第27話 第二次盗賊三者会議

 翼を広げて大空を行く。

 満天の星空だ。コルトコネの別邸を出て間もなく見えてきた暗闇の港町にも、橙色の暖かな光が天空と同じように無数に瞬いていた。

 慣れてしまえば、こうして自らの翼を広げて風に乗り、空を行くのも悪くない。近頃アルグはそんな風に思い始めていた。何もないように見える空にも、気流やちょっとした風の流れというものがある。それを読み、捉えるのにはそれなりにコツが必要で、まだまだ研究の余地があったし、逆に樹木の密集する森の中を抜け、さらに枝葉の隙間のような狭い場所を素早く通り抜けるのには、的確な判断と身体操作を要求されて、難しいなりに爽快だった。

 魔法で体を浮かすのとは、また違った味わいがある。

 ただ、まだまだ熟練の域にはほど遠いので、足に小さな手紙を付けただけで、空中姿勢を保てないアルグだった。

 体勢を崩してやや風に流されながらも、目的の屋根に行き着いて、ひとまず休憩する。この足下——港にほど近い安宿に、ヌーたち三人はいるはずだった。

 一息ついてからまた翼を広げて、下にある開け放たれたままの窓へと慎重に移動する。窮屈そうな大部屋を覗いてみても、三人の姿はなかった。夕飯時なので食事に出ているのかもしれない。ちょんと飛び跳ねて後ろに向きを変える。足場が悪くても、これくらいなら苦もなくできるようになった。失敗して落ちるのは、十回に一回くらいだ。

 見下ろす道を挟んだ向かい側には、にぎやかな食堂があった。今度はあちらの窓を目掛けて滑空する。

 夜闇に喧噪を溢れされる店内は、蝋燭ではなく魔法の明かりに煌々と照らされて、非常に活気があった。席は全て客で埋まっていて、両手に料理や酒を持った店員が、忙しそうに動き回っている。

 結構な数の人間がいて見通しも悪いので、これは宿で待った方がいいかも——と首を巡らせ思いかけた時、見付けた。

 ヌー、チャボ、ハッカの三人は窓の近くにある円卓に陣取って、やはり食事と酒を楽しんでいた。山盛りの料理と麦酒の瓶がたくさん並んでいる。

 これだけにぎわっていれば、愛らしい鳥が一羽紛れ込むくらい、問題にならなかろう。——と勝手に決めつけて、アルグはその卓の端に、瓶を蹴倒さないよう気を付けながら降り立った。

 ヌーが脇を上げて声を出す。

「うおっ! ビビった!」

「アルグじゃん。どしたーー?」

 向かい側のチャボが身を乗り出して頭を撫でてくる。反り立った冠羽の触り心地が気に入っているらしいのだが、アルグとしては良い気分ではないので、嘴でぱくっとやっておく。チャボが手を引っ込める方が素早かった。

「ヴァイオレットさんは?」

 ハッカがパンを千切って寄越す。それは美味しく頂いてから、アルグは自分の右足を持ち上げて示した。そこには薄手の白い紙が細長く折られて結び付けてあった。

「——手紙? 読めないけど」

 くぐもった声で言って、首を傾げながらもハッカが手紙を解いた。一応広げて眺めたものの、当然のようにそのままヌーに渡した。

「いつもの記号でもないのか。

 オレも読めねえって、忘れてるわけじゃねえよな」

 二人ともチャボに託そうという気は微塵も無いらしい。また本人も頬杖を突いたまま料理を摘んで食べるばかりで、見ようともしなかった。ちなみに、今日の晩ご飯はほとんどが魚料理だ。

 予想通りの反応なので、アルグは胸を張って翼で叩いてみせた。「任せろ!」と言いたいところなのだが、嘴から出るのは鳴き声だけだ。

 飛び上がってヌーの頭に乗る。

 群青色の魔法陣がほんの僅かに光った。

「ん? なんだ?」

「魔法かな?」

 直ぐに肩に飛び移って、ヌーに手紙の文面を見るよう促す。子供たちに比べると安定性が段違いの肩だった。流れのまま目を向けたヌーは、巨体を揺らして驚きの声を上げた。

「おお! 読めるぞ! いや、読めるのとは違うのか? 意味は分かるぞ!」

「——さすが?」

「魔法って、便利だー」

 ハッカが首を傾げながら、パンをもう一欠片くれる。彼にしなかったのは警戒心が強くて、魔法の効きが悪そうだったからだ。その点ヌーなら豪快……というか、あけっぴろげだ。

 以前に使った翻訳の魔法と同じく、文字が読めるようになったのではなく、そこに書かれた意味が分かるようになっただけ。そして効果も一時的だった。しかしそれを説明する術はない。やはり喫緊の課題は鳥語の通訳で、現在鋭意分析中だ。

 早速ヌーは、大きくて無骨な手で薄紙を持ち、不慣れな様子で目を凝らした。他の二人にも分かるように声に出して読み上げる。

 ヴァイオレットの手紙の内容は、要約するとこんな感じだった。

 無事に大富豪の人には会えました。この屋敷には魔神の鍵があるかもしれません。でも全部を探さないといけないので、時間が掛かりそうです。その間ここに泊まります。そっちは好きにしてて下さい。

「——だってよ」

「おお! やったじゃん! ——やったんだよな?」

 こくんと首を縦に振るハッカ。

「〈鍵〉は大事なモノだったはず」

 もそもそ言いながら、ハッカはヌーが手放した手紙を回収している。卓の上は食べこぼしなどでそこそこ汚れているので、それを回避した上で丁寧に畳み直し、そして自分の懐に大事そうに仕舞った。

