妹とはできない行為


「悪い、今日は用事がある」

 わざわざ外で出迎えてくれた芳乃とあやねに断りを入れ、俺は一年二組の教室に入った。

 そのまま立ち止まることなく、一直線に目的の席へ向かう。

 そいつは俺の接近に気づくと、面倒くさそうな顔をして席を立った。そんな顔でさえ、そいつはイケメンだった。


「ちょっと待て、湊」

「……例の件なら俺の返事は変わらない、お断りだよ」

「違う。別件だ」

「……別件?」


 胡散くさそうな顔で、湊は俺を見る。

「……いったい、なんの話さ?」

 話を聞いてくれるだけ、警戒心は以前よりも薄れているように思う。

「まぁ、そう警戒するな。芳乃のことは関係ない。相談したいことがあって来た」

「相談?」

「あぁ。親友のおまえにしかできない相談だ」

「……そういうこと」

 湊はふぅ、と小さく溜息をついた。

「わかった。とりあえず、場所を移動しようか?」

「助かる」


 俺たちは近くの空き教室に移動した。ここなら邪魔が入る心配はないだろう。

「それで、相談って?」

「その前に、おまえに報告しておくことがある」

「報告?」

「今、おまえのクラスメイトと付きあってる」

「あぁ、静志麻さんね。ま、見てればなんとなくわかるよ。おめでとう」

「ありがとう。相談っていうのは、あやねも関係してることだ」

「ふぅん、恋愛相談ってこと?」

「いや、基本的には俺の問題だと思う」


 俺は湊に、例の不可思議な“違和感”について話した。

 自分でもよくわからない、けれど確かに存在する感覚。

 それは特に、あやねに甘えられている最中に発生しやすいということを、甘えの程度は伏せて伝えた。


「違和感、ねぇ……。ところでコウちゃん、静志麻さんとはどこまで進んでるの?」

「キスもまだだな」

 そういうことは、あやねのペースに合わせようと思っている。

「…………」

 微妙な沈黙のあと。

 湊ははああ、と盛大に溜息をついた。

「じゃあ、原因はそれだよ」

「なんだよ、それって」

「違和感って、言い換えればモヤモヤするってことだよね?」

「まぁ、そうとも言えるな」

「モヤモヤじゃなくて……ムラムラなんじゃないの?」

「はぁ?」

「つまりコウちゃんは、なかなか進展しないもどかしさ――性欲のムラムラと、違和感のモヤモヤを履き違えてたってわけ」

「そういう……ことなのか?」

 湊に言われるとそうなんじゃないかという気がしてくるが、一方でイマイチピンと来ていない自分もいる。

「きっとそうだよ。やることやればスッキリするんじゃないかな?」

 爽やかな笑みとともに、そんなアドバイスを頂戴した。



 その日の放課後、どうにか芳乃を家に帰したあと。

 俺はまっすぐにあやねの目を見つめ、単刀直入に自らの希望を口にした。

 あやねは首まで真っ赤にしていたが、拒絶の言葉だけは口にしなかった。


 ――そんなわけで。

 無駄に豪奢な雰囲気が漂うダブルベッドの上、無駄に妖しげな雰囲気を放つ照明に照らされながら、俺とあやねは並んで腰かけている。

「まさか俺たちが、この場所に来ることになるとはな」

「うん……」

 俺の家には芳乃という危険分子がいるし、あやねの家には親がいる。

 となれば、それ以外の安全な場所を見つけるしかないのだが……

 心当たりといえば、かつて芳乃と当時の彼ソーマ氏が利用していた、このラブホテルくらいのものだった。

 一旦私服に着替えに家に戻った俺たちは、例のファミレス前で落ち合い……そして現在に至る。


「あやね……」


 俺はあやねの両肩にそっと手を置き、顔を覗きこんだ。

 意図に気づいたあやねが、おそるおそるといった様子で目を閉じる。その表情はいつになく硬く、緊張しているのがありありと見て取れた。

「するぞ?」

「うん……」

 かすかに震える唇に、俺は自らの唇を押し当てた。

「ん……」

 あやねの口からわずかな吐息が漏れる。俺はそっと唇を離した。

「ぷはぁ…………し、しちゃった、兄さんとキス……」

 どこか呆けたようにつぶやくと、あやねは自らの口元へ手を運び、指先でそっと唇に触れた。

「今度はあやねからしてくれ」

「あやねから……?」

「あぁ、頼む」

「う、うんっ。するね……」

 ゆっくりと顔が近づいてきて、再び唇と唇が触れあう。

「ん、ちゅ……んっ……はぁ……っ」

 一生懸命、不器用に俺の唇をついばむあやね。

 そんなあやねがたまらなく愛おしくなって、俺は半ば無意識にあやねの胸元に手を置いていた。

 とたん、あやねはピクリと身を震わせる。唇の動きが止まる。抵抗こそしないが、四肢を硬直させているのがわかった。

「怖いか?」

「……平気。あやね、兄さんのこと信じてるから……」

 言葉ではそう言うが、声は明らかに震えていた。

 ……まだ早かったか。

 俺は胸元から手を離し、キスを続けた。


 ――それから、約二時間が経過して。

 裸で俺の隣に横たわるあやねが、ふいに口を開いた。

「ねぇ兄さん、あやね、こんなに幸せでいいのかな……? なんか、ダメになっちゃいそう……」

 俺はなにも言わずに手を伸ばし、ただ優しく頭を撫でた。

 幸せそうに微笑むあやねに、俺もつられて笑みが漏れる。

 穏やかな時間が、ゆったりと流れていく。


 俺は、例の違和感について思いをめぐらせる。

 結論からいえば、湊の説――モヤモヤとムラムラを混同しているというのは、的外れだったように思う。

 あやねとひとつになったことによる充足感は、もちろんあった。

 行為が終わった今も熱に浮かされたような多幸感に支配されているし、いろんな意味でスッキリもした。

 だが、やはり……あの“違和感”は別種のなにかだ。性欲なんかとは根本的に違うなにかだ。

 実際にあやねと身体を重ねてみて、それがハッキリとわかった。


 そしてもうひとつ、わかったことがある。

 それは、あの“違和感”はセックスの最中には発生しない、ということだ。

 甘えられているときのように、ふいにあの感覚が襲ってくることは、一度もなかった。

 これは、たまたまなのか。それとも、なんらかの意味があるのか。


 また、湊に相談してみるか……。

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