで死んだ恭子が余計に不憫である。それに、愛していた英子の失踪も全て姉であるKMのお膳立てである。恭子も英子も、もういない。誰かが、罪を裁き、二度と起こらないようにしなければならない。そのような不正を概念的ではあるが取り締まる意味で、また未然に防ぐことの大切さを理解して、大志を持って父も恭子も自分も仕事に就いた。その結果、父も恭子も帰らぬ人になった。
テロは悪い。
暴力団は悪い。
汚職議員は悪い。
人をだまして金儲けする奴は悪い。
国や国民を裏切る奴は悪い。
悪い行為は誰でも判る。
人間はなぜモラルを失う?
結局、人間は弱いのだ。
では、どうしたら強くなれる?
みんなが「愛」 を持てばいいのか?
どうしたらみんなが「愛」 を持てる?
そんなことは出来ない。無理なのだ。
人間は弱いのだ。だから愛がいるのだ。
ワインを2本あけるまでずっとつぶやいていた。
2
JAL便は12時間40分間のフライトのあと、ニューヨークに着いた。JFKに着いたのは、昼の12時半。マイケルが手配してくれたホテルに行くため、イエローキャブを拾う。Royalton Hotelは1898年の創業以来、マンハッタンのランドマークとして君臨してきた伝統があり、最先端の魅力とクラッシックな趣が調和したホテルである。1万平方フィートもある広いロビーを含めマホガニー材の壁が一面を覆っている。シャワーの後に、「ラウンド・バー」 に行き、ボンベイサファイアとトニックを頼む。まだ、昼だというのに。二日酔い(?)かもしれないが時差でよく分からない。向かい酒としておこう。機内で飲みすぎて、色々なことを考えすぎたので疲れていたが、なぜか、また飲みたい気分だった。マイケルが後3時間ほどで来るだろう。それまでに寝ておこう。「ナイトキャップ」 はほどほどにして。
二人とも、北朝鮮の国家的犯罪を裁く国際犯罪法廷が国際司法裁判所で開かれ、そこでの証言と傍聴のために呼ばれた。二人が会うのは、ハワイで別れ、一連の事件後初めてである。場所は、イーストリバー沿いにある国連本部内で行われる。
国連には4つの重要な目的がある。全世界の平和を守ること、各国の間に友好関係を作り上げること、貧しい人々の生活条件を向上させ、飢えと病気と読み書きのできない状態を克服し、お互いの権利と自由の尊重を働きかけるように、共同で努力すること、そして各国がこれらの目的を達成するのを助けるための話し合いの場となること、である。
まさに今回の一連の犯罪者を裁くには最適な場所といえる。国連自体、本当に公正に世界各国のための組織化というと、すでに多くの疑問がある。拒否権や核保有国が偏っているのは事実だし、結局金だけ出す羽目になっている日本は常任理事国ですらない。
裁かれる人間、裁く人間。国連の「世界の人々のために」 という崇高な考えと、各国の利益を最優先させる諸外国の考えとには大きな隔たりがある。北朝鮮の一部の人間が起こしたとてつもなく大きな罪を、国連の目的通りの判決できるのだろうか?
3
マイケルは一人で、シングルモルトのウィスキーをロックで飲んでいた。マイケルはバーの雰囲気が好きだった。赤と茶色の調度品やダウンライトは落ち着くし安らぐ。
「俺も年をとったのかな」 と、苦笑する。
「今度はイングランド産か。ちょっとは日本の経済安定のために日本の酒でも飲めよ。」
いつもの聞きなれたジョークが、聞きなれた声で聞こえてくる。
二人はかるいハグをした。
黒人のアメリカ人と日本人。
同じ人を、妹として、妻として愛した者同志。
善悪感で、同じ志を持つ者。
珍しく、「俺も同じものを!」 と、注文する雅人。
「アメリカの経済安定のためにバーボンでも飲めよ」
マイケルがやり返す。
「12時間だろう?飛行時間は長かったろう。足は大丈夫か?疲れたか?」
「ああ、色々あったし、飛行機で色々考えていたから疲れた」
「俺も、ワシントンD.C. 郊外のバージニア州のアーリントンからここまで8時間、車を走らせたからちょっと疲れた」
酒がきた。
「Cheers!」
「今日は、予定あるのか?」
「いや、一連の聴聞会や裁判が始まるのが、あさってだから、今日も明日も何もない。時差ぼけにはいいインターバルを取れるよ」
「俺もだ。今日は土曜だし、何もない。どうだ、学生時代を思い出して、バーホッピング(バーのはしご)でもするか?」
「いいねー」
「21」 で食事した後、「ハーレー・ダヴィッドソン・バー」「モータウン・バー」「ハードロック・カフェ」「ヤンキース・バー」、後は思い出せない。
二人とも、恭子の話も英子の話もしなかった。
(終)
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