第2話 モテ期
ノボルにふられて、タツヤに「今度飯食うのつきあってよ」って言われてから数ヶ月が過ぎた。
特に何も変わらない生活。
相変わらず、7時半に家を出て、会社でみっちり仕事して、サービス残業して帰る日々。
あ、変わったことといえば、私がとうとう30の大台に乗ったことくらい。
思ってたより、あっさりとその日は迎えられ、あまりの変化のなさにがっかりしたほど。
誰か私の誕生日覚えてくれてるかなーって期待したのもおろか。
学生時代からの親友・ナルミと会社の同期・アユミから、「おめでとう」メールが届いただけだった。
三十路なんてこんなもんだ。
29歳の時は妙に焦っていたけれど、焦る必要もなかったてわけ。
思いっきり三十路前にふられるんだったら・・・。
それにしても。
タツヤともあれっきり。
ちょっぴり期待した私が馬鹿だった。
まぁ、恋愛の始まりもそんな容易なもんではないってことよね。
その時、携帯が鳴った。
今日は日曜日。
お昼までベッドでごろごろしていた私は、面倒臭いと思いつつ携帯に出た。
相手は、同期のアユミだった。
「あいあい、日曜にどうしたの?」
重たい体を起こしながらとりあえず聞く。
「あ、寝てた?ごめんごめん、ってもうお昼の12時だよ!いつまで寝てるの。」
「三十路の休日は睡眠とることが一番鋭気を養えるもんなのよ。アユミのようにまだ20代を謳歌しているのとは訳が違うわ。」
そう、アユミは同期だけど私よりも2歳下。
「もうー。おばちゃん的発言はやめてよ。せっかくいい話持ってきたのに、話す気なくすわ。」
「え?なになに?いい話って?」
急に目が覚める。
私もげんきんな性格だわ。
「夕方、出てこれる?」
「まさか合コンとかじゃないでしょうね。」
「そう、そのまさかの合コン。」
「うそでしょ?合コンで、私みたいな三十路女が誘われるわけ?」
「っていうか、今日来る予定だった友達が急に来れなくなって、人数あわせ。」
「アユミ・・・正直すぎるって。」
あまりに正直な言い訳に逆に笑えてきた。
「ごめんごめん。頼める人、他に誰も思いつかなくて。」
「いいよ。」
「え?本当?」
自分でも驚くほど即答だった。
今まで合コンなんて一番不得意で軽蔑するに価するものだったはずなのに。
「どうせ今日は暇だし。で、相手はどんな人たち?」
今は一人なんだしって思ったら、なんだか気持ちが大らかになったみたい。
「えっと。商社の営業マンらしい。年齢はいろいろみたい。」
「ふうん。商社か。なんだか遊び人多そうだけど。何人くらい集まるの?」
「私たちは三人。相手も三人。」
「了解。じゃ、待ち合わせ場所教えて。」
アユミからの情報を手早く手帳に書き写した。
商社か。
確かむかーしむかし、商社のメンバーと合コンしたことあったけど、あまりに軽いノリすぎてしんどかった記憶がよみがえってきた。
どうせ私が一番年長だろうし、ここはどーんと構えておこう。
誰かいい人見つけるとかいうよりも、勉強勉強。
これから出会うすてきな男性をゲットするための。
なんて、思いながらも、その後必死に小顔マッサージにあけくれた。
期待する時ほど、いい結果が得られないのも経験済みなのにね。
こうやって学習できないから、大きな失敗をするわけで。
そして、一番お気に入りのクリーム色のワンピを着て、待ち合わせ場所に向かった。
なんとなく一番乗りは避けたくて、敢えて待ち合わせ時間3分過ぎに着く。
すでに、女性陣二人はそろっていて、男性陣も一人を残すのみ。
「こんにちわ。」
努めて冷静に、落ち着いた女性を意識する。
男性陣は、明らかに若い。
間違いなく、20代。
私を見るなり、少し緊張した表情で会釈をした。
私なんて、こんな若人達にはきっと対象外なんだろね。
心の中でため息。
最初から想定してたことだけど、目の当たりにするとやっぱりショック。
あと残す一人は、どんな男性だろ。やっぱり20代だろうか。
アユミが私の耳元でささやいた。
「最後の一人、きたきた。」
アユミの視線の方に目をやる。
・・・。
落ち着いた佇まい、柔らかい表情。
私たちを見るなり、優しい笑顔で会釈をした。
とても自然で、嫌みのない雰囲気をまとった男性だった。
この男性は、もしや・・・
30代?!
