第7話 日米韓の電話会議  

日本の政府内では、政権交代後の北朝鮮の政策に不明瞭な部分が多く、外交で展開している平和国家という彼ら自らの位置づけを疑問視する声がすでに政府内で充満している。実証が出てはいないものの、今回の北朝鮮では解決されている、と一方的に発表されている拉致問題の新しい発見や、警察・自衛隊の情報と米韓から送られてくる情報の整理、勘案された内容と、富山での殺人事件も一つのきっかけとなり、日本国総理大臣の山田馨はアメリカ合衆国大統領エリック・ジョンソンと大韓民国大統領バン・ドンヨンに対して秘密裏でのテレビ・電話会議を提案し、ドラフトの議題を送った。もちろん、北朝鮮からの盗聴を防ぐ意味で複雑で特殊な衛星回線を使っての会議である。

山田総理が送った議題は、アジア全体に関する議題もあるが北朝鮮問題に限定されている部分としては、

「元総書記キム・ウンテの独裁支配に基づく残存する問題」 、

「キム・ソンナム暫定的総書記の真の活動内容と現在の軍事・経済状況」 、

「核破棄と長距離・中距離弾道弾の破棄の査察」 、

「ヘロインを中心とする麻薬問題の現状把握」 、

「偽造ドル紙幣の活動と流通とマネー・ローンダリングの現状把握」 、

そして「国際テロ活動の調査結果」 の6点だが、概略的には、北朝鮮の政権交代の前の活動の整理と、後の改善内容の確認である。山田総理の緊急性を重視した最大の事象は北に配備されている核の弾道弾の活発な「動き」が確認された事によるものである。 

アジア第一大国と成長した中国は政府関係者による汚職と貧富の拡大に起因する国内暴動が頻発しており、北朝鮮がらみの政府高官も多い。また、「蛇頭」 などの国際犯罪グループや香港から流れる麻薬が東南アジアの「鼻つまみ」 的存在となりつつある。中国は人口が多く、近代化が始まったものの、国内の人民を統一する力が徐々にではあるが弱まっており、海外での展開も暴力的な一面も見せている。領土問題や東シナ海の領有権問題では日本や東南アジア諸国、さらにインドまで問題を抱えており、その挑発的な姿勢が危惧された。それに中国の国防費は驚異的なものになっている。また、中国がある意味では北朝鮮の兄貴分としての位置付けられた過去があるため召喚すべきではないとの判断である。

また、ロシアの召喚については歴史的背景から中国同様、今回は見送ることで合意した。 エリック・ジョンソン大統領と潘東泳(バン・ドンヨン)大統領は即座にこれを了承し、総括的な内容に限定して実施された。三首脳は事務レベルのそれぞれの問題に分けた極秘緊急会議を招集すべきことで即座に合意した。雅人もマイケルも当然、この極秘緊急電話会議に招集された。 

日本からは、警察庁国家公安委員会、警備局の雅人、防衛庁情報本部副本部長田中富雄、そのほか、5名が極秘緊急会議の参加者として選出された。米国からは、マイケルの上司でありCIA(中央情報局)、アジア対策本部、国家安全保障問題担当で大統領特別補佐官のジョージ・アレンと部下のマイケル、さらに国防省から数人、大韓民国からは情報機関である国家情報院の数名が参加することになった。



元総書記キム・ウンテの独裁支配が一部の軍と市民で構成されるレジスタンス・グループによるクーデターによって崩壊し、キム・ソンナム暫定的総書記に交代したという事になっているが、その過程はあまりにも単純であっけなかった。一部ではキム・ソンナムによるクーデターとのうわさが流れたが新政府は、強く否定した。元総書記キム・ウンテの独裁支配は、それまで世界で起こった独裁者の崩壊とまったく同じ経緯をたどっていた。ヒットラー、スターリン、チャオシェスク、ポルポト、それに2010年後半に起こった「アラブの春」などには独裁性の段階的共通点がある。

