第23話

「名前?ルーク、何を言ってるの?」


「冗談に聞こえるかもしれないけど、僕達バイオロイドは死んだ人間の脳と肉片で作られてるんだ。僕はルークなんかじゃない。本当の名前はジャン・ホライゾン……ノーマンに育てられた兵士なんだ」


 少しの間が空き、それから直ぐにオリヴィアの笑い声が通路に響いた。


「何それ、それが本当だとしたら貴方はそのジャンって人の生まれ変わりだって言うの?さっきの戦い方といいその冗談といいおかしいわよ?」


「信じてくれオリヴィア!僕は……僕はもう死んでるんだ。いや、初めからルーク何て存在しない。僕達バイオロイドは選び抜からた死者の脳味噌と死肉の寄せ集めでしか無い。僕はルーク・ジャンクロゥドなんかじゃない……ただの屍、政府によって無理矢理蘇生された怪物(ビースト)だ」


 アルフレッドの顔は血と涙でぐちゃぐちゃになっている。無意識のうちに僕は彼等を無力化したのだ。


 戦友とも知らずに僕は赤備えの部隊を殺し続けていた。でも何故彼等を蘇生出来たのだろうか、前もって彼等の脳味噌を誰かが保管していたという事か、だとしてもそれをSGが誰にでも分かる場所に保管している筈がない。


「貴方は貴方でしょ?」


「止めてよそんな言い方。今時映画でも使われない台詞だ」


「そうかも知れないわね、でもだからこそ言うわよ。貴方には世界の全てがかかってる。ジャン・ホライゾンにでもSGにでもない。貴方(ルーク)だけなの、この世界を救えるのは」


 君にも本当は知らなければならない事がある。キング・スクラップエッグはノーマン・ラングレンだ。英雄王ギルガメッシュだ。君が彼から渡された物は僕をジャンに戻す為の因子。


 君はそんな事とは知らずに、最大限の善意と使命感をもって僕に渡した。つまりは君も彼の駒でしかないんだ。


 思い浮かんだ言葉を無視して僕は立ち上がる。そして屍達を通路の脇まで運んだ。


 本当なら埋葬してあげたいけど今はそんな暇も場所もないのだ。


「さあ、やる事が分かってきただろ?」


 頭の中に響いたのは間違いなくジャンの声だったが、気のせいだと思う事にした。もう何かに惑わされない。そう強く胸に誓った。







 大きな警報が鳴り響く中、僕等は走り続けた。途中何回か赤備えに出くわしたが僕はオリヴィアに殺すなと指示を出し、行動不能になる所までダメージを与えたら攻撃を止めさせた。


