第22話
慎重に僕達は先を目指す必要がある。勿論迅速且つ慎重にだ。
細い道を進む。敵の姿は確認出来ず、待ち伏せしている気配も感じ取れない事にミーアが気持ち悪いと小さく呟く。
僕も同意見だ。オズの話ではこの先に尋問部屋があり、そこにカレンが囚われていると言う。
一歩一歩ゆっくりと進みながら辺りを警戒し続け、前に進んでいく。突き当たりを右に曲がると今迄より清潔感があるスペースに辿り着いた。
チョコレートやポテトチップス等のお菓子のゴミが彼方此方に落ちている。少なくとも人が居た形跡があるという事はここから更に注意しなくてはならないという事だ。お菓子の袋が山の様に積み上がっている。
「動くな!」
幼い声に僕達は一瞬戸惑い次の瞬間には完全に包囲されていた。子供達がBKを肩から下げ僕達に向けている。
どの子供達も目が爛々と輝いていて、服装はボロ雑巾の様に汚れたティーシャツにハーフパンツ。中には上半身裸の子も居る。間違いなく
「ここに何しに来た?」
「お前らに答える気は無いね、物騒な物を向けるな」
リーランドが軽口を叩くと子供達は発砲した。リーランドの右足に風穴が空き、その場に倒れた。
「ミーア、リーランドを頼むよ」
言われなくてもと言わんばかりに彼女は必死に治療に当たる。
「貴方達に危害を加えるつもりはないわ、お願いだから銃を下ろしてちょうだい」
周りを見渡すが戌の姿は無い。彼の部下達はオリヴィアを見つめて驚いている。
やはり彼女の事を彼等は知っているのだ。
僕の正面にいる眼鏡をかけた子供がオリヴィアを指差すと皆も指を差し始めた。
「ルーク、一体何が起こってるんですか?」
ベニーはこの光景が恐ろしく見えているのだろう、僕も少なからずそう思っている。
「何?私がどうかしたの?」
「
黒子達が次々とオリヴィアの元に集まってきて取り囲む。やはり、戌が言ってた子はオリヴィアで間違いなかったんだ。
そして彼女の本当の名前は香、とても彼女らしい名前だとそう思う。
「ちょっと待ちなさい、私はオリヴィアよ?香なんて名前じゃ無いわ」
戸惑いながらオリヴィアは答える。黒子達があんまりにも悲しそうな顔をして自分を見つめるので香と呼ばれる事を許可すると黒子達は喜び踊り出した。
「ねぇ、香姉さんのお友達の怪我を治したいんだけど、休める場所は無いかな?」
黒子達は喜んで僕達を迎え入れ、チョコレートやポテトチップスの袋が散らばっている部屋の中を案内してくれた。
ミーアがリーランドの治療を済ませた頃にはオリヴィアと黒子達はすっかり仲良くなっていた。彼女が子供の世話をするのを見ながら僕とベニーは警備を交代で行う。
「それにしてもこの子達、仮想訓練に現れた子達そっくりですね」
ベニーが口を開く。ご名答、まさしく彼等は僕が出会った子供達だ。
思えば彼等も僕も国により弄ばれた存在であり、厳しい世界を沢山見てきた同類である。またベニーも僕の片腕も色の違いだけで差別を受けてきた歴史を持つ人種だ。このアルカトラズ島には今、世界が、人類が勝手に作り出した汚穢で溢れている。
当の僕達はそれでもこの嘘だらけの世界と向き合い続けようと努力している訳だが、あまりにも馬鹿馬鹿しい。
「彼等のリーダーだった子供が居ないのが気になる。リーランドの治療が終わったらすぐ先に進もう」
「はい。しかし何故彼らに僕達は気がつかなかったんでしょうか?」
「さぁ、殺気も何も感じなかったからね。僕とした事が不覚だったよ……彼等の方がかくれんぼが得意なのかもね」
ベニーが僕よりも隠密行動が上手い人間がいるならどうしようもないですねと半ば諦め気味に言うと警備に戻って行った。
僕が訓練した子達の中で、リーランド、ミーア、ベニーの三人はとても優秀だ。
彼等は人間であるが故に痛みを感じる物から本能的に逃げようとするがそれが生きる意志となり困難を乗り越える力に変える事が出来るタイプの人間で他の隊員達と比べるとその
僕が二回目の見回りを終えた後、気が付いたら黒子達は眠りについていた。
オリヴィアは人差し指を立て僕に静かにと釘をさす。
僕がいつ大声で話し掛けたりしたのだろうかと思いを巡らすが検討がつない。
[もう少ししたら先に進もう、この先にカレンがいる]
[知ってたのね、さっきこの子達が話してたわ。私達と同じ兵装の女兵士が囚われてるって、何で教えてくれなかったの?]
