第14話『通り過ぎるОL』

 透子がホルガーと対峙していたとき、モルタたちもまた城に侵入していた。

「ホルガー様はチーフに任せていても平気だろう。我々は我々のできることをするぞ」

 モルタの言葉に弟たちもうなずき、彼らは廊下を駆けだした。

「一体どこだろう」

 問いかけたのは次男ラルド。

「わからん。とりあえず一旦大広間まで行き、そこから手分けしよう」

 モルタが答え、三体は大広間へと向かった。

 正面玄関がある大広間。エーファの部屋からはかなり離れているため、平和さえ感じるほどに静まりかえっていた。

 大階段の上で、モルタは指示を飛ばす。

「よし、では手分けして探そう。私は玉座を中心に城内を回る。ラルドは庭園や農園、ロースはダンジョンの方を回ってくれ。では」

 行こう、そう言おうとしたときだった。

 ばん、と勢いよく正面玄関が開き、三体は驚いて階下に顔を向けた。

「やぁ! パーティには間に合ったようだね!」

 歌劇団のような芝居がかった口調。だがそれ以上に、モルタたちはその男の眩しさに目を細めた。

「ん? そこにいるのは従業員かな? 出迎えご苦労じゃないか。だが、客を見下ろすのはいただけないねぇ」

 全身を黄金の鎧でまとった男。趣味が悪いの一言に尽きるが、その腰のものは馬鹿にすることはできなかった。

「……勇者」

 モルタは苦々しく呟く。頭の悪そうな外見ではあるが、腰に下げたものは間違いなく聖剣であった。

「おや、この剣が気になるかい? なかなかいい目をしているね。そうとも! これは聖剣ハープギーリヒ! 我が家に代々伝わる由緒正しき聖剣さ!」

 聖剣ハープ略を高々と掲げる金ピカ勇者。が、そんなことは聞いていないし聞いている暇でもない。

「勇者がなぜこの城に。そもそも結界が張ってあったはずだ」

「ふふん、反抗的な目つきだね。まあいいだろう。僕は招待されたのさ、結界に阻まれるはずがないだろう」

「招待……そういうことか」

 短い言葉だったが、モルタが理解するのには十分だった。ホルガーがこの男を手引きしたのだ。今までにやりとりしていた文の多くも、この男とのものだったのだろう。

「大方、城を追い出したチーフや我らを討伐させるつもりだったのだろう。用意周到なことだ」

「オークのくせに頭が回るね。そういうことさ。さぁ、パーティを始めようじゃないか。大人しく斬られるのと、抵抗して斬られるのとどちらがいい?」

 すらりと聖剣を抜く金ピカ勇者。

 少し前までのモルタたちなら、すでにくるくるの尻尾をさらに丸めて逃げていただろう。だが、今は違う。

「チーフに感謝するべきだな」

 剣と盾を握り直し、モルタは大階段から飛び降りた。その重量に石畳の床がひび割れたが、鍛えてきた体には何の問題もない。

「この勇者を追い返したら、ご褒美に殴ってもらえるかな」

「特別手当くらいは期待してええやんな?」

 続いて、ラルドとロースも飛び降りてくる。

「おいおい、冗談だろう? 彼我のレベル差くらいはわかるはずだ。勝てない相手からは逃げる。君たちの上司はそんなことも教えてくれなかったのかい?」

「ああ、逃げたら殺す、と教えてくれたよ」

 嘘でも何でもないモルタの言葉に、勇者は顔と腹に手を当てて爆笑した。

「いやぁ、君たち最高だよ! 喜んでハープギーリヒの錆にしてあげよう」

 勇者が聖剣を構える。モルタたちもそれぞれの得物を構えた。

「合わせろ、行くぞ」

 モルタを先頭に、三兄弟はオークたちとなって勇者へと突撃する。

 両刃剣、ハルバード、釘バットが次々と勇者へ襲いかかった。勇者はそれをあくびしながら聖剣でいなす。完全に舐められていたが、

(ここからだ!)

