08⇔海賊の殲滅目標
いつもの独房。
いつものように挨拶をする。
「よう、調子はどうだ?」
だけど、失敗してしまった。いつものように振る舞おうとしたけれど、声が上ずってどうしても意識していることが表面化してしまった。
訝しげな表情のアルは、ずっとアズウェルのことを待っていたように立っていた。
「……この前のこと、どういうことですか?」
「この前のこと?」
「とぼけないでください。同族殺しで人殺しって、どういうことなんですか? あの後、一言たりとも喋ってくれなかったじゃないですか。あれは、本当のことなんですか?」
「嘘だよ、嘘。そう言えば、アルの気をひけるかと思ってからかっただけ。そして、それは大成功! なあ、驚いたか?」
「…………」
かなり怒っている。
怖いな。
このまましらを切ることもできるが、これからの関係にも響きそうだ。
「……分かった。分かったって。……しまったなあ。あまりにもアルが辛そうだったから、ついつい本音で余計なことをペラペラと……。――まあ、結論だけ先に言わせてもらえば、あれは本当のことだ。俺は同族殺しで人殺しなんだ。……他の奴隷商人が可愛く見えるだろう?」
「どうして、人を殺したんですか? ちゃんと、理由があったんじゃないんですか?」
「まあ、理由ならあったさ。アイツは俺の敵だった。だから殺した。……それだけだ」
「アイツ? 敵?」
「……そっか。アルには俺の過去についてほとんど喋ってなかったか? ……俺はな。奴隷商人をやる前は海賊をしていたんだ。そして俺が最初に殺したアイツは、奴隷商人。奴隷船の女船長をやっていた。アイツ――フワイラとは最初そんな関係だった」
今奴隷船に乗っている奴隷達はみんな、アズウェルの過去を知っている。
知ったうえでついてきてくれている。
だがそれは、他に行く場所がないから。
自分の居場所があれば、好き好んでこんな屑と一緒の船には乗らない。
「フワイラ? っていう人は敵だったんですよね? でも、なんだかアズウェル様の口ぶりからして、もっと親しい関係だったような気がするんですけど」
「……まあ、親しいといえば親しかったのかな。少なくとも親しくなるだけの時間はたっぷりあった。何故なら、アイツは牢屋の中にいて、俺は牢屋の番を任されていた。思い返してみれば、今の、俺と、アルみたいな感じだったな、ちょうど……」
「捕まえたんですか?」
「意外そうだな。海賊っていうのは略奪するのが商売だ。海を航海中に出くわした奴隷船を襲って、それから船長を捕虜にしたってなんの矛盾もない。今の俺とは違って、あの時の俺はただ仕事熱心だっただけだ」
あの頃は、今みたいに笑うことができなかった。
笑い方すら忘れて、とにかく生きていくので精いっぱいだった。そんなからっぽな生き方しかできなかったから、現実逃避するためにも仕事に没頭していた。
「でも、そもそもの疑問なんですけど……。アズウェル様は今、奴隷商人ですよね? どうして海賊から奴隷商人になっているんですか? 全然話が見えてこないんですけど」
「そうでもない。海賊は略奪するのが仕事って言ったろ? だから立場を奪ってやったんだ。ついでに、その奴隷船に乗っている奴隷と、奴隷商人。その全員を――」
「俺が皆殺しにした」
アルは予想通りの顔をしていた。
だから話したくなかったのだ。
殺しを自慢する輩もいるが、生憎と自分は殺し屋ではない。元海賊で、今はただのしがない奴隷商人だ。
「……な、こんな面白くもない話をしたって意味なかっただろ」
「どうして……どうして……そんなこと……」
「好きで海賊をしていたわけじゃない。海賊よりも楽そうな仕事があったから、それを選んだだけだ。だけど、奴隷商人は奴隷商人で大変なんだな。やってみなきゃわからなかったし、やっぱりこの世には楽な仕事なんてないかもしれない。どんな仕事だってそこそこ大変なんだって、結構勉強になったよ」
「そういうことじゃなくて! どうして殺さないといけなかったんですか!? 奪うなら奪うでもっとやり方があったんじゃないんですか?」
やり方か。
そんなものは結果論だ。
どうしようもない時だってある。
「お前だって、父親をとめるにしてももっと方法があったんじゃないのか? ……って言われたら、困るだろ? 俺もそうなんだよ」
「そんな言い方、卑怯です」
「卑怯で悪人なんだ、奴隷商人は。……知らなかったのか? 俺もあのヴディエと何も変わらない」
「あの人と……アズウェル様は違いますっ!」
この不毛な言い合いも面倒になってきたな。
調教、洗脳はうまくいっているようだが、あまり懐かれ過ぎても困り者だ。
こいつのご主人様はアズウェルではない。
あくまでヴディエなのだ。
「――そんな暴言、誰かに聴かれたらまた酷い目に合わされる。聴いているのが俺だけでよかった。これからは気を付けるんだな」
傷だらけになっているアルを直視できない。
傷を作った原因の一つに、アズウェルが数えられてしまう。それなのに、愚直にもアズウェルのことを信じきっているアルが哀れでしかたがない。
「待ってください! ちゃんと理由ぐらいあるんですよね!? 私には全部話してください」
「――じゃあな。ちゃんとディズミアを成長させておけよ」
全ては、金のために。
全ては、アズウェルのために。
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