独裁者が生まれ崩壊するまでの流れとしてはまず宗教や政権の混乱により民衆の政治・経済・国際問題などへの無知・無関心が起こる。とくに、政治の乱れは、多くの場合、税金の搾取や、裏金づくりに政府の人間や、警察がグルでかかわっており、「どうせ政治家や警察は悪い奴ばかり」 という、風潮が流れる。 つぎにエキセントリックな「英雄」 が誕生する。政府や役人を徹底的に切る人物で、カリスマ性を感じさせる。平凡な指導者は民衆に魅力ある存在ではないのである。そしてクーデターを実現するために集まった同胞と仲間と組織が出来上がり、前政権を打ち砕く。もちろん、この新しいリーダーは民衆の支持を得て、好きなように改革を進める。この時点で通常、血縁関係者や腹心を重要ポストに配置し、過保護的政策を行い飼いならす。さらに、体制が崩壊することをおそれ、思想の統一と教育統制を行い、民衆がまったく同じ環境に押し込められる。思想の統一と教育統制に民衆から反抗がおこるため、コントロールできるようにしておいた軍、警察による強力な取締りが始まる。この時点で「英雄」 は民衆に支持されなくなっている。そして、つぎに公開処刑や強制労働などの粛清が始まる。今の北はこの状態である。

ここまで来ると、世界各国からの非難が集中する中、神格化された偶像認識から孤立していく。そして、飢餓や重労働に苦しむ民衆の支持を得た新しい軍に反乱を起こされ末路を迎えるのである。共産圏のソビエト連邦は崩壊もそうであった。アフリカの独裁国家はすでに反乱軍に打倒され、欧米の後押しによるクーデター後の独立が確約されているが、公認の新政府の樹立に苦しんでいる。また、政治に対し経験の浅い新政府は万民には公平な政策が打ち出せず、あちらこちらで小さな暴動が起き、結局は統治できずに、更なる暴動と発展している。次は中国か北か、と云う世界の見方が一般的になっている。北朝鮮のキム・ウンテはこの流れを踏襲している。旧ロシア傘下の各国でも親ロシア派と民族主導派や宗教絡みの一派が対立し単純ではない。起こるべきして起こった交代劇という見方が妥当とされた。



雅人は一連の殺人事件では偽札が大きなポイントとなっていることや、円の偽造紙幣事件に関しては情報が入手しやすいが、偽ドルに関しては情報が入手しにくいこともあり、この極秘緊急電話会議の前に専門家に面会を依頼した。知りたかったのは、偽ドル紙幣自体の内容とスーパーKに代表される精巧な偽ドル紙幣に関与している北朝鮮の役割とシステムであった。

国立印刷局の「お札と切手の博物館」 の館長が詳しいとの知らせを受けて、お願いして話を聞いた。国立印刷局は国際、政府小切手、はがき、収入印紙、などの印刷や官報、国会会議録、職員録、各種政府関連白書の出版を手がけている。

「警察庁の藤井雅人と申します。ご連絡いたしましたとおり、本日は偽ドル紙幣について詳しいとお聞きしてまいりました。宜しくお願いいたします」 

「ようこそいらっしゃいました。松田と申します。お話は伺っております。偽ドルに関して、ですね?」 

「はい、そうです」 

「では、早速ですが、まず、米ドルは正式にはアメリカ連邦準備券と呼びます。ドル紙幣には、6金種ありまして、1ドル、5ドル、10ドル、20ドル、50ドル、100ドルです。さらに、新100ドル、新50ドル、新20ドル、新10ドル、新5ドル紙幣が1998年だったと思いますが増えまして、数えると12金種が世界を駆け巡っていることになります。2ドル札というのもありましたが、使い勝手が悪いためすぐに絶版となりました。私が言ってはいけないのですが、日本の新2000円紙幣と同じですね」 

「そんなに種類があるのですか?」 

「はい。しかし、偽造するなら、効率的な高額紙幣、つまり100ドル紙幣がメインとなります。」 

「分かりました。では、偽造に関して教えてください」 

「はい。これが、本物の100ドル紙幣ですが、まず、殆どの紙幣と同じように肖像画が印刷されています。種類は、1ドルがワシントン、5ドルがリンカーン、10ドルがハミルトン、20ドルがジャクソン、50ドルがグラント、そして100ドルがフランクリンとなります。米ドルは縦8面、横4面の面付けで印刷されます。つまり、使用される仕上がりの紙幣サイズ一枚いちまい印刷するのではなく、32枚を大きな紙に並べて、一度に刷ります。つぎに、藤井さんにとって重要な情報と思いますが、表中央左にある丸(マーク)は、何を意味するものかご存知でしょうか?」。 確かに、アルファベット一文字がある。

