第25話

 目が醒めた。



 揺れている。



 船の中だ。




 何処へ向かうのかは知っている。ノーマンの所だ。世界中で自分だけが死者の意思を代弁出来るかのように振る舞う獅子。その昔、自分が忠を尽くし、そして裏切られた国を支配して新たな秩序を創り出そうとしている。


 行き過ぎた忠誠心は時として異常者を生むもので、ノーマンやアーノルドもその例外ではない。核武装した殺人マシーンとそれを束ねる絶対的な王。とても簡素シンプルな国が生まれる事になる。それは死者が生者を支配する国。そして死者が生者の商業的欲望や、ていのいい伝説として祀り上げられる事のない国。全くもっての自由。


 正しくそう、屍者達の素晴らしき世界ネクロワンダーワールドだ。


 ここに来て僕は、その正当性に感動すら覚えている。何故なら僕も屍者だから。


 政府ホワイトハウス国防省ペンタゴンもそしてこの国に住む国民でさえも皆が皆、死者を弄ぶ事に慣れている。いや、弄んでいることに気が付かないほど鈍感になってきているのかもしれない。


 生前の意思を知りもしないで彼はこの国を愛していた、なんて吹聴していく。それがやがて偽りの物語カバーストーリーだと知らずに誰かの心の中に、深層心理に強く訴えかけ、入り込みそれぞれの頭の中に英雄を創り出す。


 その英雄を追うべく、または越えるべく様々な国の人間が偉大なる頂きを目指す。


 死人に口無し。そこに死者の意思は存在しない。


 事実、ノーマンの意思は尊重されずこの世界に蘇生された。そして僕も、嘘偽りで塗り固められた希望として英雄という象徴イコンに成り下がった。


「国の為に忠を尽くす」


 その為に自分は存在していると言い切ったのはアーノルド・ガーフィールドだ。彼の意思は、本当に愛国心でしかなかったのだろうか。今となっては分からない。


 視界がぼやけている。そのぼやけた視界の中に影が現れ揺れている。人だ。


 僕の寝かされているベットの横に、女性が立っている。そして彼女は僕が目を覚ましている事にまだ気付いている様子は無く、僕の右腕に付けられている摩訶不思議な装置を弄っている。すっぽりと僕の腕を覆う謎の装置に少しだけ恐怖を覚える。


