第5話 ダブルデート

「ダブルデート?」


翌日。

水口さん・・・いやいやナオとランチをしている時にさりげなく切り出してみた。

「そう。ダブルデートなんて、やっぱり気が進まない?」

ナオは、しばらく考えてから言った。

「でも、アユミちゃんの恋のお手伝いになるんだったら、喜んでやるけど。」

喜んでやるのかいっ!

ナオに抱いていたイメージがちょっぴり崩れた感じ。

意外と腰が軽い?

いや、単に優しいだけからかもしれないけど。

「そ、そう。じゃ、アユミにはオッケー出しておくわ。」

「その代わり。」

「その代わり?」

「恋のお手伝いするからにはさ、そのお相手の男性のタイプっていうか人物像があらかじめわかってると協力しやすいな。ハルが知ってる相手なら少し教えてもらえないかな?」

「あ~・・・」

一瞬言葉に詰まる。

ナオは首をかしげた。

「ハルにとっては今ひとつって相手なのかな?」

今ひとつっていうか。

確かに、奴は口も悪くてどうしようもない奴だけど、決して悪い奴ってわけでもなく、結構気もきくし、お酒を一緒に飲む相手としてはなかなかおもしろい訳で。

今ひとつ?って聞かれると、んんん・・・微妙な感じ。

悪いやつではないんだけど、アユミにふさわしいかと言えば「ふさわしい!」って断言もできないっていうか。

ぐちゃぐちゃになったタツヤのイメージを一枚ずつパズルをはめ込むように言葉を選んでみる。

「まー、悪いやつではないことは確かなんだけど。お酒が大好きな割に結構弱くてすぐ寝ちゃったり、おおらかなんだけど、しょうもないことを気にしたり。手のかかる部分もあるかなぁ。あ、そうそう、年上の私に対してため口叩くようなちょっと無礼なところもあるかも。」

「ふうん。」

ナオはほおづえをついて私を見ていた。

そんなまじまじと見られると、ちょっと恥ずかしい。

だって、この視線にまだ慣れていないから。

ナオの視線から思わず目をそらす。

「その男性とは、親しい間柄みたいだね。ハルにとって。」

ナオは少し寂しそうに笑った。

へ?

私、何か誤解与えるようなことしゃべった?

「ハルは、その相手とはよく飲みに行くの?」

ここは正直に話した方がよさそう。

「よく行く飲み仲間の一人って感じかな。三つも年下のくせにえらく慣れ慣れしいもんだから、飲み会の場でもよく話してる方だけど、ただそれだけ。小生意気な後輩よ。」

「それって。」

「ん?」

「少し妬けるね。」

ナオは、ほおづえを外して、軽くため息をついた。

「でも、こんなことでいちいち妬いてたらきりながないな。ごめんごめん、話続けて。」

そう言いながら、いつもの優しい笑みをたたえた。

そんなナオの仕草に胸がきゅっと締め付けられる。

私、こんな素敵なナオに焼き餅妬かれてる?

そんな切ない表情でそんなこと言われたら、ドキドキするじゃない!

相手をドキドキさせる色気って、男女ともに生まれつき備わっているものなのかも。

私には全くないよな。そういう色気。

ナオに、こういう色っぽさを感じるたびに、なんだか自分ととてもかけ離れた存在にも感じるわけで。

「こんな私に妬いてくれるんだ。なんだか光栄だな。」

照れくさくて、思わず冗談っぽく返す。

「はは、妬くでしょ、普通。」

ナオは前髪を掻き上げながら苦笑した。

だけど、冗談めかして返した私の言葉に少し安心したようだった。

「で、その男性の名前って?」

「タツヤ・・・くん。」

「タツヤくんか。趣味とかはないの?」

「趣味かぁ・・・。」

そういえば、そういう話はあんまりしたことないな。

タツヤとは結構飲みに行ってしゃべってる割にそういうこと全く知らない。

趣味だけじゃなくて、あんまり個人的な話したことないよな。

くだらない、ふざけた話ばっかり。

ノボルにふられた後、初めて二人きりで飲みに言った時に、意外と女性に対して気が利くやつだったんだってわかったくらい。

でも、それは、今のナオにはいえないよね。

「趣味とか知らないな。もっぱら会社の愚痴とか、くだらない将来像とかの話ばっかしてるから。」

「会社の愚痴が言える相手って、よほど心を許してるんだろうね。男って、結構甘えん坊だから、自分の弱みを見せれる相手は選ぶもんなんだよ。」

そうなの・・・?