「実はこれは、印刷された工場の場所を示しています。これが一覧表です」 と、紙を渡される。それには、ボストン、ニューヨーク、フィラデルフィア、クリーブランド、リッチモンド、アトランタ、シカゴ、セントルイス、ミネアポリス、カンザスシティー、ダラス、サンフランシスコの12箇所の都市が記入されていた。

「えっ、こんなに工場がいっぱいあるのですか?」 

「そうなのです。従って、品質統一の管理が難しいのです。つまり、12箇所で別々に同じ札を刷っていますから、統一した管理が難しいのです。最近ではかなり統制がとれてきましたが、それでも偽造しやすい紙幣と言えます。特に過去の不揃いの紙幣が未だに流通していますから。それに、意外にも粗悪な紙幣ともいえるのです」 

「どういうことですか?」 

「高度な印刷技術により作られた紙幣ですが、出来具合は予想以上に粗悪です。特に旧紙幣は非常に粗雑です。印刷技術のレベルが低いのです。断裁ズレ、印刷濃度むら、位置ズレ、などです。特にいま、流通しているドル紙幣は過去に印刷されているものが多いためで、粗悪な品質の偽造紙幣が真券として流通しています」 これはお手上げだな、と雅人はため息をはく。

「しかし、常識ですが、何処の国の紙幣でも偽造されては困ります。紙幣につけられた鍵のような偽造防止策があります。アメリカでは日本の世界一と言っても良い優れた技術を参考にしながら技術を向上させてきました。まず、『すかし』 と言う技法です。表面の右側すみに利用されています。つぎに、彩紋模様と呼ばれるものです。日本の紙幣のような微細模様ではありませんが、肖像裏面に同じ中心点により描かれた半円が微細な幅で描かれています。」 

「日本の技術は、優れているのですね」 と、感心する。

「ええ、そうなんです。自画自賛になりますが世界でもトップクラスです。さらに、マイクロ文字と呼ばれる技法で、通常の複製技術ではコピーできない、小さな文字があります。紙幣には肉眼では見ることのできない文字が用いられています。表面の左下の100の中に「USA」 の文字が見えます」 と、ルーペと呼ばれる拡大鏡を渡される。覗くと、確かに、見える。

「それ以外にも、特殊な方法が色々あります。角度を変えると色が変化します。特殊なインキを使いキラキラと光る感じの印刷で、複写すると単純な緑になり、光の変化を再現することはできません。また、紙幣のこの部分には安全線と呼ばれる細い帯上の印刷があります。100ドル紙幣の場合、『USA100』 と特殊なインキで印刷されています。安全線は、紙幣にサンドイッチされています。ブラックライト(紫外線)をあてると輝きます」 

雅人は紙幣にこのような複雑な技法があるとこは知らなかった。

「さらに、磁気印刷です。オモテ面のみ磁性体反応があります。機械で読み取る際に、磁気を感知しますので、真券か否かが確認できるわけです」 

「よく分かりました。現在、北朝鮮による偽造紙幣を追っているのですが、何か、技術的にご存知のことはありますか?教えてください」 



「えぇ、有名なのはスーパーKと呼ばれる偽造紙幣ですね。あれは、ここにある新しい紙幣が出される前の紙幣で、本当に良く出来ていました。こんなことを言ったら叱られるかもしれませんが、本物より仕上がりが良かったです。私の知る範囲では北朝鮮の偽造技術は、非常に優れています。テクノロジーが進むともっと精巧な偽造が出来るでしょう。技術的には、日本と同じレベルにあると言っていいでしょう」 

「すると、日本紙幣も狙われる可能性もあるのでしょうか?」 

「可能性はあります。しかし、それはほぼないでしょう。まず、日本の紙幣で使用されている紙自体が手に入りません。国が完全に管理していますから。よく似た紙なら専門家が設備を揃えば作れますが、銀行員の指先までごまかすことが出来る紙を造るのは無理でしょう。さらに、今、ご説明した偽造防止の技術のほかにいっぱいあるのです。また、一万円札の表面は10色のインキで印刷されています。それに対して今でも流通している昔の米ドル紙幣の殆どのは、薄緑色の紙の上に2色だけだったのです。従いまして、日本国紙幣の偽造は投資対効果という点でも労多くして利益は乏しいことになります。だから、すぐにばれる偽札なら可能ですが、大量に偽造しても、あまり意味がないでしょう。日本の紙幣を精巧に偽造しても、設備投資がかかりすぎ、危険も多いのでよほどの組織でないとやれないのです」 

