09⇔品位なき豚野郎
「どうしたんですか? 急に呼び出して」
ヴディエからの招集に応じると、今度は美女がいない。目の保養になるというのに、今日は最初から武装した男たちが後ろに控えている。
今までとはどこか違う雰囲気だ。
まさか、今さら金を出したくないと渋っているのか? 正直、ここでつっぱねられても、抵抗などできない。
組織としての規模が違う。
地力の差がありすぎる。
泣き寝入りするしかない。だが、
「いえいえ。ただ報酬を払おうと思いまして。あなたのおかげで随分儲けさせてもらいました。これが謝礼です」
目の前に広げられたのは、札束。
しかも、かなり多い。
いくら稼いだとしても。
これが暗に、アルの情報の口止め料だったとしても。
あまりにも多すぎやしないか。
「こんなに、ですか? それにしても、俺はまだ大したことはしていないんですが」
「そんな謙遜なんて意味がないですよ。あなたがあの森エルフに何を言ったかは分かりませんが、とても真面目に金のなる木を栽培してくれました。そのおかげで私も随分懐が温かくなりましたよ」
「あいつが……?」
数日前。
最後に会った時、ちゃんとディズミアを栽培するようには念は押した。
だが、あれはあくまで建前。
ほんとうにしてくれるとは思わなかった。
だって、アルは精霊魔法で自分の親を殺したのだ。使えば使うほどに、あの時の――同族殺しの辛い記憶が蘇るはず。だから今まで渋っていた、というのも考えられる。
それなのに、やってくれた。
……一体何のためにかは分からないが。
「ええ。ですので――」
「あの森エルフを処分しようと思います」
えっ、と頭の上に疑問が浮かぶ。
「なっ、処分? 奴隷として売るとか、他に有効活用のしようがありますよね?」
「うーん。確かに奴隷市に出せばそれ相応の金はもらえますが、そうしてしまうと稀少価値が下がってしまうんですよ。ディズミアを売ることによって、私と同じ考えを持つ者が増えてきているようです。なにかしらの方法を使って森エルフを攫うことに成功してしまったら、大変なことになる。そうなると、ディズミアは市場に溢れかえってしまう」
「だったら、価値が下がる前に、全てのディズミアを売ればいいんじゃないんですか?」
「そうするのが一番手間がかからないですが、それでは旨味が少ない。今からです。今からもっと価値が跳ねあがります。そのための情報の根回しはしている最中です。だから殺さなければならない。あの森エルフを殺しさえすれば、私は一財産を築くことができる」
確かにそうだ。
集団戦の得意な森エルフの集落を襲うのは無謀すぎる。
だが、ここにいるアルならばどうだ。
まだ可能性はある。
生きているはぐれ森エルフを誘拐して、ディズミアを栽培させれば他の者が金を稼ぐことができる。
だったら、今すぐ殺した方がいい。
「なるほどね……理にかなっている。やっぱり、ヴディエさん……。あなた、かなりの切れ者ですね」
「ふふふ。そうですか?」
「ああ、金の稼ぎ方っていうのを分かっている。……だけど、俺が尊敬する昔いた奴隷商人がこういうことを言っていたんですよ。今のあなたに本当にピッタリだと思います」
立ち上がって、拳を握りしめ、
「『金じゃ品位は買えねぇんだよ、豚野郎』」
ヴディエをぶん殴る。
机の上にあったものがひっくり返りながら、ヴディエをブッ飛ばすのは痛快だ。ようやく殴れた。少しはスッキリしたな。
「なっ、貴様、どういうつもりだ!?」
「どういうつもりか、だって? あの森エルフは殺させない。お前を今、俺の手で止めてやるつもりなんだよ。そんなことも分からねぇのか?」
懐から海賊刀を抜く。
久々の戦闘だ。腕がなまってなければいいが。
「正気か……? アズウェル!! 貴様は今一人で、この人数を相手にしようというのか? あんな小汚い森エルフに情がうつったか? 一時の感情で全てを無駄にするとは、商人失格だな!」
「あぁ? 何言ってんだ。俺は元海賊で、それから奴隷商人だ。だから、俺が今からお前にするのは略奪だ。欲しいものは全てを強奪する。金もお前の地位もあの森エルフも、根こそぎぜぇーんぶ、俺の物だ。そして、奪った奴は倍の値段で売らせてもらう。それが俺のやり方なんだよ! 元海賊で、現奴隷商人だからこそできる金の稼ぎ方だよ。だから今……儲けさせてもらうぜ、ヴディエ」
こいつに頭を下げるのもそろそろ面倒になったのもあるが、とにかく全財産強奪してみせる。
「こいつを、殺せえええええええええええええええ!!」
ヴディエの怒号で、一斉に男たちが襲い掛かってくる。
「……ふん」
彷徨をあげて、海賊刀で迎撃する。
とにかく、多対一ならば、一人一人に時間をかけられない。一撃で戦闘不能に陥らせることが絶対条件だ。
場所どりを考え、なるべく一対一になるよう常に身体を動かし続ける。
仲間同士が壁になるように誘導し、身体を切り裂いていく。なるべく急所を狙う。狙いが外れても、どこか身体に当たるような場所へ刃を立てる。地味だが、確実に一人、一人倒れていく。
しかも、こちらは傷一つついていない。
確かに男たちは強いが、護衛任務についていた人間だ。強くとも、所詮は護衛専門。こういう本格的な乱戦時の戦いには疎いはず。
だが、返り血を浴びるごとに思い出していく。
かつての自分がどれほどの数の屍を超えてきたのかを。
「な、なんだこの鬼神の如き強さは……。たかが奴隷商人ごときが!」
「悪いが、そこそこ俺は強いんだ。――俺は人殺しだからな」
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