the last lunch

七兵衛

目覚め

  軽い浮遊感と共に目が覚める。目の前に睡眠経過時間が浮かぶ。いや……ベッド内を満たす顆粒が発光することでそう見えているだけだ。

「1、576……5年、だあ?」

内部の顆粒と液体が排出された後、ベッドが開き天井が見える。白いはずの内装が淡く色ずいている。内部が変形しながら背を押して体を起こす。

「ピンク? 桜色か」

全身にまとわりついていた薄い繊維が、粘膜のようなベッドの内壁にひっつき体から剥がれ分解されていく。

「寝心地が良すぎるのも考えものだな……あれ? 前にも同じこと言ったかな」

 妙な既視感。しかも、この既視感でさえも繰り返しに感じる。

 用意されていた服をまとい、壁面に広がる文字の羅列を見て自分の今の『趣味』を思い出した。

「桜の香りがする……」

部屋に突き出した桜は5年分太くなって、いま花は八分咲きというところか。

 桜チップが香る流動食を、凡庸脳をつんだ量産型汎用培体、ケアが運んでくる。こいつも少し年をとったな。今回はオートキッチンを使ったが、たしか40年は料理を学んだはずだ、次は自分で作ろう。

 食事を済ませまた少しベッド沈む。そうしていると初めてこのベッドを使ったころの記憶が蘇ってきた。


 このベッド、『Q』が売り出されたのは、培体が普及し世界人口が飽和したのち、徐々に減り始めた頃だった。売り文句は確か……「母の胎内へ」。

 『Q』はそう、大きな扇子のような形をしている。要の部分に足を向けて横たわると、蚕の繭のように柔らかい繊維で身をくるまれ、柔らかく湿った扇面で包まれる。筒状になると『Q』は、生命維持や筋力維持などの各種サポートを目的とした液体や顆粒で満たされる。開発者曰く、母の子宮での眠りを得ることを目指したらしい。だが意外なことにこのベッド、初めて使うときは不快感を伴う。「なにか」に包まれる感覚が強いからだろう。しかし一度使えば手放せない。なんともいえない密着感と浮遊感、そして適度な暖かさが極上の眠気を誘う。その寝心地は、培体の寿命が大幅に切れていても起床を拒否し、「睡眠死」に至ったものまで出たほどだ。


「何度使ってもすごいな。あとちょっと、が五年だよ」

そういえば『Q』の開発者はまだ存命だろうか。今の『趣味』にはぴったりの題材だ。 ぜひ話を聞きたい。

僕はコンタクトをとるため情報端末に手を伸ばした。


 僕はジン・佐川、二百四十歳

 


 

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