「遅れてすみません。ちょっと仕事が立て込んでしまって。」
その人は、すまなさそうに頭を下げた。
「日曜日もお仕事だったんですか?」
アユミが間髪入れずにたずねる。
「海外の顧客が数件あって、時差があるもんですから。」
ひょー。
海外の顧客と渡り合うんだ。
ミーハーながら、それだけでかっこいいと感じてしまう。
それは、その他女性陣も同じだったみたい。
全員がその男性に釘付けになった。
「全員そろったし、お店に向かいましょうか。」
若い男性の一人が言った。
私たちは男性陣の後ろからゆっくりとついていった。
アユミが私にこそこそと話してくる。
「最後に来た人、ハルナより2歳上だって。なんかかっこいいよね。」
やっぱり。
あの落ち着きは30代だ。
その男性は、水口ナオヤという名前だった。
背も高く、身のこなしもスマートで、絶対もてるタイプだと思う。
年齢的には一番合うんだろうけど、私にはお手上げだわ。
いわゆる不釣り合いってやつ。
お店は小洒落た居酒屋だった。
なぜだか私の隣に水口さんが座った。
水口さんからは、ほんわりといい香りがした。
オーデコロンつけてるんだろうか。
こんな男前でおしゃれな男性、周りにいないから、正直どう接していいかわからない。
会の始まりは、一人ずつ自己紹介。
たわいもない会話から始まり、お酒のペースが進むにつれて、くだけた会話に変わっていった。
若人たちは若人たち同士、上司の悪口や、趣味の話で盛り上がってる。
私は少し距離をおいて、そんな会話を聞いていた。
水口さんも、時折笑って話に参加するものの、保護者的な印象は崩れなかった。
この人って、本当はどんな人なんだろ。
絶対無理って思うけど、思えば思うほど、気になってくるもの。
少し話してみようかな。
お酒の勢いも手伝って、思い切って水口さんに話しかけた。
「海外の方と取引があるっておっしゃられてましたけど、もちろん英語ですよね?」
水口さんは、唐突な質問に一瞬目を丸くしたけど、すぐに柔らかい笑顔で私を見た。
柔らかすぎる笑顔に自分の中心がぐにゃぐにゃになってしうような感覚。
こういうのをとろけるって言うんだろうか。
「ええ、もちろん英語ですよ。」
その声もとても優しかった。
「英語は、学生時代に学ばれていたとか?」
知的センスゼロな会話だなーと思いながらも話をつなげる。
「ええ。英文科だったこともあり、学生時代1年間イギリスに留学していました。そのせいで、一流しちゃいましたが、おかげで英語を使う仕事につけたので、いいかな。」
水口さんは、笑いながらビールを飲んだ。
長い指。
切れ長の目が、セクシー。
このまま会話がとぎれてしまうのが残念な気がして、更に続けてみた。
「将来は海外赴任なんてこともあり得るんですか?」
水口さんは、グラスをテーブルに静かにおいた。
「ん。僕が希望すればそういうこともあるかもしれないな。」
「希望はされないんですか・・・?」
「一人で海外に赴任って、なんだか寂しくない?」
水口さんは、上目づかいで私を見てからかうように笑った。
この人は。
女性のツボをしっかり心得てる。
さっきから、その言葉のひとつひとつ、仕草のひとつひとつにドキッとさせられっぱなし。
「今度は僕から質問してもいい?」
「え?はい。」
いきなり受け身側にされ、ドキドキする。
「今、誰かお付き合いしてる人いる?」
あまりに唐突な質問に、一瞬言葉に詰まる。
こういう時って、どう言えばいいんだろ。
20代のときみたいに、明るく「フリーで~す!」なんて言うとひかれそうだし、
かといって、「どう思われます?」って含みをもたせるほど、自分は魔性の女でもないし。
しばらく、考えていると、水口さんは頭をぽりぽりかきながら言った。
「ごめんごめん。レディにそんな質問、不躾だったね。」
「あ、そんな・・・。」
レディだって!?くすぐったい。
「っていうか、もし、今度お食事でもって誘ったら来てもらえる?って聞くべきだったか。」
・・・ドキン。
顔がかーっと熱くなる。
いきなりのアプローチですか?嘘でしょう?
きっと水口さんは私をおちょくってるだけだ。
このメンバーの中で一人年食って浮いてる私を慰めてくれてるだけ。
なんてジェントルマンなの!
私は慌てて、正気復活し笑顔を作った。なるべく爽やかな感じで。
「あはは、水口さんも冗談ばっかり。」
水口さんは少しまじめな顔をした。
「冗談じゃないよ。」
そう言いながら、小さな紙切れを私の手の中にそっと押し入れた。
へ?何?
