第22話 過去と出会い

 ヴァイオレットは貧しい家に産まれた。

 狭くて小汚い家に、兄弟姉妹がたくさん。いつもにぎやかだったけれど、いつもなんだか忙しなくて、家族みんなで働いても、その日の食べ物を用意するだけで精一杯だった。

 八つになった頃、ヴァイオレットは魔法院にあるボラングッド魔術師養成学校に入れられた。

 バレンラッチ島にある本部に併設されたその学校は、寄宿制だ。学費も生活費も、初めに形ばかりの寄付金を納めるだけで、必要ない。そうやって、主に貧しい家の子供を世界中の島々から集めて、魔法を教えていた。

 魔法学校に入れば、生徒は衣食住を約束された不自由ない暮らしができて、将来の働き口に困らない技術が身に付けられる。——親元にいるよりも、ずっと良い暮らしができる。

 今からすれば、それは子供の為を想っての判断だったのだろうと思える。けれどもその頃のヴァイオレットは、まだまだ子供だった。

 体よく捨てられたのだ、と思った。

 自分がいなくなれば、その分の食べ物をみんなで分けられる。上の兄と姉はもうしっかり働けるし、まだ赤ん坊のような下の子たちは可愛いから。だから真ん中の自分が捨てられた。そう思った。

 自分があまり甘え上手ではない自覚はあった。家の手伝いはする、弟や妹の面倒もみる。でも可愛げがなくて、その上不器用で……。

 わたしはいらない子。

 もう、帰る場所は無い。

 ここでやっていくしかない。

 しっかり魔法を身に付けなくては。

 他にはもう、何もないのだから。

 幼心に、ヴァイオレットはそう思い込んでしまった。



 それからヴァイオレットは、必死になって勉強した。

 最初は魔法の基礎理念や一般教養のような座学が中心だったから、元来まじめで辛抱強いヴァイオレットには、特に苦にならなかった。精神修養なんてものはなんだかムズカシくてよく分からなかったけれど、周りも同じ様な子供ばかりだったから、それなりに優秀だった。

 状況が変わったのは、十歳を過ぎて、魔法の儀式を終えてからだった。

 本格的に魔法の修練が始まって、授業も実技の時間が増えていった。ヴァイオレットもそれまで以上に勉学に励み、そして一所懸命練習を繰り返した。

 ところが、どんなに頑張ってみても思うように上達しない。たどたどしいような弱々しいような、へたくそな魔法しか使えない。

 どうしてなのか。

 ヴァイオレットは必死に考え、教師にも相談し、何度も何度も実際に魔法を使って練習してみた。それなのに、そんな努力に見合った成果は得られなかった。

 何も、間違えていないはずなのに。

 ヴァイオレットはただ困惑し、焦った。

 その上、他の子たちが——それも今まではヴァイオレットよりも出来なかったはずの子たちが、同じ課題をいとも容易くこなしてしまう。ほとんど練習しているようには見えなかった。実際あまり苦労せず、時には初見でやってのけてしまう。

 どうしてだろう。何がいけないの?

 それがなおさら、ヴァイオレットの焦りを募らせた。そして戸惑いながらも、少しも怠らずに勉強を続け、また鍛錬を重ねた。



 学校の雰囲気にも、ヴァイオレットは上手く馴染めなかった。

 魔法にばかり打ち込んでいたヴァイオレットは、友達が多いとは言えなかった。それでも一緒に食卓を囲んだり、空き時間に雑談をしたり、机を並べ杖を振って学んだりする子たちはいた。それが楽しくないわけでもなかった。しかしそんな子たちにさえ、ヴァイオレットは何か距離のようなものを感じて、本心から打ち解けられなかった。

 魔法学校にはいろいろな立場の子供が集まる。魔法院の孤児院から持ち上がりで入学した子たちは、独特の空気と結束があって、近付きがたい。金持ちや貴族の子息・令嬢は、それだけで住む世界も——待遇も異なる。