「そんなに、日本の紙幣は偽造しにくいのですか」 

「ええ、大変難しいです。それに、ホログラムという見る角度によって柄が変わる技法、すき入れバーという、透かしてみると見える3本線、紙幣を傾けると『10000』 と『NIPPON』 と言う文字が浮かび上がる潜在模様とピンク色の帯が見えるパールインキ、それから、ルーペでしか見られない『NIPPONGINKO』 と言う文字や紫外線を与えると見える日銀総裁印や『壱万円』 の部分の深凹版印刷、目の不自由な人用の識別マークなど、正確な偽造は無理でしょう。ただし、暗いところで忙しく働いていらっしゃる人をごまかす程度の紙幣は実は簡単に偽造できるのです。精巧なスキャナーと呼ばれる読み取り機械と、色管理が出来る編集用のハイスペックのPC、それに高精細のカラーコピーがあれば作れちゃうのです。だから、露天商などの方は気をつけたほうがいいでしょう」 

「よく分かりました。」 

「さらに、ドル紙幣は世界中のほとんどの国で流通できますが、日本紙幣は非常に限られた国だけです」

「あ、それから、余談ですが米ドル紙幣のアメリカでのニックネームをお教えしましょう」 

「お願いします」 

「グリーンバックです。緑のお札……と言う意味です」 



日本と北朝鮮との関係は複雑で長い歴史が係わってくる。豊臣秀吉が天下を統一すると、功績にあった大名に与える領地が必要になり、それに伴って日本は狭すぎると秀吉は考えた。そのため、豊臣秀吉は、中国(明)を征服することで、この問題を解決しようとする途方もない夢を持った。その手始めが朝鮮であった。「慶長の役」 での朝鮮出兵である。日本の侵略の始まりである。この計画には天皇を北京に移っていただくことや、いずれはインドへの侵略も視野に入れていた。

次が、第二次世界大戦で朝鮮半島や中国、東南アジアに侵略した。その結果、朝鮮人が大量に日本に連れてこられる。そして、直接関係がないとはいえ日本が起こした戦争の継続で朝鮮戦争が起こり1948年8月に大韓民国同年9月に朝鮮民主主義人民共和国がそれぞれ、誕生した。この時点で日本と北朝鮮とは正式な国交がなくなる。さらに、赤十字を通して帰還事業が始まった。帰国運動で大勢の在日朝鮮人とその日本人家族が北朝鮮に渡ったのは、北朝鮮政府にすれば戦争直後の人手不足の解消であり、日本政府は厄介払いであった。60万人に及ぶと言われる在日朝鮮人は、反政府運動の先頭に立っていたからだ。その後、微量の貿易が続くが、日本と北は相容れない関係となっていったのである。

つぎに起こった大事件がよど号事件である。1970年3月31日、明日から新学年、新会計年度という日に、羽田発福岡行きの日本航空351便のボーイング727は乗客131名を乗せ離陸した。飛行は安定しており、乱気流などの不安定な大気は報告されていない。2時間たらずの飛行で機長は飛びなれた航路であった。事件は富士山上空付近を飛行中に起こった。「Fasten Your Seat Belt」 サインが消えてすぐのことである。日本刀などで武装した犯人グループによりハイジャックされた。犯人グループの一部は操縦室に入り、航空機関士を拘束した上、機長に北朝鮮に向かうよう指示した。 機長は北朝鮮に向かうには燃料が不足しているとして、この要求を拒否した。犯人グループは選択の余地無しということで受け入れ、福岡の板付空港(現在の福岡空港)に着陸して給油が行われた。