ナオはあまり弱みみせてくれてないけど。

「心を許してるっていうか、タツヤにとっちゃ私は『ねーさん』的な存在みたいで、ただ、それだけだと思うけど。ほんとに。」

私は軽く笑って流した。

「ねーさん的存在か。ま、それも口実だったりする場合もあるからね。」

どうやら、ナオはタツヤが私に対して何か特別な感情を持ってるんじゃないかと疑ってるらしい。

んなわけないし。

少し面倒くさくなって、

「っていうか、ナオはあまり私にそういう甘えた言動はとらないよね?まだ心許してないのかな?」

と、逆につっこんでみた。

「ハルは、いつもうまく話を翻すね。でもそういうところが魅力的なんだけど。」

ナオはようやくいつもの笑顔をみせた。

「これから、どんどん出していくつもりだよ。ハルにはもっと僕のこと知ってもらいたいから。」

ドキン。

少し真顔で言われると、ドキドキする。

これから、ナオのどんなこと知っていくんだろ。

恋の始まりは、すべてが新鮮で緊張を伴う。

ドキドキして硬直してしまった私の手を、ナオはそっとにぎった。

うわっ。

初めての接触!

にぎられた手の感覚がどんどん麻痺していく感じ。

あったかいナオの手に包まれて、それだけで脳にアルコールが注入されているようなふわふわした感覚だった。

「そろそろ映画の時間だから出る?」

ナオは私の手をにぎったまま、自分の腕時計に目をやった。

「あ、うん。」

慌てて、答える。

そして、私たちは手をつないだまま、お店を出た。

なんていうか、ものすごくスムーズな手の取り方。

わざとらしくなく、とても自然に手をつないでいる自分がいた。

さすが、ナオ。

だけど、私にはちょっぴり背伸びした感じだった。

一緒に観た映画。

隣にいるナオの息づかいが気になって、ほとんどストーリーに集中できず。

なんだか初めてデートした高校時代に戻っちゃったみたい。

ナオは私みたいに緊張してるんだろうか?

大人はこんなことでいちいち緊張しない?

薄暗い映画館の中で、時折ナオの横顔を盗み見た。

ナオはいつもの落ち着いた表情で映画を見つめている。

その視線の先には、私の存在を意識しているのかしら。

私は意識しすぎて疲れちゃったよ。

ナオにわからないように、静かに深呼吸した。


帰宅後、早速アユミに電話をかけた。

「うん、水口さんダブルデートオッケーだって。」

「やっほー!ありがとー、ハルナ!」

「じゃ、タツヤと相談して日程決まったらまた連絡ちょうだい。」

「わかった。・・・って、なんだかハルナお疲れじゃない?」

「え?」

アユミに言われて、なるほど、ずいぶん自分が疲れてることに気づいた。

体全体がだるいっていうか。

今日はずっと緊張してて疲れたのかな。

「水口さんとラブラブすぎての疲労~?」

アユミがちゃかすように言った。

「そんなんじゃないわよ。んー、久しぶりのデートだったから、少し気が張ったのかな。」

「そっか。疲れてるのにわざわざ電話ありがとね。絶対今度ちゃーんとお礼するから。」

「いいよ、そんなの。」

そう言った後、急に眠気が襲ってきた。

「ごめん、アユミ、なんだか眠たくなっちゃった。タツヤとうまく話進めてね。」

「こっちこそごめん!ほんと、ありがとう。また連絡するね!」

アユミの電話が切れた後、私は気を失ったかのようにベッドにつっぷして寝てしまった。

気づいたら朝。

私、お風呂も入らずに寝ちゃったんだ。

とりあえず、重たい体を無理矢理起こしてシャワーを浴びた。

でも、なんだかすっきりしない。

昨日はそんなにお酒も飲んでないんだけどな。

おでこに手を当てると、心なしか熱いような気がした。

こういうときって、熱計って本当に熱があったら、余計しんどくなるもんなのよね。

微熱程度なら計らない方が楽。

シャワーから出た後、湯冷めしないようにカーディガンを羽織った。

母親に「今朝はさえない顔してるわねー」と言われながら、朝食をとる。

あんまり食欲がなかったけど、とりあえず、納豆ごはんをかき込んだ。

納豆だけは毎朝欠かせない。

部屋に戻ると、携帯の着信が光っていた。

こんな日曜の朝にだれ?