 そして、そうした立場以上に生徒の待遇を左右したのは、「成績」だった。

 儀式から一、二年が経って優劣がはっきりしてくると、生徒に対する教師の扱いが、あからさまに変わった。優れた者を優遇し、劣った者を冷たくあしらうようになった。

 それに伴って、生徒同士の付き合いも変わっていった。成績上位の者が幅を利かせて、下位の者をいじめるようになったのだ。

 その頃にはすっかり劣等生だったヴァイオレットも、たびたび嫌がらせを受けた。それに何も感じないほど無頓着ではいられなかったけれども、同じような扱いを受ける子たちはそれなりにいたし、変わらず接してくれる子たちもいたので、ヴァイオレットは強いて気にしないようにしていた。

 そんないじめよりも、出来ない自分がただただ情けなかった。出来ないからダメなんだ。悪いのは、自分だ。そんな風に思って、よりいっそう頑張った。鬱陶しがられ、邪険にされても、教師に教えを請うた。「無駄な努力」「駄目なら早々に諦めた方が君のためには良い」なんて言われても、止めなかった。

 もしかしたら、そんな態度が逆に可愛くなかったのかもしれない。あまりに出来ないのに、必死になる姿が滑稽だったのかも。いじめっ子に媚びへつらうことも、卑屈になることもなく、意地になって頑張っているのが、気に食わなかったのかも。

 断念して学校を去る子がいる中で、ヴァイオレットは頑なに努力を続けた。そしていつの間にか、いじめの矛先がヴァイオレットに多く集まっていた。

 どうしてだろう、と思う。みんな仲良くは無理でも、上手く付き合いたいのに。ぶつかりたいわけではないのに。どうしてか噛み合わない。

 気にしないように努めても、情けなくて、悲しくて、悔しくて……どうしても堪えられないときは、独りになって泣いた。ひっそりと隠れられる場所を探して、膝を抱えて、声を殺して泣いた。そんな自分も、ヴァイオレットは嫌いだった。

 どうしていいか、分からなくなっていた。

 ほんの僅かずつしか上達しなくても、ただひたすらに、魔法に打ち込み続けた。ヴァイオレットには、もう、そうすることしかできなかった。




     ▽ ▽ ▽


 一年ほど前のこと。

 学校で試験があった。

 事前に与えられた課題に対して、その解決方法をそれぞれが考え練習して、試験の当日に実践するという形式のものだった。

 ヴァイオレットはいつものように必死に課題に取り組んだ。そしてこの時は、いつになく手応えがあった。これならきっと大丈夫。きっとではない——絶対に、上手くやれる気がした。

 そうして挑んだ試験。

 ヴァイオレットは少しの失敗もなく、これまで以上の力を発揮して、最大の結果が出せた。今までの努力が実を結んだ。そう思うと嬉しくて仕方なかった。

 しかしそんな喜びは、ほんの束の間だった。

 同じ学年の中でも一番に成績の優秀な子——そしてどうしてか、ヴァイオレットを目の敵にする子の番になった。その子の魔法は、抜きん出ていた。ヴァイオレットが考えついても出来ないような魔法を使って、見事に、鮮やかに、課題を解決してみせた。段違いだった。

 それだけでも愕然としたのに、続く他の子たちまで、素晴らしい出来栄えだった。ヴァイオレットよりも、ずっと——。

 結果は明らかだった。

 終わってみれば、ヴァイオレットの成績は真ん中よりも下。それが紛れもない、実力の差だった。

「その程度で得意になれるなんてお気楽ね」

「ほんと気が知れない」「もっと頑張ったらいいんじゃない? あなたの趣味でしょ。頑張るの」

 わざとすれ違いながら言って、声高に笑い合う。ヴァイオレットは顔が熱くなるのを感じた。目に映る、それが当たり前のように無関心な、教師の冷めた眼差し。仲が良かったはずの子たちが、数人で集まってヒソヒソする。何を言っているのか、分からない。この頃は勉強ばかりで、付き合いが悪くなっていた。

