16⇔奴隷商人の専属奴隷
奴隷商人の問い。
――俺のものになれ。
そして。
森エルフの答え。
「――はいっ!」
快活――それでいて即座に言い放った。
「……よし」
全く迷いのない答えに満足する。
これで勝利条件は揃った。
「なんだ、この茶番は……。お前らはここで死ぬんですよ! 専属奴隷だがなんだか知らないが、そんなものは無意味だ!」
ヴディエはまた姿を消す。
あまりにも速すぎるそれを視認することなどできない。
それに対応できるほど動体視力などない。
だから、アズウェルにできることなど何一つない。だから――
ポイ、と役立たずの海賊刀を上に投擲する。
「なっ――諦めたか!?」
そうだ。
諦めたのだ。どうせアズウェルに何もできないのだったら、武装解除してお手上げとばかりに両手を自由にする。戦う意思をすっかり喪失したのをアピールする。
だが、それはヴディエにするわけではない。
「まだ分からないのか、ヴディエ。これで、お前の勝ちはなくなったんだ」
突進してきたヴディエは確かに速い。
速いが、弱点がまるでないわけではない。
速すぎるが上に、ヴディエは速度を一気に緩めることができない。それから、方向転換ができない。だからこそ馬鹿みたいに――
突如生えた木に、自分から突っ込んだ。
ヴディエの腹に突き刺さった木は、完璧に貫通していた。普通ならばそれだけで即死だろうが、半獣人の生命力は人間の想像のはるか上。
流血しながらも、まだ息はある。
「これは――木。それに――蔦!? まさか、森エルフの『精霊魔法』だと!!」
ヴディエの足元から蔦が伸び、身体をがんじがらめにして逃げられないようにしている。
あちらの突進を止める手立てがなければ、逆にそれを利用してやればいい。
速度は諸刃の剣。
人が走ってこけるよりも、馬から落馬した方が痛い。高低差から落ちることもその一要因だが、速度が上がれば上がるほど、事故にあった時の衝撃の力は跳ね上がる。
ヴディエはたかだか森エルフには何もできないと高をくくっていた。
だからアズウェルのことを最初に標的にし、しかも森エルフには目もくれなかった。
アズウェルに直線的に攻撃してくるのが分かってくれば、木の配置場所も簡単に割り出せる。猪のように何も考えずに突っ込んできたヴディエが、この罠にかかったのは必然というわけだ。
しかし、口に出して命令すれば流石にヴディエも警戒する。
どうにか口に出さずにアルにこの計画を伝えられないか。そして、伝わるか。
それこそが最大の課題だった。
武器を手放したのは、助けて欲しいという懇願の代わりだったがちゃんと伝わったようだ。
「俺の専属奴隷になったってことは、俺の命令は絶対。お前に対する恐怖で縛られ使えなかった『精霊魔法』も存分に使えるようになったってことだ」
森エルフであるアルは、逃げようと思えば逃げられた。
固有魔法である『精霊魔法』を使えば、錠の鍵ぐらい簡単に作り、ここから脱することなど容易かった。だが、見えない枷である恐怖心がアルの中枢に巣食っていた。
それを取っ払ってやったのだ。
そう――『奴隷契約』をすることで。
「奴隷商人が専属奴隷に助けを求めるなんて……!?」
「自分以外の奴を見下し続けたお前に教えてやる。立場の関係なしに普通の奴は、普通に助け合って、普通に勝つんだ。お前には一生分からないだろうがな……」
上に投げ、自然落下した海賊刀を中空でキャッチすると、そのまま横に身体を回転させる。遠心力をました一撃で、
「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
首を根元から断ち切る。
身体を蔦にからめとられ、逃げられなかった。
首と胴体が離れるまでのヴディエは、どれほどの恐怖を味わったのだろうか。
地獄で自分のやったことを後悔するぐらいには恐怖して欲しかった。
「さて――と、さっさと行くぞ」
「どうしたんですか? その体勢は?」
既に錠は外されている。
自由の身であるアルだったが、戦ってもいないのに満身創痍。傷だらけのその身体を直視するのは心が痛む。
だからこその、この態勢。
しゃがみこんで、腕を後ろに回す。
ちょっぴり恥ずかしいから速く背中に乗っかってきて欲しいのだが。
「背負ってやるんだ。抱えていくよりかは幾分か楽だろ」
「そ、そういう意味じゃなくて、いいんですか?」
「言いも悪いかも、そうしないとお前、身体きついんだろ。そうなったのは全部俺のせいなんだ。だったら、その罪ぐらい背負ってやるよ」
「――は、はいっ!」
喜んで笑っているアルだったが、言葉の意味はちゃんと伝わっていないような気がする。
勝手にアズウェルのことを善人だと思い込んでいる節がある気がするのだ。
まあ、そっちの方が扱いやすいので黙っておく。
地下から抜け出したが、そこで待っていたのは黒服の連中だった。
「な、なんだ! 今のは!」
