第21話

 階下に到着した僕達を迎えてくれたのは監獄だった。


 元から残っていた物なのか、ノーマン達が作った簡易的な物なのか不明だが、いずれにせよベットがあるだけで僕達にとっては豪邸だ。


 唯一残念なのは天井にくくりつけられている照明が切れている事くらいだ。


 辺りを探索し、少し休む事にした。一部屋に二段ベッドが二つだけある簡素シンプルな作りで、僕は二段ベッドの下を占領し腰を下ろす。


 ベニーとリーランドはその上で自分達のこれまで経験してきた武勇伝を語り合っている。


 普段ならミーアが二人の話に入ってきて更に話が盛り上がるのだが、流石に疲れているのか彼女は僕の向かい側のベットで熟睡している。


 この小休止はオリヴィアが三人を思って提案したもので、本当であれば一秒でも早く先を目指したい所だったが彼等の為を思えばこれで良かったのかも知れない。


 ノーマン達が立て籠もっている理由が分かっていればそれなりの行動の仕方があるが、今は残念ながら何一つ分からない状況にある。


 赤備えが人間だったと言う情報さえ現場に来て始めて分かった事実だ。


 SGの武器を扱い、僕等と同じ様に動ける人間がこの時代に後何十数人いるのだろうか。


 今は考えない様にする方が賢明だろう。


「だから俺は言ってやったんだ、ここはもう表だぞ?ってな。そしたらあいつ、何も言い返せなくなって友達のバイクに蹴り入れやがった!きっと恥ずかしかったんだろうな」


「それは面白いね、その後は?やっぱり喧嘩になったのかな?」


 ベニーがリーランドの話に夢中になっている。


 思えばリーランドは心を開いてくれるまで一番時間のかかった青年だ。


 ここに来る前、彼は単なる学生だった。特に何をするでもなく学業に取り組み、バイトで貯めたお金で偶に旅行に行くのが彼の唯一の楽しみだったと言う。


 旅先で紛争に巻き込まれてこれまでは意識すらしていなかった死に対する恐怖を肌で感じ何か出来ないかと考えながら帰国した時に政府が全力を挙げて打ち出した英雄を越えろと言う宣伝に踊らされ今に至る。