 哀れむ目。非難する目。嘲る目——。

 もう、たまらなかった。

 ヴァイオレットは逃げ出した。



 脇目も振らず走って、行き着いたのは学校の外れにある草地だった。

 そこは、いつもの場所だ。主要な建物や設備から離れた所にあって、季節の花が咲く灌木や立派な樹木が目隠しになってくれる。側に小川もあって、水の流れに安らげもした。いつも——ヴァイオレットはこの場所で泣いている。

 小川に向かってほんの少し傾斜のついたその草地に、勢いに任せて倒れ込む。湿った草を握る両の拳に額を押しつけ、背中を丸めて、堪えに堪えた息を吐き出した。

「……っ……ぅう……わああああぁぁぁぁぁ……っ」

 周りに響かないように、息を多く含んだ掠れた声。それと共に、涙が次から次へと溢れて、手の甲を濡らした。

 悔しかった。

 あんなに頑張ったのに。今度こそ出来たと思ったのに。まったく、ぜんぜん、敵わなかった。自分はどうして、こんなに、駄目なんだろう。どうして、出来ないのだろう。どうして……?

 言われたことはやっている。それ以上のこともやっているつもりだ。ならばいったい何が違うのか。これ以上、どうすればいいのか……。

「……ふくっ。うう……ああぁぁ……」

 それに、悲しかった。

 なんであんな言われ方をされないといけないのだろう。わたしが何かしたのだろうか。他のみんなも、どうして何も言ってくれないの。どうしてあんな目で見るの。

 どうして、こうなってしまったの……?

 わたしが、わたしがちゃんと魔法を使えていれば、良かったんだろうか? わたしにもっと可愛げがあれば、みんな仲良くしてくれた? たくさん頑張っても、必死に鍛錬しても、ぜんぶ無駄だったの? わたしには、なにもできないの? どうすれば良かったの? どうすれば……?

 ……もう、分からない……——。

「……ぅぅうう……」

 ヴァイオレットはただただ泣いた。

 堪えようとは思っていなかった。閉じた視界には、ぐちゃぐちゃになった頭の中身しかない。気持ちが溢れようとするから、歪む口元からぜんぶ吐き出してしまう。ここには一人きり。ただ涙を流す。

 こんなにも自分は情けない。

 どうにもできない。

 悲しい。

 惨めだ。

「…………もう、イヤ……」

「鬱陶しい。

 いい加減、泣き止め」

「!」

 びっくりしすぎて、心臓が飛び跳ねた。

 心臓だけではなく、体ごと頭を跳ね上げた。

 ひ、人がいた??

 そんなっ、まさかっ。だって、誰もいなかったはず。いや、確認はしなかったけれど。

 きょろきょろする。あまりに唐突すぎて、頭に降りかかった声がどこから聞こえたのか分からなかった。一つに結んだ長い黒髪が背中で跳ねる。

 その人は、夕日を背にしていた。

 ヴァイオレットよりも少し上の位置。草の斜面に片足を立てて腰を下ろす。正式な場にも出られそうなきちんとした身形に、外套を羽織る。そのどちらともが真っ黒で、夕焼けにちかちかするヴァイオレットの目には、地面の影が形を持ったかのように見えた。

 少し長めの黒髪の、痩せた男の人。

 年齢だけなら魔法学校の教師といったところだろう。けれども教師ならば魔法院の紺の制服を着ているはずで。もちろん深緑の学生服でもない。

 だ、だ、だ、誰……??

