07⇔金のなる木の特性
キリズリスの奥にある特別室。
密閉された空間の中、豚――ヴディエは大層ご満悦な表情を浮かべながら、共食い――ではなく、ただの豚肉を頬張っている。もちろん、エサ――飯を喰う時には自分の手は使わない。
ヴディエを挟み込んで座っている美女二人に食べさせてもらっている。しかし、この前見た美女とは違う。別人だ。粗相を犯してクビになった可能性もなくはない。が、ヴディエの女の内の二人だろう。
ここにいる奴隷商人よりも、よっぽどハーレム生活を楽しんでいるようだ。
「ありがとうございます! アズウェルさん。あなたがあの役立たずを言いくるめたおかげで、ようやく少しは使い物になるようになりました! ほら、見てください!」
ヴディエは後ろに控えている男たちに向かって、顎をしゃくる。すると、男たちはテーブルの上に植木鉢を運んだ。ぞんざいにではなく、物凄く、不必要なぐらい丁寧にだ。
見たところ、ただの草木にしか見えない。これが一体なんだというのか。
「……これは?」
「金のなる木ですよ。森エルフは他の種族にはまず目にすることすらできない精霊の声を聴くことができる、というのは知っていますね?」
「眉唾物ですよね。そういう話は、旅をしていればよく耳にします。この前会った吟遊詩人なんか詳しかった気がしますね。……あいつの名前はなんて言ったかな……忘れてしまいました」
「そうですか、そうですか。私もこの眼で見るまでは信じていなかったのですが、実際に森エルフが、エルフ族特有の魔法を行使したのを見て、私は驚きました。なにせ彼女が手を動かしただけで、樹や草が独りでに動いたのです。触ってもいないのに、森エルフは草木を自在に動かすことができた。だからこそ、私はこの植木――ディズミアの栽培に成功することができた」
「……ディズミア? すいません。恥ずかしい話ですけど、俺はその木の名前を知らないんですが、有名な木なんですか?」
知らない、という言葉は奴隷商人とって禁句。
特に同業者やそれに近しい者には言ってはいけないものだ。が、本当に欠片も耳にしたことがない。
そもそも木や花は専門外だが、それを言い訳にすることもできない。恥を承知で教えてもらいたい。
「あなたが知らないのも無理はない話です。ディズミアはほとんど市場に出回らない伝説の木。育てようと思っても、まず育たない。ですが、この美しさも、珍しい木の特性を見てください」
男たちになにやら指示を出すと、いきなり目の前が暗くなる。部屋の中にある光源の全てを消したのだ。
突然のことに闇討ちされるかと思いきや、そうではなかった。光が全て消失したはずなのに、ぼわっと新たに光が誕生した。
さきほどまでは何の変哲もない木と思っていたディズミア。それが、鈍い光を撒き散らしている。そのせいで完全なる闇にはなっていない。
「木が……光った?」
胞子のように木の枝や葉にくっついている、光の球。それらは無数にあって、どんどん木から離れていく。密閉された部屋に風などないはずなのに、上昇気流に乗っているかのごとく、ふらふらと上と拡散していく。
なんとも幻想的で、美しい光景なのだろうか。
光がどんどん強くなっているような気がする。光の球が部屋に充満していく。これは、確かに珍しい。光る木など聴いたことがない。周りが暗くなると発光する木。一体どんな仕組みなのか。魔法の木だ。
「どうです? 綺麗なものでしょう? この輝く木は一度育てば、世話をするのに手間はかからないのですが、ここまで成長させるのが人間や半獣人には不可能なのですよ。だからこそ、高値で取引される。これを育てられるのは、草木を操れる森エルフ以外にはいない。そして、だからこそディズミアの生えている場所は、森エルフの住処以外にないということです」
「……なるほど。森エルフがいる場所にディズミアはあるが、森エルフがいる以上、採取することもできない。それでより稀少な木になっているんですね。エルフ族は誇り高い種族。木を売り物にするなんて、そんな発想自体持ち合わせていない。そんなの宝の持ち腐れというわけですね」
新たな商売を開拓するのは難しい。まず、常人では思い浮かべないことを思いつくこと。固定概念の破壊。常識を覆し、非常識を常識にする。
そんなものは頭がよほどいいか。それか、逆に頭がぶっとび過ぎてなければできないことだ。
ヴディエのことは正直舐めていたが、流石は一組織の頂点に立つ豚だ。とんでもなく頭がきれるようだ。
「その通りです。どれだけ能力や才能があろうとも、そんなもの私にとって特別凄いものではない。本当に凄いのは、そんな能力や才能がある者をこきつかうことができる、私たちのような支配者ですよ」
私たちと、自分のことまで一緒くたにしてもらって光栄だ。光栄過ぎて、今日食べた朝飯を吐き出したくなるぐらいだ。
「アズウェルさん。できれば、もう少しの間、あの森エルフの調教をしてもらえませんか。まだまだ強情な部分があるんですよ」
「それは……」
「いや、ですか?」
「いいえ。そうではありませんが」
自分のことを人殺し、と。
あんなことを言ってしまったから顔を合わせづらいとは言えない。
「気が進まないのでしたら、もっとお金を積みましょうか? 今の私は機嫌がいいい。そうやって焦らすのが商売人としての演技だと分かっていても、敢えてその罠に引っかかってしまうぐらいに、私の機嫌はここ最近で一番いいですよ」
「いや、本当にそういうことではないです」
交渉事をやれるほど、今は心の余裕などない。
しかし、このままアルを放置するのも後味が悪い。まだ反抗的な部分をなるべく排除させて、無条件でヴディエに従うように調教したい。そうしなければ、本当に殺されてしまいかねない。
今は金に眼が眩んでいるが、アルが使い物にならないと見切りをつければ即座に捨ててしまうだろう。そうなってしまっては遅いのだ。乗りかかった船、ここは乗らせてもらう。
「やります。ぜひ、俺にやらせてください」
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