あ、アユミかな。

急いで携帯を開く。


・・・タツヤからだ。


頭がくらっとした。

微熱からくるものなのか、別に理由があるのかよくわからないけど。

とりあえず、メールを開いた。

『今日って空いてる?』

相変わらず唐突な、不躾なメール。

さらに頭が痛くなってきたわ。

昨晩、アユミはタツヤに連絡とれたのかな。

そのことだろうか。

ため息をつきながら、返信をうった。

『今日は疲れてるんだけど。』

そして、すぐに返信が来た。

『少しだけでもいいんだけど、話がしたいんだ。』

返信を送る。

『しんどいから今日はパス。明日会社で聞くわ。』

すると、携帯が鳴った。

??!

出るとタツヤだった。

「ごめん、疲れてるとこ。どうしても今日話したいんだ。しんどかったら、俺、そっちまで出向くから。少しだけ時間くれないかな。」

アユミのことかな。

「アユミのこと?」

「ああ、うん。絡んでるけど。」

アユミが絡んでるんだったら、そう無下にできないわね。

軽くため息をついて答えた。

「じゃ、少しだけ。うちの最寄りの駅前のカフェ、わかる?」

「わかる。」

「今から用意するから、11時くらいでいいかな?」

「わかった。11時に向かうよ。」

やけに素直なタツヤ。

めずらしい。

よほど、急を要する内容らしい。

熱っぽい体を奮い立たせて、着替える。

そして、化粧。

いつになく化粧ののり、悪い。

顔つきもなんだかさえない。

単なる年齢のせいともいえないほど、肌ががさがさしてる。

絶対発熱してるよねぇ。

軽く息を吐いて、口紅を塗った。

私もなんでここまでして、タツヤと会わなければならないんだろ。

いくらアユミが絡んでたって、一日話聞くの伸ばすくらいどーってことないじゃない。

なんて、お人好しなのかしら。

すべての用意を終えて、ベッドの上にどっかり腰を下ろした。

座るや最後、お尻から根っこが生え始める。

あ~、やっぱ今日は無理かも。

思わず携帯を開いて、タツヤの番号を押し始める。

そして、その手を止めた。

今頃、タツヤは大慌てでこっちへ向かってるはず。

いくらなんでもかわいそすぎるよね。

それなら、電話があった時点で断ればよかった話だもの。

生え始めた根っこをブチブチと絶って、「よいこらしょ!」とかけ声をかけて立ち上がった。

いつもなら駅までの距離なんて徒歩5分、なんてことないのに、今日は違っていた。

母を訪ねて三千里か?!と思うくらい、重くて長い距離に感じられた。

やっとの思いで、待ち合わせのカフェにたどり着く。

やけに重たい扉を開けて中に入ると、目の前のテーブルにすでにタツヤは座っていた。

タツヤは私を見つけると、少し笑って手を上げた。

私は足を引きずりながらその席へ向かう。

すでに笑顔を作る余裕すらなかった。

そして、タツヤの前に座った瞬間、目の前がふらついた。

目眩??!

「ねーさん、大丈夫?顔色すごく悪いけど。」

だから、今日は疲れてる!って言ったじゃない!

心の中で叫ぶも、目の前にいるタツヤに叫ぶほどの力は残っていなかった。

無表情のまま、タツヤに尋ねた。

「それで、話って?」

タツヤは心配そうな顔で私を見つめたかと思うと、急に自分の手を私のおでこに当てた。

ふんわりと厚くて、そしてひんやりと冷たい手だった。

「これ、やばいよ。ねーさん、めちゃくちゃ熱い。とりあえず、家まで送るよ。」

な、何今更!

せっかくここまで来たのに!

でも、今の私にはタツヤに抗う体力はなかった。

タツヤに促されるまま、タツヤに体を預け、カフェをゆっくりと出た。

そして、駅前のタクシー乗り場まで行き、タクシーに乗せられる。

っていうか、うちまで徒歩5分なんですけど!