 見るからに怪しい人物だった。

 しかしヴァイオレットはそこに人がいたという事実だけで混乱してしまって、口をぽかんと開けたまま、何も言葉が出てこなかった。

 男はヴァイオレットの方を見ていた。暗闇そのもののような黒い瞳が、不快を隠しもせず細められる。

 それで気が付いた。

 自分はなんて間抜け面をしているのだろうか。

 慌てて座り直し、そして手の平で顔をこする。きっと涙でぐちゃぐちゃだ。睫毛だってじっとり濡れているし、目は真っ赤に充血しているだろう。その上、構わずに走ってほつれた髪が頬に張り付いていた。制服も——手も、土と草切れまみれ。今、その手で顔を拭いてしまったから、余計に汚れただけかもしれない。

 もしかしなくても、ひどい顔に違いなかった。見ず知らずの人の前なのに——いやいっそ、見知らぬ他人であって良かった。

 いつからそこにいたのか。全く気が付かなかった。初めから全部見られてしまったのだろうか。そう思うと、羞恥心で死にそうだ。さっきとは別の理由で泣きたくなる。

 一人でおろおろするヴァイオレットの耳に、ため息が聞こえた。こわごわ窺うと、黒い男は目が合う前に、ヴァイオレットから視線を外した。

「力に屈して逃げたか。

 用が済んだのなら、消えろ」

 低い声だった。静かというよりは、ただ平坦で陰気な声音。それなのに、不思議と耳に届いた。細い顎の線が、夕焼けに浮かび上がって見える。表情の薄い冷めた横顔。それは無関心の表れ。

 ヴァイオレットは少しむっとした。

「ど、どうしてそんなこと、あなたに言われないといけないの」

 声を出したら、止まったはずの涙がこぼれ落ちた。再び頬を濡らしてどこまでも溢れてしまう。本気で止まってほしいと思うのに、目頭に力を込めても、唇を噛みしめても、止まってくれない。震える声まで上擦って、みっともなくしゃくりあげてしまう。

「……っあ、あなたこそ、行って下さい。

 ここは、わ、わたしが、いつも——」

 ——泣いている場所なんだから。

 そんなこと、余計に情けないだけで、言えるはずがなかった。止めどない涙を、指の背で拭って誤魔化す。

「憐れだな」

「っ……」

 ヴァイオレットは小さく肩を揺すった。

 声には同情の欠片もなかった。顔を上げても、ヴァイオレットの方を見てもいない。あさってを向く黒々とした眼差し。ほんの僅かに寄せられた眉が、嫌悪を示す。

 見たくもない、ということか。

 続く言葉も、たぶん、独り言だった。

「独りで泣くくらいなら、やり返せばいいものを」

 菫色の瞳を揺らして、濃い影の内にある男に視線を彷徨わせる。この人にとっては、それはあたりまえのことなのかもしれない。ヴァイオレットは冷たい横顔を見ていられなくて、うつむいた。膝の上に置いた指先を無闇に絡めて、ぼそり呟く。

「やり返すなんて、そんな……。

 そんな相手、いません。

 わたしが……悪いのに……」

 分かっているつもりだ。仕返しなんて筋違い。からかわれ、意地悪されてしまうのは、自分ができないから——。

「だったら何故泣く」

「え……?」

 意識の隙間を縫って突かれたようだった。

 何度目か顔を上げると、男はヴァイオレットを見ていた。さっきまでと変わらない薄い表情。しかし声にも、眼差しにも、それまでにない感情が色濃く表れていた。率直な苛立ち。胸に湧く想いをそのままに、吐き捨てる。

「馬鹿馬鹿しい。

 おまえに優しくしない世界だ。何を遠慮する。

 全部壊してしまえばいい」

「…………」

 冗談としか言えないような極論だった。普通ならこの男の言う事の方が、馬鹿馬鹿しいと聞き流されてしまうだろう。そのはずなのに、そう笑い飛ばせない空気が、この影のような男にはあった。冷え冷えとした風が吹き抜けたような気がした。

 急に分からなくなる。自分はいったい何と対峙しているのか。そこにいる男が、まるで得体の知れない怪物のように思えた。口を開いても言葉が喉の奥に詰まって、直ぐには出てこない。

