第3話 恋のはじまり
翌日、職場でコピーをとっているとタツヤが後ろを通った。
「よっ。元気?」
相変わらず、私を先輩とも思わない態度で自分の肩で私の肩をぐいっと押してきた。
「それなりにね。」
私は振り向きもせず、黙々とコピーを続けた。
「あれ?」
タツヤはそんな私の顔をのぞきこんだ。
タツヤと間近で目が合う。
一瞬、数ヶ月前のタクシーの中の出来事が頭をよぎり、うかつにも顔がほてってる自分にいらいらして、すぐに目をそらした。
「何?今忙しいんだけど。」
あえてぶっきらぼうに言った。
「なんかさ、ねーさん化粧濃くない?」
・・・。
なんでそういうことにいちいち気づくわけ?
今日は水口さんとお食事だから、ほんの少しだけチークを入れた。
そして、口紅もほんの少しだけ濃い色にしたんだ。
「そんな色気づいて、まさか、今日デート?」
タツヤは両腕を組んで、おちょくった表情で私を見下ろす。
少し間を置いて答えてやった。
「そう、デート。」
タツヤの目が丸く見開いた。
「まじで?」
「うん。まじで。」
「もう新しい男かよ。」
「そんなんじゃないわよ。」
「じゃ、なんなのさ。」
「あんたには関係ない。」
タツヤは「チッ」と軽く舌打ちをした。
「いくら化粧でごまかしたって、かわいげのない女はすぐに化けの皮はがれるから注意しろよ。」
なんで、あんたにそんなこと言われなきゃなんないのよ!
喉元まで出かかった言葉をぐっと飲み込んだ。
「化けの皮がはがれた状態を見ても逃げない男と結婚するつもりだから。」
タツヤが一瞬ひるんだのがわかった。
「なんだ、デートするやつと結婚まで考えてるわけ?」
「ま、まぁ、そういうこともあり得る、って話よ。」
勢い余って、えらいこと言っちゃったと思いつつ。
タツヤは腕を組んだまま、憎たらしい口調で続ける。
「ふん。化けの皮がはがれた状態を見ても逃げないってか。」
「そうよ。」
「俺は、そういうの好きじゃない。」
好きじゃない・・・。
くだらない。
って思いながらも、心の隅の方にひっかかる。
「別にあんたに好かれなくていいし。」
「あ、そ。じゃ、今晩はせいぜい楽しんできて下さいな。」
タツヤはいつになく真顔で手をふって去っていった。
なんなのよ。
気分悪い。
せっかく今日は水口さんとのデートだってのに。
だいたいね、水口さんはね、口だけ男のタツヤとは違うのよ。
ちゃんとこうしてすぐにデートしてくれんだから。
「あ!!」
くだらない話してたから、両面コピーの向き間違えてステイプルしちゃったじゃない!
「もう!」
と心の中で叫びながら、無駄になったコピー用紙をシュレッダーにかけた。
顔は熱いままだった。
座席にもどってパソコンを見ると、メールが一件届いていた。
誰からだろう?
メールを開くと、タツヤからだった。
『今晩飯でもどう?』
タツヤから送られてきたのは、もう1時間も前のことだった。
さっきの会話の前に送ってきてたんだ。
ようやくのお誘いですか・・・。
だけど。
よりによってだよね。
なんとも間の悪い。
返信せずに、そのままパソコンを閉じた。
書類の束を整理しながら、
『そういうの好きじゃない』
さっきのタツヤから言われた一言が頭の奥の方でぐるぐる回った。
それがどうしたっての。
タツヤに好きじゃないって言われたところで、どーってことないし。
ため息をつきながら、時計が目に入る。
もう17時半をまわっていた。
今日は大事なデートの日だから、そろそろ帰ろうかな。
よっこしょと立ち上がり、机の上を片付け始めた。
めずらしく残業もせず帰ろうとした私に、課長がおちょけた口調で言った。
「おう、もうお帰りですか?」
「あ、はい。お先に失礼します。」
「んん?デートかなんかか?」
ちっ。
どいつもこいつも。
こういうのセクハラなんですよ!って言いたいけど言えない小心者の私。
「たまには、私にもNO残業デイくださいよ。」
課長の言葉を笑って受け流した。
課長も笑って右手を挙げた。
「そうだな。おつかれさん。」
課長って、一言余計な時もあるけど、結構いい人だったりする。
私は、職場に一礼して更衣室へ足早に向かった。
更衣室につくなり携帯を開ける。
水口さんから、メールきてないよね?
