第26話

 育ての親を殺す計画は入念に練る必要がある。そして、その前に伝えなければならない事がある。


 僕達、バイオロイドの真実だ。


「皆、君達に伝えたい事があるんだ」


「なんですか、改まって。らしくないですよ?」


 リーランドが茶化すのをミーアとベニーが止める。


「オリヴィアやカレン、それと戌はもう知ってると思うけれど……僕は普通の人間じゃない」


「分かってますよ、何かと思えばそんな話ですか?貴方の身体能力で普通なら僕達が弱いみたいじゃないですか」


「良いから訊けよー若いの、お行儀が悪いぜ?」


 とアーノルドが釘をさす。これは難しい話なんだ。子供達には理解も出来ないような、理解する必要もないような闇の部分の話。それでも僕は伝えずにはいられない。


 何も知らずに戦わせるなんて僕は出来ないから、それを偽善と言われればそれまでだが、それでも僕は伝えたいんだ。


「ごめん、僕達バイオロイドについての話になる」


「ルーク達の話ですか?」


 ベニーはこの話が何に繋がるのか分かっていないみたいだ。僕はそうだよと答え、


「バイオロイドは橘博士が創り出した人工知能と人工的に培養された肉体を掛け合わせた存在だ。だから、僕達にはちゃんと意思がある」


「ど頭から難しい……これからもっと難しい話になりそうですが、私達も一応は勉強しましたよ?」


「そうだね。でもそれだけじゃない。バイオロイドはその全ての固体がかつてSGに所属していた兵士達なんだ。だから、僕もアーノルドも僕らが追いかけているキングも昔の記憶を消さてただアメリカの為に働くしかなかった」


 ここまで話すと若者三人は黙り込んでしまい、オリヴィアは僕の事をしっかり見つめている。見届ける。という事だろう。


「でも、キングはただアメリカに操られるような男じゃなかったんだ。自分自身とアーノルド、そして僕に昔の記憶を埋め込んだ」


 そしてノーマンはキングを演じ、アーノルドはビショップとして僕と任務を遂行。当の僕はというと、オズの計らいで初期化されていた為にルークとしての意思が残っていた。


 つまりはこの戦い自体に本来は若者達を巻き込む必要は無く、これは僕達が僕達だけで蹴りをつけるだけの話なんだ。そう伝えた。


「だからなんだよ……あんたがジャンって奴だからって何がどう変わるんだよ?」


「リーランド……」


「黙ってろよベニー!俺達は嵌められたんだぜ?初めからルーク・ジャンクロゥドなんて英雄は存在しなかったって訳だ!そうだろ?」


「そうだよ」


 行き場のない怒りがリーランドを支配している。


「巻き込まれたって事……ですか!?」


 ミーアも自分がどういう立場にあるか把握し始めている。


「そうだよ。君達は政府によって作られた僕の虚像を信じSGに入ったんだ。英雄なんて存在しない」


「あんたを信じてたのに……」


「ルークだって好きで今まで隠してた訳じゃないよきっと。言えなかったんだ」


 伝えるべきではないと思った。でも今伝えなければ彼らのこの先の未来が失われるかも知れない。


 瀕死の重傷を負ってもルークなら戦う。私だって英雄になれるんだ。そういった精神論で自分を固めて無意味な死を遂げるかも知れない。だからこそ僕はただの兵士である事を彼らに告げた。


「捉え方は人それぞれだ。だからこの先の戦いに君達が身を投じようが投じまいがどちらも正しい選択だという事を分かって欲しい。明日の夜には装備を整えてホワイトハウスに潜入する。だからそれまでに決めてくれ、以上だ」


 まだ腹の虫が収まらないリーランドがぶつくさと呟きながら自分の部屋に戻って行く。ミーアも気が動転している様でいつもの笑顔が消えている。


 ベニーがミーアに声を掛けて連れ立って部屋を出て行った。


[僕は残りますよ、ルーク]


[ベニー……そんな気がしたよ]


 これからの未来を担う彼等はとても素晴らしい世代の子達だ。SGの基地に残して来た彼等も今ここにいる三人もちゃんと自分の意思を持って考え行動する。そんな彼等だからこそ僕は巻き込みたくない。そう思ってしまう。


「ノーマン相手に救世主軍はこの船の中にいる乗組員だけ……か」


 やれやれとアーノルドが頭を抱える。


「仕方ないさ、あの子達だって出来れば巻き込みたくはない」


「はっ格好つけるなよ、猫の手でも借りたい位だろうによ」


「アーノルドは来るよね?」


 当たり前だと彼は答えた。この先の行く末を見届ける事がアーノルドの意思なのだというのなら僕は止める気はない。きっとこの世界に対しての責任も感じているのだろう。


「この世界を救うのは英雄か、救世主かはたまた別の何かか、俺は見届けるぜ?それが俺のこの国への忠誠だ。決してこの国を裏切る事は無い。この国に裏切られたとしても、な」