[ちょっと、色々あってね]
オリヴィアがやれやれとわざとらしく首を横に振る。
[ルーク総司令は秘密が大好きですね]
嫌味なのは分かった上で大好物だと答えるとまたオリヴィアが首を横に振った。
兎に角、先に進むしかない。その為にはリーランドは置いて行く必要がある。今の彼が僕達と共に行動をするのは不可能に近いからだ。
そんな事を考えていたら丁度ミーアが治療を終えたと報告してくれた。
オリヴィアが彼女の肩をぽんと叩き労う。それだけで一仕事終えたんだと思えた様でミーアはさっきまで留めていた涙を流し始める。
[リーランドが子供に撃たれるなんて……ルーク、教えて下さい。私は……誰を恨めば良いですか?子供達に銃を持たせた裏切り者でしょうか?それとも、あの子達みたいに戦わなければならない理由を与えてしまったこの世界でしょうか?]
そばかすの残る彼女の顔はとても儚げだった。まだほんの子供なのだ。
恨むなら君達若者と黒子達を巻き込んでしまった僕達人外と、僕達を生み出した政府を恨んでくれ、とは流石に言えず僕は分からないとただ一言だけ彼女に伝えた。
作戦が大幅に遅れているとは言え僕達はここまで誰一人欠ける事なく進んで来た。オズを失う結果となったが、今は悲しんでいる場合ではない。
黒子達をオリヴィアとミーアが面倒を見ている間、僕はベニーとリーランドの説得に当たる。
「本気で言ってるんですか?」
「そうだよ」
「俺はまだやれる。貴方だって分かってるだろう?今の状況を、猫の手だって借りたいだろうに……それなのに」
やはりこの子の説得は難しい、もうかれこれ数十分、リーランドを戦線から降ろし待機していろと何度も繰り返しているが一向に認めようとしない。
ベニーは僕達二人のやり取りをただ見ているだけになっている。無理もない、物凄い剣幕でリーランドは僕に訴えてきているのだからこれでベニーが何か言って彼の怒りが沸点を越えたら最早この話し合いも出来なくなる。
「まだやれますよ……やらせて下さい」
「駄目だ、これは命令だよ」
「何が命令だ……そんなもん糞食らえだ!俺はあんたとこの国を守りたいだけなんだよ、何故邪魔をする」
リーランドは心の内を語り始めた。支離滅裂で何を言っているのか分からない部分が多く、彼の整った顔は見る影もなく赤ん坊の様に顔をくしゃくしゃにしながら泣き始めた。
「リーランド、気持ちは分かるよ?でもルークだって大変なんだ。僕達は命令には従わなければならない……君も分かるだろ?」
ベニーは僕とリーランドのやり取りの中で考えていた事を言葉に出した。それは純粋に優しさでしかたかったが、リーランドにはその優しさを優しさとして受け止められるだけの余裕が無かった。
壁にもたれかかっていたリーランドは必死に立ち上がり、ベニーの胸倉を掴んで殴り飛ばした。大きな音に驚き黒子達の中には泣き出す子も居た。
リーランドは殴った後自分の身体を制御出来ず、顔を地面に打ち付けた。
「ベニー!」
ミーアは駆け寄るとベニーの口元診る。さっきまで治療で使っていたキットを素早く取り出し手当の準備を始めた。
マッスルスーツを兼ねているSGのバトルスーツで殴られたのだ、一歩間違えば死んでいる所だった。
「ミーア……大丈夫だよ」
「でも……手当てしておかないと」
うつ伏せのままベニー達を睨みつけリーランドは嘲笑う。
「こんな怪我人に殴られる様じゃ駄目だなベニー、お前が残れ!」
「リーランド!何でそんな事言うの!?」
「五月蝿い!女が良い気に」
そこまで言った所で彼が次の言葉を紡ぐ事は無かった。
我慢の限界に達した僕に顔面を蹴られたからだ。勿論手加減はした。この後黒子達を危険から守れる様に、そして尚且つ僕の話を聞ける程度に。
「リーランド、君はもう足手まといだ。この先はキング達や赤備えが待ち構えているだろう。そんな時に隊の規律も守れず、上の命令も聞けない様な自分には力があると勘違いしている兵士は要らない。僕達は死ぬ訳にはいかないからね」
彼の自尊心を消し去る必要がある。それは後のSGの為だ。そして彼自身の為でもある。