実は今日は仕事が終わらなくて会えなくなったとか・・・
そんなショッキングな想像をしながら。
だって、最悪の事態を考えといた方が、気分が楽じゃない?
もし、そうだったとしても「やっぱり」って思えるし、
そうじゃなかったら、うれしさ倍増だしね。
こんな風に考えるようになったのも、最近の話だけど。
いかに傷つかないで生きていくかっていうアラサー女の知恵みたいなもんだ。
そっと携帯を開くと、水口さんからのメールはなかった。
その代わり、一件のメール。
タツヤだ。
『人がせっかく誘ってやったのに、返信くらいしろよな。』
・・・。
なんていうか。
どうして、こうも後味の悪いメールが送れるもんなのかしら。
そういうこと書いてくるやつには絶対返信なんか送ってやんない!
私はすぐに携帯を閉じて、着替え始めた。
今日の私の洋服。
とっておきの時にしか着ない花柄ワンピ。
結構高かったんだよね。
時代に左右されないデザインと質感が気に入って、ボーナス出たときに買ったんだ。
更衣室にある姿鏡に、自分をうつした。
顔。
確かにチークちょっと濃い?
はりきりすぎかな。
ティッシュで少しぼかしてみた。
これでよし。
「おつかれさまでーす。」
間延びした声が、更衣室の扉を開く音と同時に入ってきた。
アユミだ。
「おっ!どーした?!」
私をみるなり目を丸くして走り寄ってきた。
どーした?!って・・・。
私は苦笑した。
「なによ、その女らしい格好は。」
「私がこんな格好しちゃ悪い?」
「っていうか、そんな小綺麗ななワンピ、持ってたことにまずは驚き。」
「私だって、たまにはこういう格好したい時もあるんだって。」
笑いながらアユミのおでこをこずいた。
「たまには、って。今日は何かそういう特別な日なわけ?」
勘のいいアユミはニヤッとして私を見た。
いくらアユミでも、さすがに今日誰と会うかは、こっぱずかしくて言えない。
もう少し。
いろんなことがはっきりしてから言おう。
「特別っていうか、今日は母の誕生日でレストラン予約してあるんだ。」
久しぶりについた嘘。
「そうなんだ!母親思いじゃん。」
「まー、たまにはね。」
「じゃ、お母さんとゆっくり楽しんできて。」
「うん、ありがと。また飲みに行こうね。」
「あ、そうそう、さっきタツヤに会ったんだけどさ。」
タツヤ・・・。
またあいつの名前。
「来週の金曜、またいつものメンバーで飲み会だってさ。」
「あ、そ。」
「ハルナは行けそう?」
「まだわかんない。」
「・・・そっか。実はさ。」
「ん?」
いつも快活なアユミにしては、妙にもったいぶった感じで言った。
「これからタツヤと飲みに行くんだ。」
おっと、タツヤ、そう来たか。
なるべく表情を変えないようにゴクリとつばを飲み込んだ。
「そ、そうなんだ。まさか二人で?」
「そのまさかの二人でなんだって。」
「えー。どういうことよ。」
明らかに動揺してるよな、私。
「知らない。急にさっき言われた。暇だから今晩つきあえってさ。」
アユミはまんざらでもなさそうに笑った。
ふうん。
別に私が知ったこっちゃない。
「こういうのから始まる恋もあるかもよ。」
少しいたずらっぽく笑ってアユミに言った。
すると、アユミはうつむいて答えた。
「そうだよね。」
へ?