「——そんな……、そんなの、飛躍しすぎてます。

 できるはずない。そんなこと……。

 無関係の人だってたくさんいるのに……」

 向き合う黒い瞳の強さに負けて、反論する声さえ、最後には力なく消えてしまう。

 男はつまらなそうに言った。

「できないのはおまえが弱いからだ」

 その一言は、ヴァイオレットの胸を刺し貫くように響いた。

 男はまたヴァイオレットから目を離し、そして続けた。

「おまえは結局、非難され、拒絶され、独りになるのを恐れているだけだ。

 だから他人を思い遣ると言い、己が悪いと言って何もしない。

 それが優しさか。正しさか。単なる言い訳だ。

 弱いから何もできない。それだけだろう」

「……」

 何も言えなかった。

 暗い声。平坦な声。

 真っ暗な闇の先から忍び寄って、不意に全てを浸してしまうような、そんな声。

 ひどい、と思う。

 誰かも分からない初対面の人物に、どうしてそこまで言われなければならないのか。聞くのが辛い。耳を塞いでしまえばいい。けれど聞かずにはいられなかった。余所を向く男の顔から——その影色の瞳から、ヴァイオレットは目が離せなくなっていた。

 言葉を重ねるうち面倒になったような適当な口振りなのに、そこには確かな意志がある。信念がある。ヴァイオレットが初めて目にするような。

 なんて——強い人なんだろう……。

「——あなたは、するのね……」

 囁くように、言葉にする。

「そうだな」

 投げ遣りにも聞こえる調子で言って、男は立ち上がった。小川を渡る風に漆黒の外套がはためく。乱れる髪を、長い指先で押さえる。

 この人は、どこまでも本気だ。

 この人なら言葉どおり、たった独りでもやるのだろう。誰に邪魔されても、世界中から忌み嫌われても。自分の目指すものを少しも曲げずに、貫き通してやり遂げてしまうのだろう。

 すごい……。

 なんて、恐ろしい人……。

 ヴァイオレットは呆然と見上げた。体を支える掌で、草を強く握りしめる。

 わたしも、この人みたいになれるだろうか……。

 この人のように強く。強くなれたら……。

 男が踵を返して、前触れもなく行ってしまう。

「あっ! 待って!」

 思わず声を上げ、ヴァイオレットは立ち上がった。しかし草の地面はやや湿気ていて、その上ゆるく傾斜があって、さらにヴァイオレットの心はぼろぼろで、足に力が入らなかった。

 滑って転ける。

 頭の上からすっぽ抜けるみたいな悲鳴を上げた。みっともなく草地に腹を打ち付ける。

 呼び止める声はつるっと無視したくせに、それらの無様な物音には足を止め、男は怪訝に振り返った。急いで顔を上げると目が合って、鋭い目をほんの少し眇められる。呆れているらしかった。

 その微かな表情の変化を見て取って、ヴァイオレットの口から言葉が飛び出た。

「わたしも一緒に行かせてください!」

「断る。泣き虫は目障りだ」

「!」

 ぐっ……となる。初めから終わりまで手厳しい。しかしヴァイオレットはめげなかった。首を精一杯横に振る。

「ならもう泣きません!

 だから、一緒に……!」

「…………」

 男が心底から鬱陶しそうにヴァイオレットを見遣る。その視線だけでまた息が詰まった。やがて背を向けて、行ってしまおうとする。ヴァイオレットは慌てて立ち上がり、足早なその背を追った。

 自分でも意外だった。

 でももう決めてしまった。

 この人がどんな人でもかまわない。

 というより、絶対に善い人のはずがない。そもそも関係者以外は立ち入れないはずの場所に堂々といるのだから、不審者以外の何者でもない。とんでもなく酷い人で、しかも何事かを企んでいる悪い人に違いなかった。

 それでもいい。

 この人のようになりたい。

 この人について行こう。

 どこまでもついて行って、この人のやる事を近くで見たい。

 そう思った。

 そして、ヴァイオレットも変わるのだ。

 これまでの自分はここに置いて行く。弱虫の涙ももういらない。もう、独りで、うじうじと泣いたりしない。

 強くなる。

 そう、決めた。


 その日、ヴァイオレットは宿舎に戻らず、魔法学校からも姿を消した。

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