 彼らの本領は次の囲い込みからだ。カーヤにしたときと同じように、三体が一斉に武器を振り下ろす。が、

「何……!?」

 全く同時に、全てが受け止められていた。

「馬鹿な……」

 モルタは言葉をなくす。一斉攻撃と言っても、三体が同じ所を攻撃するわけではない。当然ながら少しずつずらしたところを狙う。だがこの勇者は自らの位置をずらすことにより、被弾箇所を一点に集めたのだ。

「言っただろう、レベルが違うと」三本の得物を受け止めたまま、勇者は口を開く。「レベルってのは腕力や防御力だけじゃない。戦闘経験も含まれるのさ。この平和な町に飛ばされるまではそこそこ激戦地にいてね、同時攻撃なんて珍しいものでもなんでもないのさ。それっ」

 勇者は軽く剣を振るう。それだけで、三体は散り散りに吹っ飛ばされた。

「まだやるかい? 面倒は嫌いなんだけれど」

「当然だ」

 モルタは立ち上がる。ラルド、ロースも体勢を立て直した。

 そんなオークたちを見て、勇者は深々とため息をつく。

「イヤだイヤだ。知ってるんだよ、君たちみたいなのは意外としぶといんだ。どれだけ攻撃を受けても、ゾンビみたいに起きあがってくる。だから――」

 勇者は懐から小瓶を取り出し、床に叩きつけた。

「――君たちの相手は他の連中に任せるよ」

 モルタは眉をひそめる。他の連中? 仲間や部下がいるのか、今の小瓶は何かの合図なのか。

 様々な思考が巡ったが、割れた小瓶から漂う匂いに、モルタははっと息をのんだ。

「すぐに玄関を閉めろ!」

 玄関の近くにいたラルドにそう怒鳴ったが、ラルドの反応は間に合わなかった。

「キィッ!」

 甲高い鳴き声が響き、玄関から小さな影が飛び込んできた。ラルドはとっさに反応し、それをハルバードで弾き飛ばす。

 ごろごろと転がって動かなくなったそれは、小さなゴブリンだった。

「魔族のフェロモンか……」

「ご名答」

 歯ぎしりをするモルタに、勇者は笑顔を向ける。

「君たちのようなそこそこ知能があるモンスターには使えないがね。野良ゴブリン程度の低級モンスターはよく釣れる。さあ、もっともっと来るぞ」

 勇者の言葉通り、玄関の外にはゴブリンが次々と集まりつつあった。十や二十ではない。

「僕以外を狙うようにしてある。さっきも言ったが、所詮は低級モンスターだ。君たちの相手にはならないだろうが、多勢に無勢というものは厄介でね、足止めくらいには十分だ。その隙に、私は友の元に行くとしよう」

「く……」

 モルタたちに比べれば、ゴブリンなどただのボールのようなものだ。それでも大量に投げつけられれば痛いし腹が立つ。無視しようとしてしきれるものでもない。

 狼狽する間にもゴブリンたちは増え続け、とうとうモルタたちに襲いかかり始めた。一匹を吹っ飛ばしても、すぐに次が飛びかかってくる。

「ふふん、せいぜいそこで戯れていたまえ。あのクソ女を倒したら、すぐに戻ってきてあげるよ」

 鎧の音を鳴らせながら、勇者は大階段を登っていく。見た目はアレだが、あの勇者はかなりの手練れ。いくら透子であっても、ホルガーと同時に相手をするのは無理だろう。

「くそっ、くそっ!」

 悪態をついてもゴブリンたちが減るわけではない。ラルドとロースもいなすだけで手一杯のようだ。

「ふふふ、いい様だ……な?」

 大階段を登りきった勇者が、混沌と化した階下を見下ろして一笑に付す。だが、その笑顔がすぐに凍り付いた。


「おお、盛り上がってんな」


 野太い声。「キ!?」とゴブリンたちがその声の方に反応した。

「何だ」とモルタが呟くや否や、黒く小さな影が流れ、モルタの周りにいたゴブリンたちが倒れ伏した。黒猫のような影は目にも止まらない早さで走り抜け、ラルドとロースの周りにいたゴブリンまでもが沈黙してしまう。