警察はハイジャック犯を説得し、人質のうち23名が解放された。しかし、その他の人質の開放には失敗している。その後、よど号は同日午後1時59分に板付空港を離陸した。ところが、日本の航空会社の国内線航空機には北朝鮮の航空地図など無く、日本航空が手配した地図は航路図ではなく、大雑把に記載されている中学生が学校で習う程度の地図帳でしかなかった。北朝鮮と韓国との国境である朝鮮半島の北緯38度線に近づいたころ、板付空港管制官、日本航空、自衛隊、運輸省次官などで構成された対策グループが緊急に協議し、無線で同機を誘導した。ここで前代見ものの茶番劇が、計画された。同機は、実際は韓国の金浦空港であるのにピョンヤン空港と偽って着陸させる。乗っ取り犯も、操縦士も、誰もピョンヤン空港を見たことがないのである。韓国兵は北の正規軍服を着用し、数枚の「平壌到着歓迎」 のプラカードを掲げるなどの偽装が行われたが、しかし、泥縄式の準備には限界があった。赤軍派は空港内に駐機してあった米軍機を発見することになる。お粗末な話ではあるが、当時はそれが限界であった。

その後、日本の山村新治郎運輸政務次官が身代わりになることを申し出て犯人グループと交渉し、乗客の半数が解放され、次官が搭乗した際に、残りの乗客の解放という形で乗客全員とフライトアテンダンドが解放された。4月3日に同機は金浦空港を離陸、38度線を越えて北朝鮮に入った。機長はこの時点でも、まともなフライトマップをもらえず、夕刻、肉眼で確認できた滑走路に着陸した。この滑走路は平壌郊外にある美林(ミリン)飛行場跡地だったという。4月4日、よど号は帰路につき、機長、副操縦士、航空機関士、山村次官は無事帰国してこの乗っ取り事件は終結した。犯人らは北朝鮮当局によって確保され、亡命は成功した。

田宮高麿(赤軍派軍事委員長)をはじめ、小西隆裕、安部公博、吉田金太郎、岡本武、若林盛亮、赤木志郎、柴田泰弘、そして田中義三の9名が北朝鮮に亡命したわけだが、彼らは抗日活動に当然のごとく利用された。後に田中義三は偽ドル紙幣の運び屋としてマネー・ローンダリングに加担し、タイで逮捕されている。



国立印刷局の「お札と切手の博物館」 の館長に引き続き話を聞いた。「松田館長、今度はスーパーKについて教えてくれませんか?」 

「はい、分かりました。全国の警察に摘発されたものや、海外で発見された偽造ドルの中で、三分の一が北朝鮮流通の超精密偽札と同じものだと推定されています。韓国の国家情報院で一部を入手、分析した結果、96年3月、北朝鮮が日本赤軍派「田中義男」 を通してタイ国で流通させて摘発された偽造ドルと同種のものと判明しました。この時の、偽札が本物そっくりだったのですが、この偽ドルを『スーパー・ノート』 と呼んでいます。特に、北朝鮮製ということで『Korea』 の『K』 をとって『スーパーK』 と呼んでいるのです」 

「すると、北朝鮮製偽造紙幣がスーパーKですね」 

「そうです。あ、それから、株式会社亜細亜ニュース社報道部長の花田さんがもうすぐいらっしゃいますのでスーパーKの流通や、北朝鮮の動きなどは聞いてください。私は、偽造紙幣自体は詳しいのですが、国際情勢やマネーロンダリーなどの国際犯罪は詳しくないですから」 

「それは、お手数をかけました。ありがとうございます。心強い方までご手配いただき、助かります」 

暫くの雑談の後ドアをノックする音がした。

「はいどうぞ。ああ、花田さん。ちょうどいい時にお越しになりました。こちらが、お話しておきました警察庁の藤井さんです」 

「花田さん、初めてお目にかかります。藤井です。今日は、わざわざすみません。来て頂いたのにお願いがあるのですが、極秘で動いていますので、今回、お会いしていますことは御内密にお願いいたします」 

「藤井さん。私も報道の仕事をしてもう30年です。その辺は、心得ています。少しでも日本やアジアの安全につながれば、と思います。それに、北朝鮮や赤軍派などと関わってきましたので、彼らがどのような闇の活動をしているか、知っているつもりです」。 

「ご理解いただいて感謝いたします。有難うございます」 

「それでは、今回の富山の殺人事件とも関係することとスーパーKに関するお話をしましょう。まず、ご理解しておいて頂きたいのは、北朝鮮の後ろにはソ連時代のロシアと中国が影で見え隠れします。北朝鮮は冷戦終結直後の1990年代前半にもいったん経済開放政策を打ち出したものの、自由化はゴルバチョフのソ連を崩壊させたように、キム・ウンテ政権を崩壊させるかもしれないという懸念が強まった結果、開放政策は成就せず、代わりにテポドンなどの開発とミサイル輸出などによって食いつなぐ闇国家の道を歩み、それによってますます国内は飢餓状態に至るまで貧しくなってしまったのです。それに偽造ドル紙幣を印刷するアイディア自体や機械、ノウハウ、技術はもともとソ連から譲り受けたとも言われています」 と、花田氏の話は続く。