「ヴディエ様! ご無事ですか!?」
ヴディエの手下達らしい。
あまりにも少ないと思っていたが、想像以上に敵は多い。蟻のように湧いてきた。
「残党か……ちょっと、流石にこれは厄介だな。それに、ヴディエを勢いで倒したのは流石にやばかったかな……」
「どうしてですか? 倒せたんだったらそれでよかったじゃないですか」
「そんな単純な話じゃない。倒したからからこそ、空席になったヴディエの地位に立ちたいって奴らが現れる。今まで拮抗状態だったからこそ、手を出さなかった奴らも率先して縄張り争いに参加したりするのも想定される」
「そんな……それじゃあ、まるで……まるで……」
ギュッ、と信じたくないことを、勇気を出して言うために肩を掴んでくる。だけど――
「私を助けない方が良かったみたいじゃないですかっ!」
それは、真実の言葉だった。
「少なくとも、お前を見捨てた方が犠牲は少なかっただろうな……。だが、その犠牲って奴は見知らぬ不特定多数で、しかも私利私欲を満たそうとする悪党ばかりだろう。そんな気に病む必要はない。少なくとも、俺はお前を助けない方が良かったなんて、絶対に思わない」
「……ありがとうございます。私のこと慰めてくれ……」
「事実確認をしたまでだ……。意図して慰めたわけじゃない……」
男たちは銃を取り出した。
一人や二人じゃない。
数十人から一気に銃を構える。
足手まといをおぶっているこの状態で、この数の銃を避けきれるわけがない。だから――
数十の弾丸が、無傷でアズウェル達の身体の横を通過したのには驚いた。
「弾が……独りでに曲がった!? いや、空間が捻じ曲がったのか……!? こんな『特異魔法』を扱えるのは……上級魔導士の中でも、ごく一握りの人間だけ――。まさか、ティナファか!?」
アズウェルの専属奴隷のもっとも新人。いや、今は違うか。
……とにかく、元貴族でありながら、奴隷にまでその身を落とした女。
彼女はいつも怒っているが、今日はまた一段と怒気を孕んだ瞳をしている。
「最近、眼にしていないと思っていましたら……やはり、あなたはまた面倒事をたった一人で背負っていたんですね。……まったく、あなたという人にはほとほと愛想が尽きました」
「くそっ、銃がきかないなら――剣だ、剣で直接斬りかかれ!」
男達は銃を捨て、剣を取り出す。
だが、その剣が、乱入してきた一人の剣客によって真っ二つにされていく。
「な――んだっ!? こいつの剣捌きは――!?」
「おねえちゃんが使ってるのは、『剣』じゃなくて、『刀』だよー。あなた達の剣術とはまた違った流派だと思うから、慣れるのには時間がかかると思うけどねー」
ゆらり、とヤシの葉のように身体を揺らしながら、刀を振るうリスキー。
変幻自在のあの剣捌き。
はっきり言って、アズウェルもあの剣を捉えることは難しい。
「うーにやああああああああああああああ!」
リンリンが、叫び声を上げながら重いはずの鎖をぶん回す。
半獣人である彼女には軽いものだろうが、台風に巻き込まれているように吹き飛ばされる周りの男達にはたまったものではないだろう。
「たまには私達の! 主に私の相手をして欲しかったにゃ! どうせ、また専属奴隷にするためにとか言い訳して、人助けしちゃったんだんにゃ! だったら、せめて私達に相談の一つぐらいするにゃ!」
「くそっ、逃げるぞっ!」
男達の一部が戦意を喪失したらしく、背を向ける。
ここで逃がせば、他の組織の奴らにこのことを知らせ、勢力が拡大する可能性がある。だから――
オーキシュは、機械の手を分離・発射させて男達を追撃する。
「あははははは! なんかよく分からないけど、僕も混ぜてよ! 喧嘩なら得意だから!」
遠くの敵だろうが、手を切り離して攻撃できるオーキシュ。
ジェット噴射して戻ってきた機械の手は、もちろん元の形に戻る。
「リスキー姉ちゃんに、リンリン。……それに、オーキシュまで、馬鹿野郎……。船で大人しく待ってろって命令してたはずだろ。……相変わらず俺の言葉を無視する奴らばっかりだな……」
「アズウェル様……。もしかしなくても、この人たちが……アズウェル様の……」
「ああ、俺の自慢の専属奴隷だ」
普段はふざけている連中だが、いざという時は頼りになる。
どいつもこいつも、一癖も二癖もある過去を背負っているからか、戦闘能力は申し分ない。
「いい人達ですね」
「まーな」
専属奴隷達のおかげで、人垣が割れて道ができる。
このまま一気に奴隷船に向かい、ここからおさばらする。
「よしっ! 全力で逃げるぞ! ちゃんと肩を掴んでいろ!」
「は――はい!」
奴隷商人と専属奴隷になった森エルフは、鎖に繋がれてなどいなかった。
だけど、奴隷船に着くまでずっと離れずくっついていた。
そして、次の島へと奴隷商人達は向かった。
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