 僕の無茶な命令に何も言わず彼女は従ってくれたオリヴィアだが、只でさえ手強い赤備えを殺さず無力化し続ける僕達は傷を身体中に追っていった。


 敵と戦いながらノーマン達の居るであろう最深部を目指す。


 光が強く差し込んで来る。外だ。僕達は薄暗い明かり続きだった長い道程を遂に走破したのだ。


 僕達は徐々に光に包まれていく。



動くなフリーズ


 獅子の声が響き渡る。


「ノーマン!!」


 僕は吠えた。


「ジャン!!」


 彼も吼えた。


 そこは船着場だった。ノーマンは大きな船の上で僕とオリヴィアを見下ろしている。


 撃ち殺すには距離が遠すぎる。


「遅かったな、もう手遅れだ。お前の力では最早止められん!」


 獅子の言葉に呼応したかの様に船から無数の小さな物体が飛び出し、船着場に着地した。赤備え達だ。その衝撃で船着場自体が揺れる。


「ノーマン……貴方が!?」


「そうだ。太陽ジョウゲンの娘、お前もそこの出来損ないと同じだ!何も分からずにこの国アメリカとこの世界に踊らされている駒に過ぎん!」


 オリヴィアは絶望の淵に落ちていった。


 無表情になり口をぱくぱくさせている。思考回路が思考を放棄、あるいは強制終了させた様にも思える。


「ジャン!俺は死者の世界を作る。かつての同志達と共にこの世界の全てを否定する!」


 赤備えがそれぞれ思い思いの武器を手に僕達との距離をじりじりと縮めて来る。


「止めるんだ。僕達が争う必要は無いだろ?」


 僕の言葉は彼等には届いていない。僕達はお互いの間合の中で睨み合う。


「貴様はもう俺達の同志では無い。生者に魂を売った裏切り者だ。海の藻屑になるがいい。時間だ、出せ!」


 船は大きな音を出して動き始めた。徐々に加速していく。遠のいて行く。


 ノーマンを逃してしまったが、彼を追うにはまずこの危機的状況を脱する必要がある。オリヴィアは行動不能、頼れるのは自分だけだ。


待てステイ)」


 赤備えの囲いが一気に止まる。そしてその囲いの中から僕の元相棒がシューと共に現れた。


「ルーク……お前は約束を守らなかった。」


 初めて彼と会った時、僕は黒子の仲間だった女の子を助けて欲しいと言う依頼を戌から受けた。しかし、あの時の僕にはその少女を探す程の余裕も無く、オリヴィアが香である事も知らなかったのだ。


 今でも香とオリヴィアが同一人物であるかどうか分からない。


「俺はお前を許さない!香姉さんをこんな危険な所まで連れて来たお前を!約束を破ったお前を!」


「そう言う事だジャン。悪いがここで死んでもらう。俺達はノーマンの目指す世界を見たいんだ」


 ビーグル犬が人語を話す。彼の名前はビショップ・マッドハッター。本当の名前はアーノルド・ガーフィールド、ジャンの同僚だ。


「戌達を巻き込むなんて……君達のやり方は卑怯だ」


「何とでも言うがいいさ。でもな、俺達も黒子達も同類だ。政府の勝手な政策、欲望の為に弄ばれた成れの果て。ノーマンはそんな俺達を解放してくれるんだとさ。俺はその世界が見たい」


 アーノルドは変身チェンジする。そして戌の身体を覆っていく。戌は四つん這いになりながらこちらを睨みつけている。その眼光の鋭さは僕達と同じ、悲しく光る鈍色だ。


「ジャン、俺はお前を許さない!!俺とアーノルドがお前を殺す。ここで終わりだ!」


 フォルムが形成された。その姿はどす黒く夕陽に照らされて神々しさを纏っている。


「何だ……これ」


 思わず息を飲んだ。


 僕の前に現れたのは双頭の狼オルトロス。神話の中から現世に召喚されたかの様な圧倒的な存在感。


 双頭の狼は今まで聞いた事の無い声を上げた。




「俺達は歩みを止める訳にはいかない。お前の物語もここで終わりだ。お前達、いいか女には手を出すな!」


 アーノルドと戌の声が織り混ざった様な奇妙な声で双頭の狼は叫ぶと襲い掛かってきた。


 襲い掛かる二つの顎を交わす。赤備えは如何やら仕掛けてこないらしい。オリヴィアに手を出さないのであればこちらも戦い易い。


[オリヴィア、今は何も考えなくていいからね]


 声が届いているかは不明だが今は彼女を介抱している暇はない。ここを何とか切り抜けてノーマンを追わなければならない。


 電子機器を起動、錬金術師にBKを錬成して貰い素早く連射する。双頭の狼は交わす事も無くこちらに近づいて来る。


 BKから放たれた小鳥達はいつもなら貫き吸い取れる血肉を味わう事が出来ずに地面に墜落していく。


「無駄だ無駄だ。俺達にそんな物は通用しないぞジャン」


 彼らの言う通り銃弾は効かない様だ。ならばと僕は再び電子機器を起動、JRで接近戦を挑む。


「怖い怖い。斬り刻むつもりか?」


「子供を巻き込むな!」


 ここに来るまでに出会った黒子達はただでさえアンドロイド達の無法地帯で育った。生き残る為に彼らは必死に生き方を学んで来たのだ。


 僕達が国を守れと叩き込まれて対象を虐殺する方法を学んできたのと同じ様に、黒子達も生きてきた。そんな彼等だからこそノーマンの口車に乗せられて本当に少年兵へと変貌を遂げたのだ。