「おおいオスカー、全部やっちまったらダメじゃねえか! カーヤの分も残してやれよ」

「いや、テオさん、そ、その心配はないみたいですよ。城門の方からも次々と来ます……」

 ゴツい男とローブの女、黒猫のような少女に、一切喋らない全身鎧。

 城に乱入してきたのは、もう顔なじみとなった冒険者たちだった。

「よし、じゃあ俺とヴァントで玄関を食い止める。オスカーは討ち漏らしを中で処理してくれ」

「あ、あの、私は……?」

「決まってるだろう?」

 テオバルトは満面の笑みを浮かべた。

「お前は外でソロプレイすんだよ。経験値の山だぞ、ほれ、行ってこい」

「ひ~ん、テオさんの鬼~!」

 テオバルトに尻を蹴られ、カーヤは涙目で外に飛び出した。なんだかんだ言いつつ、錫杖でゴブリンをノしている。ゴブリンの方が涙目だ。

「貴様ら、魔族の肩をもつのか」

 怒気をはらんだ声は階段の上からだった。

「この城にはお世話になっててな、潰れてもらうと困るんだよ。それに、俺たちが肩をもつのは魔族に対してじゃない」

 テオバルトはつかつかと歩き、モルタの肩に手を回した。

「このオークたちに対してさ」

「あんたたち……」

 困惑した声はモルタのもの。身長差があるため、モルタはやや前屈みになる。テオバルトはそんなモルタにウィンクした。

「あんたらはどうも他人に思えねえ。ゴブリンたちは俺たちが引き受ける。あんたらはあの悪趣味な勇者を相手してやれ」

 モルタは玄関を一瞥した。ゴブリンは外でカーヤが大多数を処理しているらしく、ヴァントと呼ばれた全身鎧は暇そうに突っ立っている。オスカーに至っては、その場に座って本を読んでいた。

「ちなみに、そっちに関しては手を貸さねえからな。俺たちはただの経験値稼ぎ。城の問題は城の連中で何とかしろ」

「……ああ、恩に着る」

 モルタはテオバルトに親指を立て、階段の上の勇者を睨みつけた。

「だそうだ。悪いが、相手をしてもらうぞ」

「くっ、冗談じゃない。面倒は嫌いとぐほゅ!」

 無視して去ろうとする勇者。廊下の方に消えかけたが、吹っ飛ばされて帰ってきた。

「ちょっと、急に飛び出してくるんじゃないわよ、危ないわね。って、あんたは……なるほど、ちょいちょい手紙をやりとりしてるとは思っていたけれど、こいつが相手だったのね」