「実は、結構前からタツヤのこと気になってたんだ。」
アユミはらしくもなく、肩をすくめて恥ずかしそうに舌を出した。
「そうだったんだ。」
明らかにトーンが落ちた私。
なんか変。
テンション落ちてく自分。
アユミの恋バナ聞いてる時だってのに。
自分自身の気持ちが行き先不明状態。
「あ、ごめん。時間だわ。今度ゆっくり聞かせて。今日はとにかくがんばって!」
私は自分のテンションが落ちるのを振り切って、前向きな言葉を並べた。
そして、アユミに大げさに手を振ると、そのまま更衣室を飛び出した。
バタン。
更衣室の扉を閉めると、少しひんやりとした空気がほほをなでた。
そうなんだ。
アユミは、タツヤのこと。
知らなかったよ。
だけどさ、結局なんだかんだ言って、タツヤは今日は誰誘ってもよかったんじゃん。
ほ~んの少しだけど、心配してやっただけ私が損だったわ。
アユミの恋の成就よりも、タツヤの拍子抜けな言動へのガックリが自分の中で勝っていた。
短くため息をつくと、そのままエレベーターホールへと急いだ。
そう。
気持ち切り替えなくちゃ。
これから私は水口さんとデートなんだから。
ビルの外は、せわしく行き交う人たちであふれていた。
それぞれが、それぞれの場所に向かってる。
いろんな思いを胸に秘めて。
水口さんとの待ち合わせ場所についた。
まだ時間まで15分ほどある。
15分っていう時間はありがたいようで、実はものすごく中途半端にしか使えない時間なわけで。
トイレ行って、戻ってきてもおそらくまだ7、8分は余ってる。
本屋に行って立ち読みしようと思っても、本屋まで行くのに5分、立ち読み5分、帰ってくるのに5分。
ただ、落ち着かないだけ。
結局は待ち合わせ場所で、ぼーっと携帯いじってるしかなかったり。
ということで、ウロウロするのはやめて、ここで待つことにした。
携帯を開き、数日前から返信しそびれていた友達にメールを打つ。
2人ほどの友達にメールを送信したところで時計を見たら、まさに待ち合わせ時刻になっていた。
私の体内時計もたいしたもんだわ。
心の中で自画自賛しながら、携帯をバッグにしまった。
で、ここからがさらに落ち着かない時間。
どこから、水口さんは現れるのか。
どこから現れてもいいように、自分の姿を意識しないといけない。
キョロキョロしてるのもみっともないし、携帯いじってまってるのも格好悪い。
なんとなく、そう、なんとなくあたりを見渡しつつ、少し余裕な態度で立ってる。
そういう女性がすてきだなーなんて思う。
でも、そんな風にして待ってるのも5分が限界。
顔の表情も、足腰もつっぱってきた。
水口さん!
いきなり女性を待たせちゃだめよ~。
気づいたら待ち合わせ時刻、10分が経過していた。
こんなことになるなら、本屋で待ち合わせにしてもらうべきだった。
時計台の下って、雰囲気はあるけど、待たされる側にとっちゃ苦痛以外の何物でもない。
今日はついてないのかな。
短く深呼吸して前髪を掻き上げたそのとき。
「すみません、お待たせしてしまって!」
ものすごい風圧と、ほのかなオーデコロンの香りが私の鼻をかすめた。
視線を向けると、額に汗をにじませた水口さんがネクタイをゆるめながら、頭を下げていた。
明らかに、ものすごい勢いで走ってきた感じ。
呼吸を荒げながら、ていねいに謝ってくる水口さんは、それだけで私の心をわしづかみにした。
なんていうか。
ものすごく、色っぽい。
額の汗と、少し紅潮した頬。
ゆるんだネクタイ、肩で息をしながら何度も謝る姿。
どれも、これも。
そんな水口さんに、しばらく言葉を失って見とれてしまった。
呆然と立ちつくす私に、
「ご機嫌悪くされましたか?」
水口さんは、心配そうな顔をして私の顔をのぞき込んだ。
とたんに我に返る。
「あ。すみません。全然待ってないから大丈夫です。私も今来たところなので。」
慌てて、適当に話を合わせた。
「会社を出ようとした時に、急に上司に呼び出されてしまって、抜けるに抜けられなくなってしまいました。連絡取ることもできず、本当に申し訳ありません。」
水口さんはそう言うと、深く深呼吸した。
「あの、ずいぶん走ってこられた感じですけど、大丈夫ですか?」
水口さんは、私の顔を見て、にっこりと笑った。
「はい、大丈夫です。これでも、昔はサッカーで鍛えてましたから。」
「サッカーやってらしたんですか?」
ちょっと意外だった。
見た目が繊細な印象だったから、てっきり文化系かと思ってた。
「ええ、小、中、高と。」
こりゃ、絶対モテたな。
心の中で大きく何度もうなずいた。
「じゃ、とりあえず、向かいましょうか。」
「お食事する場所は?」
「この近くのホテルの会席料亭を予約してあるんです。以前、接待で使ったんですが、雰囲気も味もかなりよかったので。あ、大丈夫ですか?」
大丈夫もなにも。
すごすぎて何も言えない。
ずっと付き合ってたノボルとすら、会席料亭なんて行ったことないし。
「大丈夫というか、そんな敷居の高い素敵なところ、行ったことないから。こんな格好で大丈夫なんでしょうか?」
水口さんは目を細めて私を見つめ、そしてぷっと吹き出した。
「ハルナさんって、やっぱいいですね。こういう素直で正直な女性って、貴重ですよ。」
「あ、少し馬鹿にされてます?」
冗談ぽくすねた顔をして言った。
「いえいえ、ほめてるんですよ。僕は好きです。すごく魅力的だと思います。」
ドキン。
まただ。
水口さんには、これまで何度ドキンとさせられたんだろう。
「好きです」だって!