 双頭の狼はその牙と爪で僕を引き裂こうとする。JRで防ぎながら反撃の機会をうかがうが中々隙が無い。


 オズが作った武器だとしても現実離れし過ぎている目の前の獣が映画スクリーンの中の化物ならどれだけ嬉しいだろうか。


「逃げてばかりか?打つ手なしか?」


 ついに僕は彼等に捕まってしまった。大きな前足で抑え込まれ身動きが取れない。人間やアンドロイドなら対峙した事があるが神話の化物は退治した事がない。


 前足の爪をたてて僕のバトルスーツを切り刻み始める。金属で出来た爪が僕の肉に軽く

触れるのを感じる。それだけでバトルスーツから血が噴き出し始めた。


 すぐさま体内のナノマシンが痛みを無痛へと変えようとするがそれは間に合わず、痛みは確かな現実味を持って僕に浸透していく。


「戌……やめるんだ。君が手を汚す事なんてない!」


「うるさい!お前も大人と同じだ!!必ず迎えに来ると言って二度と会いに来なかったあの男と女と同じ!消えろよ!」


 爪はより一層深く突き刺さり、行き場を失った血が口から噴き出した。


 確かに彼からしたら僕は最後の砦だったのかも知れない。いきなり天から降って来た兵士だが、任せてもいいかなと深い深い海の底に沈めていた心をもう一度引き上げて剥き出しのまま差し出したんだ。


 にも関わらず、何一つ解決せずにまた結果的に裏切られる事になったのだ。再び心は底に沈み、残った報復心だけが彼を突き動かしているに違いない。


 ノーマンはその負の意思を逆手に取り闇へと引きずり込んだのだ。


 僕も分かる。それでも守らなければならない物があるからこそ僕は戦わなければならない。


 意識が次第に遠のいて行く。


 双頭の狼が何かを叫んでいる。きっと僕に向けた罵詈雑言だろう。



 死に際には必ずと言っていいほど最近はもう一人の僕が語りかけてくる様になった。そう、丁度今の様に。


 僕と同じ様に血で赤黒く染まっているバトルスーツを見て気持ち悪そうな苦悶の表情を浮かべながら双頭の狼の隣に彼は現れた。


ジャンに任せなよ。もう闘う意思がないだろ?君には」


「さっきも勝手に出て来てたくせに……君ならここを乗り切れるの?」


「お安い御用さ、僕も早いところノーマンに追い付きたいと思ってるからね」


 ジャンはそう言うと唇が触れ合う程の距離に顔をぐいっと近づけて来た。


 息がかかる様な気がして少し避ける僕を見て彼は笑う。


「早く貸してよ、君の身体を」







 ぐさり、はっきりとそう音を立てて僕の血肉が船着場を赤く染めた。


 激痛を感じながら痛みペイン喜びジョイを覚える僕は間違っているのだろうか、きっと間違ってはいないだろう。


 丁度僕達の戦いを見ている同志達の中にも以前自分の腕をナイフで傷付ける事で生の実感を味わっていた奴がいたからだ。


 痛みを伴う事に恐怖フィアーを抱かず戦い続けられる僕等は哀しみソローに暮れるている暇は無い。


 今と言う瞬間から目を背けた者から終焉エンドを迎えるからだ。


「さてと、散々やってくれたけど……そろそろ僕達のターンだ」


 胴体を押さえつけられたまま動く事が出来ないが幸いな事に両腕はまだ自由だった、電子機器を素早く起動させて選択する。


「まだ動けたか、流石は屍肉の機械人形バイオロイドだ」


 双頭の狼がその鋭い牙で顔を砕きに掛かるが僕は右腕を突き出してそれを防ぐ。


「今更右腕くらいくれてやるさ、僕はもう死んでるんだから」


「その眼は……ジャン、戻ったか。ノーマンも喜ぶぞ」


 箱を形成しそしてすぐにその形である事に飽きたのか崩れていった。そしてそこに現れたのは左肘の関節から生えたもう一つの左腕だった。




「何かと思えば腕が一つ増えただけか、笑わせるなジャン!」


「舐めるなアーノルド、SGの武器だぞ?これはLJ《ルークジャンクロゥド》。導く者だ」


 二本の左腕を双頭が不思議そうに見つめている。

 

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