 そして廊下の影から飛び出したのは透子だった。どうやら出会い頭に蹴り飛ばしたらしい。問答無用である。

「チーフ、無事だったか!」

 モルタの声に、透子はようやく階下の様子に気がついた。

「……あんたたち、ホルガーを見なかった?」

 そう問いながら、透子の目は玄関をゆっくりと見渡している。

「いや、残念ながら見ていないな」

「そう」

 その問答が終わると同時に、透子は状況を把握したらしい。一切の躊躇いなく、金ピカ勇者を大階段から蹴落とした。

 鎧をやかましく慣らしながら階段を転げ落ち、ガラゴロンと床に転がる勇者。完全に白目を剥いている。聖剣を手放していないのは見上げた執念だ。

「その馬鹿にも浅からぬ因縁があるんだけれど、私はホルガーの相手で忙しいの。そいつの相手はあんたたちに任せるわ。ああそれと――」

 透子はモルタたちにとびっきりの笑顔を見せた。

「――負けたら殺すから」

 それだけを言い、透子は大階段の上を横切っていく。勇者が勢いよく起きあがったのは、ちょうど透子の姿が見えなくなってからだった。

「あの女ァァァ! よくもこの僕を二度も足蹴に! 絶対に許さ――」

 激昂する勇者だったが、とっさに振り返って聖剣を構えた。その白刃にモルタの両刃剣が重なる。

「不意打ちとは、騎士のような格好をしておいて意外と狡いな」

「負ければ殺される。必死の表れと思っていただきたい」

「いいだろう、レベル差を忘れたとは言わせないぞ。そんなに死にたいなら相手をしてやる! さぁまとめてかかってこい!」

 勇者が吠える。

 それに呼応し、モルタもまた声を上げた。

「行くぞお前たち、ここが正念場だ!」


                *     *     *


 大きな扉を勢いよく解き放つ。

「よくここがわかりましたね」

 果たしてそこに、ホルガーはたたずんでいた。

 体育館ほどの大部屋。扉からは幅広の赤絨毯がまっすぐに延びており、階段の上――玉座へと続いている。そう、ホルガーがいたのは王の間だった。

「魔王になる、なんて馬鹿なことを吹いてたからね」

 以前「魔王になってやる!」などと天に向かって叫んだことなど、透子はすっかり忘れている。

「ともかく、フィナーレにはお似合いの場所ね。あんたの最期にはもったいないでしょうけれど」

「何とでもおっしゃい。どの道、貴女はもう私に攻撃できないのですから」

「は? 何を寝ぼけたことを……」

 そこまで言ったところで、透子はホルガーの言いたいことを悟った。彼の背後には玉座があり、そこに手を後ろに回された男が座っていた。

「魔王、様……」

 絶句する透子。魔王は俯いたままピクリともしない。気を失っているのだろう。

 だが、透子が言葉を失ったのは、そんなことに対してではなかった。

(完全に忘れてた……)

 愛してやまないエーファ。そして憎いホルガー。この二人のことで頭がいっぱいで、肝心の城主のことを失念していた。

 まあそんなことはどうでもよろしい。

「なるほど、人質ってわけね。いや、この場合魔王質かしら」

 透子は即座に思考を切り替える。大切なのは、今起こっていることだ。

「あくまで貴女方を排除するまでですよ。その後に、私と魔王様の桃源郷を造り上げるのです。そうですよね、魔王様?」

 魔王の方へ振り返るホルガー。それに応えるように、魔王アーダルベルトはゆっくりと目を開いた。

「起きてたの!?」

 これに驚いたのは透子である。

「魔王ともあろう方が、どうしてこんな男の言いなりになっているんですか!」

 透子の言葉には何も答えず、魔王は再び目を閉じた。その仕草を、まるで全てを諦めたかのように感じ、透子は少し苛立つ。

「無駄ですよ、透子さん」

 ニヤニヤと笑うホルガーに、透子の苛立ちはさらに募った。

「魔王様は争いを憎んでいらっしゃるのです。透子さんも良しとされたではありませんか、ラブ&ピースですよ」

「……本当にそれでいいのですか」

 透子の言葉は、魔王に向けられたものだった。

「そこまで争いを疎むのであれば、恐らく過去に何かあったのだと推測します。ですが、私はあなたの過去になど興味はありません」

「……相変わらず、はっきりものを言う人だね」

 魔王が口を開いた。せっかくのダンディボイスだが、少しかすれている。

「でも、僕はもう争いごとはごめんなんだ。もう、人を傷つけるのは嫌なんだよ」

 まるで、何かに懺悔するかのような口調。ダンディなオジサマがしょげているというギャップ。普通の女性ならくらっと来たかも知れないが、残念ながら透子は普通ではない。

「チッ」と透子が舌を打ったが、魔王には聞こえなかった。

「五年前、僕はある理由で町を襲った。だが、結果は最悪に終わった。あのときに決めたんだ、暴力とは決別すると」

「……で?」

 透子が一歩踏み出した。ホルガーが魔王の首元にナイフを当てる。

「近づかないでください。これが目に入らないんですか」

 金さんかよと思いつつも、透子はそれを無視して玉座へと近づいていく。

「近づくなと言うのが聞こえませんか!」

 無視、である。いよいよ透子は、玉座の三歩手前まで来てしまった。

「く……」

 刹那、ホルガーが首元に当てたナイフに目を落とした。改めてナイフの場所を確認するためだったのかも知れない。だが、透子はその一瞬を見逃さなかった。

「ぐへっ!」

 今日何度目かの奇声を発し、ホルガーは真横に吹っ飛んだ。透子の手には、鞘に収まったままの聖剣。

「馬鹿ね」

 床に転がったホルガーを、透子は白い目で見下す。

「あれだけご執心の相手を刺せるわけがないでしょうが。人質に取るなら、自分にとってどうでもいい人を選ぶのね」

 ついでに唾でも吐きそうな勢いでそう吐き捨て、透子は魔王に向き直った。

「立ってください」

「でも、僕は……」

 未だ、過去に囚われている魔王。

 プツン、と透子に中で何かが切れた。

「一介の魔王とも男が――しゃんとなさい!」

 パン、と乾いた音が響いた。倒れてそれを見ていたホルガーも、そして魔王自身も目を丸くする。

 透子の渾身の張り手が、魔王の頬に炸裂していた。

「男がグジグジとみっともない! あなたのその争う力は戦う力よ。そしてその戦う力は、決して人を傷つけるだけのものじゃない。人を守ることのできる力だと、どうしてそう思わないの!」