 左手でそれを払おうと必死に抵抗するも僕の腕はその装置を外すには至らない。その様子を見てか女性は急いで誰かを呼びに行く。


 しばらくして現れたのはオリヴィアだった。


黒子ヘイ達は?」


「起きてすぐ他人の心配?安心して、ちゃんと皆乗せたわ。ぐっすり寝てる」


「それは良かった」


「それで?貴方はルーク・ジャンクロゥド?それともジャン・ホライゾンかしら?」


「どっちだと思う?」


「はぁ……ルークね」


 一瞬のうちに見抜かれてしまった。流石は女性とでも言うべきか、なんて馬鹿げた事を考えていたら先程から気になっている右腕の装置を外してくれた。


 そこにあったのは僕の新しい腕。今回は黄色がかっている。何れにせよ色なんてどうでもよくて、僕にとっては動くか動かないかでしかないから。


「また誰かの屍肉を使った訳だ」


「仕方ないでしょ?」


 さっき僕を看病してくれていたのはミーアだったらしい、彼女達にも告げないといけない。もう十二分に巻き込んでしまった。


 僕が僕として生きる為だけに、黒子ヘイやミーア達を道連れにする訳にはいかない。今度こそ終わらせなければならない。


 今度こそ、ノーマンを正しい場所に返さないと。


「仕方ないかも知れないが、これ以上死人を繋ぎ合わせるのはごめんだ。そうだろ?ルーク」


 ビーグル犬が僕の元に駆け寄る。アーノルドだ。彼もまた、バイオロイドとしてこの世に蘇った一人。


「アーノルド……どうして?」


「おいおい、警戒するなよ。相棒」


「気安く呼ばないでくれ、オリヴィア……どうして?」


 彼女は微笑んだ。予想通りの反応だったのだろうか、くすっと笑ってからアーノルドを持ち上げる。


「おいおい、お嬢さん。俺は高い所が苦手なんだ、降ろしてくれ」


「あら、ごめんなさい」


「許すとしよう。全く……他のワンコロもネコも大体はあんたら人間の都合の良いように解釈されてるが、彼奴らも可哀想だぜ本当によ」


 アーノルドが自論を展開した所で何故ここに居るのかという話を始めた。


「大佐は……ノーマンはこの世界を根本から変える気だ。俺も初めそれが正しい事だと思った」


 でも、蓋を開けてみればただの復讐。それはもう、同志達の魂を貪り尽くした政府への個人的な恨みに成り果ててしまっていた。


 そこに愛国心はない。そもそも、愛国心とは何を指してそう言うのか最早アーノルドにも、僕にも分からなくなってしまったのだ。


「だがな、ルーク。俺達は過去の兵士なんだよ。ジャンも大佐も俺も……過去の遺物、この世界の闇だ。そんな俺達が俺達の存在意義を今更世の中に表現する事に何の意味があるのか……お前達に負けた瞬間に俺はそう思った」


 バイオロイドは望まれて生まれてきた。兵器として、道具として。望まれ方がどれ程馬鹿げていても結果的には恵まれた子供達なのだ。


 黒子ヘイも望まれて生まれてきた筈だ。それでも国家が、政府が、存在を否定し時として命よりも人間が大切にしてやまない世間体が彼等を孤独へと突き落とす結果となった。残酷。


「ノーマンはもう公的な敵パブリックエネミーズだ。でも、君やジャンにとっては父親同然。それでも彼を君達が殺せると思うのなら、君達の力が僕らには必要だ」


 育ての親、偉大なる父、最恐の暗殺者。どれもがノーマンという男の記号でしかなく、彼自身の断片だけを切り取り情報統制によって生みだされた究極の殺人兵器でしかない。


 そして彼もまた父親殺しの英雄なのだ。誰が彼の心を理解してあげられるだろうか、恐らくそれはとてつもない重荷だった筈。偽りの物語カバーストーリーによりでっち上げられた哀れな英雄は、自らの意志と関係無く王冠を被り王座に腰掛け祖国の為に愛国者として心血をそそぐ。


 そこまでした彼に政府が下した命令は余りにも暴力的で、残酷だった。


「おや、説き伏せようってか?別に構わねーよ?俺はこの世の行く末を見届けたい。この世界を支配するのは人間か、死人かはたまた別の何かか」


「随分と他人事だね、人類の存亡がかかってるのに」


 僕の言葉にどう答えようか迷ったのか彼は口を噤んだ。そして何かを考え始める。


 オリヴィアは僕達の話に飽きたのかやるべき事を思い出したのか部屋を後にした。これは僕達の問題だときっと判断したのだろう。


 彼女程出来た女性はなかなかお目にかかれないと僕は思う。


 アーノルドは息を整えてから重い口を開く。


「地球規模で考えると、空気を汚し、同種族で殺し合う人間なんて存在は必要ない。だが、俺はこうしている間にも増え続けている人類の過ちツケを彼ら自身がどうやって払っていくか。それが知りたい」


 それが彼の答えだった。この戦争を止めたいのでもなく、世界を滅ぼしたいのでも支配したいのでもなく、ただ観ていたい。傍観者として先の未来を観たい。それが彼の意志だ。


覗き屋ピーピングトムか」


「そうだ。俺は英雄ビリーザキッドにはなれない。そもそも英雄なんて物は伝承だろ?この世界に今必要なのは救世主さ」


 愛国心の塊、アーノルド・ガーフィールドが導き出した答え。それはノーマンに愛国心は無いということ。そして、この国はかつての光を失ったこと。だからこそ全てを零に戻し、新たなる時代を創り出す瞬間を見届ける。


「ルーク、お前がなれ。お前が伝説ノーマンを終わらせるんだ。ジャンでも、俺やガキ共でもなく、お前が終わらせろ」


「分かってる……彼を倒さないといけないのは分かってるんだ。でも本当にそんな事が出来るのかな?僕は……」


「造り物なのに、か?」


 アーノルドは僕の眠るベットに飛び乗り、僕のお腹の上を歩き回って落ち着いた場所に腰を下ろした。それから一呼吸置いて、


「それでもお前はここに居る」


 そう言ってベットから飛び降りた。


 それだけで僕は救われた気がした。


 僕はここにいる。兵器として望まれてきた身体だけど、確かにここにいる。僕の意思はここにある。


 大先輩からの言葉が僕の重荷を軽くしてくれた。


「ありがとう」


「礼には及ばないさ」





 僕は





 僕という存在を創り上げた父親を殺す。




 


 

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