12⇔二人きりの船長室
船長室。
アズウェルは、船長から呼び出しをくらった。
室内には、船長とアズウェルの二人しかいない。内密な話だということは明白であり、直立不動になりながら緊張の汗が顎を流れる。
失言の一つでもあれば、この大海原に投げ捨てられる。
そんな海賊の船員を何人もみてきた。
地位や付き合いの長さなど関係ない。
髭を生やした三十代ぐらいの船長。
左頬には斬りつけられたような傷跡がある。
威厳のあるこの船長は、見た目通り厳しい性格をしている。
アズウェルは、彼に拾われた。
拾われた時のことは幼き頃だったのであまり憶えていないが、その頃から風体はこんな感じにできあがっていたことは憶えている。
船長のことを見上げながら、よく戦々恐々としていたものだ。
「最近、あの奴隷商人と何か親しげに話しているようだな……。アズウェル、まさか奴隷商人に心を奪われたというわけではないだろうな?」
「笑えない冗談ですね、船長。俺はただ船長の命令に従っているだけですよ。あの船長を懐柔しておけば、他の奴隷や奴隷船の船員もこちらに従わざるを得なくなる。頭さえ押さえておけば、いくらでも奴らを利用できる。ただそれだけですよ」
ある意味では親と子ども同然の関係。
だが、二人の間に情愛という当たり前のものは、差し挟まれていない。
嫌がらせに近い仕打ちをずっとうけてきたアズウェルのことを、船長は知っていたはず。それなのにみて見ぬふりをし続けていた。
アズウェルだって、生活するためにこの船に居ついているようなものだ。
自分の船が一隻あれば、自立できるのだろうが、そんな金はない。
他の船から強奪した金も、船長に献上しなければならない。
それから、船員に配分されるのだが、アズウェルに配られる金など雀の涙だ。
「……ふん。分かっていればいい。お前を拾った時から私はそういうところが気に入っている。他人のことをまるでゴミクズとしか認識できないどころがな。他人に対する思いやりなど、この世を渡っていく上で何の意味もないものだ。他人を利用するためには、他人を見下さなくてはならない。そうしなければ、寄生しようとする弱者に負けてしまう」
「弱者?」
「この船では、私達海賊が強者で、奴隷船の連中は弱者だな。弱者は力がないが故に、他人の良心につけこもうとする。私達が何かを強奪しようとするときに、泣いて懇願するものがいる。『それだけは奪わないでくれ』と……。だが、その懇願こそが、絶対悪なのだ。それを一人の人間が教えてくれた……」
スッ、と船長は左頬を撫でた。
「まさか、その左頬の傷は……」
「そうだ。子どもを殺そうとしたら、その母親が泣き縋ってきた。そうして油断したところをナイフで切りつけられたのだ。それ以来、何故かこの傷は消えない。まるで私に慢心した罪の刻印のようにな……。弱者は卑怯者の俗称だ。奴らはどんな狡い手段も平気で使い、そして自己正当化する。我こそが正義だと宣う。だがな、自分が正しいと思い込むことこそ、この世で最も悪なのだ」
かなり、極端な考え方をするな。
「だとしたら、この世に正義はいないということなると思いますが……」
「正義などという胡散臭いものは、最初からこの世に存在しない。誰もが悪だ。だからこそ、悪人を管理する者がいる。強者がいるから、この世界はかろうじて成り立っているのだ。私達のように強い者が最も偉く、価値のある者なのだ。それを忘れるな……」
「ええ、肝に銘じておきます……」
数秒先には忘れていそうな人生哲学だが、今はこう言ってご機嫌取りをしておいた方がいいだろう。
船長も船員を利用価値のある駒にしか思っていないだろうが、それはお互い様だ。
「奴隷商人の一人から奴隷の密輸ルートを訊きだした。そこで見張っておけば、他の奴隷船が網にひっかかり、さらなる奴隷を確保できるだろう」
密輸ルートを訊きだした。
そう簡単に言ってのけたが、拷問をしたのだろう。
奴隷の腕の一本や二本、あってもなくても船長にとっては同じだろうから。
「ですが、この船にはもう奴隷は乗せられません。もう一つの船、奴隷船を使っても無理でしょう。また船を奪い取るんですか?」
「――いいや。それはない。奴隷を奴隷市に出すためには餓死させるわけにはいかない。エサが必要だが、その費用もばかにならない。このままでは手に余る。だからある程度間引くことにしたよ……」
つまり、それは――それは――
「それは、奴隷を処分するということですか?」
声を震わせないように、努力したつもりだ。
「そうだ。……何か問題でもあるか? いつもやっていることだろう」
「――いいえ、全くありませんが。その間引きの基準が個人では判断できなかったので……」
「ふむ。私もそれは考えあぐねていてな……。なにぶん、海賊というものは強奪することが専門であり、奴隷を売却するという行為については門外漢だ。餅は餅屋というが、ここは専門家にお願いしたいところだ……。奴隷市で最も高値のつく奴隷を選別できるスペシャリストにな……」
「なるほど……つまりは、奴隷船の女船長が必要になるというわけですか……」
だからこそ、ここにアズウェルが召集されたというわけだ。
「そういうことだ……。幸いなことにお前があの女船長とのパイプ役として事前に働いてくれたようだからな……。どんな手段を使っても、あの女から価値基準を聞き出せ。場合によっては殺しても構わん」
ギリッ、と奥歯を噛む。
もう、どうしようもない。
アズウェル個人の意見など何の意味もない。
今は、こう答えるしかなかった。
「――了解しました」
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