思わず、他のメンバーをちらっと見やる。
相変わらず若人たちは何かの話で盛り上がって、こちらのことなんか気にも留めてない様子だった。
気づいたら、水口さんと私、二人の世界になってた。
小さな紙切れをテーブルの下でそっと開けると、携帯番号が書かれてあった。
「あの、これ?」
水口さんに聞き返す。
「いい年してこんなこと、なんだかこっぱずかしいけど。よかったらいつでも連絡してほしいな。」
「・・・。」
「こんなこと、誰にでもするように見える?」
正直見える。だって、手慣れすぎだもん。
思わずうなずいてしまう。
水口さんはうつむいて笑った。
「こんな恥ずかしいこと、滅多にしないよ。正確には今回を入れて、生涯に二度かな。」
かっこよすぎる・・・。
私のどきどきは最高潮だった。
でも、こんなすてきな人が私にモーションかけてくるなんて、やっぱり信じられない。
私は微妙な笑いを浮かべて、その紙切れをそっとバッグにしまった。
水口さんはそれを確認すると、少しうれしそうに笑って、またビールを飲んだ。
久しぶりに出た合コンは変な感じだった。
私が知ってる合コンとは、違っていた。
いつもは、うんざりした気持ちで家に帰っていってたのに、
今回は、ふわふわとした夢見心地な気分。
私にもいよいよモテ期到来ですか?!
30代。
捨てたもんじゃないかも。
家に着いてから、何度も水口さんの携帯番号を眺めた。
でも、結局かけられなかった。
もう少し。
もう少しだけ、自分の気持ちを落ち着けよう。
そして、やっぱりもう一度水口さんに会いたいなって思ったら、この番号にかけてみよう。
急いては事をし損じる・・・だもんね。
それから、またバタバタとあわただしい毎日が過ぎ、合コンから1週間が過ぎた。
水口さんに連絡しようか悩みながら結局できずにいた私。
こんなんじゃ、好機を逃しちゃうよね。
たとえ、水口さんがほんの冗談半分にしかけてきたことだとしても、あんなすてきな人ともう一度会えるんなら、それに乗っかるのもありかもしれない。
だって、今はフリーなんだもん!
このフリーの時期をいかに有効に過ごすかがこれからの私の結婚運にも大きな影響を及ぼすかもしれない。
とかなんとか思いつつ。
いいように考えないと、携帯一つかけられない臆病な自分にいらいらした。
そう。
20代と違うのは、一つの恋がすべてを決めてしまいかねないってこと。
ただの恋に終わらない恋。
それは、おそらく結婚という二文字につながっていく恋。
だからこそ、簡単には勝負に出られない。
ようやく30歳の重みに気づいた。
だとしたら・・・。
水口さんのとった行動って、やっぱり相当軽率?
もしくは、本気度が高いってこと?
どっちだろ。
よくわかんない。
私はノボルしか知らないから、そういう男女の駆け引きって経験もない。
若いうちに、もっともっといろんな恋愛しとくべきだったよね。
なんて思っても、後悔先に立たず。
大きく深呼吸をして、水口さんの携帯番号を押していった。
水口さんの呼び出し音が私の耳の奥で鳴っている。
心臓が破裂しそうだった。
こんなにどきどきしたの、中学生の時に、初めて片思いしていた男の子の家に電話かけたの以来かも。
左手で自分の胸を押さえた。
「はい、水口です。」
1週間前に聞いた、水口さんの少し低音の声が響いた。
「あ、あの・・・私・・・」
「・・・ハルナさん?」
水口さんの方から聞いてきた。
たったあれだけの言葉で、どうして私ってわかったんだろ。
ものすごく耳のいい人なのかな。
「はい、先週はありがとうございました、ハルナです。こんな夜分遅くにすみません。今、大丈夫ですか?」
「いやー、本当にハルナさん?驚いた。もう半分あきらめてたから。」
「え?」
「年甲斐もなく携帯番号なんて渡しちゃって、やっぱ恥ずかしかったなーってあれから後悔してたんです。でも、」
水口さんは携帯の向こうで一呼吸おいて言った。
「めちゃくちゃうれしい。」
ドキン。
それが、私を喜ばせる言葉だったとしても。
1週間前に私が見た水口さんとは違う、なんだか少年みたいなことを言う水口さんにあらためて胸がキュンとした。
「明日、夕方早めに商談が終わる予定なんですが、よかったらお食事でもいかがですか?」
水口さんは何も言わない私に、ゆっくりと、はっきりとした口調で聞いてきた。
「あ、はい。私でよければ。」
ドキドキしているのを悟られないように、私もゆっくりと答えた。
「よかった。じゃ、駅前に19時半でも大丈夫ですか?」
「はい。」
なんだか頭がぼーっとしている。
思考回路がゼロ。
水口さんに言われるがまま、ロボットのように返事をし、待ち合わせ場所をメモって携帯を切った。
これは。
夢?
水口さんみたいなすてきな人と、お食事だなんて!
洗面所の鏡に自分の顔をうつした。
20代の頃にはなかった目尻のしわ。
あー、やだやだ。
目のリンパの流れをよくするマッサージをえんえんやり続けた。
明日、少しはましになってるといいな。
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