 これはあくまで僕が資料に目を通した内容と彼が教えてくれた内容を合わせて作り上げた彼自身の虚像バックボーンだが、それでもやはり政府のやり方は気に入らない。


「考え事?」


「いや、別に?」


 オリヴィアは壁に寄りかかっている僕と鼻先が触れ合うのではないかと思う距離まで顔を近付け僕の顔を観る。


 相変わらず綺麗な瞳をした女性だと思いながら後輩達の視線が気になり僕は顔を背けた。


「貴方とんでもない顔してたわ。やっぱり何か考え事してたわね?」


「してないってば、疲れてるだけだよ」


 引かないオリヴィアは僕の言葉なんて聞いてはおらず本当は何を考えてたのと追求してくる。


 ふとこの子になら言ってもいいのだろうか、と馬鹿げた事を考えてしまった。


 僕は死人デッドマンだ。


英雄なんかじゃない。ただの傀儡エンキドゥだ。


 殆どが政府により作られた偽の物語カバーストーリーで、僕がした事なんて片手で数える事が出来る程度だ。


 君の英雄王ギルガメッシュはこの世界を壊そうとしてる。


 もっと伝えたい事がある。でもこれら全てを彼女だけに背負わせるなんて僕には出来ない。



 空気が淀んだ。僕が様子を伺う為に立ち上がるとオリヴィア達が僕に注目したのが分かったので手で動くなと指示を出す。


 電子機器を起動させBKを選択した。


 相手はこちらに気付いていないのか馬鹿みたいに足音をたてて接近してくる。


 BKのライトをオンにして音の方に素早く向けながら動くなと告げると、敵は悲鳴を上げて床に崩れ落ちた。


「う、撃たないでくれ……」


 髪はぼさぼさで無精髭を生やしてはいるがオズだと分かる。


 何故彼が一人でここに来れたのか問いただすと、彼は解放されたと答えた。


「君に謝りに来たんだ。本当にすまなかった」


「今更謝られても……遅過ぎるよ」


 僕がルークとして目覚めた時初めて彼と出会った。とても優しい人。僕が彼に抱いた感情だ。


 任務が進むにつれて彼と言う人間が如何に狂人か浮き彫りになってきたわけだが、それでもやはり彼の優しさは変わらずそこにあった。でも、本当に全てが遅かったんだと思う。


「僕を恨んでいるかい?」


 頷くと彼も頷いた。自分の犯した罪を人は認識し後悔し、やり直す事が出来る生き物だと僕は本で読んだ。


 人間は争いを繰り返す。その争いの中でどちらが正しいかと言う主張をひたすらに繰り返して白黒はっきり着くまで争い続ける生き物だ。


 でも人はわかりあう事も出来る。わかり合えないから、わかり合いたいからこそ争い、分かり合えないというただ一点だけをわかり合う事が出来る。


 その為に最新のテクノロジーや、語り継がれてきた神話や歌を持って世界と繋がろうとする。


 それはある種の魔法の様なもので、いずれは解けてまた争いが繰り返される。


 その刹那を生きる事しか出来ないのが人間という生き物なのだ。


 彼、オズワルドは今まさにその刹那の中を生きている。


「オズ、君ともっと話したかったよ……もっと色んな事を」


「はは、嬉しいね。僕も君ともっと仲良くなりたかったよ」


 彼の腹部から夥しい量の血が滴り落ちているのがさっきライトを向けた時に見えていた。彼は間も無く解放されるのだ。


「君にこれを……」


 彼はそう言うと腕時計を電子機器の様にタッチして次々と文字を打ち込んでいく。


 オズの作業が二十秒程で終わると僕の電子機器に武器が一つ更新された。


「これは?」


「LJ《ルークジャンクロゥド》、導く者だよ。君に全てを任せる。でも僕も一緒に戦うよ、例えどんな形になってでもね。せめてもの罪滅ぼしさ」


 最期の最期までオズワルドという人間は技術屋ギークだった。


 色々な物が床に撒き散らかされていく間もオズは話し続けた。


 僕達を作り出した事を技術屋として誇りに思っているという事。


 僕達に対しての罪の意識は計り知れず気が狂ってしまっているという事。


 走馬灯が頭を汚染するよりも早く僕に言葉を残そうとする彼の儚げな姿に僕は憎い相手なのにも関わらず涙を流してしまう。


「僕は墓荒らしだ。君達を作る為に何千何万もの死体を掻き集め毟り取り繋ぎ合わせ貼り付け切り刻んで……それで……ごめん。すまない。悪かった」


「本当だったらぶん殴りたい所だけど、そしたら僕が殺してしまう事になるから僕は何もしない」


「はは、君は残酷だね。この先は危険だよルーク。この監獄を出て暫く進むとそこに尋問室プレイルームがある……そこに、カレンが居る助けて上げてくれ、もう時間が無い」


 オズの声は呼吸が辛いのか時々気持ちの悪い音が混じり止めどなく流れる血は中々大きな水溜りを作り出した。


 間も無く、彼は終わる。全てを話し終えたのかオズはその場にうずくまった。左膝から水溜りに浸り、続いて右膝が崩れ、バランスを保とうと両の手を突き出したが間に合わず嫌な音を立てて頭から地面にぶつかった。


 声が少しだけ漏れ、少しだけ沈黙した。


 ぴくぴくと痙攣しながら胎児の様に丸くなっていく。そして痙攣がピタリと止まった時にはオズは解放されていた。


 彼が解放されていく様を僕は一つも見逃さない様に丁寧に丁寧に観察し、見届ける。


「君達は、そうやって終わる事が出来るんだよオズ。かつては僕もそうだった」


 心の底から漏れた僕の声はとても低かった。僕はオリヴィア達に見つからない様に彼を物陰に隠し痕跡を消してから皆の所に戻る事にした。


「橘の血もこれで途絶えた訳だ」


 突然背後から声がした。僕は振り返る。するとそこには旧世代のバトルスーツを着た男が立っていた。


「ジャン・ホライゾン……なんで貴方が」


 彼は驚いている僕を見て笑う。余程面白い顔をしていたのだろう。


 自分に人を笑わせるセンスがあるとは到底思えないがどうやら彼にはうけたらしい。


「僕は既に死んでる。君が見ているのは幻視だよルーク。橘が君に送りつけたのは何も新作の武器だけじゃなかったという事だね、プロテクトも掛けずに受け入れるからこういう事になる」


「何をしに今更出てきた。僕の身体を乗っ取るつもり?」


 またしても彼は笑うと腰のホルスターに手を掛けた。僕はすかさずBKを向けるが彼は動じない。この人もノーマンと同じ獣のにおいがする。


「煙草だよ。びくびくしなくていい」


 美味しそうに煙草を吸っている。僕には煙草を吸う習慣はないが、煙草を燻らせ遠くを見つめて煙を吐く姿は男らしくてかっこいいなと思う。


「君じゃ大佐達には敵わない。何処かでそう思った橘は僕のデータを君に送り込んだって訳だ。状況は理解してる。誰が悪くて何が間違ってるのかも、ね」


「貴方もノーマン達の側につくのが正しいと思う?」


 こちらを少しだけ観察して彼は僕に歩み寄る。ノーマンが猛々しく燃える炎だとすればジャンは静かに燃える青い炎だ内側に底知れない何かを感じる。


「いや、僕はこの国を守る。今君が抱え込んでる政府への疑念や不信は間違ってない。だが君が進む事を止めれば多くの人が犠牲になる。それではだめなんだ、本当に必要なのは愛国心でも忠誠心でも無く完璧なる個なんだ。つまり君がどうしたいかだ」


愛国者パトリオットである必要も忠誠心を示す必要も無くただ個として存在し続ける事が必要だと説く彼の言葉に不思議と納得する。


 確かにそうだ彼の言う通り自分がどうありたいかで物の見え方は変わってくる。


 そして自分を貫く事の大切さ、鉄の意志と言われるそんな固い意志があれば人は道を誤る事は無いのかもしれない。


「僕は……分からない。本当に正しい物が何なのか、分からないんです」


 彼は僕を抱き締めてくれた。不思議と暖かい気持ちになる。自分が何処にいるのかしっかりと実感出来るそんなあたたかさだ。


「君は一人じゃない、僕も付いてるし仲間もいる。でも、抱えきれなくなったら僕に任せてくれ。大佐達は僕が止める」




 そう言うと彼は桜吹雪が舞い散る様に消え去った。



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