11⇔解放奴隷の友達

 海賊達は、奴隷船を強襲した。

 奴隷船に乗船している者達は必死の抵抗をしたが、海賊に勝てるわけがない。場数が違う。それに、海賊達は奴隷船の船員たちとは違って、人間の命を奪うのに抵抗がない。

 敵を殺そうとする奴と、敵を殺さずに戦う奴。

 前者の方が強いに決まっている。

 そうして、海賊達は奴隷船を乗っ取った。

 乗っ取った船は即座に沈めてやることが多いが、今回は奴隷船も港まで運んでやることにしたらしい。ここ最近、収入が少ない。ゆっくりと、物色したいらしい。それに、船だって解体屋に持っていけば、船が木材として売却できる。

 乗船していた奴らに縄をしばった後、海賊達は二つの船の上でどんちゃん騒ぎを起こしている。

 みんなでワイワイ騒ぐのが苦手なアズウェルは、ひっそりとした場所に居座っている。だが、一人ではない。ここには二人いる。

 そのうちの一人は、牢獄の中にいた。

「あんたが、奴隷船の船長か……」

 奴隷船の船長は、なんと女船長だった。ほとんど男なのだが、奴隷船で女が船長は珍しい。というより、初めて見た気がする。

「お前は……?」

「見張り役だよ。あんたが脱走すると、他の船員が暴走するかもしれないからな。だけど、船員と奴隷が同じ服装をしているから、どっちが船員なのか、奴隷なのかが分からないんだけど、船員ってどのぐらいいるんだ?」

 奴隷船の船長と船員が一緒にいれば、連携をとって反旗を翻す可能性がある。だから、海賊船の中にあった鉄格子の中に船長だけ閉じ込めた。他の仲間と隔離することによって、士気を低くしようという魂胆らしい。

「ふっ……」

 囚われの身だというのに、奴隷船の船長は不敵に笑う。先ほどからでかい態度ばかりとっているせいで、眼前の女がどんな立場の人間か忘れてしまいそうになる。


「私の船に、奴隷はいない」


「なっ――。奴隷がいない奴隷船なんて奴隷船じゃないだろうが。あんた、奴隷商人じゃないのか?」

「奴隷商人だよ。紛れもなくな。だが、私の船には奴隷なんていない。いるのは船員。仲間だけだ。……元奴隷のな……」

 元奴隷っていうことは、つまり――。

「解放奴隷……。奴隷が奴隷でなくなった存在。……だが、奴隷から人間になるのには多額の金が必要だと聴いている。そんな金、奴隷に払えるわけがない。……もしかして、あんたが金を出したのか?」

「そうだ」

 簡単に言ってのけるが、解放奴隷なんてほとんどいない。

 一度奴隷になってしまえば、一生奴隷として生きるのが常識だ。奴隷の子どもは生まれながらにして奴隷だし、突発的に奴隷になる時もある。罪を犯した者が奴隷になる時もあるが、善人が騙され、借金を重ねて奴隷になる時もある。

 だが、世間は平等に偏見をもって奴隷を差別する。

 それに、だ。

 仮に苦労して奴隷から解放奴隷に昇格したとする。

 だが、解放奴隷になったとしても、差別はつきまとう。表向きは人間扱いされる権利を得るが、過去に奴隷になっていたという過去があるだけで、誰もが忌み嫌う。

 それでも、解放奴隷になれば、ちゃんとした職につける。

誰かに飼われることなく、自分の意志で好きなことができるのだ。

「……あんた、お人よしを通り越して、いかれているな。仲間といっても他人だろ? どうしてそこまでする。奴隷商人っていうのは、奴隷を売り捌く連中のことじゃなかったのか?」

「奴隷を売り捌くことだってしてきた。……私は、根っからの善人なんかじゃない。だけど、だからこそ、今までやってきたことを悔やみたい。悔やんで、そして今度は人のためになれることをやりたい」

「…………」

 嘘をついているようには見えない。

 解放奴隷に関わっているというだけで、周囲から白い目でみられるはず。それなのに、助けようだなんてする奴、聴いたことがない。

「……だから、奴隷商人になって、奴隷を解放奴隷にしているのか? そんなの、金がいくらあっても足りないだろ?」

「私の船にいるのは、私の志を同じくした同士。みんなが手伝ってくれるから、私も夢を諦めずに生きることができている。……ねえ、あなたにだって夢や野望ぐらいあるんでしょ?」

 こんなとこでも……こんなところでも夢や野望とか、そんなこと訊かれないといけないのか。

「……ないよ。なんか、最近そういう類の質問聴かれるの多いな。……っていうかさ、夢や野望がない人間の方が世の中多いと思うんだ。それなのに、なんで夢や野望がある人間は上等みたいな考えが蔓延っているのかな。俺はそういうの大嫌いだけどな」

「……そう?」

 大人ぶった笑い方をする船長に、カチンとくる。

 これじゃあ、まるでこっちがまるで八つ当たりする子どもみたいだ。

「なんで、あんた笑っているんだ。俺はあんたの夢を否定したようなもんなんだぞ。大嫌いだってな」

 むしろ、怒ってくるなら分かる。

 それなのに、何故か嬉しそうに見える。

「……だって、正面から大嫌いだって言ってくれたから……。そういうのって嬉しい」

「嬉しい? どうして?」

「だって、だいたい私が夢を語ったら、みんな嘲笑するから……。みんな真正面から受け止めない。そうだね、頑張ってね、って心ない言葉をかけて、そして周りに言いふらす。仲間を増やして、大勢で私の夢を笑う。……そういう人が多いけれど、あなたは違うんだね。私の夢をちゃんと最初に受け止めてるから、否定してくれるんだね」

 なにやら大層感動してくれているみたいだが、正直買いかぶり過ぎだ。

 そこまで深い考えがあって否定したわけじゃない。

 ただ、この考えは当たっているはずだ。

「……あんた、変わってるな」

「よく言われる。あなたは、どう?」

「俺もよく言われる」

「じゃあ、似た者同士だね……。……ねえ、似た者同士なら、私達って友達になれない?」

「はあ? お前は捕虜で、俺は監視役。敵同士だぞ?」

「敵か味方かなんて関係ない。友達になりたいって思えば、私はいつでもこうして手を伸ばすよ。……ねえ、どう?」

 そして、鉄格子の隙間から手を伸ばしてくる。

 土埃で薄汚れたその手を見やって、スッ、と無言でこちらも手を伸ばす。

「……言っておくが、これはお前が何か隠し持っていないか確かめるための握手だからな……」

「ふっ。そう? だったら、そういうことにしておいてあげる」

 ギュッと握りしめられながら、微苦笑してくる。

「私の名前はフワイラ。あなたは?」

「……アズウェル」

 偽名を名乗った方がいいかとも逡巡したが、やめておいた。

「よろしくね」

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