第24話
僕はLJの使い方を知っている。
肩から当たり前の様に取り付けられている左腕は以前付け替えられた物で色が黒色だが、肘から突き出た新しい腕は白色。
僕は子供の頃のごっこ遊びで誰しもが錬成した事のある拳銃の形を黒色の左腕で作り出す。
「標的をロックしました」
機械的なアナウンスが体内通信で鳴る。
双頭の狼の顔はどちらがアーノルドで、どちらが戌かは見分けが付かないが僕の右腕に喰らいついて引き千切ろうと必死だ。
「ジャン、俺達の勝ちだな」
ほくそ笑んだ彼等に向けて黒色の腕を向ける。そしてその腕を支えるかの様に白色の腕を絡めて引き金を引く。
「あはははは、何だ、何かと思えば本当にごっこ遊びか?呑気なものだな」
それから彼等は自らの身体に異変が生じている事に気がついたらしく、沈黙した。そして認めたくはないだろうが認めざるを得ない現実を受け止めた。
身体が
「本当に神話から飛び出して来てたのなら、やられてたかも知れないね。アーノルド」
「何をした!?」
掌を開き、そして一気に握り締める。すると双頭の狼は真っ二つに裂けて分離した。
体内のナノマシンに反応しナノマシンごと対象の行動を強制的に支配する。それがLJの力。
オズが自らの罪を償う為に導き出したのはSGのみならず今や世界で流用されているナノマシンの支配。それをなす者こそ
「くそっ、役立たずの餓鬼だ!同志達!」
同志達がアーノルドの声に反応した。彼等もルークと同じ屍肉の塊だ。僕はまたしても手で拳銃の形を作り出し、数十人を狙い撃つ。確かな手応えを感じてからオーケストラの指揮者の様に
双頭の狼と同じ様に自分達の意思で動けなくなった事を認識して戸惑う同志達お互いの顔を殴り合い始めた。
腕が別の方向に折れ曲りながらも味方を殴り続ける者、両手両足をもぎ取られ芋虫みたいに這っている者。それぞれが互いの名前を呼び合い殺し合う、そんな地獄絵図が僕の目の前に広がる。
アーノルドの尻尾を持ち上げ僕は彼の身体をサンドバッグにして殴る。引きちぎれそうな右腕で、力一杯暴力の限りを尽くす僕を黒子の少年は口をあんぐり開けてただ見ている。
「さぁ、そろそろ話してもらおうか。ノーマンは何処に向かった?」
「さぁ……わからねーな」
もう一発横っ腹にくわえるとアーノルドは口から血を垂れ流した。
「このまま殴り殺されたいのか?これは話し合いじゃないぞアーノルド。一方的なやり取りだ。今、お前は僕の所有物でしかない」
さらに一発くわえる。
「分かった!分かった……向かった先は
「核……どうする気だ?」
「政府自体を掌握して新たな国を作る。俺達みたいな死者が自由に暮らせる国だ。その為の抑止力として核を持つ。洋上プラントでも、国の中にあるネットワークによって作り出される世界から隠れる事で守られる制限的な自由でも、ましてや世界の外側でもない。真の自由を謳歌できる国……」
「真の自由を謳歌できる国?」
「死者の楽園、俺たちの帝国、名前なんてなんでも良かった。だがこの世界にいる屍体愛好者共に対する感謝を込めてこう命名した」
ネクロワンダーワールド、ノーマンらしいと言えばそれまでだが何処までも皮肉の効いた名前だ。確かに、僕達は勝手に殺され勝手に蘇生された。僕達の遺志なんて汲まれずに。
もし仮に政府が屍人に性的興奮を覚えず、僕達を安らかに眠らせておいてくれたのならばこんな事にはならなかった筈だ。
彼等はとっくの昔に性に対するリアリティを忘れ死に対する欲望で脳味噌を満たす事で生き長らえているのだ。ノーマンはそんな彼等を許せないのだろう。
その証拠にノーマンは核を保有した。
「核を撃つのか?」
「そうだ。正確には核を世界中に持ち運ぶ。アンドロイドを使ってな。もともとそのつもりで彼等は作られた。今や彼等は核を搭載された最強の兵士だ。これまでお前達が破壊してきた彼等だが、次に対峙した時からは破壊する事すら世界の破滅に繋がる……それをよそに、あらゆる潜入技術を持って対象の国に潜入、そして目標を確実に仕留める事が出来る……俺は、人間魚雷が可愛く思えるよ」
「世界に破滅をもたらす
同志達は皆が均等に行動不能になっていた。ふと気がつくと黒子がいない事に気が付いたが少年はオリヴィアに向けてHBの銃口を突き立てている。
「動くな!」
「落ち着きなよ、確か君達のお姉さんじゃないのか?」
「黙れ!俺はお前が許さない!俺はお前の全てを否定してやるんだ!」
がたがたと震える指先が彼の気持ちを代弁している。訳もわからず彼は銃口を向けているのだ。
「銃口を向ける相手を間違えるなよ少年。向ける相手を間違えた時、それは自分自身の死に直結する」
「偉そうに言うな、お前なんか死んでしまえ!」
叶う事なら死んでいたかった。
「死人のくせに俺達の世界を狂わせるなよ!」
それはごもっとも。けれども今、歩みを止めるわけにはいかない、
「もう満足か?」
少年は泣き崩れながら苦しみを吐き出す。これまで誰にも言うことが出来なかったその全てを唯の死人に突き付けたのだ。それで彼の気がおさまるのなら僕は別にどうという事もない。
しばらくして戌は泣き疲れて眠ってしまった。僕は部下に連絡を取り、救援を要請。一先ず落ち着く事ができたのでほっと一息ついてから頭を回転させる。ノーマンを止める為に。
オリヴィアはまだ思考停止状態だった。彼女を抱き抱えて僕は来た道を引き返す事にした。
隊員を誰一人失わずに大自然に乗り込む事が出来た僕は疲れ果てて眠りについた。ルークの仲間達は僕をルークだと思って接してくれて、皆が親切に迎え入れてくれた。
僕には与えられなかった時間。僕には得られなかった部下。それらをルークは手に入れることができた。いとも簡単に。
愛しい人、大切な仲間、帰れる場所。僕には無いもので溢れているこの空間に切なさを感じずにはいられない。僕達は死者だ。戌が言っていたことは何一つ間違えでは無く、正論なのだ。
部下達は僕達の無事を喜んで迎え、それぞれがどのような思いでこの決戦に臨んだのかを赤裸々に話し始めた。ただ頷くだけで彼らの表情はコロコロと変わり、輝きを増していく。
オリヴィア、戌はぐっすりと眠りにつき、僕は右腕の治療を受ける。黒子達は部下達たっての希望もあり全員連れ帰り、しっかりとした教養を身に付けさせる事になった。
まだ脅威は去っていないというのにこの賑やかさ、それもそれで人間らしい。
貴方は良くやっているわ、とカレンが僕に声をかける。僕はもう少しだけ今に浸っていたい。この温かな空間の中に溺れたい。
生者のふりをしていたい。
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