「いいって、歩ける距離だし。」

なんとか、力を振り絞ってタツヤに告げる。

するとタツヤは言った。

「たとえ近くても、そんな体じゃ歩けない。それに俺もねーさんの体重支えて歩けるほど力ないし。」

なっ!

この期に及んで、またそういう失礼なこと言う!

でも。

タクシーに乗ったのは正解だった。

いくら支えられたとしても、徒歩5分の距離はあまりに大変だったと思う。

タクシーで家まで送ってもらい、すぐにベッドで体温計を挟んだら40度近くあった。

うちの母も母だ。

結局、送ってきてくれた見ず知らずのタツヤに頼んで、救急病院まで私を運ばせるなんて!

母に「何厚かましいこといってんの!」って渇を入れようにも、私は高熱で半分浮かされてる状態だったから、母の言いなりになるしかなかった。

気づいたら、タクシーに乗らされていて、その横には私の体を支えるタツヤが座っていた。

病院で診察を受けると、なんかよくわからない細菌性の強い風邪のようだった。

ちょっと危険だったらしく、すぐにベッドに寝かされ点滴を受けた。

その間も、私のそばにはタツヤがいた。

半分ぼーっとする意識の中で、私はとりあえず蚊の泣くような声で言った。

「ごめんね。タツヤ。もう帰って。」

タツヤは顔を上げて私を見た。

今まで見たことのないような優しい顔で。

高熱に浮かされているというのに、不覚にもドキッとした。

そんな顔で見ないでよ。

「俺、ねーさんのお母さんに頼まれたし、点滴終わったら家まで送り届けるから。別に今日は何も予定ないし気にすんな。」

相変わらず偉そうな口調で言うタツヤだったけど、今回は全く腹が立たなかった。

ただ感謝の気持ちだけが、ぼーっとする頭の中でぐるぐると回っていた。

点滴をしながらウトウトしていると、タツヤがふいに話始めた。

「ねーさん、結婚すんの?」

あ。

昨日アユミから話聞いたんだ。

私は半分寝ているもんだから、首を横にふることもできず、ただ、だまって目をつむっていた。

「結婚なんかするなよ。」

・・・。

タツヤが言った。

「もし、ねーさんが行き遅れてどうしようもなくなったときは、俺がもらってやるからさ。」

な、何言ってんの?こいつ。

タツヤが何か言うたび、意識がはねる。

でも、目は開けられないし、口も閉じたままだった。

こういうのって狸寝入りっていうの?

いやいや。

違う。

だって、熱のせいで耳だけはしっかり働いているけど、ほかの機能が全く動かないんだもの。

タツヤ!

言っておくけど、私全部聞こえてるよ!

「昨日アユミから聞いてびっくりしたよ。まさかさ、結婚前提で付き合ってるやつがいるなんてさ。アユミからのダブルデートの話。悪いけど断らせてもらった。俺、今はまだねーさんの相手に会う勇気ないから。」

タツヤが今話している内容って、結局のところは何?

何が言いたいわけ?

核心に迫りそうで迫らない内容に、少しいらいらしている自分がいた。

核心を聞きたい?

で、私は核心を聞いてどうするわけ?

タツヤは、アユミが恋心を抱いている男性。

そして、私は結婚前提にお付き合いしている男性がいる身分。

「ねーさん、俺、たぶん・・・」

そのとき、病室の扉がガラガラと音をたてて開いた。

「点滴、そろそろ終わりですね。」

てきぱきとした口調で入ってきたのは看護師さんだった。

あー、一番いいところで!!