 まるで母親のように魔王を叱りつける透子。

「それに私が苛ついているのわね、エーファ様が危なかったときに、どうしてこんなとこでのうのうと縛られてるのかってことよ!」

「エーファが?」

 これにはさすがに魔王も顔色を変えた。

「どういうことだ」

 魔王はホルガーの方に顔を向ける。透子にあごを殴られたホルガーは、必死に立ち上がろうと生まれたての子鹿のようになっていた。

「僕が大人しくしていれば、エーファには手を出さないんじゃなかったのか」

「そ、それは……」

 珍しく口ごもり、小さくなるホルガー。まるで将軍に問いつめられたときの悪代官みたいね、と透子は思った。

 魔王は、透子に苦笑いを向ける。

「確かに君の言うとおりだ。無抵抗なだけではだめなときもある」

 魔王の背中から、何か太いものが引きちぎれる音がした。魔王はゆっくりと玉座から立ち上がり、引きちぎった縄を床に落とす。

「僕は僕の力を、守るための力として行使しよう。僕自身を、そして大切な人たちを守るために」

 そう言って、魔王はホルガーを見下ろした。柔和な顔のままだが、ホルガーは「ひ」と息を飲んで後ずさる。

 そんな二人の間に、透子が割って入った。

「残念だけど、こいつは私が決着をつけないと気が済まないの。魔王様は玄関の方に行ってちょうだい。そっちのお客をもてなしておいて」

「独り占めするのかい? 多少なりとも、僕も腹が立っているんだけれど」

「私はそれ以上なの。さっさと行って」

「やれやれ、本当に自分勝手だね。なら任せたよ」

 そう残し、魔王は玉座の間を出て行った。それを見送り、透子はホルガーに向き直る。ホルガーもまた、ようやく立ち上がったところだった。

「……本当に、邪魔ばかりしてくれる」

「ざまあみろ、でいいのかしらね」

 透子としては、完全に追いつめたつもりだった。だがホルガーは、彼らしくない下品な哄笑を上げた。

「魔王様に、私を討たせるべきだったのですよ。貴女の敗因は、そのくだらない意地です」

 ニィ、と笑みを浮かべるホルガー。それは今までのような余裕のあるものではなく、破れかぶれのような、もう仮面も何もかも取っ払ったかのような残忍なものだった。

「もしくは、もっと早くに私にとどめを刺すべきだったのです。そう、私がこの方法を思いつく前に」

 そう言って、ホルガーは懐に手を入れる。そうして取り出したのは、拳より一回り小さい紫色の玉だった。綺麗と言うよりも、禍々しい気配が漂っている。

「悪役というものはね、最後に切り札を隠し持っているものなのです。私の勝ちですよ」

 ホルガーはその玉をゆっくりと持ち上げ、そして、口に入れた。

「うげ」

 透子は眉をひそめる。あんなデカいものを飲み込んだら、自分なら吐いてしまいそうだった。

 だがホルガーは苦しみながらもそれを嚥下していく。今が殴りかかるチャンスかも知れなかったが、透子はドン引きしていて無理だった。

 紫色の玉はどうにか喉元を過ぎたらしい。ホルガーは腹に手を当て、笑い始める。

「ク、ククク……」

 ぞくりと、透子は寒気を覚えた。ホルガーの身体から、悪寒そのもののような気配が染み出していく。魔力だ、と直感で理解した。

「貴、様ノ、負ケダ……」

 低い、まるで地鳴りのような声。明らかに今までのものではない。

 透子はホルガーと距離を取り、聖剣を構えた。

「殺シテヤル、殺シテヤルゾ!」

 咆哮とともに、魔力が増大する。


 ホルガーの身体が、変化した。

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