「旦那が熱心に探してた色ガラスだな。

 先行き明るいじゃねえか。トリのおかげだ」

「じぇー」

 ただの鳴き声を返事にする。

 アルグは肩から卓上へと戻った。上でしっかりと物色してある。中央付近の皿だ。枝豆が山盛りに残っていた。その皿を嘴で引きずって端に寄せる。翼以上に嘴使いは難しい。しかし何事も精進だ。お尻を突き出してなんとか運び、苦戦しながらもくわえたサヤから豆を取り出して食べる。それを見たハッカが手を貸そうとしてくれたが、丁重に辞退した。安易な道は選ばない。この世で最も偉大な魔法使いたる者としての、心構えだ。

「でも時間掛かるってよ。手伝いもいらねえみたいだし、どうするよ」

「——オレは、また、ヴァイオレットさんのところ……」

「それ、意味ある?」

「あれなら、屋敷もイケると思う」

「夜もずっとだろ? おまえそれ、理由はどうあれただのアブナいヤツだぞ」

「…………」

 そんなことはない、とうつむいて口の中で呟くのが、側にいたアルグには聞こえた。

 状況が呑み込めない。——が、よくよく見れば、ハッカの服には草切れが所々に付いていた。そこから想像するに、彼は昼間の内に塀のどこかからコルトコネ邸に忍び込んで、恐らく雑木林から様子を窺っていたのだろう。あれだけの屋敷だから——中身もあんな状態だから、塀には魔法で侵入防止と警報の仕掛けがしてあったはずなのだが。そこは本職。抜け穴を見付けたのか、すり抜ける技があるのか……。明るかったので庭を通って屋敷に辿り着くのは難しかったのだろうが、確かに暗くなれば、建物の中に潜んでいても見付からないだろう。

 近くに味方がいてくれるのは心強いが。

 事前に知らせてくれないと、活用のしようが無かった。というか、知らされないとただただブキミだ。

「……心配だし」

 ハッカが魚を三つ叉でつつきながら付け加える。

「変な魔法使いが三人も来たし?」

「まあ、見付からなきゃいいんじゃねえか。たぶん」

 それでいいのか、と枝豆を丸飲みしたところで——ハッカと目が合った。

 前髪の間にある瞼の重たそうな眼差しで、眉根を寄せて、執拗に見つめられる。妙なコワい視線をやり過ごそうと首を傾げてみても、さらにはお尻でにじり下がってみても、逃がしてもらえなかった。

「——ヴァイオレットさんには、内緒」

 なんでだよ、というツッコミさえままならない身なのだから、どうしようもない。焼いた魚が嘴の前に差し出される。その目があまりにも必死で、とても断れそうになかった。アルグは怖ず怖ずと、その賄賂を嘴の先で摘んで受け取った。

 瓶ごと麦酒をあおってヌーが言う。

「それならオレも、また情報集めでもしてるかな」

 ヌーの言う情報とは、魔神のあれこれではなくギイドの消息についてだ。これもヴァイオレットは気付いていないようなのだが、ここまで魔神の方面ではあまり協力できずにいた彼らは、そんな事をして時間を潰していたのだった。

「なにかあった?」

「いやぜんぜん」

 ハッカの問いに、ヌーは簡単に首を横に振った。そうして魚の揚げ物にかじり付く。

「人形とかよく分からんけど、旦那は見てくれを変えられるってことだろ。だったら今はオレたちの知ってる姿形すがたで動いてねえのかもな。そうなると、お手上げだな」

「たしかに……」

「あっちこっちで起きてる、ヤバそうな話は聞けたけどー」

 チャボもヌーと一緒に聞き込みをしていたのか、暢気そうに口を挟んだ。

 ヌーが肩をすくめた。

「旦那が首突っ込んでるかなんて、そこに行かなきゃ調べようがねえ」

「探すの、難しいのか……」

 ハッカは猫背の肩をより丸めた。

「だなあ。

 でもよ。こうやって魔神を探してたら、どっかでかち合うんじゃねえか。同じもン探してるわけだろ」

「おお、そうだ!」

 そこでぽんと手を打ち鳴らしたのはチャボだ。

「あっちに見付けてもらうのもアリじゃん。ならおれ、小遣い稼ぎしてる」

「いいんじゃねえか、ソレ。

 ついでに路銀の足しにもなるし。思ったより長旅になって、持ち出した分じゃ心許なくなってきた、て嬢ちゃん言ってたぞ」

「あいよー」

 と、チャボは安請け合いする。小遣い稼ぎと言っても、意外にもそれは盗人稼業のことではなかった。そして安くもないのを、アルグは既に知っていた。

 チャボが気軽に席を立つ。

「じゃとりあえず、踊ってくる」

「おう行って来い」

 ヌーも気軽に受けて、大きな手をひらひらと振った。扇を片手にチャボが向かったのは、店の奥にある一段高くなった舞台だ。何かの折りにはそこで催し物をやるのだろう。この日は何もないようで、がらんとしていた。

 言葉通り、チャボはそこで踊るつもりだ。

 酔った客の悪ふざけと思われてもしかたない軽いノリ。ユルい笑顔。だが違う。ぜんぜん違う。にぎやかだった店内の一部が、目を奪われ、言葉を失う。

 チャボの踊りは——アルグが何度見ても腑に落ちない、とんでもない上手さなのだった。

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