私は看護師さんに肩を軽く叩かれて、

「起きますかぁ?もう少し寝ますかぁ?」

と聞かれた。

本当はこのまま寝て、タツヤの言葉の続きを知りたかったけど、

こんなに長くタツヤをここで引っ張るのは申し訳なさ過ぎて、思い切って目を開いた。

目の前に看護師さんの顔。

そして、その後ろに心配そうに私の顔をのぞき込むタツヤがいた。

「必要があれば、車いすご用意しますから。落ち着くまでこちらでゆっくりされて結構ですよ。」

看護師さんは優しく笑うと、タツヤに一礼して部屋を出て行った。

タツヤと病室に二人きり。

なんだか気まずい雰囲気。

だって、タツヤ、あんなこと言うんだもん。

どんな顔してればいいか、戸惑うよ、全く。

なんとなく目が合わせられなくて伏し目がちに横たわっていた。

「大丈夫?」

タツヤが静かに言った。

点滴のおかげか、ずいぶん体は楽になったような気がした。

私はタツヤを見ずにうなずいた。

「よかった。こっちに来るまでは本当にねーさん辛そうで、俺も心配だったよ。」

一呼吸置いてタツヤの方に視線を向ける。

タツヤは本当に心配そうな顔をしてた。

こんな真剣な表情、初めて見た。

「今日は本当にありがとう。タツヤがいてくれて助かったよ。」

心からそう言った。

タツヤは少し頬を染めて、笑った。

「こんな俺でもねーさんの役に立つこともあるんだな。」

「ほんとほんと、初めて役に立った。」

私も笑った。

「そんな悪口たたけるくらいなら、ずいぶん回復したってことだね。安心したよ。」

タツヤはそう言うと、ようやく私の枕元においてある丸椅子に腰をかけた。

しばしの沈黙が流れる。

微妙な空気。

何か言わなくちゃ。

やっぱり、アレ、聞いとく?

「あのさ。今日呼び出して話そうとしてたことって何?」

「ああ・・・。」

タツヤは頭をくしゃくしゃと掻いた。

「アユミからダブルデートのお誘いあった?」

「うん、あった。」

「そのこと?」

まるで誘導尋問だね。

「ん、そう。」

「で?」

「で?って言われても。」

「はっきりしないなぁ。」

自分でも何にそんなにいらいらしてるのかわからなくなる。

タツヤに何を言わせたい?

「俺さ、アユミに断ったんだ。ダブルデートの話。」

「そうなんだ。気が進まなかった?」

さっきのタツヤの言葉の真意が知りたくて、知らないふりをした。

「ん。もともとダブルデートなんて好きじゃないしさ。アユミとカップルだったら話は別だけど、そんなんじゃないし。」

・・・そんなんじゃない。

アユミとはそういう関係にならないってこと?

「ねーさん、付き合ってるんだって?」

いきなりこっち振るか。

私はタツヤから目をそらしてうなずいた。

「よかったじゃん。こないだは振られて打ちのめされてたもんな。」

へ?

「いい男?」

「わかんない。」

「わかんないわけないだろ。結婚前提なんだって?そう踏み切れる相手ってそうそういないんじゃない。俺が確認しなくたって、大丈夫だろ。」

思わず息を詰めた。

だって、さっきタツヤが私に言ってたことと違うじゃない。

違いすぎるし。

あれは、私の夢?妄想??

「相手がふさわしいかどうかなんて、他人に聞くもんじゃねぇよ。自分で見極めろっての。たとえ俺が見たところでわかるわけないじゃん。俺、女じゃないし。」

何も言えなかった。

タツヤの言ってることはあまりに道理にかなってたから。

っていうか、もともとこの企画はアユミのものであって、私がそんなこと頼もうとしてたわけじゃないのに。

なんだか、どういいわけすればいいかわらかならなくて、ただ、胸の鼓動を押さえるのに必死だった。

タツヤに、かったるい女って思われただろうか?

私、本当はそんなこと頼むような人間じゃないのに。

でも、ここで本音を言ったら、アユミの立場はどうなる?

言えないよね。

絶対。

「アユミと二人で飲みにいったんだって?」

思わず口から出てしまった。

「え?」

急にタツヤの表情がひきつった。

これ、タブーだったかな。

でも、言っちゃったもんはしょうがない。

「どうなの?アユミとは前から気が合うみたいだったし。ひょっとして・・・だったりする?」

タツヤは眉間にしわを寄せた。

そして、うつむいて小さく舌打ちをした。

「その話、アユミから聞いた?」


あ・・・。

やば、怒ってる?

どうしよう!?


タツヤの不機嫌な表情を確認したとたん、私のだるい体も眠気もふっとんだ。

こういう場合、どう言えばいいの??

