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15⇔奴隷商人の森エルフ

 海賊船は沈没したが、奴隷船は残っていた。

 それに乗って生きながらえたアズウェルは、一年もの間ずっと独りで旅を続けていた。奴隷商人になるために、必要なものを揃えようとしていた。

 そして、それから三年後。

 奴隷を従える奴隷商人となったアズウェルは、最も使い慣れた武器である海賊刀を振るっている。

 キリズリスの支配人。

 サラマンディア屈指の悪党。

 その側近達を即座に倒し、王手をかける。

「くそっ――」

 悪態をつきながら、銃を取り出す。

 が、構えるまでの動作がたどたどしく――そして致命的に遅い。

 金勘定ばかりしていて、戦闘の感は鈍ったか。

 海賊刀を胸に突き刺し、そのまま身体ごとぶつかる。

「あが、ががががががが」

 踏ん張ろうとしたヴディエだったが、全然力が弱い。

 ヴディエの脂肪だけのだらしない身体と、こちらの鍛え上げた肉体とじゃ比較対象にもならない。

 テーブルを倒し、そのまま壁にぶつかる。

 ドクドクと血が流れる。このまま一気に片をつけたい。そうでないと――


「貴様……調子に乗るなよ……」


 手負いの獣が本領を発揮するからだ。

 仮にも、組織の頂点に君臨する男。

 全盛期ほどの力は持っていないにしても、組織を束ねるために必要なのは力だ。特に、サラマンディアのような悪の巣窟でのし上がるためには必要なはず。最強とまではいかなくとも、弱くはないはず。

 そして、忘れてならないのは――ヴディエは人間ではないということ。

 半獣人なのだ。

 生まれた時から、人間の数倍の身体能力を保持している。

 人間の頭脳と、獣の身体能力。

 その二つを兼ね備えた半獣人は、個の戦闘能力だけをとれば、最強に分類される種族かもしれない。

 そして、ヴディエは、猪の半獣人。

 星の数ほどいる半獣人の中でも、より特化した戦闘能力。

 それは――突進力。


 ドォンッッッ!! と身体ごと突進されたアズウェルは、反対側の壁まで吹き飛ばされる。

「――――ッ――――!!」

 一瞬――意識が飛んだ。

 起き上がろうとすると、背中の隙間から壁の破片がパラパラと落ちる。

 ヴディエの体毛が逆立ち、そして通常時より伸びている。

 まるで別人だ。

 人間の姿を捨て、ほとんど獣の姿になっている。

「たかだか奴隷商人に、半獣人の真なる力を見せることになるとは思いませんでしたよ」

「やばっ――」

 速すぎる。

 海賊刀を振るう暇もなく、追撃の突進をもろに受ける。

「ぐあああああああああああああ!」

 壁をぶちぬいて、階段を転がり落ちる。

 全く、見えなかった。

 あの速さには対応できない。

 膝がガクガク痙攣していて、視界が霞む。

 まだ、二回しか突進を受けていないのに、これほどのダメージを受けるとは思わなかった。ここ最近戦ってきた相手の中では、間違いなく一番強い。


「――アズウェル様ッ!!」


 幻聴――いや、違う。

 檻の中にいるのは、アルだ。

 ヴディエは早くも追いついてきたが、余裕をもって近づいてくる。

「勢い余って独房まで来てしまいましたか……、まあ、いいでしょう。森エルフなどを助けるために、私を裏切った奴隷商人にふさわしい死に方だ。助けるべき者の前で無様に散るがいい……」

「アズウェル様……なにを……」

 状況を把握できていないアル。

 ちゃんと説明してやらないといけないらしい。

 変に期待されても困る。

「勘違いするなよ、ヴディエ。俺は金のためにやってるんだ。金稼ぎのために、金のなる木を独占しようとしているだけだ。だからこそ、絶対に俺はここで死ねない。ここで死なないために、俺はここまで強くなったんだ」

 死んだら、稼いだ金は全て無に帰す。

 だから、生きなければならない。

 ただ、それだけのことだ。

「ふん――だったら――ここでさっさと殺してやるッ!!」

 また、吹き飛ばされる。

 あの突進――一度予備動作が始まったら防ぐ手立てがない。横に避けようにも、速すぎて避けることができない。

 腕や海賊刀を割り込ませて、少しは突進力を分散させることはできた。

 だが、視界が真っ赤に染まっている。

 頭から流血したようだ。

 全身が痛いせいで、どこの傷口が開いていのかすらも分からない。

「アズウェル様……もう、やめてください!!」

 うざったい声が地下に響く。

 心配げなその声色は、本当に神経に触る。

 まさか、たかだか森エルフを助けるために、命を懸けているとか、そんな頭がお花畑な発想をしている訳ではないだろうな。

 そんなわけがない。

 独房にいたあいつとアルを重ね合わせていて、同情している訳でもない。

 奴隷商人になったのは、奴隷のように不当な扱い扱いをしている奴らを片っ端から救うためになったわけではない。

 四年もの間。

 ずっと迷って、迷って。

 そして、ようやくその結論に至った。

 あいつの最期の問いかけの答え。

 奴隷商人としての在り方とは、品位とはそういうものだと分かったからとか、そういう訳でもない。

「……やめない。絶対にやめない……。――そもそも、何を偉そうな口をきいているんだよ」

「えっ?」

「お前如きが俺に命令できると思うなよ。お前の意志なんてどうでもいい。お前なんて利用する価値がある商品にしかすぎないんだ。お前はただの物で、俺の所有物になるんだよ。だから、だからな――」

 アズウェルは奴隷商人なのだ。

 どこまでも冷酷であり続けなければならない。

 そうしなければ、今まで奪ってきた命を背負うことなどできない。だから――


「お前は俺の専属奴隷ものになれ」


 奴隷商人は森エルフに最悪の命令を下す。

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