血と手

 かまぼこ型のケースはかすみの入った素材で覆われているが、中に人の体が横たえてあるのがわかる。

「前にも言ったたけどさ、乗り換えするからって呼び出すのやめてくんない? これでも暇じゃないんだよ 」

「そう、どうせドリームヘルスでしょ」

三つ揃いのスーツを着た男が、半透明な手術用の前掛けをつけた手で、ケース側の椅子に座る女の首筋を撫でる。

「決めつけないでくれるかな。僕だってリアルも大事にしてるさ」

使ってるけど、と男は不満げに呟く。

「本当に飽きないわね。十代を維持してるからかしら、その……欲求に真っ直ぐなのは。それに落ち着きも足りない気がするわよ?」

「関係ないね、男はみんなこんなもんさ。それに今のこれは30年ものだしね」

その顔で30なの、と驚き振り向いた女の顔は、深いシワに覆われている。男は「はい前向いて」と女のくびを正面へ向け、首から、後頭部から覆う機器を取り付ける。

「はい、まいります……しっかし、僕はきちんと全自動で作ったよ?なんで毎回下処理まで手作業でさせるんだか」

 人にやって欲しいのよ。その言葉で女の喉は震えない。抱くだけ。

 

 女の後頭部につけた機器が作動し、強化樹脂頭蓋骨を取り出す。男は慣れた手つきでそれを掴むと眼球などの神経リンクを切断し、次に背骨、頸椎のところのジョイントを外して完全に胴体から 脳 を切り離す。男は素早く頭蓋骨をケースの前まで運ぶと、そこで横たわる若い女を見下ろした。

「……さてと」

横たわる体を反転させると後頭部が露わになる。そこには 脳 を受け入れるため「下処理」を施された 頭 がある。

 男は脳を、横たわる若い女の頭に取り付けにかかる。眼球や嗅覚の接続は丁寧に、そして胴体との接続はしっかりと行うと、開いていた皮膚を専用の接着剤で仮止めする。ケースを閉め、自己修復を促進させる溶液で満たされていくのを眺め、一息ついた。

「なんか作るか」

あと数時間、切開されていた箇所が塞がり女が目覚めるまでの暇つぶし、それを男は料理と決めた。


 女が目覚めたのは、男が作る薄いスポンジ生地を重ねたケーキが出来上がる頃だった。

「甘いもの好きね」

「美味しければなんでもいいよ。チョコかけるよ」

「うん」

もちろん、すでにチョコレートの流通などない。

「栽培したの?」

「いや、この前もらったんだ、友達に。個人生産しててさ」

「友達、いたのね」女は微笑む。

「失敬な」男は苦笑する。

 男は作ったケーキを切り分けると、女が自分でブレンドした紅茶をいれた。二人はそれをつまみながら外を望む椅子に腰掛ける。

「どうだい九十歳若返って。まだ3体目だっけ」

「久しぶりって感じね、ノイズもないわ」

「それは良かった。次からマシンにやらせろよ?」

 お茶をすする音が間をとる。

「いやよ、次もあなたを呼ぶわ。グランパ」

女は、祖父の顔も見ずにカップを差し出す。

「今は同い年なんだ、よしてくれよ。リィザ」

男は孫のカップにお茶を注いだ。

 

  男は暗くなるまで女、リィザ・スミスと、特に会話もせずお茶をすすった後、身支度を始めた。

「しかし、二体目でおばあちゃんになったら死ぬことにした、て言っていたのにどうしたんだい?」

リィザはトップハットを男に手渡した。

「先週ね、メールが来てたの」

「それは……珍しいね、知り合いか?」

「いいえ、知らない人。男の人よ、明後日くるの」

男はすべてに納得したようにうなずいてから、すこし考え込んだ

「……きみ、前は彼女いなかった?」

「どっちでもいいの。気が合えば、ね」

 男は、そうかと言った。そしてゆったりと去っていった。

 リィザは後片付けを汎用培体、ケアに任せると、起床予定を二日後に指定し『Q』に沈んだ。


 リィザ・スミス、二百十五歳、生体寝具『Q』発案、開発者。

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