アユミもタツヤも傷つけたくないんだけど・・・

「い、いや、たまたまこないだ私の恋愛相談に乗ってもらってた時に、私がいつもみたく、ほら、あんたにもよくやるように、強引に問いただして、アユミの口を割ったわけよ。別にアユミから話があったわけじゃなくって。それに、アユミがタツヤをどうこう思ってるってわけでもなく、私が勝手に想像ふくらませてただけよ。」

明らかに動揺してるよな、私。

額にじんわりと汗がにじむ。

それが熱のせいなのか、焦りのせいなのかはわからないけど。

タツヤは幾分納得した様子で険しかった表情が少し和らいだ。

あー。

びっくりした。

思わず口を滑らせるととんでもない事態になっちゃうもんね。

反省反省。

おかげで、熱のしんどさはぶっとんだけど。

「ふぅん。その話が本当かどうかはともかく。俺、てっきりダブルデートっておまえらがしくんでんのかと思った。それだけは絶対ないよな。」

妙に力のこもった声でタツヤは言った。

私も大きく2回うなずく。

「じゃ、いいや。言っとくけど、俺、アユミとどうこうなろうなんて全く思ってないから。」

・・・。

その言葉は、私の気持ちをホッとさせる反面、すごく冷ややかに聞こえた。

アユミの気持ち考えたら、そういう言い方ないんじゃない?

「じゃ、なんで二人で飲みにいったわけ?」

思わずつっこんだ。

「二人で飲みにいくのがそんなにややこしいのかよ。」

「ややこしいわよ。誤解を与えかねないっつうの。」

「誰に誤解与えんだよ。俺とアユミはただの飲み仲間の一人。それだけじゃん。」

「だったら、ほかにも誘えば?」

「っていうか、最初に俺の誘い断っといてその言いぐさはないんじゃない?」

・・・。

そうだった・・・っけ。

タツヤは最初、私に誘いのメール送ってたっけ。

で、私が無視して、タツヤはアユミを誘った・・・。

「俺、悪いけど、あの日ねーさんと飲む気満々だったんだぜ。それなのに、デートとかなんとか浮かれちゃって、返信の一つもよこさないなんてどういう神経してんだ。たまたますれ違ったアユミと話ししてて、アユミも夜は暇そうだったから誘っただけだよ。おまえ、その経緯、アユミに話した?」

い、言えるわけないじゃない!!!

だって、アユミはタツヤのこと好きなんだよ?

ふいに頭がくらっとした。

その後、頭の横の方がきーんと痛くなる。

思わず、頭を押さえて「いたっ。」と声がもれた。

「ごめん。ねーさんしんどいのに、こんな話して。もうしばらくゆっくり休んで。俺、落ち着くまで外で待ってるわ。」

タツヤは慌てて席を立つと、病室から出ていった。

はぁ~。

なんか思っていたよりも複雑な展開になってる。

単なるダブルデートのお誘いが、いろんな事情が重なりすぎて、今や私も何が真実で何のために誘ってるのかすらわからなくなってきた。

それにしても、タツヤはあの日、私と飲む気満々って、何か言いたいことでもあったわけ?

タツヤっていつも肝心な部分を言わずに去っていくから、こっちは振り回されるのよ。

しかも、さっき私が点滴している時に言ってたことも・・・。


アユミ。

昨日のタツヤとの電話でどんな気持ちになったんだろう。

タツヤは結局どんな言い方して断ったんだろう。

想像するだけで、アユミの気持ちを考えて切なくなった。

私は。

ナオと本当に結婚できるんだろうか。

結婚前提の前提でお付き合いしてるけど、私は真剣にナオと向き合えているんだろうか。

ただ、ちょっとかっこいいナオに告白されて有頂天になってるだけなんじゃないだろうか。

考えだすときりがない。

とりあえず、今はゆっくり休もう。

家に帰ってから考えよう。

病室の天井をぼんやり見つめながら、もう一度目をつむった。


少し休憩して体もずいぶん軽くなった私は、外で待っていたタツヤとタクシーで帰った。

タツヤは私を気遣ってか、結局さっきの話には全く触れず。

たいした会話もせずに、送り届けてもらってそのまま別れた。

一応、「お茶でも」って声はかけたんだけど、「今日はこのままゆっくり休みなよ」ってタツヤは駅の方へ歩いていった。

なんとなく寂しげな背中を見送りながら、私自身の気持ちが少しだけ揺れるのがわかった。

なんだろう。

こういう気持ち。

ナオに対して持つ気持ちとはまた違う、もっと複雑で、繊細で、その中心の部分に軽く触れるだけで、パーン!と音を立てて割れてしまうような。

今日、タツヤと無理して会ったのは間違いだったのかもしれない。

会わなきゃよかった。


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