「よく言うよ、アルカトラズで襲いかかってきた癖に」


「あの時はお前が間違ってると思ってたんだよ。さっきも言ったろが間違ってたのは俺達だった。わりーな」


 頭を撫でるとアーノルドは気持ち良さそうに吠えた。


「男同士で愛を深めている所悪いんだけど、カレンが操舵席でお待ちよ。話したい事があるらしいわ」


 オリヴィアはふくれっ面で僕達にそう告げると、そさくさと部屋から出て行ってしまう。仲間に入りたかったのだろう。でも、もしそうなら一言いってくれればいいのに。


 ふとそう思う。


 ひとまずカレンの呼び出しが気になるのでオリヴィアのふくれっ面に関しては考えない事にした。





 操舵席につくとカレンが煙草をふかしていた。特別変わった様子はなく、いつものカレンそのものだ。


「カレン、話って?」


「兄さんの事よ。兄さんの最後が知りたいの」


「カレン……ジョナサンは自殺したよ」


 普段通りを装い、そうとだけ答えたカレンの顔は今まで気付かなかったけどジョナサンに似ていた。


「私とルークが彼の部屋に行った時にはもう亡くなってたわ」


 僕も続く、


「机に記憶端末メモリーカードが置いてあって、ジョナサンと少しだけ会話出来たよ。妹を宜しくって」


「ありがとう。兄さんは何で死んだと思う?」


 操舵席に集った僕とオリヴィア、アーノルドはカレンの純粋な質問に答える事が出来ない。


 彼は疲れたのだ。この組織を纏め上げる事に意味を見いだせなくなってしまったんだ。上から命令され、その命令をこなす事で仲間に死者が出たり、負傷して帰ってくる。政府を信用出来なくなり中継カットアウトを使って自国の情報を掻き集め、自分達の組織の不利を減らす。


 そんなやり取り疲れてしまったんだろう。


「誰も答えてくれないのね……いい?あの人は所詮、事務労働者ホワイトカラーなの。それでも兄さんがここを任されてたのは兄さんの器用さが政府に評価されたから。それだけ。兄さんには向かない仕事だった」


 それでも妹を守れるから、国の為になるのならとジョナサンは大きな力に呑まれていった。


「何故兄さんが死ななければならなかったの……何故……」


「カレン……」


「ごめんなさい。こんな事皆に言っても仕方がないのは分かってるの、でもどうしようもなくて」


 アーノルドがカレンの足元で身体を摺り寄せる。アーノルドもビショップとしてジョナサン達とは共に戦ってきた仲なのだ。彼の死に対して思う所はあるのだろう。


 カレンはその後少しだけ泣いた。泣いた後、彼女は操舵席に腰を下ろし、新たな決意を固めたようだった。


「私は、兄が生きられなかったこの先の未来を生きてみせる。その為にルーク、オリヴィア、アーノルド。貴方達の力が必要なのよ。私は貴方達を無事に戦地に送り届ける。そして兄の使ってた中継カットアウトを何とか通して新しい情報を手に入れてみせる」


 彼女の瞳には希望と情熱で満ちている。


 死者ジョナサンの意思が生者カレンに引継がれた瞬間だった。



 間も無くワシントンD.C.に着く。政治の中心、アメリカの心臓であり、闇の量産工場でもあるその場所に。


 僕はこの戦いの先に何があるのか少しだけ分かり始めている。だからこそ、黒子ヘイ達にも話しておきたい事があった。僕は黒子達がいる部屋に向かう。笑い声と歌声が聴こえる。だんだん近くなってくる。


 これは何の曲なのか、何を歌っているのか、何となく悲しい曲だった。


 部屋の扉を軽くノックし、


「戌、いる?ルークだ。話がある」


 そういうと中から戌の声が聞こえる。入れとの事だ。


 仲に入ると黒子達はシャワーを浴びたようで垢や汗か血かも分からなかった塊もとれていて清潔感に溢れている。


「何の用だ?」


 皆が用だ?と続く。相も変わらずこの中のリーダーは戌だ。


 法螺貝なんてなくても彼は子供達を統括出来ている。それは何年もの間に培ってきた彼にある自信と、その雄姿を見続けてきた他の子供達の信頼から成り立つ起立だ。まだまだ未熟な子供達でさえ小さな団体コミュニティの中で平和を守る事が出来るのに、何故僕達は出来ないのか、ふと過ぎったそんな気持ちを振り払い彼等に意識を集中する。


「僕達は明日には現地入する」


「ノーマンを倒すのか?」


 頷く僕を戌は睨みつける。


シャン姉さんは?」


「一緒に戦うよ、勿論前線ではないけどね」


 黒子達がざわざわと騒ぎ始め、様々な意見が飛び交う中、僕は彼等の決断を待つ。数十分、彼等は意見をぶつけ合った。戦うか戦わないか、ここに残るか国に帰るか、対案同士がぶつかり結局振り出しに戻る子供達の会議は、やはり戌の鶴の一声で終止符が打たれた。


「俺は行く。こいつらはこの船の守りに着かせる。いいだろ?」


「それで君がいいのなら」


「よし、決まりだ。お前達!この船に残る仲間を守れ!いいな!」


 彼の号令に従い黒子達は大きな声を上げた。戌はまだきっと僕を許していないだろう。それでも共に戦う事を選んでくれた事が僕は嬉しくて堪らなかった。





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