「そこで、北はヘロインと覚せい剤などの麻薬と偽札に手を出すのです。もちろん、外貨獲得と敵対国、つまり米国、日本、韓国の混乱のためです。偽造ドルの流通を見れば、90年代以前には、オフセット印刷された中級偽札、これはかなり粗雑な偽ドルでしたが、主として貿易代金支払時、真札に混ぜて少量で流通させてきました。ばれにくい程度の量です。その後、90年代に入ってからは、外交官及び貿易商社等を通して、超精密偽札流通に直接介入し、94年以後、タイやシンガポールなどの東南アジア等で十数回に渡り、500万ドル以上を流通させいたことが分かっています。96年3月にタイ国で日本赤軍派出身のよど号拉致犯の田中義男が北朝鮮人と共に、偽造ドル300万ドルの流通嫌疑により逮捕されたことや、94年6月、マカオのチョグァン貿易が銀行に入金した25万ドルに偽ドルが発見されています。その他、96年3月に北朝鮮高官クウォン・テウ(総書記の秘密資金を担当する金庫番)がロシアで両替したドル紙幣が、タイ国で日本赤軍派要員『田中義男』 を通して流通させた偽造ドルと同種である超精密偽札であると確認されたのです。このときの紙幣がスーパーKです」 と、分厚いノートを見ながら花田氏の話は続く。想像だが、30年苦労して掻き集めた情報が満載なのであろう。

「キム・ウンテ政権失脚危機としては、兄貴分の中国で総書記の秘密資金をコントロールする金庫番が失踪し3億円相当を持ち逃げし、シンガポールへ失跡したのです。その男はスーパーKや薬物、ミサイル密輸など不正な外貨獲得のすべてを知る男でしたので、北の秘密警察の要員やヒットマンが何人も派遣されたとの情報があるのです。最近でも、国際社会に対して『平和的国家』 を印象つけるため、脱北者や海外派遣の官僚や工作員のなかでも不審者に対しては、同様にヒットマンを送って抹殺している可能性があるとのことです。悪行の情報が漏れることを非常に恐れているわけです」 

「金庫番の失踪の件については警察にも資料が有り理解していましたが背景がよく分かりました。ちなみに、富山で殺害された池田守男という人物は北に拉致されて、偽造紙幣の製造に係わっていたらしく、指と靴に緑色のインクが付着しているのが確認されているのですが、殺害されたのは、そのようなヒットマンが関与している可能性があるわけですね」 

「わたしは、ヒットマンの犯行だと思います。キム・ソンナム新総書記は平和的国家としての無理な宣伝活動をしています。しかし、北朝鮮の実態は、政権交代後のほうが、より過激になっているように思うのです。彼は、キム・ウンテの独裁支配時代から冷血な強硬派として知られ、ヒットマンを世界各国に送っています。また、中国をはじめ各国のマフィアや暴力組織と結託して資金調達に暗躍している組織を優遇している人間なのです」 

「そうですか。よく分かりました。参考にさせていただきます。 また、何かあればご連絡申し上げます。ご協力ありがとうございました」 

「いえ、もうひとつ私の意見ですが、いつも国家が乱れ、世界を裏切るようなことをする国で、一番苦しむのは、ひ弱な国民、とりわけ女子供です。助けてやってください。私が駆出しのころから北朝鮮の悲惨な状況をいやと言うほど記事にしてきましたからね」 

雅人は、北朝鮮の影の膨大な組織を認識させられた結果となった。英子やその姉が「北」 の企みに関与している事は明白だとおもえてきた。

2日にわたり日米韓の電話会議が行われ、その結果、緊急に電話ではなく、人が集まる会議の必要性が確認された。もともとの起案者である日本国総理大臣の山田馨はエリック・ジョンソン大統領とバン・ドンヨン大統領の賛同を得て、日本で極秘緊急会議を開催することとした。

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