数時間前にタツヤに「好きじゃない」って言われたっけ。
いやいや、あいつのことはどうでもいいって。
慌ててタツヤを頭からかき消した。
水口さんと並んで歩く。
水口さんの肩は私のちょうどおでこあたり。
なんだかそれくらいの大きな体が自分の横にあるって、すごい安心感があるものなのね。
そこにいるだけで守ってもらえてるみたいな感じ。
ノボルはもう少し背が低かったっけ。
タツヤは、水口さんと同じくらいかもっとでかい・・・いやいや、あいつは別にどうでもいい。
心の中で首を何度も横に振った。
アユミ・・・。
今頃、タツヤとどっかの居酒屋で飲んでるんだろうな。
二人でどんな話するんだろ。
タツヤは私に話したみたいに、自分が振られた話とかして、また同情さそって、酔わせて、タクシーで抱きついたりしちゃうんだろうか。
いやいや、何心配してるんだ?
っていうか、アユミが心配だわ。
少しでもタツヤに気持ちがあるんだったら、タクシーで抱きつかれたら、そりゃ絶対自分に気があるって思っちゃう。
って、思っちゃ悪いっけ?
やめとこ。
もう二人のこと考えるの。
私には関係のないこと。二人でよろしくやってちょうだい。
私は。
今は水口さんとデート中なんだから。
そっちに集中!
「つきましたよ。」
穏やかな水口さんの声が聞こえた。
顔を上げると、いかにも!って感じの暖簾がかかった超和風料亭の入り口があった。
今まで足を踏み入れたことがないような高級感に思わず息を呑む。
「うわ、すご・・・いですね。ドキドキしてきた。」
自分でも何にドキドキしてんのかわからなくなってる。
水口さんは優しい笑顔をたたえたまま、
「入りましょうか。」
と言って、扉をひき、私に入るように促した。
ゆっくりと扉の敷居をまたぐ。
ふんわりと品のいい出汁の香りが店内に漂っていた。
そのまま、店内の奥の方のお座敷に案内される。
テーブルの下は掘りごたつになっていて、座るととても落ち着いた。
水口さんもゆっくりと私の前に腰を下ろした。
水口さんの顔が私の正面にある。
きゃー!
どうしよう。
恥ずかしすぎるよね。
だって、正面なんだもん。
逃げ場がないって感じ。
すっかり落ち着きがなくなって、テーブルの上にある灰皿をさわってみたり、座布団の端をつまんでみたり、お品書きをめくってみたりした。
とてもじゃないけど、顔を上げられない。
そんな私の様子をうかがっていた水口さんが、くすっと笑った。
「落ち着きませんか?」
そういうこと言われると、ますます落ち着きなくなるんですけど!
顔があつーくなってきた。
思わず頬を両手で押さえてうつむいた。
「かわいいな。」
水口さんがぽそっと言った。
今、なんて言った?
かわいい?
かわいいって??
三十路女をつかまえて「かわいい」?
そんなこと、男性に言われたこといつ以来?