今それに気付いてくれとは言わないしそれはあまりにも酷だろうから、いずれ分かってくれれば良い。
自尊心を叩き潰された彼は崩壊した。
ミーアもここに残ってもらい、僕とオリヴィア、そしてベニーの三人でカレンの救出へ向かう。黒子達もオリヴィアの交渉の末味方になってくれた。
彼らの統率力はあまりに低い、僕らを包囲するにいたった練度こそ見事だが戌がいないとここまで脆いというのはやはり子供だからだろうと思った。
「ミーア、後は任せるね」
「任せて下さい!!しっかり子供達のお守りしますよ!」
お菓子だらけの子供の国から僕達は再び先を目指す。少し進むとお菓子のゴミクズも無くなり、また無機質な空間と化した空洞を進む。
陣形は僕が先頭、続いてオリヴィア、最後がベニーだ。
「ルーク、この血の量……かなりの重症よ」
オリヴィアの言う通り通路には人が引き摺られた様な痕跡がある。恐らくカレンの物だろう。ともするとこの出血は致死量な訳で、カレンの発見、及び救出は一刻を争う。
「早く見つけてあげないとね。ベニー、速度を上げよう」
「はい……」
「今は二人の事を考えている暇は無いよ。大丈夫。リーランドもミーアも立派な兵士だからね。勿論君もね」
暫く進むと血の跡が一つの部屋の中に続いており、僕等もその痕跡を辿り部屋の中へ入る。
「誰!?」
間違いなくカレンだ。両手両足を椅子に縛り付けられている。
「カレン、もう大丈夫だよ。僕だよ、ルークだ」
「ルーク……来てくれたのね」
「無事で良かったわ、早く応急処置をしないと」
ベニーが拘束を解きオリヴィアが治療に当たる。手足には尋問の跡が残されている。風穴が掌、足の甲に空いている為歩く事も武器を持つ事も叶わない。
「皆……急がないと」
「大丈夫よカレン、喋らないで。大丈夫だから」
「急がないと革命が成功してしまう。止めて……」
カレンは変わり果てていた。
報復心が沸き上がり僕の身体を包み込んでいくのが分かる。心臓から徐々に全身に巡っていく。
「ベニー、カレンをミーア達の元へ。僕達は先を目指そう」
と、
「まずいわね、来るわよ……」
「突っ込むよ、ベニー早く戻るんだ!早く!」
ベニーはカレンを抱えて来た道を急いで戻り始めた。それを見送り敵に備える。
僕とオリヴィアは
間に合わないと判断し接近戦を挑む。敵は四人。いずれも赤備えだ。
滑り込む様にして僕は彼らとの距離を詰める。赤備えは奇襲に反応が遅れた。
滑り込んだそのままの勢いで僕は体を駒のように回転させ足払いをすると赤備え達はそれを避ける為に背後に跳躍する。
狭い通路の中を彼らは蜘蛛の様に素早く動き回る。しかし、背後に飛んだ彼等は着地までは隙だらけだ。
「オリヴィア!」
「分かってるわよ!」
BKが連射され赤備え達を捉えるかと思いきや彼等はJRを使い軽やかにそれを避けた。
「何者なのよこいつら……」
「分からない」
赤備え達が静止した。素早くて見分けがつかなかったが、彼等はノーマンの土塊では無い。それは確かだ。其々が生きた歴史を感じさせる生身の人間の様だ。
「ジャン」
赤備えの一人が僕を指差し囁いた。
ふと嫌な予感が過る。彼等は僕と同じ死者なのでは無いか、僕がジャンだった頃の仲間達なのでは無いのか、そんな思いが交錯し収束し飛散して自分が何処にいるのか分からなくなる。
「ルーク!!」
オリヴィアの声で現実に戻ると血の海が広がっていた。三人の赤備えはBKで穴だらけになっている。僕は赤備え一人に跨ってJRで八つ裂きにしていた。
感情が高まり、僕は息を切らしていた。何度も何度も突き立てた事により赤備えの
「ルーク、どうしたのよ……貴方らしく無いじゃ無いこんな事して」
「ご、ごめん」
なんとも言えない気持ち悪さが身体の内側を這う様にしてこみ上げてくる。そして僕はこみ上げて来た物を我慢する事なく吐き出し、同時に涙を流した。
「ジェニー、アルフレッド、サム、マイク……」
「何?」
「この人達の……名前だよ」
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