ノボルと付き合ってすぐに言われたことあったっけ。
はぁ~、恥ずかしすぎて顔が上げられない。
どんな顔して、水口さんは私を見てるんだろう。
想像するだけでドキドキが最高潮になった。
思い切って、ゆっくりと顔を上げた。
そこには、優しい目で笑う水口さんが座っていた。
穏やかな空気。
少しずつ私の緊張がほどけていくのがわかった。
こういうのってなんていうんだろう。
不思議な感覚。
水口さんには、やっぱり私は不釣り合いすぎるよね。
だって、素敵すぎるんだもん。
何かしゃべらなきゃ、と焦れば焦るほど、言葉が出てこない。
水口さんのこの落ち着きと私のこの落ち着きのなさがあまりに対照的で。
なんだか夢見心地な空間でさまよっていたら、ふいに仲居さんが部屋に入ってきた。
おいしそうな突き出しを持って。
突き出しに添えられた、小さいグラスに入った食前酒。
甘ったるい香りが鼻をかすめた。
「お酒は、大丈夫、ですよね?」
水口さんが尋ねた。
「あ、はい。」
むしろ大好きな方です、って言いそうになるのをぐっとこらえる。
「よかった。」
水口さんはうつむいて少し笑った。
どんな仕草も絵になる人っているんだ。
水口さんには、何を言ってもしても崩れない品性が感じられた。
きっと、いいとこのお坊ちゃんなんだろうな。
乾杯して、そっと口元にグラスを傾ける水口さんの姿にしばしみとれた。
そして、目が合う。
顔がカッと熱くなった。
ドキドキ。
なんていうか、こういうのって。
恋してるって感じ?!
お酒が入ると、少し緊張がほぐれて会話を楽しめるようになってきた。
水口さんは自分のことをたくさん私に教えてくれた。
自分は次男で、上に三つ違いのお兄さんと下に五つ違いの妹さんがいるってこと。
お兄さんは優等生で、今は弁護士ってこと。
水口さんはそんなお兄さんを見て、なぜだか優等生になりたくなくて、サッカーに逃げていた時期があったってこと。
高校の時につきあった彼女が、すごく勉強をする子で一緒の大学に行きたくて、ようやく勉強を本気でやりはじめたこと。
イギリスに留学中、イギリス人の女性に積極的アプローチを受けて逃げ回ったこと。
自分の得意な英語を生かせる今の仕事について、充実しているってこと。
そして。
すこし言いにくそうに、ビールを口に運びながら、言葉を選びながら言った。
「今日、帰り際に上司に呼び止められて、正式に海外赴任が決定したんです。」
え?
海外・・・?
確か、以前、自分が要望すればそういう可能性もあるとか言ってたけど。
「僕も、今のように独身で行くことには躊躇があって、ずっと先延ばしにしていたんですが、新しいプロジェクトが来年から始動することが決まって、その立ち上げにどうしても行ってもらいたいということなんです。」
「そ、そうなんですか。いつ、からですか?」
「早ければ三ヶ月先と言われました。」
ふぅ。
せっかく、ほんのり芽生えた恋心だったけど。
やっぱりこういう男性とは私には縁がなかったってことだよね。
すっかり酔いが冷めていく自分がいた。
水口さんは、空いたビールのグラスに目をやりながら、声を落として言った。
「あの、もし、僕が海外に行ったとして、その後も僕とつながっていただくことは可能ですか?」
・・・。
それは、どういうことでしょう?
一瞬言葉が出なくて、水口さんの顔を眺めながら首をかしげた。
「三ヶ月先に海外に行ってしまうような男ですが、よかったら、これからも僕とおつきあいしてやってもらえないでしょうか?」
そりゃ、もちろん。
お友達として、でしょ?
「・・・結婚を前提として。」
水口さんの顔が少しこわばったのがわかった。
初めて見せる緊張した顔だった。
なんだか、ものすごく客観的になっている自分がいる。
これは、私に言ってるんでしょうか?
そうだよね。
私のほかに、ここには誰もいないもの。
それか、これは私の夢?
水口さんにわからないように、自分の太ももをつねってみた。
痛い。
結婚前提・・・ですか?!
今日で会うの2回目なんですけど!
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